石板の化身
光が小さくなり視界が開けると、そこには誰かがいた。
「誰や!」
リュンヌが自分を庇いながら警戒して距離を取った。
「……私はカズキュール。石板の守護者であり化身だ」
「石板の化身……?」
そいつは、男とも女とも言えない風貌で人間の姿をしているのだが、表情は読めず人間味が無かった。
「君が石板に魔力を注いだから顕現したのだろう」
「なるほど……姿を見せるには魔力が必要なのか」
「そうだ」
「おいおい、どういう事やねん、お前敵か?」
会話についていけないリュンヌは割り込んだ。
「敵だと?私は石板に魔力を注いだ時点で君……」
「ロウゼだ」
「……ロウゼの所有物なのだが」
「……敵ちゃうんか、ならええわ」
警戒を解いたリュンヌはホッと息を吐いた。
「色々聞きたいことがあるが……まずは石板とは何だ?」
「石板は石板だ、計算を司る私の本体で、計算に関する魔法文字が刻まれているだろう。後はこのダンジョンの管理をする核の起動の鍵だ」
「ダンジョン……まさか存在しているとは」
「何を驚いている、どこにでもあるだろう。それに君は神官なのだからそれくらい知っていて当然だろう」
「神官? いや、俺は貴族だが」
「貴族? 貴族とはなんだ」
「貴族を知らないのか、ということは貴族が生まれるよりも前の時代の存在か……」
「前の時代?人間の時間の感覚は分からないのだが私は一体何年ほど眠っていたのだ?」
「分からない。そもそもいつから眠っていたのか、お前の存在自体今の時代では誰も知らないだろうしな」
「待て、では調べてみよう…………分かった、1420年も時間が経っているようだ」
「千年以上も過去の存在……」
「私は二千年前から存在しているが」
「随分と古い存在だな」
時間のスケールが大き過ぎて目眩がしそうだ。
「次は私が質問する。貴族とはなんだ」
「貴族は階級制度の中で最も高い身分の人間で、平民と違い魔法が使える」
「……魔法は誰でも使えるだろう」
「いや、貴族しか魔力を持っていない」
「だからそれは神官だろう。魔法は誰でも使えるものだ」
「いやだから……」
どうにも話が噛み合わない。
「魔力がないと魔法は使えない。だから貴族は特別な身分なのだ」
「……魔力が無くても魔法は使えるが」
「何っ!?」
「何を驚いている当たり前のことだろう」
「いや、当たり前ではないが……それはお前の言う神官以外の人間もという意味か?」
「そうだ。魔法は天である魔力を借りて使える法則に過ぎない。君が言ってるのは魔術のことだろう」
「魔法と魔術は別物なのか、驚いたな」
「魔術は体内の魔力を行使して発動するものだが魔法は私のような石板や結界の装置に神の感謝を捧げるものだ」
「神に感謝……? どういうことだ?」
カズキュールの話によると、魔法とは神より人間に与えられた力で、豊かに生活する為に使う力なので身分など関係なく誰でも使えて当然のものらしい。
そして、それらを与えてくれた神への感謝を示す為、土地を守る代表者が捧げるもの。使用に制限があり、疲労を伴うものとして、魔力として与えた。つまり魔力は特権階級の為にある特別な力ではなく、傲慢にならないように土地を守る為に必要な機能を維持するのに課した制約に近いものだと言うのだ。
「信じられん……それでどうやって魔力無しに魔法を使うんだ?」
「呪文を詠唱する最初に『シェルシテイション』と言えばいい」
「それだけの事で本当に魔力無しで……」
「私にとっては当たり前の事だからそこまで驚いていることが不思議だ。逆に魔法の使い方を知らぬほど文明が退化しているとはな」
「あのさあ、一つ聞きたい事があるんやが」
リュンヌが会話に入って来なかったのですっかり存在を忘れていたが、質問をした。
「お前、男なん? 女なん?」
空気が固まった。リュンヌは相変わらずだった。
「私には性別は無い。石板だからな。人間と話す用に人間の形を模して現れているだけだ」
「男でも女でも無い? 訳分からんな。生えとんのか?」
「おい、何聞いてるんだ、やめろ」
「生えてるとは何がだ」
「だーかーら、股間に生えとるんかって事や!生えてたら男、無かったら女やろ!」
「ああ、性器の話をしているなら無い」
「なら女やんけ!」
「いや、女性器も無いので女とは言えない」
「はあ? 意味分からんわこいつ」
「リュンヌ頼むから黙っててくれ」
そんなのどうでも良い。人間じゃないのだからどっちだって良い。それよりももっと重要な事があるだろう。
「シェルシテイションと唱えるだけで魔法が使えるのか。無制限に……」
「無制限という訳ではないが。大量の魔力を引用すれば精神的に疲労が出る。やってみれば良いだろう」
「確かに……やってみるか『シェルシテイション』……」
大きめの風を起こす魔法を発動した。遺跡の中は暴風が吹き荒れた。
「うぉあああ!! やり過ぎやろ!」
「……ハッ!……おっと」
「危ないな〜!」
「信じられん……これほどの規模で全く魔力消費を感じられないとは」
「この程度で驚くとは随分人間のレベルも落ちたものだな」
「昔を知らんので何とも言えんが、相当高い文明だったのだろうな」
「魔法は日常的なものだからあって当然だ……ん?何だ君も魔法を使ってるではないか」
カズキュールはリュンヌの方を見て言った。
「え? 俺? 俺魔法なんか使えんけど」
「見せてみろ、服を脱げ」
「まーた服脱がされんのかい!」
リュンヌは半分うんざりしたようなキレたように文句を言いながら服を脱ぐ。
「うむ、やはり君は魔法を使っている。通常の人間の身体能力を遥かに超えた力が出せるのだろう。その術式を身体に刻印している」
「なるほどな、納得がいった。リュンヌの身体に彫られた刺青の中に魔法記号が書かれていたのは知っていたが天から魔力を持ってくる記号があったのか。つまりディパッシ族の言う大地の加護とは魔法のことだったのか」
「俺らの力は魔法やったんか……って事は俺も魔法使えるって言ったら貴族か!?」
「馬鹿、絶対に言うな。社会が混乱して大変なことになるぞ」
これは絶対外に漏らせない情報だ。貴族社会を根底から覆すような大発見だ。平民でも魔法をほぼ制限なしに使用出来ると知られたら貴族がどう動くか予想出来たものじゃない。
「恐らく、日常の動作に魔法を一々詠唱するのが面倒だから刻印して使っていた一族の子孫なのだろう。私は似たような刻印を見た事がある」
「ディパッシ族は随分と歴史が長いんだな」
「そんなん言われても知らんわ、ジジイの若い頃の話までしか知らん」
「まあ文字がないとそんなものだろうな。魔法の話は分かった。一旦それは置いておいて、さっきダンジョンと言っていたがそれについて教えてくれ」
カズキュールは仏頂面で何か考えているような様子を見せた後にため息を吐いた。
「この時代の人間はダンジョンも知らないのか……ダンジョンとは魔力が集まる場所に設置された人間の訓練施設だ。魔力を魔獣と魔石として出力しそれらを倒す事で人間の段階が上がる」
「段階とはレベルアップの事か」
「レベルアップとは何だ?」
「あー、経験値を上げることで表面的な筋力を増やすのとは違い本質的に強くなることをレベルアップと言うのだが」
「確かに、意味はあっている。魔獣、正確には天から流れた魔力を帯びた生き物と戦うと『レベルアップ』が上がる」
「レベルアップ『する』だ」
「まあ、それはどうでも良い。恐らく魔力の流れを知らんだろうからそこから説明してやる。魔力は空気中や地面に流れているものだ。そしてその流れがここの様に一箇所に集まったりする。
ダンジョンはその地形を活かして大地に溜まった魔力を、魔獣や魔石として出力し、循環を促進するものだ。大地の魔力の流れが澱めば作物は育たないし水も汚れる」
「血液や経済のようなもので自然の中の魔力は常に流れていなければ不調をきたすということか」
「んー全然分からん!」
「お前は分からんでも良い」
「続けても良いか…?」
「ああ、頼む」
「ダンジョンを起動することで、魔力がその場で溜まり淀むことなく循環させられる。すると土地全体に魔力が流れる。恐らく今は長い間ダンジョンが使われていなかったのだろうから土地に魔力は満たされていないので作物が育たないはずだ」
「その通りだ……しかしそのような理由があったとは」
「そして、土地が魔力で満たされると魔獣が現れる。その魔獣を人間が居住する範囲に入れない為に存在するのが結界だ」
「神から守ってもらう感謝として結界を維持するのに魔力を捧げることに繋がってくると」
「そうだ。だから結界とダンジョンは共に運用せねばならん。ダンジョンを起動して土地全体に魔力が流れているのに結界が無ければ大変なことになるだろう」
「ここにある石板がダンジョン起動の鍵で使えばダンジョンが元に戻るんだな。土地が痩せているのは事実だし豊かになってもらわねば困る。それで肝心の結界はどこで起動する?」
「ここの近くに神殿があるのを知らないか?」
「あ、ああ確か遺跡はいくつかあるがカズキュールのいう遺跡が、神殿のことならばそこにある装置に魔力を流せば結界は発動するのか?」
「そうだ」
「俺1人の魔力でどうにかなるものなのか?」
「君1人でやるのか?普通は複数の神官がやるものだ。土地の代表をする代わりに魔力を捧げる、それが神官という役職の義務だろう」
「いや、カズキュールの存在も自分の魔力を使わずに魔法が使えることも結界も他の人間に公表する気はない」
「何故だ?」
「人間の事情だ。とにかく今の段階では無理だ。もっと手回しがいるのでな」
「まあ、私には人間の都合など分からぬし干渉するつもりがないのだから言うなと君が言うならば何も言うまい」
「それで魔力に関してだが」
「それなら魔力を流す場と結界を張る場を限定すれば良いのではないか。聞いたところ君は土地の代表者なのだろう?ならば君の土地だけでも良いではないか。本来はもっと広域でやるべきなのだが」
「なるほど、そういうことも出来るのか。それなら何とかなるかも知れんな。出来る範囲で結界を張ってみよう。領地の防衛の観点から言っても是非欲しい」
「そんでよお、ダンジョン? を起動? したら魔獣と戦えんの? 強いやついる?」
「設定すれば強い魔獣は出せる。そう言えば君は全く分からんと言っていたが、ロウゼよりも段階は全然上じゃないかダンジョンに入ったことがあるのではないか?」
「え? 入ったことないけど。俺はディパッシ族のやつらと戦って強くなってるんやけど」
「ああ、君の一族は刻印をして魔力を引き出して戦っているから魔獣と同じだな」
「誰が魔獣や!」
「いや、天からの魔力を使い戦えば段階は上がる。君たちの仲間同士で戦うのは魔獣と戦っているのと同じだ」
「ディパッシの馬鹿みたいな強さは、そういうことか」
つまり、ディパッシ族は大地の加護、魔法を使った身体能力の向上プラス、それを使ってる者同士で戦ってるからレベルアップもしている。レベルの高さと魔法で、桁違いな強さを発揮しているということか。なら、皆ダンジョンで鍛えれば強くなるということか。軍事訓練施設として運用していけば、テルノアールは強くなる。今後使っていく事を検討しよう。
「よく分からんけど強いやつと戦えるんやな!? よし、ロウゼ!ダンジョン起動してくれ!」
「待て待て、結界がどこまで広げられるかが先だ。ダンジョンを起動して急に魔力が土地全体に流れたらどう影響するかが分からん。ダンジョン起動はその後だ」
「ちぇーせっかく面白いことあると思ったのに」
「さて、では遺跡、いや神殿に行こうか」
「待て」
「何だ、カズキュール?」
「私を置いていくな」
「いや、置いていかないけど」
「なら石板を持て、私は石板から現れているのだぞ、石板を置いてどうやって私に移動しろと言うのだ」
「ああ、そういうことか」
石板を拾い、カバンにしまった。
「よし行こうか……で、どうやって、ここから出るんだ?」
「はあ全く何も知らないのだな……エヴァジオンと言え」
「エヴァジオン」
3人は光に包まれて神殿を出た。
魔法について衝撃の事実が判明しました。
ロウゼはこれから魔力チートしまくることでしょう。