16 キュア
「面白い映画だったのです」
「お前も思ったより静かだったな」
コガネがキュアを子供扱いしてやれば、キュアは手を握りしめて反論した。
「私は子供じゃないのです! 馬鹿にしないでほしいのですよ!」
「ああ、悪かった悪かった。普段がどう見ても子供みたいなやつだから心配だったんだよ」
キュアとコガネが軽く言い合う。以前よりも穏やかになり、背伸びする子供をなだめるお兄さんと言った雰囲気で、傍から見れば微笑ましい。
「そういえば、よく考えたらお前もきっとクラドとかと同じ類の生き物なんだよな」
「クラド?」
「あれ、お前あの時点でもういなくなってたのか」
「建物もそうですけど、一目でつまらなそうだと思ったのです」
何故かキュアは得意げに胸を張る。下手に突っ込むと話題が逸れそうだったため、コガネは流して話を続けた。
「お前って今何歳ぐらいなんだ?」
いかにも作られたと言った感じの人形の体。クラドと同じように性格もある程度設計されているのであれば、キュアの実年齢がいくつぐらいであっても可笑しくはないだろう。
「……難しい質問なのです」
「え、何で?」
隣で聞いていたアカネが思わず尋ねる。すぐに返ってくると思われた質問だったが、キュアは少し困ったような表情をしていた。
「私の原型が作られたのはもう17年も前の事。でも、それから何度も作り替えられ、今に近い形になってからはまだ1年も経っていないのです」
「……お前も結構大変だったんだな」
いつも自分勝手で空気を読まない行動ばかりすると思っていたが、思いの外大変な時間を過ごしてきた事を知って、コガネは自然とそんな言葉が口をついて出た。しかし、キュアは同情された事にきょとんとした。
「このぐらい、私達のような存在にはよくある事なのです」
「そうなのか」
「もし、試行錯誤も無しにいきなり私達のようなのが綺麗に作れるとしたら、そいつは変態レベルの天才なのですよ」
◇
「さて、ここらで数日ぶりぐらいのダンジョン攻略をしたいと思う訳ですが!」
雨は上がったものの、どんよりとした曇り空。これから向かうのは洞窟であるからあまり天気は関係ないが、それでもどことなく気分は晴れない。
しかし、今回問題にしたいのはそこではなかった。
「何故お前がここにいる!」
「当然なのです!」
「どこがだ!」
自己申告で通常の魔物と戦う力が無く、強いて言えば逃げ足に地震があるぐらいのキュア。人々と交流するのに単独だとあまりうまくいかないからと言う理由であったはずだが、人気のないダンジョンにまで何故かついてきた。
「外で大人しく待っているので大丈夫なのです。いざとなれば逃げるので大丈夫なのですよ」
「それが不安なんだよ……」
一人であるなら勝手に逃げれば済む話。しかし、今回攻略するダンジョンは狭い洞窟のため、アスターも同じく外で留守番だ。
『私も何かあれば逃げるだけだからあまり変わらないと思うが……』
「アスターもこう言っているから大丈夫なのです!」
あくまで押し切ろうとするキュアに、コガネは溜息を吐いて渋々引き下がる。
「いいか。絶対、余計な事はするな! 間違っても魔物や化け物に手を出そうとするなよ!」
「まかせろなのです」
コガネは絶対を強調して言い、対するキュアは相変わらずの軽い調子でぐっと親指を突き立てた。
「大丈夫なの? あれ……」
「アスター! いざとなったらそいつ見捨てて逃げろよ!」
『ああ、分かった』
コガネ達は不安そうに振り返りながら、洞窟へと入っていった。
「いざという時は別々に逃げた方がきっと良いのですよ」
コガネ達がいなくなった洞窟の外。キュアは元気だが、アスターは警戒のため耳だけ立てて寝る体勢に入っていた。
『言われなくとも、彼らに言われた以上お前の事は庇わん』
「随分彼らに従順なのですね」
『それはお前も似たような物だろう』
「誰かに作られたものは大体そんな物ですよ」
浮かべた表情は自嘲か、無感動か。普段の子供らしさは鳴りを潜め、いくぶん人形らしい表情を浮かべていた。
「アスターは深くは聞かないのですか?」
『そういう駆け引きは専門外だ』
キュアが話しかけるが、普段あまり話さない二人ではどうしても会話は途切れがちになる。
「アスターは投げかけた言葉とかには反応するけど、あまり自分からは話さないのですね」
『話しかける話題などあまり持ち合わせてはいないのだ』
「用意した話題以外は話さない。広い意味で周囲の人間の言動に反応はするけれど、新たに何かに興味関心を持つ事は無いのですね」
『……』
返事はない。けれど、返事をしない事も一つの反応だ。
「私も、同じなのですよ」
キュアは空を見つめたまま、コガネ達が帰ってくるまで、ただじっとぼんやりとしていた。
「あっ、コガネ達が戻って来たのです!」
2時間ぐらい経っただろうか。洞窟の奥にコガネ達の姿を見つけたキュアは跳ねるように立ち上がって大きく手を振った。
『今回の成果はどうだったか?』
「なんか変なアイテムとか部品が多かったな。部品の類は緑の大樹の奴らに見せなきゃ使い道は分からなさそうだ」
アスターは立ち上がって荷物を持つコガネに尋ねる。コガネが開いて見せた今回の荷物の中身は、たしかにごちゃごちゃとよく分からないものが多く入っていた。
「でも、便利そうな装備もあったんだー。ほら!」
得意げなアカネがぐいぐいとクロを引っ張ってきて、腰に携えた黒い短剣を見せつけた。
「この投げナイフ、デザイン的にこの黒い盾に似てるから、効果も多分似たようなものだと思うんだよねー」
「まだ鑑定はしていないが、もしこれが化け物に有効な装備なら、前回よりも立ち回りに幅が出来るだろうな」
三人が揃えば、途端ににぎやかになり、会話が弾む。
「もし、装備が余ったら私もほしいのですよ!」
「無茶はすんなよー」
「絶対に役立ててみせるのです!」
「そういう意味じゃねえ!」
一瞬漫才のようになったやり取りに笑いが起こる。
『では、そろそろ帰るか』
「よろしく!」
アカネがぽんと叩いてやれば、アスターの体がふわりと浮かび上がる。遠くには青空がのぞいていた。