誘拐の汚名
「ロウゼ様、気になる情報が入りました」
「ほう、早速か。ニンジャ隊を組織したかいがあったな」
「……そんな悠長なことを言ってる場合ではございません」
ロランが呆れながら厳しい顔をする。
「どうしたというのだ」
「それが、フィッツ領の街にて、平民の間でレモンド様が誘拐されたという噂が流れているようで」
「何?」
「情報源に関しては現在調査中ですが、隣に位置する我が領のクシーの街にも既に少しずつ広がっているようで」
「何故そうなる? フィッツが押し付けたのだぞ」
「レモンド様はよその領地に出たことがなく突然でしたのでそう勘違いされたのかも知れませんし、原因までは……」
「全く、有らぬ汚名を着せられるとは。フィッツの策略ということも考えられるか」
「しかし、敵対しては娘が人質に取られてしまう可能性があると思うのですが一体何が目的なのでしょう?」
「婚姻による政治的な結びつきを目的としていたと思ったが、誘拐したような相手と縁付かせるのは不自然だ」
「そうですね、ただの噂なのか意図的に流されたものなのかを探らせておきます」
「俺はこれからレモンド嬢に直接話を聞く。連絡をしておけ」
「はい」
至急、レモンド嬢にアポを取り付け部屋に向かう。
トゥルーネには直前でも怒りながら許されるが、客人にはそれが通用しないので無作法ではあるが火急の要件なので仕方がない。
「突然、申し訳ないが急ぎの要件なので話を聞かせて欲しいのです」
「一体どうされたというのですか?」
レモンド嬢は本当に何事だろうと思い当たる節がないという顔をしている。彼女は無関係なのだろうか?
「実は、フィッツ領でレモンド嬢が誘拐されたという噂が流れているようでして」
「え?どうしてですか?」
「それが私にも分からないのです。ですから何か事情を知っているかと思い伺ったのですが」
「私には分かりません……申し訳ありません」
「いえ、何も知らないのでしたらあなたが謝ることではない」
「しかしお父様がこちらに私を送るようなことをしなければそもそも、そのような噂が立つということはあり得ないでしょうしそれが申し訳なく思うのです」
「フィッツの領民が初めて外に出られたレモンド嬢を心配しているうちにそういう噂の尾ひれがついただけなら良いのですが……」
「いえ、私がテルノアールに来ることをわざわざ平民にお父様が知らせるというのは考えられません」
「それはどうしてですか?」
「政治的なことを平民に説明する意味がないからです」
「それは、まあ、その通りですね」
「ましてや、私は重要度が低い存在ですのでロウゼ様と結婚もあわよくば程度の狙いかと思います」
「あわよくば、ですか」
「はい、私には兄弟が4人います。兄が2人、姉が2人です。3女の私は家の中でも政治的にも立場は低く父にも軽視されていますので肩身も狭く、私がどうしたという情報はどうでも良い程度のものです」
「それは……心中お察しします」
「ありがとうございます、ですから私はここに来ている間だけでも羽を伸ばせるようで快適です。部屋の中にいるだけでも家で嫌味を言われることもありませんしね」
「そう、ですか」
「あら、随分と個人的な話をしてしまいましたわ。お恥ずかしいところみせて申し訳ありませんわ」
ちょっとだけ、しまったなというバツの悪そうな顔をして頬を押さえた。
「いえ、事情が分かり参考にはなりましたので」
「お父様が何か仕掛けてご迷惑をおかけしなければ良いのですが……」
「レモンド嬢はご心配なく。こちらにいる限りは私が責任を持って守りますので」
「こちらには頼もしい方が多いようですしね」
「はい、うちの兵は強いですよ」
「何か特別な訓練でもしていらっしゃるのでしょうか?」
「そうですね、他領の訓練を知りませんのでうちが特別かは私は分かりかねますが皆一生懸命やってくれています。それでは私は一旦失礼しますので」
「はい、ごきげんよう」
部屋を出て考えを巡らせる。今のところレモンド嬢個人には敵対の意思などがないことは感じられる。ましてやある種敵地である他領で自分に不都合な情報をわざわざ口に出している時点で考えにくい。レモンド嬢とフィッツの考えは統一されていないのだろうか?
だとすると一体何のためにこんな噂を流している?
偶然街を出るのを目撃した人間から話が出て尾ひれがついて広がっていると考えるのが自然か。
「ロウゼ様、クシー卿から噂に関する質問の手紙が届いております」
「クシーでも原因は分からないということか」
「はい、明らかに不名誉な噂が流れているが事実かと聞かれているのでそうではないかと」
「事実ではないと連絡しておけ、うやむやにして妙に話が広がっても困るからな」
「はい」
「それで、何か分かったか?」
「いえ、現在調査中で原因と言えるものは分かりませんでしたが、この数日で広がり始めたと思われます」
「レモンド嬢が出発してすぐに話は出ていたと考えた方が良いだろうな」
「私はロウゼ様の地位を落とす為に立てられた噂のような気がしてなりません」
「うーむ」
「貴族は評判が重要です、ロウゼ様の立場が悪くなればその分意見を通りにくくなりますし、交渉も不利になりますので領地を拡大したいフィッツか、またはテルノアールで他に領主の座を狙った貴族の策略かと言ったところでしょうか?」
「テルノアールの貴族だと?」
「ロウゼ様に跡取りはいませんので、ロウゼ様を失脚させれれば領主になることは出来ます」
「そんな野心のある貴族がいたか?」
「アヴェーヌ卿などはまさにそうです。若いですが上昇志向が強く狙っていても不思議ではありません」
「トゥルーネから情報は筒抜けだからそう言われれば不思議ではないか。だが、領地自体の地位が下がれば後継する自分の首を絞めるようなものだと思うが」
「地位にこだわるのであれば、まず領主になってから後のことはどうとでもと考えることも出来ます」
「しかし私にはニンジャもディパッシもいる、トゥルーネから情報が入っているのであれば戦って勝てる相手ではないと分かりそうなものだが」
ディパッシと戦って勝つ算段があるとでも言うのか?あるならばむしろコントロールする側のこちらが教えてもらいたいものだが。
「戦いは力の強さが全てではありません、貴族社会で内から崩すには武力など無くとも可能でございます」
「それは分かっているが、意見が対立すれば最終的には原始的な暴力による解決がなされると私は思っている。だから戦争はいつの時代でも起こっているのだ。話し合う余地の無くなった時、言ってしまえば私の軍は無敵だぞ。数で勝てるとかそういう次元の戦いにはならない。普通に戦ってもディパッシは死なないのだからな」
結局は暴力の強さがものを言う原始的な理屈が通る世界だろう。
「それは違います」
「何?」
「それは、ロウゼ様が攻める場合の話です。守りとなると今の軍の数の少なさは致命的です。守ることを気にせずただ相手が量で押していけば守るべきものは守りきれません」
「こちらに嫌がらせをするという目的であればこちらはそれを防ぎきれないか……」
「確かにロウゼ様の軍は強いですが、戦い方によっては不利です」
「数に押される前に決着をつけておかなくてはならないな」
少数精鋭は小規模な作戦ならば無敵だが、広い範囲での行動が出来ない。領民を全勢力で殺していくと言った戦い方をされては各地にそれなりの数の軍がいるわけではないこちら側は守りきれないということか。
「……非常にまずい事態に追い込まれているのかも知れません……」
「うむ、警戒しなくてはな。領地の貴族にも目を光らせておけ」
「かしこまりました」
トゥルーネは良く働いてくれているし良いやつだ。しかし貴族が後ろについているということを考えてなかったな。アヴェーヌの内偵という視点から見れば自分の戦略は全て知られていると言って良いだろう。
魔力無制限や領地の結界、石版の化身などについては知らせてはいないし切り札として残しているが守るというのは難しいかも知れないな。
「ロラン、私は神殿に行ってくる。少し用事を思い出した」
「こんな非常時にですか!?」
「こんな非常時だからだ」
「……かしこまりました」
「リュンヌを呼べ、2人で行く。ホウキに乗るのですぐに帰ってくるので安心せよ。それとトゥルーネの動向には目を離すな。何かあれば連絡せよ」
「はい、お気をつけて」
リュンヌを呼びすぐに屋敷を出て神殿へと向かった。