魔獣BBQ
今回、魔獣の肉が手に入ることは分かっていたので、士気を上げる為に用意したものがある。
鉄串、木炭、金網、バーベキューコンロ。つまり、BBQセットだ。
肉を刺して、火を通して豪快にかぶりつく。簡単で美味いのが利点だ。大量の肉を消費するならこれだろう。
ダンジョンから出て、まずは水浴びすることにした。魔獣が衛生的に良くは無さそうなので綺麗にしておくに越したことは無い。リュンヌは特に臭いので早く洗って欲しい。
大人数なので水を滝のように打ち落として、豪快なシャワー形式で一気に皆身体を洗い、汗と砂と血を落としていく。
熱風で一気に乾かすのは流石にヤケドしてしまうので自然乾燥だ。誰も髪が痛むとかは気にしないので良いだろう。ドライヤーの魔道具は貴婦人方に売れるかもしれないな。
水浴びが終わればすぐに食事の準備だ。肉を一口大にカットするもの、火を準備するもの、食器を準備するものに分かれる。
肉は基本的に高級食材なので、スープに入れるとか腸詰めにして保存しておくとかが普通なので取ってきてすぐに焼くというのは珍しい食べ方だ。皆こんな食べ方したことないと興味津々で串に肉を通していく。
金網に肉を乗せればジューという音と香ばしいにおいが漂い始める。
調味料は、実は秘策のものがある。焼肉のタレもどきだ。この世界には醤油がないので、ぶどうから作られたバルサミコ酢を元にニンニクや塩、砂糖を少々混ぜたりして作ったオリジナルソースだ。
材料費は少し値が張ったが、今回の遠征で取れる魔石で十分元は取れるはずだ。食料を現地調達出来るのも助かっている。
「おー! 美味そうな匂いやな」
「まだ肉が赤い。もう少し待て」
リュンヌは今にも肉に飛びつきそうだ。
「皆、今日は初めてのダンジョンだった。誰も死なずに戻ってこれたことを嬉しく思う。今日はそれを祝い、明日からも頑張ってもらうために労いとして肉を存分に楽しめ!貴族が普段食べる肉よりも魔獣の肉の方が上等だ」
「おお〜!」
「貴族よりいい肉だってよ!」
「俺こんなにデカイの食うの初めて!」
労いの言葉をかけると皆嬉しそうに口々に肉の思いを呟く。
「肉にはこちらで用意したソースをつけると良い。肉に合う味になるはずだ。別につけなくないものはそのまま食べてもいい。では、食べようか。さあ!今日は存分に楽しめ!」
一斉に肉に飛びついてガツガツと食べ出す。肉を口に入れるのに必死でソースどころではないようだ。
「……! うめぇ〜〜!!!」
「ここに来て良かった……」
「お前もう食べたのか!?」
「もっと焼け!!」
夢中になって肉にかぶりつき、中には美味さに涙を流すものまで出てきた。この時代の人間は肉に飢えているのだなと痛感する。貴族として生まれ変わった自分はまだ肉を日常的に食べられる分ありがたいのかもしれない。これだけの量は一生に一度食べられるかどうかという世界なら、この必死さは仕方ないだろう。
「ロウゼ、その茶色いのなんや?」
「だからソースつけても良いって言っただろう」
「聞いてへんかったわ」
串を両手に持ってバクバクと食いながらリュンヌが話しかけてきた。
「欲張り過ぎだろ……まあ、これで食べてみろ」
「あっ!? 勝手に変なんかけるなや」
「俺が食べてて不味いものがあったか?」
「……!確かに。じゃあ食べてみるわ……!?」
パクリと口に入れて瞬間、リュンヌの目がカッと開いた。そしてそのまま硬直している。
大丈夫か?怖いんだが。
「うんめぇ〜ええええええええ!!!!!」
あり得ないくらいの大声で鼓膜がビリビリ振動して思わず耳を塞ぐほどだった。周囲の人間はリュンヌの大声に驚きこちらを見た。肉に夢中になった皆が我に帰るほどの大音量だ。
「な、なんだリュンヌか」
「いや、美味いけどそんな大声出すことないだろ」
「違う! これや! この茶色いやつ! これかけると全然違うんや!皆かけてみろって!」
「えー、別にこれでいいし」
「美味しく無さそうだぞそれ」
色のせいか反応が悪い。自分が作っただけにちょっと悲しい。
「いいから! かけろ!」
「あっ! 勝手に!?」
「食え!」
1人の兵士の肉にタレをかけて無理やり口に押し込む。
兵士は驚きながら口を動かして味を検分する。
「うめぇーー!!!」
「本当かよ!?」
「じゃ、じゃあ俺も!」
「俺も!!」
1人が欲しがると後は堰が切れたように押し寄せて奪い合いになった。
食べたものは次々にリュンヌ同様美味いと声を上げていき、美味いの大合唱になった。
「あーこれで酒が飲めればなあ」
「最高なんだが……」
こちらをチラチラと見ながら酒を飲ませてくれアピールが始まる。
「ダメだ。明日もダンジョンに行くんだぞ……その代わり、最終日は肉と酒でどんちゃん騒ぎを許可しよう」
「ヒャッホーウ!」
「明日から頑張るぞ〜!」
「「「おう!」」」
これで何とか最終日までのモチベーションを保てそうだ。
「明日からは魔獣を倒したら手に入る魔石の採集を徹底的に行なっていく。1人1つは最低でも魔石を得ること。余った分は買い取るので、必ず魔石を拾っておけよ! その魔石が今後自分の身を守るものとなる。そのつもりで真剣にやるように」
「魔石が俺たちの身を守る」
「どういうことだ?」
「さあ? 売って防具を買うとかじゃねえか?」
「なるほどな、確かに魔石取らないとな」
魔石の運用として一つのアイディアがある。まだ実用出来るかは自分の努力次第だが、兵士や亜人たちの戦闘による致死率を格段に下げるものだ。
戦いで誰も死んで欲しくはないが、それは現実問題として難しい。
他領では兵士よりも武器の方が値段が高いくらいで、命は軽んじられている。その状況が気に入らない。
うちでは身体を張って領地を守るということの尊さを大事に考え、教育して高い価値として守りたい。
だからこそ命令する側の領主である自分が出来るだけ、守れるように努める必要があると思っている。
「てめえ! 俺の肉取るんじゃねえ!」
「はぁ? 俺の肉だっつうの」
「俺が大事に育てた肉だ!」
「知るかそんなもん!」
肉のトラブルが起きた。盛り上がってるせいか周りも止めずにやれやれ!と野次を飛ばして見物している。
「む、いかんな。リュンヌ止めてこい」
「あんなん口で言うても無理やろ。殴り合いで勝った方が食うたらええんちゃうか」
「いや、合宿に来てまで不必要な怪我をする意味がない」
「じゃあどうすんねん」
「……怪我しないような解決法……そうだ、相撲させよう」
「スモウ?何それ?」
リュンヌを置いてケンカしている場所に割って入る。
「お前たちやめろ。決着がつかないなら怪我をしない方法で勝負するやり方を教えてやる」
「「え?」」
そう言って地面に円を描きステージを用意する。
「この中で殴る蹴るなどは無しで相手の手、または膝、背中などをつかせたら勝ちだ。相手を掴んで投げるもよし、バランスを崩させるもよしだ。それかこの円の外に身体の一部が出れば負けだ。これなら怪我はしにくいだろう」
「力比べか、面白え!」
「力だけではないぞ、いかに自分の身体を使いこなし相手を倒すかが重要だ。力押しすればその力を利用されて逆に投げられることもある」
「なるほど、力が弱くても上手くやれば勝てるってことか」
「そういうことだ」
皆円を取り囲むようにして観戦の用意を始めた。問題の2人は円の中で睨み合っている。
「準備はいいか?……始め!」
両者ともに勢いよく突っ込んでいき相手を掴もうとする。優位な体制に持ち込まれないように手を払いながら腰を掴む。それを剥がして掴み直すの繰り返しだ。
「うおー! いけいけ!」
「そこだ! ……あー!」
「もっとしっかりつかまんかい!」
「ガハハ! なんやねんそれ!」
他の兵士や亜人たちとは距離を置いていたように感じるディパッシ族も観戦に参加して野次を飛ばして楽しんでいた。スポーツで親交を深めるってのもありだな。なんで思いつかなかっただろう。
「いいぞ! 押せ押せ!」
「もうちょっとだあ!」
相手をギリギリまで押し込んでいる兵士が優勢だ。あと少しで勝負は決まるだろうか。
「うおおおお!!!」
「うりゃ!」
押し込まれていた兵士が相手の力を利用して反転した。その勢いのまま押し込んでいた兵士はバランスを崩して円の外から出る。
「勝負あり!」
「うおおお!逆転しやがった!」
「こいつは面白え!」
「誰が最強なんだ!?」
「そりゃリュンヌだろ!」
「いや、パワーならマノツァも負けてないぞ」
勝負が決まると皆大興奮で、誰が最強か議論を始める。まあ、分かるよ。誰が最強かを論じるの楽しいよな。
その後は何人も相撲勝負を始めてすっかり人気の競技となってしまった。
このイベントは合宿恒例となり最終日まで毎晩開催されることになった。
リュンヌとマノツァの戦いは単純な押し合いだけでは両者互角で決着がつきそうになかったが、リュンヌが上手く身体を使ってマノツァのバランスを崩し見事に背中を地面につけさせて勝利した。
今のところリュンヌが横綱だ。
最終日は酒を入ったことで酷いどんちゃん騒ぎで、わざわざトーナメント戦で最強を決めたくらいだ。
ディパッシ族はディパッシ族同士で。兵士と亜人は合同で最強決定戦が行われた。
ディパッシ族はもちろんリュンヌだが、人間亜人合同は蜥蜴人族の大班長、セベックが優勝した。準優勝はフォールスだ。流石班長格なだけあって強かった。
帰りの道中では今回は留守番の犬人族、猫人族合わせた中で最強は誰かを皆二日酔いで気分の悪い顔をしながら話し合っていた。