15 外の世界
「……で、クラドは今は創造主のサポートをしてるって事か?」
クロはずれた話題を戻し、あまりにぶっ飛んだ自己紹介の内容をどうにかまとめる。
「その言い方は必ずしも正確ではありません」
「クラドちゃんはエンの跡継ぎだもんなー」
「はあ!?」
「え、創造主って跡継ぎとかあるの?」
「そりゃ、俺らは人間だからな。あれこれ作ってても、百年も生きればいい方。どう足掻いたってクラドみたいにいくらでも生きるような事は無いんだ」
シラハの発言に皆が驚く中、珍しくヤクモがまともに説明する。
「創造主の眷属って言っても意外と普通の人なんですね」
「意外も何も、何も変わりゃしないよ。人間なんだからさ」
コガネの言葉に返事をしつつも、ヤクモの目線は碌に合わない。けれど、無理に目を合わせようとしないその姿勢の方が自然な気がした。
「ところで、お前達は外の世界に興味があるか?」
ふと話題が少し途切れた時、ヤクモが唐突な質問を投げかけた。
「俺はそんなには……」
「私もー」
「最近名前はよく聞くな。昔は希望のない世界なんて聞いた事もあるが」
ヤクモとの会話に慣れてきたコガネ達は順番に答える。いつの間にかクラドとシラハが静かに見守っており、真面目な話である事が知れた。
「希望のない世界ねえ。そう言われるようになってから一体何年経ったんだろうな」
「初めはそうじゃなかったんですか?」
クロが聞けば、ヤクモは疲れたように笑った。
「外の世界の人間というのは基本的に余裕がない。裕福になるために効率を求めた結果だろうが、余裕がなければ他者を気遣う事もできやしないで、ずっとギスギスしている。ギスギスしていれば富も奪い合いになり、富める物はますます富んで安心を得ようとするし、貧しい物はそんな彼らを妬み、隙あらば奪おうとする者もいる。富が不安を呼び、更に富を求める悪循環だよ」
「……大変だったんですね」
アカネはなんと声をかければいいか悩んで一言絞り出す。
「俺の事は気にしなくていい。だが、外の世界からくる連中の中にはお前達を誘ってくる奴もいるからな」
「そんな誘いに乗るメリットなんてあるんですか?」
「奴らはいろんな言葉を使ってお前達を誘う。外の世界も全てが全て絶望しかないって訳じゃないし、中には真面目に仕事も生活もサポートして、ちゃんと外で幸せに暮らせるようにしてくれる奴もいる。けど、人を食いもんにするために来た奴や、適当な綺麗事を言って独りよがりに適当に放り出そうとする奴もいる。もし、気が変わって外に出ようかなって考えるなら、まず俺達やマザー辺りに相談してからにした方がいいぞ」
「忠告として受け止めておきます」
「最近は人攫いじみた手口の奴もいると聞く。街中でも辺境でも用心に越した事はないぞ」
「珍しく沢山喋ったな」
人付き合いが苦手なヤクモに疲れが見えたため、とりあえずシラハはコガネ達を帰した。
「エンからのお達しがあるからな。来客は疲れるが、また気が向いたら適当に話を広めてくれそうなやつを連れて来い」
「あんまり疲れなさそうなのを見つけたら連れてくるよ」
机の端に座るキハを撫でながらシラハが言う。ヤクモは頬杖を突きながら窓の外を眺めた。
「厄介な事に一度外の世界について知ったらそのまま生きていくのは無理だ。善や悪ではなく、外の世界はそれだけ影響力が大きいために世界によってかなりの情報が排除されている。望めば外の世界へ行く事は容易だが、出来ればそれは好奇心ではなく覚悟であってほしい」
青い空には黒い雲が近付き、もうしばらくすれば雨が降りそうな気配がしていた。
◇
「お前、あんなに張り切って行ったのに変に静かだったな。しかも途中からいなくなってたし」
「思ったよりもつまらない話だったのです」
特に探したわけではなかったが、いつの間にかいなくなっていたキュアと合流した頃には空が暗くなってザアザアと雨が降り始めていた。
「傘もレインコートも無いくせに元気だな」
「人形に風邪は無縁なのです」
キュアは濡れた服を貼り付けながら、古代のギリシャ人辺りが履いてそうなそうなサンダルで水溜りに突っ込む。
「折角文化の大樹に来たのだからのんびり過ごそうかと思ったのになー」
宿で借りた傘の中から空を見上げてアカネがぼやく。
緑の大樹では装備などの戦闘関連の道具だけでなく、パソコンやスマホで扱えるようなソフトやゲームの類も多く作られている。他にもそう言ったものを利用した娯楽施設が多くあり、紫の大樹と共同で作られた作品も数多くあった。
流石にパソコンは持ってきていないが、借りられる場所はいくつかあり、特にこの辺りでは多く見かける。けれど、雨に濡れた状態でそういった類の物に触れるのは少々気が引けた。
「どうせアイツがいたらゆっくりできないんじゃないか? どこへ行っても騒ぎそうだし」
「失敬な。静かにすべきところではちゃんと静かにするです」
キュアは可愛く頬を膨らませて反論する。
「本当か?」
「本当なのです! あ、あんなところに映画館があるのです」
「てめっ、ベタベタのまま行くんじゃない!」
「魔物同伴可のところでよかったのです」
「ったくお前なあ……」
基本的に騎獣を含めた魔物の類はレインコートなどを使わない。そのため、魔物同伴可になっている映画館などでは、座席が取り外し可能だったり、濡れても拭いたり干せたり出来るような作りになっているのだ。
「こっちではどんな映画が上映されているのか見てみたかったのです」
「お前はどんな映画が好きなんだ?」
相変わらず自由な振る舞いのキュアにコガネが尋ねる。
「いろいろ見ますけど、あえて言うなら子供向けのヒーローものとか好きなのですよ」
「子供向け? ヒーローものってもうちょっと上の年齢層向けじゃなかったっけ?」
「あれ? あっちだと子供にもわかりやすい単純な勧善懲悪ものとか多かったのですが、こっちでは全然出回ってないのですか?」
漫画やアニメ、絵本など、キュアは様々なタイトルを上げて行くが、聞き覚えのない作品も多く、聞き覚えがあっても12歳以上でなければ見てはいけないと言われていたものが数多くあった。
「うー、そんなに残酷な内容ですかねー? あっちだと子供のころから親しんでいる作品も多いはずなのですけど」
「正義を掲げた暴力は子供によくないって言われてるからな。まるで暴力が良い事のように描かれた作品は全部アウトって扱いになってるんだ」
「初めて見た時はあんなに明るいのに全然救いがないって思ったなー」
「言葉が通じるのに寄って集って力で脅すんだもんな。確かに、敵役も話が通じなさそうな性格はしてたけどさ」
「うー……」
思わぬ価値観の違いにキュアは釈然としない表情で口を尖らせる。
ブザーが鳴り、辺りが暗くなる。
「お、もうすぐ始まるな」
「静かにしとけよ」
「言われなくてもするのです」
今回の上映内容は、森に住む動物の子供達の日常の話だった。