遺跡調査の報告
旅の疲れからか、昨夜はベッドに入りなりすぐに寝てしまい気がつけば朝となっていた。
まだ疲れが抜けきらず身体全体がダルいし、尻も痛い。
「お目覚めですか」
「ああ……おはよう」
「朝食は用意していますのでお着替えを」
「頼む……ふわぁ……」
「随分と疲れが溜まっているようですね」
「慣れない馬と驚くことが多くてな」
「では詳しくは食後にお伺いします。エマやトゥルーネ様もお呼びになりますか?」
「いや、ロランだけだ。内々に話をしたい」
「かしこまりました」
ロウゼは会話をしながら素早く着替えを済ませていく。
リュンヌたちは既に朝食が終わっていたようでくつろいでいた。本日は学校は休みなので各自自由な時間を過ごしている。勉強もするものもいれば、街で買い物をするもの、様々だ。
兵士の監視つきではあるが、ディパッシ族にも外出を認めている。彼らは街のルールなどをあまり知らないので社会科見学的にそちらの方も勉強させてはいる。ディパッシ族が街中をウロウロしていることが増えたせいで暴れるものや泥棒などが簡単に捕まえられるので、かえって治安は良くなった。
朝食を手早く済ませリュンヌだけ呼び、ロランとの報告会を準備する。
ロランが茶を入れてくれた。そろそろ茶菓子的なものを作りたいのだが菓子は分量が大事なので流石にレシピを覚えきれていない。簡単に作れないのが難点だ。専門の職人を抱えて研究しながら作っていくしかないだろう。
コクリと一口飲み、ロランに席を進めて話を始める。
「さて、まずは留守にしていた間の報告を頼む」
「はい、特に大きな問題はありませんでした、皆勉強も頑張っていましたし順調ではないかと」
「そうか、それは良かった。他に何かあったか?」
「そうですね、手紙が届いておりましたね」
「手紙? 誰からだ?」
「どうやら薬師のようで、名はゲオルグと書かれています」
「それで、用件は?」
「売り込みに来たようです。ジュアンドルの事を聞きつけその研究がしたいのかと思われますが」
「うむ……有能なら召抱えてもいいな。薬品の研究もしたい」
「また手を広げられるのですか?」
「手札は多いほうがいいのでな。衛生の問題なども解決出来る可能性があるし今後の領地には良い薬師は必須だ」
「左様ですか……」
「返事は俺が書く。課題を出して達成出来れば採用だが出来なければ必要ない」
「かしこまりました。こちらからの報告は以上です」
「では、こちらの報告をしよう。まずこれを」
石版を机の上に出した。ロランは石版をじっと見つめる。
「これは……遺跡で?」
「ああ。これは石版だ。それでここからが説明が大変なのだが、決して大きな声を上げるなよ」
ロランに注意をしておく。ロランはゴクリと固唾を飲んだ。
「カズ出てきてくれ」
「なんだ」
「うわっ!?」
「大きな声を出すなと言っただろう」
「し、失礼しました……」
「こいつは遺跡で発掘された石版の化身のカズキュールだ」
「化身……ですか、これは驚きました」
「ああ、俺たちも驚いたさ。それでだ、遺跡だと思っていたのだがな、あれはダンジョンだった」
「ダンジョンとは?」
「どうやらあれは2000年程前のものらしくてこいつもそうだ。そして昔の人の訓練施設であり魔力の流れを制御する場所だったらしい」
「訓練施設ですか」
「ああ、魔力はそこら中を漂っているらしいのだが、それがダンジョンに向かって流れている。そのダンジョンに溜まった魔力が魔獣や魔石として出てくる。それを倒すことで強くなり、土地に淀んだ魔力は正常に流れ、土地が魔力で満たされて豊かになるらしい」
「ダンジョンに魔獣!? 周辺の村が襲われないのでしょうか」
「慌てるな。その後、もう一つの遺跡に行ったがこれは神殿だった。神殿で結界……魔力で出来た障壁を起動したので襲われる心配はない」
「そうですか……」
「で、その結界の維持に定期的に魔力を注がなくてはならない。ので俺は時々出かけなくてはならなくなった。秘密にしたいので口裏を合わせてもらいたい」
「しかしそれは他領にも影響が出て流石に隠せないのでは」
「いや、影響はテルノアールだけに制限した。国全体に変化があれば知らぬ顔をしておけば良いだけの話。むしろテルノアールだけが今後土地が豊かになることに関して隠す必要がある」
「テルノアールだけですか、となるとテルノアール全体に影響が出ますのでコンテ伯に問い合わせが来るのでは? 領地レベルの話なのですからいっそ魔力を注ぐことを協力してもらうべきではないですか?」
「それはそうなのだが、今はダメだ。他の貴族がどれほど信用出来るか分からん。確実に信用出来ると思えるまでは秘密だ、トゥルーネにも言うなよ」
「か、かしこまりました……」
ロランは情報量の多さに呆然としている。まあ、それも無理はない。いきなり石版から人間が飛び出てきて、ダンジョンと魔獣と結界と土地が豊かになることを伝えられ、それらは他の者には内緒にしなければならないのだから。
リュンヌは彼の視点で見たことを説明しているがロランは多分聞いていない。
「何か質問は?」
「そちらの……カズキュール様は屋敷にいれば流石に気付かれると思いますが」
「ああ、消えることは出来るし外はうろつかせん。世話なども考えなくていい。俺が魔力を注ぐだけで良いからな」
「その、カズキュール様に魔力を注いで出られるようにする意味は何かあるのですか?」
「そうだな、昔の知恵がそれなりにあるようなので役に立つな。後はダンジョンに関してはこいつが制御してるので何かあれば教えてくれる」
「魔力の方は問題ないのですか?」
「ああ、問題ない。貴族ではないロランに魔法の事に関して詳しく教えるつもりはないが、俺は今殆ど魔力の制限は無いほどに魔力が増えている。とだけ言っておこう。心配する必要はない」
「でしたら良いのですが……魔力の量が増えていればトゥルーネ様には勘付かれるかと」
「その辺は実力が上がったとか言って上手く誤魔化す」
「大丈夫でしょうか」
「嘘はついていないし、あるものは仕方ないという顔をすれば何とかなるだろう」
「非常に先行きが不安になって参りました」
「心配している暇なんて無いぞ。カズの話によれば土地が豊かになって収穫が増えるしダンジョンにはディパッシ族や兵士や諜報部隊も連れて行って鍛えるつもりだ。テルノアールは大きく成長するぞ。そのサポートを頼みたい」
「はい……」
ロランはもう、知らんとやや、やけくそ気味に返事する。
「では、失礼致します」
フラフラとしながら頭を抱えて部屋を出て行った。
「私はこの部屋から出られないのか」
「カズ、近い」
カズキュールはロウゼの顔に近過ぎる距離にいた。
「すまない、人間の距離感は分からんのでな」
「屋敷にいる間は無理だ。いきなり人が増えたら騒ぎになる。どこかのタイミングでお前を拾ってきたという話を作らないとダメだろうな」
「なるべく早めでお願いする。こんな部屋にずっといるのは退屈だ。食事も楽しめないではないか」
「食事必要ないだろう?」
「味覚を知ったのだ、食べずにはいられない」
「そうか……まあ、頑張るよ。さて」
机の上に置かれた一通の手紙を見つめる。薬師、ゲオルグの売り込みの手紙だ。魔法は科学とは異なった法則では作用しているが科学の知識があれば応用出来て動作の解像度が違うことは何となく分かってきた。
錬金術とかの方がイメージに近いかも知れない。
一方、薬の調合は限りなく科学だろう。科学の中でも化学。専門外だが、科学的なアプローチでものを理解していき製品を生み出せば、貴族が作るものとは違う強みが生まれるだろう。ドラッグストアのようなものが出来れば嬉しい。洗剤や化粧品、生活に必要なあらゆるものを揃えていきたい。
使える奴なら良いのだが……どんな課題を押し付けよう?
「リュンヌ、何かあれば便利だと思うものは?」
「飯が美味くなるやつ」
「そうか」
ダメだ、リュンヌに聞いても意味がない。
生活と密接して衛生向上なら質の良い石鹸、うがい薬、消毒液、歯磨き粉、シャンプー辺りか。
しかし殺菌効果は調べようがないからな、その辺りも要検討と。
まずは歯磨き粉とシャンプーにするか。香りと清潔感が欲しいな。
歯を綺麗にするものか髪を綺麗にするものを作る旨を返事の手紙に記した。作り方は分からないがアイデアのヒントとなるような事は書いておいたので研究して良い感じに仕上げてもらいたい。
消耗品は普及させられれば安定した収入が得られるからな。
飯が美味くなる……とは言えないが冷蔵庫は作るか。
「飯が長持ちするのは作ってやろう」
「それは便利やな」
「冷たい食い物も作れるぞ」
「冷たい食いもん?それ美味いんか?」
「暑い時には美味いぞ」
「ほーん、なら楽しみにしとくわ」