フィッツの娘
半ば無理やり押し付けられた不本意な形でフィッツ卿の娘、レモンド嬢がテルノアールにやってきた。もう少し大荷物で来るものかと構えていたが、小さな馬車1つの最低限のものだけ持って来たようで逆に驚いた。貴族の令嬢であれば荷物が多く、またそれが富の象徴となると思っていたからだ。
豪奢な金髪が出てくるとゆったりと貴族女性らしい優雅さで馬車を降りた。青い瞳は物憂げな雰囲気を出している。
「テルノアールへようこそ、レモンド嬢。フィッツに比べると何かと不自由なこともあるかと思いますがおくつろぎください」
「ロウゼ様、こちらこそ父が勝手なことを言ってご迷惑をおかけして申し訳なく思っております。よその領地は初めてですので私は楽しみですわ」
レモンド嬢は思いのほか笑顔で返事をしてくれた。
そして少し申し訳なさそうだ。
「それはそれは……いえ、レモンド嬢がお気になさることではないですので」
「という事はやはり迷惑でしたのね」
フフと口を手で押さえて笑いながらそう言った。
「これは……失言でしたね、あまりいじめないでください」
「悪く捉えないで欲しいのですが、ロウゼ様はあまり貴族らしくないお方ですね」
「そう、でしょうか?」
「貴族の殿方の気取った感じがありませんので」
「もう少し威厳のあるように振りまいたいですな」
「今のままでも十分素敵でしてよ?」
「ありがとうございます……」
レモンド嬢を客室へ案内していく。屋敷の構造などは防衛上開かせないので雑談程度にしか話せないことには申し訳ない気持ちがある。
「こちらがお部屋になります、自室より狭いなど何かと不自由があると思いますがお申し付け頂ければ出来る限り手配させますので」
「お構いなく。十分なお部屋ですわ」
「少し落ち着きましたらお茶にしましょう、迎えをよこしますので」
「ありがとうございます、それではまた後で」
「はい、お待ちしております」
領地の関係とかそういうのを抜きにして今のところレモンド嬢にはフィッツ卿のような嫌な感じはなく、縁談や見合いなどで婚姻が普通の世界であれば、無しではないかなと思う。
貴族は感情を隠すことに長けているので見た目や簡単な言動に惑わされていてはいけないということは理解しているので、油断するということはないが印象は良いというのが正直なところだ。
出来るだけ親密度を上げて少しでも情報を収集出来れば良いのだが。
コンコンとノックの音がする。レモンド嬢は準備を整えたようだ。入室を促すと、先ほどとは違った服を着ていた。
「お招きありがとうございます」
スカートの端をつまみ上げ挨拶をする姿は非常に女性的で美しく感じた。
「まあまあ、席へどうぞ」
「失礼します」
「お茶をどうぞ」
「あら……うちのとは違う味ですのね」
「私もこの間驚きました、領地によって随分お茶も違いが出るのかと」
「本当ですわね、違うのはお茶だけではないようですけれど」
テーブルに用意された茶菓子をチラリと見る。
「こちらは、うちの新しい茶菓子でアイスクリームと言って、冷たい甘味です」
「冷たい甘味ですか? 冬でもないのに一体どうやって……」
「それは魔法で冷やしたのです」
「茶菓子の為に魔法を?」
「食べてみてください、その価値はあると思いますので。このようにスプーンですくって食べます、一度に大き食べ過ぎると頭が痛くなりますのでご注意ください」
「あら、そのようにおっしゃるのでしたら楽しみですわ。では、頂きましょう」
本当に僅かな量をスプーンに乗せて優雅に口に運ぶ。
口に入れてしばらくすると目を丸くしてアイスを見つめる。
「いかがでしょう?」
「……驚きました。口に入れると雪のように溶けていき、濃厚な味わいとあっさりとした後味、どれも食べたことのないものです」
「貴族の砂糖の多い菓子よりは私は好きなのでよく食べています。男性の貴族にも受け入れられるでしょうか?」
「そうですね、少し食感が物足りないような気がしますが量があれば満足されるのではないでしょうか?」
食感が物足りないのであれば、クッキーを一緒に出したり、パフェのようなトッピングでアクセントを加えても良いかもしれない。酒をかけて酒の匂いをつけても好まれるか。ラムレーズンのアイスもあったくらいだし、こちらの方が良いかもしれないな。
「テルノアールには驚くことが多いですわ」
「ほう、どのようなところが?」
「街も屋敷も綺麗過ぎます、嫌な匂いもしませんし平民すら綺麗ではありませんか」
「私が綺麗好きですので清潔にするように心がけさせております」
「平民にまで徹底させているなんて驚きましたわ」
「綺麗にする分には悪いことはないので皆も最初は渋っていましたが今では頻繁に水浴びをしないと気が済まないというものもいます」
「まあ、そんなに綺麗な水がおありで?川が良いのかしら」
「うちの川は非常に綺麗ですね、それが無ければ無理だったでしょう」
「羨ましいですわ、うちは川があまり綺麗ではありませんので」
ここだ、このタイミングでさりげなくフィッツの事情を聞いておこう。
「そうですか、自然ばかりはどうしようもありませんので仕方ありませんね。では、フィッツの良いところはどんなところなのでしょう?」
「そうですね……海があることでしょうか。川の水が汚れているのであまり綺麗ではないのですが、塩が多く取れますし、魚も食べられますね」
「なるほど、フィッツでは魚を食べることが多いのですか?」
「平民はそうでしょうね、作物が育ちにくいものですから、どうしても魚に頼ってしまう傾向にあると思います」
「貴族は魚はあまり食べないのですか?」
「主に肉ですわね、たまに魚も食べますが平民ほど頻繁に食べることはありません」
「では、港は賑わっているのでしょうね」
「そうですわね、港近くの村などは魚を食べて賄っていますがすぐに腐りますので海から遠い場所の者はかなり苦しいようです」
少し前のうちと同じか。まあ魔力が流れていないのだろうな。
「そういえば、道中見ていた限りではテルノアールは自然が豊かでしたね」
「ええ、今年は気候が良かったのか収穫も良い結果でしたね」
「羨ましい限りです。うちは領地の大きさと人口に対して供給出来る食料のバランスがあってなくてかなり苦しい税収でしたので」
「ほう、領地が大きくなるとそれはそれで大変なものなのですね」
「そうですね、規模とともに消費するものも増えますが供給出来る食料が慢性的に追いついていないのが現状です」
「税は重いのでしょうか?」
思いっきって大胆な質問をしてみる。答えてくれれば儲けもの程度の打算だ。
「お父様のやられることに口出しは出来ませんが……正直、厳しいと思います。貴族としてのメンツを立てるために税収はしっかりと取っておきたいというのも分かるのですが、その前に民が死ぬと思うのです。私は政治は分からないので何とも言えませんが平民の生活がかなり困窮しているのは事実です」
「どこも税については頭が痛いものですね。うちもかなりギリギリです」
税というよりは先行投資による支出が多過ぎて危険なのだが、税収自体は増えつつあり好調だ。次のシーズンではもっと増えるだろう。だが、それはわざわざ言うまい。
「貴族として、民を助けたいのですが私の力ではどうすることも出来ず……お父様には女は政治に口出しをするなとキツく言われていますし」
「……お優しい方なのですね」
「いえ、そんなことは……ただ、貴族として生活していて何もしていない自分を不甲斐なく思っています。実際こうして、婚姻で政治的な結びつきを作るための道具としか思われていないので……」
「そんな事は……」
「いえ、それが現実なのです、いっそロウゼ様に娶られる方が自由に過ごせるかも知れません。だからこそ私はフィッツを離れた今、不満などないのです」
「私がどのような者かも分からないのにですか?」
「どのような人かは私が選ぶところではないので」
ああ、人が良いとか見た目が気に入ったとかお互いに愛し合っているから結婚するという概念がないからそうなるのか。
「お父様が結婚しろと言えば私はそれに従うまでです」
「それで、本当に良いのですか?」
「え?」
「あなたの意思はそこには無い。あなたの好きな人はいないのですか?」
「いえ……いません」
「これでも領主ですので、何かあればお力になりましょう」
「……変わったお方ですね」
キョトンとした後少し笑いながらこちらを見た。
お茶会はその後お開きとなり解散した。
「ロラン、今日知り得たフィッツの情報の裏を取るようにニンジャに命令せよ」
「は、かしこまりました」
「それと境界にもニンジャに偵察をさせよ、フィッツはどうにもきな臭い」