ロウゼ商会
ジュアンドルの本格的な商売を始めるにあたり、一つ問題点がある。ギーズ卿紹介の商人、フェノメーヌという男に売り、彼は仕入れの商人で、仕入れては他の貴族や商人に売るのだがその度にテルノアールまで来てもらうのが手間だし他の仕事もしているので限界があるのだ。
テルノアールに専門の商会を作りたいのだが、これまで扱っていなかったものなので商人がいないのだ。ここから売り各地から買い付けてもらえば、輸送費もかからないし、テルノアールのものと印象づけられる。
その他にも今後売っていきたいものはあるし、やはり今後の事を考えると領主主導の商会が欲しい。
領主なので作ろうと思えば簡単に作れるのだが、作ったところで中身が伴わなければ意味がないのだ。
ということを本日、ジュアンドルの買い付けにやってきてくれたフェノメーヌに相談してみた。
フェノメーヌはしばらく考えこんだ後難しそうに言葉を選びながら返答する。
「うーむ、ゼロから始めるとなると既にそれなりに経験のあるものを引き抜くしかありませんし、かと言って引き抜きに応じる者も中々おりませんでしょうな……」
「やはりそうか。無理は承知で相談なのだが誰か思い当たる人物はいないだろうか?」
「うーん……ああ!いますいます。おいエッセン!」
「は、はい」
呼ばれて前に出たエッセンはおどおどとした様子の冴えない青年だった。
「この者はエッセンと言いまして、私の養子です。良かったらエッセンを使ってください」
「えっ!?」
エッセンは驚き声を上げてハッとしてすぐに口をつくんだ。
「……本当に良いのか?彼は驚いているようだし本人の了承も得ていないだろう」
「良いのです、良いのです。私も毎度こちらに買い付けにくるのも限度があります。それに独占すると軋轢を生みますし、丁度手の空いてる者もいるので」
「……そうか、では一応本人の意思確認もしたいのだがエッセン、こちらで働く気はあるか?」
「え、えと、はい! 頑張ります!」
フェノメーヌは買い付けが主な仕事で、ギーズ領で外国の製品や各地のものを買い自領や王都で商売をしているので、あまりこちらに何度も来れる訳ではないらしい。
そしてエッセンだが、嫌、というわけではなさそうなのだが、あまりに急というか自分の養子を置いて帰るのは何かありそうだが家庭内の事情まで詮索はするべきではないだろう。と言いつつも領地防衛の観点から調べなくてはいけないのだが。
「エッセン、本当に良かったのか?」
「は、はい……あの大丈夫です……というより良かったかも知れません」
「どういうことだ?」
「恐らく厄介払いされたのだ思います」
「厄介払い?お前は厄介者なのか?」
「い、いえ!あの人にとって厄介というか、邪魔な存在というか……」
「詳しく話してもらえるか」
エッセンの話によると彼は子が生まれなかったフェノメーヌによって養子縁組をされた養子でその後に実子が生まれたのだが、今更養子縁組を解約することも出来ず肩身の狭い思いをしているらしい。後継は実子なので商売も参加させてもらえず、ずっとくすぶっているだけだったので、手放す機会が降って湧いて来た今回の件で事実上捨てられたようなものだと。
「それはなんというか……悪いことをしたな」
「い、いえ、良い機会だったのかも知れません……僕も肩身狭かったですし形はどうあれ憧れだった自分の店が持てるということなので……」
「拾ってくれたロウゼ様には感謝しています、絶対に恩を返せるように頑張りたいと思います!」
「店を持ちたかったのか、それで商人としての知識は?」
「は、はい!実際に見てきたのでやり方などは分かります。経験が無いだけです……」
「良いだろう、今までに無いものを沢山売りたいと思っていたのだから新しい商売の仕方を模索していこうではないか」
「新しいもの、と言いますとジュアンドルの他に何かあるのですか?」
「ああ、料理は今いくつか出来ているし紙や服、情報、魔道具……色々売っていきたい」
「現物はあるのですか?」
「いや無い」
「現物が無いのでは話になりませんね……売れるかどうかの判断もし兼ねますし」
「それはそうだ。出来たものはお前に見せて意見をもらえればと思っている。まずは試しに料理でも食べてもらおうか」
取り敢えずポップコーンをエッセンに出してみた。
「これは?料理なのですか?貧相ですし綿のようにも見えますが?」
「これは料理というよりは菓子だな。甘くはないが」
「甘くない菓子……ですか?」
「まあ食べてみろ」
なんだこれはと警戒して中々食べようとしないので勧める。
「……サクッサクッ……!?こ、これは……売れますよ!!!」
大人しかったエッセンが急に大声を出したのでちょっとビクッとなった。味の感想よりも売れるかどうかを見ているのは流石商人の養子と言ったところか。
「き、気に入ったようだな」
「菓子とは普通、砂糖がふんだんに使われて甘ければ甘いほど良いものとされてます、しかしこれは甘くない!口当たりが軽く食欲が進む!!甘いものが苦手な貴族にも売れるはずです!!これは凄い!!」
「ほう、ならエッセンならどう売る?」
「そ、そうですね……僕なら小分けと抱き合わせにしますね」
「小分けと抱き合わせ?」
「はい、これ一つあたりが小さくてたくさんありますよね。量の調整が簡単ですので、小分けにして利益の高いメインで売りたいものと一緒に売れば良いんじゃないですかね」
「なるほど……」
「これだけ売る場合は価格を少し高めにすれば儲かるんじゃないでしょうか」
「それは確かに良い案かも知れない。実はジュアンドルには食欲を増進させる効果があるのだ、つまみとしては丁度良いかも知れない」
「食欲を増進させるんですか、それは良いですね……これはどこまで広まっているのですか?」
「まだ屋敷にいるものしか知らぬ」
エッセンは何やら考えながらニヤリとする。大方、利益の計算でもしているのだろう。
「これは貴重な食材だと思うのですがどれくらい作ることが可能でしょうか?」
「んー、作ること自体はそこまで難しくないのだが量産となると場所や設備や人が足りないな」
「では必要なものなどを挙げてもらえますか?」
「分かった」
火元、鍋、コーン、塩など必要なものをリストアップしていき大規模となると必要なものが更にないか、などを考える。
「初期投資にそれなりに費用がかかりそうだが回収出来そうか?我が領地にはそこまで自由に出来る金はないし、失敗は許されないぞ」
「うーん僕は全然大丈夫だと思いますけどね。失礼を承知で申し上げますが、ロウゼ様はこれがどれほど画期的なものかを理解してないように思われます。商人としての誇りにかけて断言します」
「そこまで言うなら任せてみても良いかもしれんな」
「はい、必ずやり遂げて見せます!」
エッセンは拳を握りしめ覚悟を示した。オドオドしていたのに今はすっかり自信に満ち溢れた顔つきだ。
「では、屋敷の帳簿管理をしているエマと領地の経営に関する執務をしているトゥルーネを紹介するので3人で予算等の話し合いをしてくれ」
「かしこまりました」
この日からロウゼ商会が発足し、その後領地を支える産業を次々と生み出して行くこととなる。
またそれは領地だけに留まらず国中に大きな影響を与えていく。