白い死神と迷いの間
「な………に…を……?」
剣を喉元に突き付けられているにもかかわらずに
ピンチに陥っているにもかかわらず
悠々と嘲笑うような表情で
この世界に来た意味をただ一言で無に帰した彼女は言った
ウイルス
を
食っただと?
ここにきた私の目的
ウイルスに打ち勝ち
その力を
私が制御すること
これは私の絶対条件
フェンリルはふざけ半分だったが
これは変わらない
落としてはならない
ひとつの過程
余りにも簡単に
その絶対条件
過程は葬り去る
「レーヴァテイン
それがあなたの本当の力
あなたが否定して
あなたが欲して
手にした矛盾した力」
過去の武勇伝を語るかのように
どこか誇らしげで
どこか寂しそうな
そんな顔
そして
敗者の無様さを笑う
軽蔑し
卑下し
悔いるように
「何故
今のあなたが
何の覚悟も持たずにその力を持っているの?」
直後、
彼女が目の前から消える
おどしの目的で喉元に剣を突きつけることなど無意味なようだ
が
私の目はその残像を逃さない
真後ろからの一撃に
瞬時に体制を整え、構え、受ける
「説明がない
いい加減慣れたが
あえて聞こうか
どういうことだ!」
ギリギリ、と
不利な体制から有利な体制へと力ずくで持ち込む
力では私のほうが勝っているようだ
つばぜり合いならいくらでも対応できる
この利点は大きい
だが
また彼女は消え残像だけを残す
それを追う『目』はあるものの
体の身軽さは彼女のほうが上か
見えてはいないが分かる
右後方に居る
瞬時に判断し、すぐさま振り向く
案の定彼女が禍々しい剣を降り下ろす
(受け止めいなし、剣を弾く…!)
彼女の剣を受け止めたその刹那
受け止めるはずの剣が私の剣をすり抜けた
驚き、すり抜けた剣は私の体さえもすり抜け
「残像」
生気の無い声が聞こえた時には
後ろから抱き抱えられるような格好で剣を喉元に当てられていた
「強いほうが勝つんじゃない
勝つべきものがただそこにいるだけ
今回勝つべきは私だったって
ただそれだけ」
動けはしない
後ろにいるし反撃もかなわない
速度も彼女のほうが勝っているとくれば八方塞がりだ
「ここであなたを殺して
精神の牢獄に閉じ込めるのも一つの手だけど
何か言いたい事はあるかしら」
精神の牢獄
恐らくフェンリルの言っていた"植物人間"なんだろう
ウイルスはこいつが食べた
と言っているにもかかわらずそのことだけは適応されるらしい
そんなものはひとまずゴメンだ
ただ、言いたいこと…
「私の持つ力とはなんだ?
誰からもその説明がない
あと色々言いたいことが多すぎる」
「そう」
息の吐くように口からこぼれた
言わないことは分かっていた
これまでそうだった
何も分からぬままに使命を全うするのだと
諦めていた
が
「まず大前提
フェンリルから聞いている通りあなたには力が眠ってる
ソレ
レーヴァテイン」
右腕から離れないこの禍々しい剣の事を言っているのだろうか
これが私に眠ってる力だと
こんなものあったところで何ができる
「こんな剣ごとき…」
そう甘く容易い
剣一つで何ができるのか
頭で考えることもなく瞬時の判断
待ってた
とばかりに
その油断を
天使が狂い笑む
「フフフフ
分かってないよ××
その剣、レーヴァテインは
オーディンが望むラグナロク
"ソレソノモノ"だってことを」
脳内の?マークが脳の海馬をうろつく
記憶を司るそこから導き出すこと数瞬の間
天使の言葉を理解した時には遅かった
天使のもつ剣が音を立てて震える
まるで火山の噴火の予兆で動きを止めるマグマのような
嵐の前の静けさ、さざ波一つ立たない海のような
大地震が起きる前の微々たる揺れのような
そしてその予兆が確実に起きる事であると認識し
自身に間違いなく降り注ぐものとして理解した時の
そんなどうしようもない恐怖を
レーヴァテインが震え、音を立てるほどに
どす黒いオーラが凄まじい勢いであふれでる
それは見たことのないものだった
例え事前に危険だと言われていたとしても
味わったことのないものの尺度なんて計れはしない
それは万物においてそうだろう
自分の認識外のことなど
理解は出来ないものだ
だが
それでもこれはチガウ
見て分かる
肌で感じる
心が縮む
体が
脳が
叫ぶ
これはダメだ
シ ヌ
彼女のもつレーヴァテインをなりふり構わずに右に払いのけ その勢いで左に飛び逃げる
同時に体制を崩した彼女だが
笑いながらこちらを目だけで追い
レーヴァテインをもつ腕のみ振るう
「呑み込め」
私の真横を通るとてつもない重圧の気配
恐怖で見ることなんて敵わない
視界には入ってる、が、脳が認識を拒む
体の外から内まで固まって動かず
呼吸が止まり
聞こえるのは心臓のリアルな鼓動のみ
目は見開いているが
どこを見てるのかはわからず
脳が拒否して見ること敵わない真横の重圧に感覚の全てをもっていかれた
数秒間経った後重圧は消え失せた
いまだに動かないからだに
目の前で笑う美しい死神の姿
手にはドス黒いオーラをはなつナニカが
体に力が入らず尻餅をつき
呆然とその姿を見ることしか出来なかった
「こんなちゃちなものでそんなに恐怖されても困るね××
レーヴァテインの力をまだ1%も引き出せていない」
想定通りとニヤケづく
狂った笑みの美しい死神
「くっ………」
黒い衝撃が通った後はいまだに影響を受けていた
あまりのパワーに時空が歪んでいるのか
景色が歪み
所々、黒い小さな塊が空間に張り付いたように写る
オーラに負けた空間が否応なく黒に染まってしまったのだろうか
なんにせよ歪な景色
レーヴァテイン
私が望んで
私が否定して
手にした力
「私の記憶が無いのは了解済みだろう」
「そうだね」
「私は何故そんな力を手にいれたんだ」
「エインヘリヤルを倒すため
世界の秩序を守るため」
…やはりこいつは答える
自らは言わないが私の質問にはしっかりと
「知っているとは思うが私はラグナロクを防ぐために行動している
それを知っていてなお私の邪魔をする理由はなんだ」
何か思い出したように赤い瞳だけ横に流し数瞬
瞳を下に落とすと彼女のプレッシャーが和らいだ
投げ捨てるように呟く
「"何故今のあなたが何の覚悟もせずにその力を持っているの?"」
それは、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように
くっきりはっきりと明確にバカでも分かるように
さっき言った台詞を繰り返す
諦めたような言い方で
話し合いはもう無理なんだろう
質問し答えてはいるが
会話が出来ていない
ならば知りたいのは結論だけだ
私がここに来た理由はウイルスに打ち勝ちその力を手にいれること
肝心のウイルスはこいつに食われたが
本質は変わっていないのではないだろうか
「お前に勝てば
ウイルスに打ち勝つことと同義か?」
「概ね正解
勝てば、ではなく殺せば」
「殺せば………
お前はいったい……」
「もう関係ない
私は遠い昔に消えた存在
あなたは……知らなくていい」
最後の言葉だけ小さく
消えそうな声だった
どこか悲しそうで…………
そういえばさっきからこの人は時々
寂しそうな目をして
泣きそうな目をして……
ズキッと急に脳に激痛が走る
警戒すべき彼女を見ることが困難になるほど強烈なもので
同時に
デジャブのようにどこか懐かしい風景が私の脳を駆け巡る
その記憶に
彼女は居た
誰より美しい姿で
誰より穢れなき姿で
真っ白な眩しい少女は
私と共に
笑顔でそこに居た
一瞬の出来事ではあった
彼女の名前を知っていた
言うのではない
呼ぶ
「レーヴァ………テイン?」
狂い笑み、それでいて、寂しそうに
そんな彼女の表情がぐるりと変わる
目を見開き驚いた表情
まるで死んでいたものが蘇ったかのように
一変する
困惑と
少しの嬉しさを表し
剣を落とす
「これは…なんだ…
私の記憶ではない…
テュールの…」
「何故………
思い出した………」
落とした剣を拾い
顔を上げる彼女の表情は
怒り一色
と
一筋の涙
「私は……
ようやく……
ようやく………諦めたのに…!!」
同時に剣を振るう
今まで得体の知れぬ静かなプレッシャーを放っていたのが嘘のように
急激にそれは高まり
先程の研ぎ澄まされるような剣太刀とちがい荒々しく
だがその威力は
桁違いに跳ね上がる
「…くっ…!」
徐々にパッと思い浮かんだバラバラの記憶が
まるでパズルのように組み合わされてゆく
繋げるごとに単体だった記憶も鮮明になり
彼女のこと
私のこと
その二人の関係が明らかになる
そうして繋がり理解したこと
この記憶の持ち主は「テュール」
そして彼女は「レーヴァテイン」
世界を導くべき王族
と
世界を破壊する神獣
関係性は最上の上
唯一無二の存在であったこと