テルノアールの貴族たち 後編
やっと20話です、お陰さまでpvもブクマも徐々に増えてきました。ありがとうございます!
「今日は其方たちに感想を聞きたく新しい料理を用意した」
今回用意した主な食材はポムドテルだ。貴族は基本的には野菜は食べない。地面の下に生えるものは口にしないのだ。穀物と乳製品と魚と肉が主な食材だ。
肉は鶏と豚が主で、牛は乳製品と農耕の働き手の側面が大きくあまり一般的ではない。
豚は何でも食べ、一度に子をたくさん産み、冬が越せない事が多いので屠殺して食べることから肉と言えば豚が一番一般的だ。
「新しい料理まで考案したのですか?」
アヴェーヌ卿が信じられないというようにして聞く。
「アヴェーヌ卿は先程作物が育たないと言っていたな。実は王都に行った先に良いものを見つけたのだ。ポムドテルという野菜なのだが、これは痩せた土地でも収穫出来るし栄養価も高い。領地全体で栽培していけば飢えが解消されるかも知れぬ。今日はそれを試しに食べてもらいたい」
「そんな便利なものがあったとはのお……聞いたことすらありませんなあ」
フォワ卿はそれは素晴らしいと喜びを見せる。
「それは王都では良く食べられているのですか?」
「いや、観賞用の花として栽培されていた」
「……では一体何故食べられると?」
クシー卿は本当に食べられるのか?と懐疑的だ。
「あ、ああ……父が残した書物に記述があったのを覚えていたのだ」
嘘だ。よく考えれば食べたことのないものを食べられると知ってるのは不自然だ。父のお陰にしておこう。
「なるほど。先代様は研究熱心な方でしたし本も沢山お持ちでしたね。普通口で伝えるような魔法に関してまでわざわざ書き留めて研究されるような方でしたし」
「ああ、父に感謝しないとな」
魔法って口伝なのか!? 研究熱心で助かった。本が残されて無かったら魔法使えなかったぞ。
全然知らないけどナイス父上。
「まあ、まずは食べてみてくれ」
最初に出したのは小麦粉をつけたポムドテルを油で揚げ、塩をかけたフライドポテト改めフライドポムドテル。
薄く切って揚げたチップス。
茹でた後に牛乳と塩胡椒で味をつけたマッシュポテトだ。
「どれがポムドテルの料理なのですか?」
「全てだ」
「それぞれ形がまるで違いますし……同じ食材とは思えませんが? これが野菜なのですか?」
「調理の仕方を変えると食べ方も増えるのだ」
「まあまあ、まずは食べて見んことには始まらんじゃろうてクシー卿」
「そうですね……」
3人は料理を検分しながら慎重に口に運んだ。
「う、美味い……!!! このサクッとした外側とホクホクの中身、そして程よい塩気!」
「これは!?……香ばしい匂いとパリッとしていて食べやすく手が止まらない!!」
「シットリとした食感と濃厚で豊かな味……こんな料理始めてですよ……」
信じられないというように一口、また一口と食べていきその度に味に驚いている。それぞれ他の料理を食べては同様の感想を述べていた。
「気に入ったようだな。どうだ素晴らしいだろう、野菜と言っても馬鹿に出来んだろう」
「いやはや、驚きましたぞ。野菜と聞いてたかが野菜と侮っていましたがこれほど美味な野菜があるとは」
「警戒していたのが馬鹿馬鹿しく思えます」
「この薄くてパリパリとした料理は食事としては物足りない気がしますが、貴族の茶菓子や間食なんかにウケが良さそうですね」
「ああ、ジワジワと流行を広げていくつもりだ。美味い食事は貴族なら誰もが欲しがるだろう」
「是非レシピを……」
クシー卿がレシピをせがみ他の2人も是非教えて欲しいと願い出た。
「其方ら、あれほど美味い美味いと喜んで食べていたのだ。なら、レシピの価値は分かるだろう?」
「そ、それは……」
痛いところを突かれた! という苦しい表情を浮かべる。
よし、会話の主導権は握った。
「さて、領地の改革について詳細な部分を詰めていきたいが協力次第では考えんこともないが……」
「うーむ領地の為です、聞かせてもらいましょう」
「そうですね、領地のために」
「是非に」
余談ではあるが、アメリカの心理学者グレゴリ・ラズランによると「食事中に提示された意見は好意的に受け取れる」というランチョン・テクニックというものがある。それを知っていたので食事のタイミングで重要な話を切り出したのだ。
「さて、食糧の改善には既に説明したようにこのポムドテルを領地全体で栽培することで飢えに耐えられるように下地を作りたい。収穫は年に2回だから即効性はないが先行投資だ。そして衛生面の改善だ」
「衛生というのは?」
アヴェーヌ卿が聞く。
「衛生とは清潔な状態を保つことだ。病気で死んだり、体調が悪く働けないものは少なくない。衛生面を改善すれば人は病気になりにくくなり健康となる。結果的に領地の労働力は上がる。健康というのは何物にも変えがたいものだ」
「清潔にするというのは分かるのですが具体的には一体何を?」
「まず、歯を磨くこと食前には手を洗いうがいすること、風呂に入ること、汚物や死体などを放置せず適切に処理する方法の周知と場所を作ること。これら全てを慣習とし常に行うようにさせる」
「そ、そんなに多くのことを!?」
「そこまでしなくてはならないものなのですか?」
「これは平民全員にということですか、それは難しいのでは」
「逆だ。これさえ徹底すれば死ぬ、病を患う確率が下がるのだ。人口の少ないここでは平民の命の価値が分からんとは言うまいな」
「しかしロウゼ様、聞いてる限りではそれらは水が必要なはず。その肝心の水が衛生的ではありませんぞ川は汚物や死体が流れて飲めば身体を壊します。それに風呂は貴族の嗜み、平民には贅沢過ぎて用意するのも無理じゃないですかのう」
台風や大雨などで洪水となり汚水が溢れた時、その汚水に長靴で入っても危険だ。釘や鋭利なものが引っかかったり踏みつけた時に僅かな傷から細菌が侵入して破傷風を起こしたり赤痢に感染する。そのような汚い水が生活用水と同じに流れているのはまずい。
「分かっている。だから生活で使う水と生活で使った水を分ける工事をする必要がある。水を浄化する機構も用意しなくてはいけない。それらが完成の後、公衆浴場を作る」
「公衆浴場と言うのは一体なんですか?」
「公衆浴場は平民向けの誰でも入ることが出来る大型の風呂の施設だ。風呂に入り身体を清潔に保つ余裕が平民にはない。だから我々が主導となり作るのだ」
「平民が入る風呂を我々が作るのですか」
「クシー卿、先程も言ったが平民は領地の働き手であり財産だ。家畜に餌をやったり世話をするだろう?ならば貴族は平民が生きれるように世話をする義務がある。自分たちのものなのだから大切にする。違うか?」
「平民は命令して我々の為に働かせるものではないですか」
「では聞くがそれで土地が豊かになったか?豊かにしろと命令すればなるのか?」
「そ、それは……」
「命令して実行出来るなら楽なものだ。しかし実際はそうはいかない。ならこれまでとは違うことをするしかないではないか。来年も現状維持が出来るとは限らん悪化するかも知れぬ。ギリギリの状況で土地を運営している今、すぐにでも動かなくてはならないのだ。理解と協力、どうかしてはくれないか」
「ロウゼ様がこれほどまでに領地の事を考えてなさるとは恐れ入りました尽力したいと思います」
フォワ卿は協力的な態度を示した。
「ロウゼ様、あのトゥルーネが聞きたいことがあるそうで、よろしいでしょうか?」
トゥルーネがアヴェーヌ卿に耳打ちした後、アヴェーヌ卿が尋ねた。
「構わん」
「先程のお話では水を浄化する機構、水の種類を分ける機構を用意すると仰られましたがそれは魔道具が必要かと思われますが誰が作るのでしょう? または購入されるのでしょうか?」
魔道具?そんなファンタジーアイテムがあるのか、魔法の便利グッズみたいなものなのだろうか?
「……魔道具に関してはあまり専門的な知識はないのだが実現は可能そうか?」
「私は文官ですし魔道具を作ることが得意ですので恐らく制作は可能かと。しかし領地全体に影響を及ぼす魔道具となると我々が常に魔力を注いだとしても足りないと思います」
「うーむ、魔道具以外の方法か、魔力効率の向上か……研究が必要そうだな」
「はい、現段階ではどれほど浄化する必要があるのか分かり兼ねますので」
「丁度良い、屋敷に文官が足りてないのだしばらくこちらで働いてくれぬか?」
「ロウゼ様、トゥルーネはこちらの仕事が……」
「やらせてください」
「トゥルーネ!?」
「……ロウゼ様、少し兄と話す時間を頂けますか?」
「良いだろう」
席を外した2人は部屋を一旦出て話し合いをした数分の後、戻ってきた。アヴェーヌ卿はなんだかゲッソリとして項垂れている。対してトゥルーネは満足げな表情だ。
「お待たせしてすみません、話はつきました。ここで文官として働かせてもらいます」
「そうか、それではよろしく頼む」
その後食事を取りながら細々とした改革の質疑応答や打ち合わせをして会議は終了した。
「話はまとまった。また追って連絡を取っていきたいがその時はよろしく頼む」
「あの、それで約束のレシピの方は……」
「ああ、そうだな、ならこれでどうだ?」
金貨の枚数を指で示す交渉のサインを出した。
「そ、そんなに!? お金を払わなくてはならないのですか? 先程は考えると……」
「考えるとは言ったがタダとは言っておらんだろう? 別にこの料理にそれを払うほどの価値がないと思うのであれば辞めればいいのだ。あっ、そうそうポムドテルの調理方法は他の食材にも応用出来るなあ……」
騙された! という顔を全員していたが相当美味しかったらしく最終的には潔く金を払った。