どうしてもこうしてもコウなんだもの
屋根から落ちてきたその人が、お偉い騎士様だなんて、誰が思うんですか。
山あいで、それでも自給自足の村でもなく、貨幣の観念があるぐらいの小さな町。
ハルが暮らしているのはそんな町。
早くに両親をなくしたハルは、気づいた時には働いていた。
近所の酒場の雑用や、隣近所のおばさんのおつかい。
孤児のハルを家から叩き出すでもなく、町の人たちは適当に仕事をくれて、毎日せっせと働けばご飯を食べられる程度にようにしてくれた。
「おばさん!洗濯物は干したよ!」
「ああ!皺はしっかり伸ばしてくれたかい?」
「ばっちりだよ!」
今は三軒隣のおばさんのおつかいだ。腰を痛めたらしく、洗濯カゴを持つのが嫌らしい。
ハルは銅貨2枚で引き受けた。これで今日と明日のパンが買えるだろう。
銅貨をもらって喜ぶハルの背で、二本のおさげが揺れている。
ボサボサに伸びた赤毛を紐でくくっていて、頭からにんじんが生えたみたいだとからかわれる。
それでもハルは、遠くからでも目立つこの赤毛が好きだった。
「明日も頼むよ!」
「わかった、腰をお大事にね」
ハルは、ぺこっ、と頭を下げると、町の中心に向かって走り出した。
ハルはまだ定職を持っていない。
宿屋や酒場の看板娘になりたいけれど、10歳の女の子じゃあまだ雇ってくれないそうだ。
その代わり、雑用をしっかりこなせば、15歳になったときに考えてくれると、酒場のミリアムさんは言ってくれた。
「ミリアムさん!こんにちは!」
「ああ、ハルか。今日はそこの野菜の皮むきを頼むよ」
「わかった」
木の樽に、芋やにんじんが詰められている。今晩の料理に使うには、これくらいかな?と大体の量を籠に移して、ハルは包丁で皮剥きを始めた。
ミリアムさんは、雑用を終えると、まかないの夕食と、銅貨8枚をくれる。
「今日もありがとう、ミリアムさん」
「どういたしまして、ハル。明日もよろしくな」
日が暮れる前に、ハルは家に帰って寝支度をする。
朝起きてから、眠るまで、ずっと仕事を探して町中を走り回るのだ。
今日もぐっすり眠れそう…
ハルは皺くちゃのシーツに包まると、ささっと簡単に神様にお祈りをして、目を閉じる。
ああ、今日も一日がんばったわ。
そこまでは、ハルのいつもの一日だった。
突然、ハルのベッドが揺れた。
バリバリ…と耳障りな音と、ドガシャッーとけたたましい音があって、その後思いっきりハルのベッドが揺れた。
(え?え?なに?)
「いったたた…なんだ、これ?ベッド?クッション代わりになったか…」
大きな揺れに目覚めたハルは、知らない男の声に顔面蒼白になった。
寝ぼけ眼で周りを見ると、天井だったらしい木の板がハルの上に乗っかっている。
それのせいで姿は見えないが、誰かが屋根から落ちてきたらしい。
なんてことだ、雨漏りはしても、穴は空いていなかったのに。
人が落ちてくるぐらいの大きな穴なんて、ハルに直せるだろうか。
ハルのベッドは、昔は両親と3人で寝ていた大きなベッドだ。丸まるハルの足もとに落ちてきたらしいソレは、ハルに気づいていないらしく、ぶつぶつと大きなひとり言を言っている。
「どこだよココ…。あいつも、王都で流行りの呪いだーって無理やりなんだよな。そもそも魔術師が流行に敏感ってなにそれ。もっと先人に習うとかあるだろ、色々」
驚いているハルは声が出ない。
その間に、男は木の板をぽいぽいとベッドから放り投げ始めた。
「いーちまい、にーまい…朝になったら、場所を聞いて帰るしかねえなー。歩いて帰れるところに飛ばしてくれてんだよなあ、ったく」
どうやら男はここで朝まで眠るつもりらしい。
それは困る、とハルは思った。
何がダメなのかよく分からないけど、ハルの家だし、屋根は直さないとだし、そもそも…押し入りだ。
「これだけ物音を立てても人が来ない…無人か?ここは……って、」
ハルの体に乗っかった、木の板がぺいっと放り投げられた。
男はハルを見つけたらしく、ハルもばっちり男の顔を見た。
男は驚いているらしく、瞳と口をまん丸に開けてハルを見ている。
男の姿は、こんな田舎町で見かけないような洗練された格好だ。
金の短髪に、さらりと着こなした紺のシャツ、黒の下衣にブーツを履いている。
全然汚れてないし、何より、高そう。
「あ!あの…!」
ハルは、頑張って大きな声を出した。
ぽかんと口を開けたままの男に、なにか言わなきゃと言葉を紡ぐ。
「ここは、ハルの家です!無人じゃありません。あと、雨漏りして腐ってたかもしれないけど、大事な屋根が壊れちゃ困ります!」
思わず丁寧な口調になってしまったが、言わなきゃいけないことは言ったはず。
心臓がバクバク痛いけれど、ハルは黙ったままの男をキッと睨みつけた。
途端。
男は両手を顔にあてると、そのまま天を仰いで。大きく反り返ったかと思うと反動で思いっきり頭を下げた。
「う、わわわすまねえ!まじでごめん!え、き、君の家ってことは…いや俺屋根ぶっ飛ばしたのか!まじでごめん!絶対弁償するから!」
男が思い切りベッドに頭をぶつけたので、ハルの体が少し浮いた。
男はそのまま妙な前屈みのまま、全力で謝ってくる。
「しかもこんな夜中に君を起こして!お、女の子の部屋に!夜中に!まじで!ごめん!!」
「こ、声が大きい…もうちょっと静かに…」
「うわ!ごめん!俺地声のでかさは昔からの取り柄で…って取り柄じゃないか!ごめん!」
「いやだからあの…」
「明日の朝になったら屋根もベッドも弁償する!散らかした部屋も片付ける!ごめん!」
「だから!うるさいから静かにして!!」
思わず、ハルは男を怒鳴りつけた。
部屋に落ちる沈黙。
やってしまった…何者かわからないけど、相手の謝罪を"うるさい"なんて言ってしまった…。
ハルは小さく嘆息する。
男の体がびくっと跳ねたが、気のせいだと無視する。
「夜中なの。ご近所に迷惑です。大声出すなら明日になってから。今はもういいです。屋根が空いて寒いけど、ひとまず寝ましょう」
「え…寝るの?」
「寝るの。眠いし、頭のなか整理できないから」
ハルはそう言うと、シーツをもう一度頭から被って寝直した。
現状何も変わってないけど、こんなに謝ってくるんだから悪い人じゃなさそうだ。ハルはそう信じ込むことにして、目を閉じた。
子どもの一人暮らしなんてしているから、人を見る目だけは、鍛えられているんだ。
ハルが動かないでいると、男はベッドから降りたようだった。
残っていた木の板を、音を立てないようそろりそろりと下ろしている。
あ、やっぱり優しい人かも………とハルは思ったが、この考えが甘かったことは後々思い知ることになる。
なぜなら、男はハルの可愛い寝顔を見て、前屈みに悶絶していたのだ。
翌日、一睡もしなかった男から改めて謝罪を受け、そこからハルと男の奇妙な関係が始まる。
男は、実は王都で近衛隊に勤めるお偉い騎士様だったこと。
王都と、ハルの住む町は、早馬で四日ほど離れていて、男が王都まで帰るのに一悶着あったこと。
屋根を弁償するといった男が、ハルの生活を知って「これも何かの縁だから!」と多額のお金を援助してこようとしたので、思わず断ったら「なんでだよおおおお」と泣かれてしまったこと。
断ったのに、度々町を訪れてはハルの周りをうろちょろすること。
実は、男は親友の魔術師に「今流行ってるらしいよ!運命の人に出会えるかもしれない魔方陣!」と無理やり試され、ハルの家の上空に転移させられたこと。
ベッドの上でぷるぷる震えるハルを見て、何かのメーターがぶっ切れたこと。
「ハ、ハル!久しぶりだな元気か!花をやろう!」
「一週間前に会ったばかりだよ。なんでまた来たの。花はもらうね、ありがとう」
「……あああ可愛いーーっ!!ハル可愛いーーっ!!」
男はハルに興奮すると、前屈みで悶絶していた。
町中で放置された男はしょっちゅう目撃されていて、町のにんじん娘に、変な男がつきまとっていると、噂になるのはすぐのことだったという…。
唐突に思いついて書きたくなった短編。
もしかしたら続き書くかも。
感想お待ちしています笑