勝利の行方
武闘会いよいよクライマックスです
いよいよ決勝戦が始まる。国中から集まった武人達の頂点を決める場に初出場、貴族でもない男が登りつめた。というかジャンプして飛んできたって感じだ。
この場にいる誰もが予想だにしなかっただろう存在。
ディパッシの長の孫にしてディパッシ族最強の男、リュンヌディパッシ。
背は人並み以上に高く筋肉が山のように隆起してはいるが決して動きが遅くは見えない洗練された戦闘することに特化した鋼の肉体。
ウェーブのかかった銀の髪がかきあげられ、乱暴な物言いではあるが、顔は綺麗に整っており顔だけ見れば優しい青年のようにも見えるかもしれない。
しかし怒れば獣のような獰猛な表情を見せる。
すぐに感情をむき出して扱いが難しい奴でいつも注意ばかりしているのだが、護衛として近くに置いているといつのまにか居ない時には心許無く思っている辺り、案外信頼しているのだろう。
それはこれでもこの男なりに信念をもって行動しておりその美学に反するような真似はしないからかも知れない。戦闘において貴族の騎士のように呪文を詠唱するまでは攻撃するべきではないなど甘い考えは持たないが、それでもある種の騎士道のような誠実さを持っている。
ディパッシ族最強でありながらディパッシ族のやり方を好まない矛盾した存在。戦うことは好きでも弱者をいたぶる事は好まない。
直感的にこいつは一族を変えることが出来る。そう感じたからあの時、助けを求めたこいつの力になってやりたいと思った。
主として何かを変えるには悔しいがまだ力が足りない。その一助となって貰うためにもこの戦い、絶対に負けることは出来ないのだ。
差別や身分差、まだまだ知らないクソみたいなことがこの世界にはあるのだろう。気に入らない。
全部ひっくり返してやりたいと思った。
誰かが不自由さに苦い思いをする社会を許容出来るほど無関心ではいられない。
前の世界でやり残したことが沢山ある。ならこの新たな世界でやってやろうじゃないか。
「暴れてこい。お前の力を見せつけろ。ディパッシ族もディパッシ族に対する差別もお前が変えてやれ」
「おう!」
バシッと背中を叩いて激励する。
リュンヌはすっかり集中して普段とは違う静寂さを纏っていた。嵐の前の静けさ、いや、台風の目だろうか。血は沸き、頭は冴えているその姿からは敗北がまるでイメージが出来ない。
「これより武闘会の決勝戦を行う! ギーズ領エヴァンタイユ・ドルー! テルノアール領リュンヌ・ディパッシ!」
エヴァンタイユの名が上がると大きな歓声が上がりリュンヌの名が上がると大きなブーイングが上がった。
貴族の沽券にかけてもいきなり出てきた蛮族には負ける訳にはいかないのだろう。下らない。強さに貴族も平民も蛮族も関係ない。身分にしがみついて生まれこそが人間としての価値のような考えの貴族たちに一泡吹かせてやれ。
「お前のようなただのゴロツキがよくここまで勝ち上がってきたものだ」
「ただのゴロツキで勝ちあがれるんやから貴族も大したことないんちゃうか?せいぜい楽しませてくれや。ここまで雑魚ばっかりやったからな」
「それでは……試合開始!!」
足の親指で抉れるかと言うほど地面を力強く蹴り間合いをリュンヌが詰めた。足から腰へ腰から肩へ肩から腕へ力を伝達させて拳をエヴァンタイユに繰り出す。
「ガアッ!!」
エヴァンタイユはリュンヌの攻撃を腕でガードしたが力を吸収し切れず後方に身体が浮いた。
「デカイ口叩くだけあって一撃では終わらんか」
「貴族の戦い方は何も魔法を使うことだけではない」
「言うても余裕ないんちゃうん?」
「ほお、お前はあるのか?」
エヴァンタイユは左足の踵をリュンヌにクルリと回転させて向けると上体を後ろに倒した。やや遅れるように右足が一気にリュンヌの頭上まで迫る。上段の回し蹴りだ。
「うおっ!?」
今度はリュンヌが左腕で頭を庇うようにガードするが衝撃を吸収し切れず右へ飛ぶ。
その隙にすかさず魔法を詠唱して剣を抜く。
「魔法を使わないとも言ってないがな。さあ、お前も抜け」
「……ディパッシ族は仲間同士で戦う時に武器は使わん。己の肉体が武器や。なんでか分かるか?」
「下等な貴様らのことなどどうでも良い!」
「下等か、どこで生まれたかがそんなに大事か」
「当たり前だ!私はギーズ領で最も位の高い家の母から生まれた!故に私は優れているのだ!ディパッシ族などに負ける訳がない!」
「それでガルグイユに技教わったんか、あのクソ野郎に動きが似てるわ」
「貴様ら、ガルグイユ、ガルグイユとしつこいな。名はフラームだ!ガルグイユなどではない!」
「何がフラームやふざけやがって。まだ教えてなかったなディパッシが素手の理由を」
そう言ってリュンヌはエヴァンタイユの剣を蹴り飛ばす。剣はパキン!という音を立てて折れ、刃は空中を舞い地面に落ちた。
「武器なんか俺らの鋼の肉体でぶっ壊れるからや。結局は己の肉体のみが勝敗を決める!!」
「貴様ぁっ!調子に乗るなよ!!!」
剣を捨てて殴りかかり牽制する。
「くっ……この力を使うのは癪だが仕方ないな」
「まだ本気じゃないって言うんか?出し惜しみ出来るほど俺は甘くないで」
「お前こそさっさと全力を出せ死にたくなければな」
「上等や、なら本気でやったるわガルグイユなんかに の下についてるお前は気に食わん!」
「貴様さっきから……お前はガルグイユの一体なんだ!?」
「お前こそガルグイユって言ったらやたらキレるしガルグイユのなんやねん!?」
「フラームは俺の父上だ!」
「ガルグイユは俺の親父や!」
「「……何っ!?」」
互いに殴りかかろうとしていたがその言葉を聞いて二人の動きはピタリと止まった。
と言うことは、二人は腹違いの兄弟なのか?
「あいつ……村捨てて子供まで作っとったんか!!お前俺の弟なんか」
「違う!俺はお前の弟などではない!!父上はディパッシなどではない!」
血筋を殊更気にしているのは領地で最も高い地位である母親の血と父親のガルグイユのディパッシ族の血が流れていることの板挟みであるコンプレックスからなのかも知れない。
差別をするものほど劣等感が強いというのは現代でも珍しくは無かった。
エヴァンタイユは他の貴族からは後ろ指を指されて影で色々言われていたのかも知れない。
だからこそ血にこだわるのかも知れない。
しかし、フラームがディパッシ族だと他の者が知ってるような気配はしない。あの時護衛の他の騎士も何を言っているのだこいつら?というような不思議な顔をしていた。
幾ら強かったとしても領地内で軍の師範役に貴族でもないディパッシ族がなる。他の貴族が従うとは考えられない。
ガルグイユはギーズ卿に貴族としての身分を与えられディパッシであることを隠していたのか?
エヴァンタイユはディパッシ族を誰よりも軽蔑し憎んだような目で見ていた。ギーズ卿、そしてエヴァンタイユ、そして母親だけがフラームをディパッシ族のガルグイユと知っているのだろうか?
ガルグイユが身分を偽ってギーズ卿に取り入ったのではなく、ギーズ卿がガルグイユをフラーム・ドルーという存在に仕立てあげた?何のために?
しかし判断するには情報が足りない。
「貴様らの存在は邪魔だ!そのうち根絶やしにしてくれる」
「邪魔な存在か……生きてること自体を否定されるような謂れはないけど」
「謂れだと?ディパッシ族である事だ。生きていること自体が生きていることを否定する理由だ!お前はもう喋るな、不愉快だ!」
「無茶苦茶やなお前……こっちも気悪いんやわ黙ってもらおか」
そして殴り合いが始まった。互いに攻撃してはガードと避け、そこから反撃の繰り返しで、地響きのようなゴウンッ!という鈍い音を立てている。
普通の人間ならガードした部分の骨が折れているような衝撃があるはずなのにどちらも大きなダメージを受けている様子はない。
リュンヌは大地の加護で身体能力が向上しているからそれも分かるが……エヴァンタイユは力を使うのは癪だと言っていたが一体なんだ?まさか、エヴァンタイユも大地の加護を使っているのか!?
いや、ガルグイユの息子であるならそうであっても不自然ではない。ディパッシの力を使うということは見下しているものの力に頼りそれを認めるということになる。だから『癪だ』という事か。
エヴァンタイユについて考察している間に戦いは均衡しているように思えたが徐々にリュンヌが押し始めた。
「どうした!?もう終わりか!?お前のそれ大地の加護やろ」
「黙れ!」
「大地の加護が使えるってことはやっぱりあいつはガルグイユや」
「黙れーっ!!!」
「阿呆が」
リュンヌの言葉に激昂したエヴァンタイユは大振りの攻撃を繰り出した。
リュンヌはその大振りになった刹那の隙を見逃さなかった。エヴァンタイユの顎に掌底を打ち込み、彼は突き上げられ体が宙に浮く。
ドスンっと地面に叩きつけられた彼は意識を失っていた。
脳震盪。例えどれだけ肉体が強かろうと身体の中を鍛えることは出来ない。
「……勝者、リュンヌ・ディパッシ!」
会場が揺れた。リュンヌが優勝というのは、いきなり現れた蛮族に全ての貴族が敗退したことを意味するのだ。高貴な身分であり最も優れていると自負している矜持を脅かす存在を看過出来るはずがない。
怒声や罵声、絶望して、失望して声が上がらず思考停止してしまったような顔をしているものもいる。
リュンヌは静かに振り返り歩きながらジュアンドルを取り出して火をつけた。
「スー……ハァ〜ちょっと時間かかってもうたわ」
「……良くぞ勝ったな、暇つぶしにはなったか?」
「まあな」
ニカッと二人で笑いあった。
主人公よりも先に無双してしまうリュンヌでした。