テルノアールの貴族たち 前編
ちょっと長くなりそうなので分けました。ブクマ数が10を超えました!ありがとうございます。これからも頑張ります。
ロランが書簡を送ってから2週間が経ちコンテ伯が屋敷に到着した。
この2週間何をしていたかと言うと、ディパッシ族に大量のジュアンドルの発注と報酬の前払いそして王都で彼らが見たこと感じたこと、これからのことを話し合いをした。村にいるものはまだ差別の実感が湧かないようではいたが出たもの考えを尊重してくれ、更に友好的になることに成功した。
そして、料理を開発した。これは貴族に出せば利益を生むと確信している。丁度良いのでテルノアールの貴族たちに歓迎と親交を深めるために食べさせてやろうと思う。
コンテ伯は3人おり、アヴェーヌ家、クシー家、フォワ家だ。ロランに名前を教えてもらい外見的な特徴や好きなものなどある程度の下調べはしたのだが転生する前のロウゼ・テルノアールに関する記憶に触れられるとまずい。基本的に会話の主導権は握り続けてなくてはならないということを含めても新しいものに目を向けさせるべきだろう。
領主の応接間に到着したコンテ伯たちを迎え入れる。
「皆よく来てくれた、歓迎する」
「おお、ロウゼ様お元気なようで安心しました、先代の葬儀の際に倒れた時は驚きましたぞ」
70代くらいだろうか?笑顔で尋ねたのはおじいちゃん貴族のフォワ卿だ。
「ああ、心配させて済まなかった。精神的にも疲れていたのだろう。葬儀の前後の記憶はないのだがな。特に問題はない」
「まずは領主就任おめでとうございます」
「おめでとうございますロウゼ様」
「うむ、まだまだ苦労してばかりだ、力を借りることもあるだろうがよろしく頼む。まあまずは座ってくれ」
席に座るように促しロランに茶を用意させる。
茶がそれぞれに配られたら一口飲みコンテ伯たちが続いてカップに口をつける。
「今回呼んだのは、報告と意見を聞かせて欲しいことが多々あるからだ」
「ええ、ええ、私たちも聞きたいことがありましたので」
クシー卿はそう言いながらちらっと俺の後ろに控えているリュンヌを見た。
「ディパッシ族と友好的な関係を築くことが出来た。彼らの一部はここで護衛と警備の任に就いている」
「武闘会でテルノアール代表のディパッシ族の人間が優勝したと聞いた時は耳を疑いましたよ。一体どうやって……?」
「そうだな。それには色々説明が必要だが、まず、私が領主となった今改めてこの領地の状況の悪さを知った。食糧も少なく、税収は多くないがそれでも民は困窮している。主要な産業もなく仕事もない。経済が回らんのだから景気は悪い。だから大きく動こうと思う」
「大きく動くと言っても一体どうするのですか?」
アヴェーヌ卿は自分より5歳ほど年上の比較的若手コンテ伯で気の良さそうな青年だ。従者として文官である妹のトゥルーネがいる。アヴェーヌのブレーンはトゥルーネの方らしく二人で運営を頑張っているらしい。
「まず、これを見て欲しい」
手元に置いてあったジュアンドルを前に差し出す。
「これは……?」
全員一体なんだ?という不思議な顔をしていた。
「これはジュアンドルという。嗜好品と薬の性質のあるものだ。既にオルレアン派の貴族には試供品として渡していてそれなりに貴族間でも話は広まっている」
「ほお、そんなものが?」
「見たことありませんな」
「これが領地にどう影響を与えると?」
「これは痛みや精神の不安を和らげる効果があるのだ。今までにない薬効で薬師、商人、貴族にも評価は高く、高価で売れる」
「製法や材料に関しては詳しく説明はしないが価値に対して非常に安価に大量生産が出来る。仕入れ、販売ルートも確立し直に販売が開始される」
「そんなものがこの領地から出るとは……よっぽど優れた薬師か素材を見つけたのでしょうか?」
「これはたまげましたな! しかし、もうそんな所まで話は進んでいるのですか。そこまで進んでいるなら売れるという確信があるのでしょう」
アヴェーヌ卿とフォワ卿は驚きと肝心の声を上げる。
「ああ。その利益を元手に領地の改革を行っていきたい」
「……それで、ディパッシ族とどう関係が?」
クシー卿がまるで分からんという顔でこちらを見ている。この中ではディパッシ族に対する警戒が一番強いのだろう。
「これはディパッシ族が作っている」
「なっ……ディパッシ族が作ったものなど売るのですか!?」
「ディパッシ族が作っているとわざわざ言わなければ関係あるまい。商品の質は変わらん。テルノアールの貴族である其方達には教えたがこれは他言無用だ」
「し、しかしですな、何故奴らが協力するのですか。訳が分かりません」
「当然、ディパッシ族に旨味のある話だからだ。ジュアンドルの利益の一部は彼らに還元する。これまでの税の未払いも免除した。食糧を略奪する必要などない位には利益があるのだ」
「それでディパッシ族が同盟を結んだと……」
信じられないというような顔で放心状態にクシー卿はなっている。
「発言よろしいでしょうか?」
アヴェーヌ卿の妹、トゥルーネは赤い瞳を光らせながら手を軽くあげる。
「許す、なんだ?」
「商品を誰が作ったかは問題ないのですが、それほどまでに利益が見込める薬をディパッシ族が調合出来るとは思えません。製法や素材の説明が出来ない理由を教えてください」
「価値ある商品の情報を漏洩したくないからだ。素材と作り方が何より重要な商品の情報が漏れれば一気に価値は下がる。領地の財政にも影響する。其方たちを信用していない訳ではないが知らなければ情報が漏れることはないからわざわざリスクを増やす必要性を感じない。そして、この言い方はあまり私は好まんが、ディパッシ族でも作れる。という点から非常にシンプルな製造方法なのだということだ」
「情報の価値ですか……浅慮であったことをお許し下さい」
「分かってもらえれば良い」
「それで、これから先一体何をするのですか?」
フォワ卿は興味深いというように続きを求める。
「ジュアンドルの利益を元手に、まずは民の生活水準の改善と向上。主に食事と衛生だ。そして領地全体に活気を取り戻した後に産業を成長させ豊かな領地を目指す」
「といっても作物はあまり育たない土地ですし輸入出来るほどのお金も有りませんが……そのジュアンドルが売りに出されたとしても直ぐには出来ませんでしょうし」
「ああ、忘れてたな実は手元にそれなりに金はあるのだ。そこにいるリュンヌが武闘会で優勝したからな王より褒美を頂いた。大領地の上級貴族の税半年分ほどある。この規模の領地なら大金だろう?」
「そ、そんなに!?」
「そしてこの金は其方たちコンテ伯にも下賜する。これで領民の為に食糧を買え。実際に身体を使って働くのは我々貴族ではなく平民だ。まずは平民が領地を変えるのに十分な力をつけさせる必要がある」
「それは有り難いアヴェーヌもギリギリでこの冬を乗り越えられるのがかなり苦しい状況だったのです。ロウゼ様ありがとうございます」
アヴェーヌ卿はホッとしたように感謝の念を示した。
「それは有り難いのですが、ディパッシ族の稼いだ金を我々が使うのですか……」
クシー卿は納得出来ないような微妙な顔をしていた。
まあ貴族のメンツを考えれば受け入れがたいのかも知れない。
「はっはっ、クシー卿は頭が固いのう。ディパッシ族もテルノアールの領民じゃ。領民は領地を治める貴族の所有物。なら領民が稼いだ金を貴族が領地の為に使って文句あるまいて。我々は金を選り好み出来るほど豊かじゃなかろう。これで少しでも領地が豊かになれば良かろうに」
フォワ卿は年齢的に一番融通が効かなさそうだと思ったが案外柔軟なようだ。クシー卿は一般的な貴族の反応という感じだ。
「そうだ、使えるものは使えばいいのだクシー卿。気持ちは分かるがそうも言ってられん状況だろう」
不承不承という感じではあるが財政的に厳しいことは明らかで、どんな金だろうと使うしかないと自分に言い聞かせるように使えるものは使う……と小声で呟いていた。
「しかし、危険ではないですか?野蛮で平気で人を殺すと聞いていますが……」
アヴェーヌ卿はリュンヌの方をチラッと見て恐怖を抱いているのが見て取れる。
「まあ、ディパッシ族を街に入れて大丈夫なのかなど、様々な不安は多いだろうがその点は今試行錯誤中だ。私が責任持って監督するし、今のところそこまで問題は起こっていない。行儀作法や街のルールなどは今覚えていってもらっている途中だ。一度兵士と仕事の件で揉めたが取り敢えず街は兵士に、屋敷と私はディパッシが守っている。味方につけば強力な戦力だ、他領が攻めてきてもそう心配しなくても良いというだけで同盟を結ぶ価値はあるだろう」
全員がうーむ、と首を傾げる。まだ相手がどんな人間なのかが分かっていない今は簡単に信頼する事は出来ないだろう。時間をかけるしかない。
「さて、そろそろ食事にするか。詳しい話は食べながらしよう」
空気が重くなってきたところで一旦話を打ち切り、休憩をしているとすぐに予め用意していた料理が運ばれて来た。