一人の少女
俺は、アヴァン神聖国から南西に向かって足を進めていた。
所々にある湖の水を、わざわざ浄水しそれを革の水筒(水筒と言っていいのか)にいれ、進んでいた。食料はエミリア王女からもらった物を食べていた。と言っても少ししかないので気を付けて食べないといけない。
おおよそ道と呼ばれる道を歩いていく。
そんなほのぼのしているときだった。
左側の草むらから、赤い何かが出てきた。いや、落ちてきた。
「つかまえろ!!」
その言葉が聞こえてきたとき、赤い何かはむくりと立ち上がり、俺目掛けて突っ込んできた。
俺はそれに対応できず、何かとぶつかる。
「おい!どこ行きやがった!さがせ!あいつは、大事な商品だ!」
俺は、そんな言葉も気にせず、俺にぶつかってきた何かを見下ろした。
肌は汚れていたが、その顔立ちからもとは可愛かった事がうかがえる。
「・ひぃ・・あの、どうか、見逃してください・・・」
「いたぞ!道に出てやがった!!」
その声にあわせ、人がぞろぞろと出てきた。その中でも一際綺麗な服を着ているのがいた。そいつが、俺たちに向かって声をかけてきた。
「おい、そこの平民。そこにいる少女を渡せ」
少女はそれが嫌だと言うように、いつのまにか俺の服の裾を掴んでいた。
「嫌だ、と言ったら?」
「・・・・平民ごときが」
そう言い、おもむろに突き上げた手を下げた。
すると、彼の周りに居た騎士(ある書物に書いてあった)の内の一人が俺たち目掛けて剣を振り下げてきた。
俺たち勇者には、体の一部に『力』が宿される。俺の場合は、『目』だった。
「!!!」
俺に切りかかろうとしていた騎士は、途中で剣を止めた。俺の能力の内の一つ。
『威圧』
人というのは七割がた目から情報を得ている。その情報の内、相手の『圧』を感じる、というのがある。『威圧』は、それを応用したもので、相手に特大火力の圧をかける。心の根の方にある本能を騒ぎ立てさせ、畏怖するというものだ。
「どうした?」
騎士がビクッとなる。本当に怖い時、人というのは目の前が見えなくなり、走馬灯を見る。
騎士はそれに陥っていた。それほどに、本能というのは離れない。
異変に気づいた他の騎士達が、俺に向かって次々と剣を振った。
俺はそれを軽々と避ける。さっきの騎士は、その場でバタリと倒れた。
俺は少女の手を引いて、あちらこちらに逃げ回る。
「早くしないかっ!」
上で高みの見物をしていた男が、しびれを切らして怒鳴る。
エミリアから貰った武器は、意外と便利だった。何せ、一国における最上級の投擲用のナイフ。それに近接用の剣。どれも銀でコーティング(剣についてはあまり分からないが、銀で周りを固めていた)された物だ。相当の代物らしい。
俺は懐に入れていた投擲用のナイフをその男に向け投げる。
ズブッズ
その後、男の大きな悲鳴がなった。騎士たちはそれと同時に、俺に再攻撃をしてきた。
理由は簡単だ。自分のせいにはされたくないからだ。たぶん、こいつより上の奴が居るのだろう。
「屈んで」
俺は女の子にそう言う。
そして──────
はじめは、訳が分からなかった。この男の人が私を守ることが。分からなかった。私はいつの間にか、彼に手を引かれあちこちえと逃げ回っていた。
そして、いつの間にか自分のご主人様を殺されていた。一発だった。刃渡り十センチの投擲用のナイフ。それが喉に突き刺さり、息ができなくなり、死んでいった。
それを見た騎士さん達は、慌て始めた。私は知ってる。彼より恐ろしい人を。彼の父親だ。私のご主人様をとっても愛していた。それゆえに、騎士さんたちは彼を逃したくなかったのだ。
私はご主人様のプレゼントとして遣わされた。性的な事はご主人様はしなかったが、扱いは酷かった。
憎かった。いつか逃げようと、そう思った。そして、今日逃げた。その先には、彼がいた。
今も騎士さん達を圧倒している。
そんな中、彼に声をかけられた。
「屈んで」
これ程の優しい声を私は、母や父。そして、姉や兄、友達からしか聞いたことはない。もう一年は会っていない家族に、似たような声色だった。
私はいつの間にか彼の言う通りに屈んでいた。
そして、もういいよと、言われた時に顔を上げた。何が起こったのだろう。周りにいた騎士さん達は、いつの間にか居なくなっていた。よく見ると、私のご主人様を刺した投擲用のナイフが草の影から見えていた。
「ほら、もう大丈夫だ。どうしたんだ、お前」
優しく声をかけられた。こんな事は久しぶりだ。私のご主人様は、私の事を荒く扱った。なので、こんな声は久しぶりだ。
感動に浸っていた私の前に座り込み、話を聞こうとしていた。
私は、勇気を持って、彼の問に答えた。
「...私、最初に殺した人の奴隷、です」
「ふーん。んで、どうすんの?俺、奴隷とかわからないし」
「...その、私は祖国に帰ろうと、思います。ご主人様がいなくなった奴隷は、自由なので」
彼は考えるように、上を見上げた。
「そうだ、どこ出身なんだ?国で言ってくれ」
私は、彼の問に少し戸惑った。なぜ、その様な事を聞くのかと。そもそもなぜ彼は私を助けたのか。私のもともとの身分がわかっているのではないのだろうか。そう、思ってしまう。
しかし、彼は命の恩人だ。本当の事を言おう。
「アラスタームーディル」
彼は、ほんの一瞬考えるように指の骨を鳴らした。
「そうか、なら、長旅にはなると思うが、一緒に行くか?」
「はい?」
「よし、決まりー」
私は、彼が何を考えてるのか、検討もつかなかった。なぜ、初めて会った人間を、やすやすと信じられるのか、私には分からなかった。
「なぜ、一緒に行こう、なんて言ったのですか?」
彼は私の顔をじっと見つめた後、口を開いた。
「お前が、俺の妹に似ているからだよ」
私はそれを聞いてドキッとした。彼にもちゃんと、家族が居る事を。
私はそれを聞いて、思わず泣いてしまった。彼は泣いている私に戸惑っていたが、やがて、
私を優しく抱きしめ、背中を叩いてくれた。嗚咽と涙が止まらなかった。
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彼女は赤い髪を太股にのせ、透の膝を枕にして、グッスリと眠っていた。透はその体制でありながらも、鍋に入っているスープを温めていた。鍋の下には、パチパチと音のなっている薪と火があった。
透は眠そうながらも、お腹が空いているためか、眠れなかった。また、少女が膝の上で寝ていることもあり、単純に動けなかった。
五分ごとにスープを確認した。二回目の確認の時、スープの殆どは温まっていた。
食べる用意をするかと、思った時に彼女は起きた。
「んぅんん」
体を起こし、眠そうに目を擦った。辺りを一度確認し、透に目を合わせる。
そして、自分が透の膝に寝ていた事に気づき、目を大きく見開いた。
「あ、あの、その!...ありがと..ございます」
「いいよ。それより、スープ飲む?お腹すいただろう」
透はそう言って、彼女にスープが入ったお椀を向ける。
「けっ、結構です!」
グ〜
彼女のお腹の虫がなった時だった。透は再度お椀を向ける。彼女は申し訳なさそうにそれを受け取った。
彼女は美味しいと、感じたのだろう。スープをみるみる飲み干し、皿まで舐めた。
彼女が落ち着いたのを透は確認し、改めて自己紹介をしだした。
「俺は、トールだ。アヴァン神聖国から来た。スーバンジャルに行ったあとアラスタームーディルに向かうつもりだ」
彼女は彼が自己紹介をしている事に気づき、お椀を置き、正座の姿勢で透に話した。
「わ、私は、アスタルテと言います。私はアラスタームーディルが祖国で、そこに帰りたいと思います」
「うん、元気出たね。ところで、目的地は同じだよね?一緒に行こうか」
彼女はこれが分からなかった。助けてもらった、それだけでも十分なのに、それに加え一緒に連れて行ってくれるなんて。
本心としては行きたい。
透は強いからだ。騎士をあっさりと倒した。騎士は簡単になれるものではない。
それに、彼らの中には騎士隊隊長と呼ばれる凄腕の騎士を何もせず気絶させた。それだけでも十分に強い。加え、彼は何人もの騎士をほんの一瞬で全滅させたのだ。
そんな彼がついている旅路は何があっても安心するだろう。アスタルテにとっては美味しい話だ。しかし、それが出来過ぎているから彼女は怖いのだ。
何か、怖い事が起こるのではないかと。
「んで?行くの?行かないの?」
アスタルテは考えた結果こう言った。
「.....行き、ます」
透はニコッと笑い、アスタルテに手を向けた。
アスタルテはそれがわからず、数秒戸惑っていたが、やがて意味がわかり、彼女も手を差し伸べた。
「これからよろしく」
「はい!よろしくお願いします!トールさん!」
彼女の笑顔は、焚き火の火に照らされて、明るく見えた。
その日、代わり代わりに見張りに付きつつ、彼らは寝ていた。
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翌日、目覚めの良い朝を迎えた。透のご飯は朝と夜だけだ。そのため透は、朝食の用意をしていた。しかし、朝はスープと腐らないように加工されてある硬いパンをのみなので、用意というより、食べる。
彼女はというと、透がついに汚いといい、近場の湖で水を浴びていた。
年齢を聞くと、九才という若々しすぎる年齢なので、透は何も思う事はなかったが、この世界の基準からすれば九才や十歳とは早い人ではもう結婚する時期だ。
そう認識があるアスタルテはとても恥ずかしかった。
透はパンとスープを食べ終わり、彼女を待った。遅いと思い、透は草むらを分け、アスタルテのいる湖えと向かった。
その音を聞いたのだろう、アスタルテは大きな声を張り上げだ。
「まって!来ないで!」
透はその声が自分に言っている事だと知り、その場でアスタルテに遅い事を告げた。
「遅いぞ、アスタルテ。スープが冷めるぞ」
一瞬の沈黙の後、アスタルテから返事があった。
「今は着替えてるから、もう少しだから」
透はその声を聞き、自分達の荷物の所に戻った。
何秒かしたあと、所々に葉っぱをつけたアスタルテが出てきた。体を拭くものが無かっため、髪が濡れている。
「遅かったな。ほら、朝食だ」
透はそう言ってアスタルテにスープとパンを渡した。
アスタルテは申し訳なさそうにしていた。だが、先に折れたのはアスタルテのほうだった。
アスタルテはそれを取り、実に美味しそうに食べ始めた。
それを見た透は満足したのか、大きめの革袋から分厚い本を取り出し、それを読み始めた。
それは、エミリアから貰った、この世界の知識、いわゆるところの教科書だった。透は何やら探して様子だった。その時、アスタルテが朝ご飯を食べ終え、透の見ている本を横から見つめた。
「....なんの本ですか?」
「んー...、いろんな知識となる物が詰まっている本」
「面白い?」
「面白いよ」
そう言って、透はアスタルテが本を読みやすい様に、本を傾けた。
アスタルテはそれを見た瞬間舌を突だし、苦虫でも潰したような顔をした。
「字がいっぱいで、面白くなーい」
それを見た透は、そりゃそうだと言わんばかりにアスタルテに言った。
「絵本だとでも思ったか?言ったろ?知識になる物が詰まっている本だって」
アスタルテは透にはめられた事をわかって、不貞腐れたように透から離れた。
「よし、それじゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
アスタルテはなおも不貞腐れていたようだったが、透は気にもせず、荷物を纏めた。その途中、透はアスタルテを見て、ある事に気づいた。
「そう言えば、お前、どうやってここまで来たんだ?馬車か?」
「馬車できたよ。それが...何かあったの?」
「アスタルテ、馬車の場所とかわかるか?だいたいでいい」
「あっち」
そう言って、アスタルテがさした方向は、昨日、豪華な服を身にまとった奴の場所だった。
透はそこに向かってズカズカと歩いていき、草むらを割って入った。
後からはアスタルテが付いてきている。戻るのが怖いのか、透のローブの裾を掴んでいる。
ものの数秒で、馬車は見つかった。透は思っていたほど豪華ではないなと、思ったが、この世界の基準として考えれば、最高ランクの馬車になっている。
「馬は、いないか。逃げたのか?」
「たぶん、ほら、ここ。馬に繋いでいる手綱が無くなってる」
そうかと、透は言った。しかし、次に透が見たのは、馬車の床下だった。
数秒間ゴソゴソとしている透をじっと見つめているアスタルテは、少し奇妙に思っていた。
そして透は、探している物が見つかったのか、馬車の床下から這い出て来た。
彼が手に持っていたのは、何かの紋章のある首飾りだった。
アスタルテはそれが何か知っていた。
「貴族の紋章?でも、なんで 」
「いや、昨日あいつの服とか漁ったんだけど、まあ、なくてね。もしかして思ったんだけど。まさか馬車にあるとは」
「それって、何か使えるの?」
「んー、まあな」
透はそれ以上何も言わなかった。アスタルテはその雰囲気に押し黙り、透が口を開くのを待っていた。
「んじゃ、行こうか」
「うん!」
アスタルテは元気よくそういった。
透はまた、スーバンジャル国家に向け、歩き始めた。
スーバンジャル国家南西にある小さな村に、透はついた。この村までに着くのにかかった時間は、三週間。その間にあった出来事といえば、アスタルテとの出会いぐらいだろう。それぐらい、のんびりとしていた。
確かにこの世界は、魔王が出現し、魔族や魔獣などが出没指定が、南にあるスーバンジャル国はそうでもなかった。よく出没するのは、北東部の大草原。その更に奥、最果ての地と呼ばれる場所がある。その地に魔王は君臨している。
だからこそ、スーバンジャル国家は旅路の一番最初には向いているのだ。
透は村長に案内され、小さな掘っ立て小屋に案内され、休息をとっている。掘っ立て小屋だが、内装はやや凝っていて、色とりどりの装飾品が飾ってあった。
透は、掘っ立て小屋の壁に付いているいくつかのフックに、自分の荷物をかけた。
一方アスタルテは、何も荷物を持っていないので、部屋の端でゴロゴロと寝転がっていた。
今は夕飯を待っている時だった。一応だが、村長には部屋を貸してもらう代わりに、エミリアから貰った銀貨三枚を渡している。
透がいつも(この世界に来て、日は浅いが)の癖で、地図を確認し、暇を潰しているところに。若い女人二人がご飯を持って入っていった。温かそうなスープに、いつもの硬いパンとは違い、とても柔らかいパン。僅かながらも、木の実と思しき実が置いてあった。
「この実は、なんだ?」
「これは、マスカラの木の実でございます。この時期に取れる物でして、甘酸っぱいのが特徴です。今回は売れない物をお渡ししてしまったのですが、何か、不都合がありましたか?」
「いや、何でもない。皮を向いて食べるのか?」
「そうでございます」
透は、女人に言われたとおり皮を丁寧剥き、木の実を頬張った。実に美味しい木の実だと、透は思った。アスタルテも同様に、美味しいと、呟いていた。
それを見た女人は満足したのか、静かに後退りしながら部屋を出ていった。
「今日の夕飯、美味しいね」
「ああ、久しぶりの夕飯だ。この頃、食料がすくなくなっていたからな」
「その、ごめんない」
透はアスタルテがなぜ謝ったのか一瞬だけわからなかったが、すぐ理解した。自分が居たから、食べる量が減ったと、そう思ったのだ。
実は、そうでもないのだ。確かにパンは腐らないように加工はされていたが、腐らないとは限らない。何しろ、何日も直接ではないが熱を持ち、外気に晒されたか。透はちょくちょく腐ったところのパンを千切っは捨て、千切っては捨てを繰り返していたか。そうなれば、食べる量も減る。スープは、透がエミリアから習った、材料なので簡単にできる、即席のスープだ。スーバンジャルからアヴァン神聖国の地域に棲息する植物を使ってできる、とても簡単なスープだ。
「アスタルテは、優しいな。大丈夫だよ。アスタルテがいなかったら、多分、アスタルテの分のパンは捨てていただろうね」
「えっ?なんで?」
「腐っているからさ。まあ、腐った食べ物は食べない方が良いんだけど。そうなってくると、栄養が足りずに、どっかで倒れてしまうからね」
「そ、そうなんだ」
アスタルテは知っている。これが彼の優しさだと。アスタルテは自分の分は、彼は何時でも食べれる。それこそ、彼女が謝った事だ。自分が居なければ、彼は窮屈な思いもせずに、楽にここまで来れていたのだ。
アスタルテはいつの間にか食べる手が止まっていた。
これも、彼がお金を出し、私の分まで買ってくれたものだ。そう思うと、彼の優しさにどれ程自分は甘えて来たのだろう。
そう思うと、アスタルテは涙が込み出てきた。
透は、自分が泣かせたのかとおもい、オロオロしていた。
「アスタルテ?どうした?」
「トール、ありがとう」
透は何故感謝されたのかいまいち分からず、首を傾げながらも、アスタルテに問いかけた。
「なにが?」
「いや、その」
アスタルテは少し苦笑いをして、透が全くわかっていない事に気づいた。アスタルテは心の中で、別れる際にもう一度言おうと思った。
夕飯をすべて食べ終えて、透は明日の準備をしている時に、先程の若い女人の内の一人が、透達のいる掘っ立て小屋に来た。
「失礼します」
そう言って、若い女人は透達の居る部屋に入ってきた。
「なにか?」
透は少し威圧的にそう言った。こんな時間に何の用かと思った彼は、少し苛ついた。
「いえ、村のお婆様が..貴方様に会いたいと」
「はあ、お婆様とは?」
「この村に居る、占い師の方です。とても長寿な方で、村長の補佐として今は活動しております」
透は少しだが驚いた。占い師、それも異世界の占い師。少し興味が湧いた透はそのお婆様に会いに行こうと思った。
彼女との出会いが、後に影響する事を知らずに。
無理な終わらせ方(笑)




