14 ヤクモとクラド
「おおー」
大きな音の源へ辿り着けば、広場で大きな歓声が沸いていた。
「んんー見えないなー。わっ!?」
人の壁に遮られてふらふらしていたアカネをアスターが咥えて吊り上げる。
『これで見えるか?』
「うん、ばっちり!」
小さな葉を纏う樹の肌のような細い体。そこにはアスターよりも一回りほど小さな二足歩行の蜥蜴が、砕かれた巨大な岩の塊を前にボクシングのようなポーズで勝ち誇っていた。
『ギャシャシャシャ!』
「すごーい!」
「おう、お前らよその大樹からの旅人か?」
観衆と同じように歓声を上げるアカネに得意げに声をかけてきたのは、コガネと少しだけ似た民族衣装のような格好の、クロと同じぐらいの年齢の少年。緑がかった長い銀の髪を頭の上で束ね、金の目と褐色の肌も相まって野性的な雰囲気を持っていた。
「俺は黄の大樹出身の魔物使いシラハだ。アイツは俺の仲魔のキハ。長年の相棒を友人である創造主の眷属と一緒に鍛え上げていたところだ」
「……え?」
しれっと聞きなれない、しかしとてもよく知っている言葉を聞いた気がした。
「友人の、創造主の眷属……?」
「面白そうだから、俺の友人に紹介してやるよ。キハ! 行くぞー!」
『ギャシャッ!』
キハが観衆の壁を跳び越えて楽しそうにシラハの元へ駆け寄った。
「おーい、アカネー。なんか面白いもの見えたかー?」
遅れてきたコガネ達が手を振りながらアカネに声をかける。
「道中にも結構面白いものが並んでてさ。次はそっちも見に行こうぜー」
「……あの人ね」
「ん?」
アスターに下ろされながら、アカネは口を開く。
「友人に創造主の眷属がいるんだって」
「……えっ!?」
「おーい、来ないのかー?」
「せっかくだから行くですよ!」
キュアとアスターだけは何も動じない瞳でアカネを見ていた。
「何だお前。また来客を連れてきたのか」
「えー、またって程頻繁じゃないだろ」
「前回は半年ぐらい前だったか?」
「うんざりしたように言う間隔じゃねーよ」
シンプル過ぎて味気ない白っぽい四角の建物の中。シラハの友人はパソコンに何やら打ち込みながら、大量の紙に謎の図を描いていた。
「こちらヤクモ。俺より二回りぐらい年上だがいい友人だよ。無愛想なのは単に自分の態度に無頓着なだけだから気にしないでやってくれ」
ぼさぼさの頭で服もよれよれ。シラハと話しながらも作業は手放さず、何とも生活感に乏しそうな人物だ。
「これでもこの世界にある諸々のアレンジ力はトップクラスでね。気紛れだが、どうしても困った事があったら相談してみると言い」
「勝手な事を言うな」
「こんなんだから請けてくれる事は稀だけどね」
「貴方が、創造主の眷属の方ですか?」
ずっと背を向けていたヤクモがこちらを向く。外見は三十代後半から四十代前半と言ったところだろうか。適当に切られた髪を適当に髪留めで留め、髭もいつ剃ったのか、微妙な長さに伸びていた。
「眷属ー? あー、そういう事になってたんだっけ?」
「そういう事?」
「ヤクモは創造主の元の世界からの友人のような物らしい」
適当な事を言う友人ヤクモにシラハが解説を入れる。
「そうそう。友人っつーか、たまたまエンが声かけてきたからほいほいついてきただけ」
「そんな適当な……」
「適当な奴だが腕は確かな奴だよ」
ヤクモ側からはあまり親しさを感じられないが、シラハは気にせず肩に手を置いて笑う。
「そんな気軽にこっちに来ちゃって大丈夫なの?」
「んー? 大丈夫も何も、あっちの世界にも人にも興味はなかったからな。気紛れに作ったクラドの事も気に入ってくれたし丁度よかったんだ」
「お呼びですか。お父様」
「うわあっ!?」
突然紙が散らばった机の上に小柄な人間が現れた。
「おー、クラドか。相変わらず突然来るな」
「お父様が名前を呼ぶのが聞こえたので来てみました」
クラドは欠片も紙を動かす事なくひょいと飛び降りる。近くにいてもその風を一切感じず、まるで姿だけがそこにあるようだ。
「お父様って、貴方はヤクモさんの娘、息子さんなの?」
クラドは年齢も性別もはっきりはしないし、そもそもコガネ達はマザー以外に大人を見る機会が殆どないが、親子と言ってもそれほどおかしくはないような気がした。
「その言い方でも構わない」
「クラドちゃん、自己紹介してあげて」
「分かりました」
まともに質問に答えないヤクモに代わってシラハがクラドに促す。コガネ達の正面に立ったクラドは、礼儀正しく笑みを浮かべてお辞儀をした。
「改めまして、私はクラドと言います。元々はお父様ヤクモの被造物で、年齢や性別が存在しないように設計されました。作られてからは27年位。こちらへ来る以前は人付き合いが苦手なお父様のサポートをしてまいりましたが、スーアの創造主エン様にスカウトされた現在はスーアを見て回りつつ、エン様の元で世界を管理するための勉強中です」
「あっ、もしかして紫の大樹でちょっとだけ見かけた奴か!」
「……そうですね。殆どすれ違うような状態でしたが、貴方とは会った事があるようです」
ついコガネが指差せば、クラドは少しだけ考えて頷いた。
「こっちを見てなかったような気がしたけど、よく分かったな」
「一度見た事はたとえ視界の端でも思い出せますので」