ディパッシ族vs亜人 後編
亜人代表とディパッシ族の間でバチバチと火花が散る中俺はその様子をただ静かに眺めていた。
亜人の戦闘能力はリュンヌたちほどは分からないにしろ何が出来るのか何が出来ないのかが分からないと今後の作戦に活かすことが出来ないからだ。監督者兼、最高責任者は自分なのだ。
「行くぞ!」
まずはリュンヌとフォールスの戦い。
フォールスは助走をつけながら翼を大きく広げてバサバサと動かし空に舞い上がる。一瞬にしてグングンと空高くまで行ってしまい点ほどにしか見えなくなった。そして急降下してリュンヌ目がけて突っ込んできた。人間サイズの物体の高速タックルが当たれば一溜まりも無いだろう。
「おー速いなー」
高速で突っ込んでくるフォールスに感心しながら片足を軸にしてピボットターンをするように軽々とスイッと避ける。
「やるな! 次は外さないがなぁ!」
「でもな、当たらんかったら意味無いんやわ」
フォールスは空中でクルリと旋回しさっきよりも高い位置から滑空してきたことで更にスピードアップしていた。
「喰らえ!」
「はあ……なんぼ速くても俺に向かってくるって分かってたらどうってことないんやわ」
リュンヌはそう言うと自分に接近してきた瞬間に僅かに身体を捻り回避しながら自分の真横に飛ぶフォールスの背中に肘を叩き込み地面に落とした。
ゴンッ! という鈍い音がして大丈夫かと心配になった。
「ガハァッ!」
背中を殴られ声にもならない声を上げ息が詰まったフォールスはドスンと落下して上手く呼吸が出来ずにむせ返った。
「お前は力の使い方次第では強くなるけどまだまだやな」
「クッ……俺の速さに反応出来る奴がいるとはなあ……」
リュンヌはフォールスを致命傷にならない方法で一瞬にして戦闘不能にした。流石の戦闘センスだ。俺では全然目が追いついてなかったし避けようと思った時にはぶつかっているだろう。
しかもその力の正しい使い方までイメージ出来ていたようだ。
空を飛ぶ能力はやはり特別なものがあるのでここから成長するのが楽しみだ。もし、空を飛ぶことの訓練が更に出来ればテルノアール領は他の領地にはない戦力を獲得出来たと言っても良いだろう。
戦闘機が開発され、戦争のあり方も大きく変わったように制空権を得るという事の意味は非常に大きいと考えられる。
続いてはテルンとネフェルの戦いだ。女同士の戦いと言ってもこの世界で性別による戦闘能力差など大して無いのかもしれない。
「あんまり調子に乗らないことだね」
「強いのは事実やから調子に乗るのとは違う」
「こいつ……舐めた口を!」
ネフェルは小型のナイフをサッと出してテルンに切りかかった。
テルンは刃を紙一重で交わしているのだが驚くべきは一歩もその場を動かず上体を反らすだけで回避していたことだ。
「この! 舐めやがって! 攻撃してこい!」
「すぐに終わったら実力が分からんから……」
「くそっ!」
攻撃したらすぐに試合が終わってしまうと言うのはネフェルのプライドを逆撫でするのだろう攻撃に更に力が入った。
「結構速い。身体の動かし方も上手いセンスある」
「クッ……それはどうも……!!!」
「でも単調過ぎ」
テルンはネフェルのナイフを親指と人差し指で掴んでしまいそのまま奪い取り持ち手を握り首元に刃を突きつけた。
「馬鹿な……」
「駆け引きを覚えへんと……」
「完全に私の負けだね」
ネフェルはハアとため息をつき肩を持ち上げた後ガッカリというようにストンと落とし首を横に振った。
突いてきたナイフを素手で掴むとは信じられない芸当だがそれが出来るのがディパッシ族というものなのだろう。
柔軟な身体の操作が可能になれば特殊な条件下での戦闘も優位に立てるはずだ。接近戦が得意そうだし暗殺や狭い場所の侵入も出来そうだ。
続いて、コンテヌとライカの戦い。
「犬人族か〜初めて見たけど犬でも結構色んな種類がおるんやなあ」
「俺たちは見せ物ではねーわ」
「それは悪かったなあ〜それで? お前は何が出来るんや」
「鼻の鋭さと走るのなら誰にも負けねーわ」
「へえ! 俺と同じやなぁ! 俺も走るのには自信あるんやわ。じゃあ体力勝負と行こか。俺を捕まえてみろや! 触ること出来たら好きなだけ殴ってええで」
そう言ってコンテヌはダッシュしてライカから距離を離した。
「人間が俺の足の速さに勝てるわけねーわ!」
ライカはコンテヌに向かって走り出した。コンテヌは距離を置いた後立ち止まっていたのですぐに距離は縮まった。1メートルほどの距離に詰まった時にようやくコンテヌは再び動き出した。
縦横無尽にコンテヌは駆け回りフェイントで急停止したりほぼ直角に急カーブなどをしてライカを翻弄し続けた。
「ほっほっ! まだまだ走るで!」
「くそッ! なんで捕まえられない!?」
「どうした速かったのは最初だけか? バテて来てんで」
「ありえねーわ! この俺が追いつけないなんて」
「速くても続かんかったら使い物にならんなあ!」
ライカは既に息も絶え絶えという具合なのに対してコンテヌはまだジョギングというアップでしかないような足取りの軽さと余裕だ。
「もう終わりかぁ? 俺は後10時間は余裕でやれるけど!」
「ハアハア……分かった! もういいわ! 勝てねーのは分かったわ……!」
ライカはハアハアと息忙しなく吐き舌を出して両膝に手をついた。
コンテヌは降参したライカを見て直ぐに走るのを停止したが全く息は切れていなかった。
多少運動すれば息は上がるはずだがさっきまで座っていたかのような呼吸の整い具合だった。
「お前は動いてるもんを目で追い過ぎやなあ。それじゃホンマの犬と変わらんで今の時点でそもそも大してないけどその少ない体力も無駄に使ってるわ」
「ホンマの犬……無駄……そんなの考えたこともねーわ」
ライカはガクリとうな垂れた。
最後はマノツァとセベックだ。
両者ともに体格が良くパワー勝負の対決になりそうだ。
「俺は攻撃しない……攻撃しろ……」
「チッ……思いっきりやってやるぜ」
二人とも大柄で口数が多くはない寡黙なキャラなので何か似ているような気がして面白かった。しかし静かなのは表面だけの話で目は両者ともに真剣そのものだった。
セベックはマノツァに対して自分が当たればバラバラになりそうな重さたっぷりのタックルを仕掛け弾き飛ばそうとした。
しかしマノツァは片足を後ろに少し下げそのまま受け止めた。
「ぐっ! お、重い!?」
「中々力はあるようやが……」
「クッソォッ!」
セベックは前傾になりマノツァを押し倒そうと足に力を込め地面を蹴っているのだが前に進むことはなく後ろに滑って行き、地面はセベックの足で削れ土が後ろの方に集まっていく。
まるで巨大な壁に向かって無意味な突進をしているようでマノツァの重心は動くことはない。
「これなら!」
ガシッとマノツァの背中に手を伸ばしホールドすると身体を捻った。ワニ特有のデスロールを決めようと思ったのだろう。しかしそれでもマノツァは一切動かない。余りにも動かないのでセベックはパントマイムをしているようにも見えてしまう。
「ありえねえ……こんな重いやつは初めてだぜ……」
「まあ人間よりは強いか……」
そう言いながらもう実力を見極めたのか、マノツァは自分の腹ほどの位置でホールドしているセベックの背中を逆にホールドして下半身をブランとさせるように持ち上げた。
「うおっ!?」
そして無理やりセベックの腕を引き剥がしブンッ! と乱暴に投げた。
「ガアッ……!」
地面に叩きつけられたセベックは悲鳴を上げた。
「くっ……なら噛み砕いて……!」
直ぐに起き上がりマノツァの腕にセベックは大きな顎を開いて噛みついた。
マノツァは噛みつかれても全く動じず、ただ腕にグッと力を入れただけだった。
「どうした……噛み切ってもええが……」
「アガガッ……!?」
何故噛みきれない!と口を開きながらなので聞き取りにくいがセベックは驚嘆していた。
「簡単な話やが……お前の顎より俺の腕の方が強い」
「そんなのあり得ないぜ……俺の顎は岩をも砕く!」
「俺の拳は鉄に穴を開けるが……」
マノツァは更にグッと腕に力を入れて筋肉を一気に膨らませた。膨張の反動でセベックの噛みつきが僅かに緩んだ瞬間に口の間に手を突っ込み下顎を強引に引っ張って剥がした。
「ああっ! 顎がっ!?」
セベックは顎を抑えて苦しそうにする。
「よっし、もう終わりでええやろ!」
リュンヌが声をかけた。
「もういいのか?」
「ああ、大体分かったやろ。こいつらで一番強いらしいんやから後はもっと弱いだけやしな。明日からビシバシ鍛えたるわ。皆ええもん持っとるけど使い方分かってないわ。力に頼っとるな」
「まあ人間よりも優れた部分があればそれに頼らざるを得ないだろうが」
「いや、武器にするのは良いけど頼ったらあかんわ。活かすこと考えな武器も使いもんにならん」
「そうか、戦闘に関してはお前に任せるしかないから自分の身を守れるようにしてやってくれ」
「任せろや、その代わりお前はまた美味い飯考えろよ?」
「美味い飯、な。分かった分かった」
「よーっし! お前ら明日から訓練始めるぞ! 皆人間にはない武器持ってて中々ええやんけ! せやけど、それはまだ戦いには全然使えてないわ! 明日から自分の特技伸ばして自分の身と大切なもんくらい守れるようになれや!!」
自分たちとディパッシ族の圧倒的な実力差に自信を完全に失って意気消沈となっていた亜人たちからは返事は無かった。
やっと諜報部隊のメンバーは確保出来たか戦闘訓練は任せるとして、後は教育か。読み書きすら出来ないとなると一体どういう教育方針を立てようか……ある程度分かってる人間に学校の範囲を個別で教える程度のことはしてきたが1から勉強の概念を教えていくとなると骨が折れそうだ。うーむ。
学校……あ、そうだ、連帯感を高める為にいっそ学校作ってカリキュラムに則って教室で授業受けさせるか。後進も育てていく必要がありそうだしな。まあ、最初は青空教室ってレベルだが。
この思いつきがテルノアールスパイ養成学校の誕生の瞬間であった。