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超短編

冬季籠城。

作者: しおん

雪の振り出すこの時期に、俺のクラスに引きこもりが現れた。


それは俺の幼馴染というか、腐れ縁というか……幼少時からの付き合いがある奴で、新任である担任はそんな非常事態に頭の回転が追いつかないらしい。

そして、仲がいいらしい俺に白羽の矢が立ってしまったようだ。


実をいうと、こいつのこの行動の真意を俺は知っている。知っていて今まで黙認していたし、さして気に留めてすらいなかった。


問題児の部屋の前、俺はなんとなく扉を開ける事をためらっていた。

おじさん、おばさんは俺を小さい頃から知っているし、兄弟のように育ってきた俺を歓迎しないはずもなく、インターホンをならすと俺が口にするまでもなくこやつの部屋へと通されてしまったわけなのだが……この、形容し難い第六感の警報をどうしようか。


取り敢えず様子見を。

そんなことを思ったのがまずかった。ドアノブに手をかけて隙間から部屋を覗こうとドアに目を近づけたところ、目が溶けるかと思った。


室内はサウナ状態。

サハラ砂漠でも広がっているのではないかと思わせるような熱風が、逃げ場をなくし部屋の中で渦巻いている。これは太陽光なんていう自然の恩恵から生まれる夏の風物詩的なものでなく、部屋のすみ、天井近くから生まれた人工的なものである。


「おい、直孝(なおたか)。寒いからって引きこもるな」


盛り上がった布団がモゴモゴとその表面積を広げてゆく。芋虫のように蠢くそこから目的の人物が顔を出したのを横目で確認しながら、俺は地球温暖化の原因を止めた。


「あーーー!!」


断末魔のような叫び声をあげ、布団に包まる引きこもりーー高橋(たかはし) 直孝。俺は地球に優しくない彼に、冷ややかな視線をプレゼントしてやった。


「電気代の無駄だ。熱いものを食べて動け、働け。この季節にタンクトップなんていう非常識な格好をしているお前が悪い。着込むぐらいの努力はしろ」


早口でまくしたてるように言ってやると、直孝はうっと言葉につまった。

上がタンクトップだけだというのなら、下は下着だけしか身につけていないだろうな。夏ですらそんな格好をしている奴はあまりいないとおもうのだが……今は、冬だぞ。


「あと、担任からの伝言だ。みんな待ってるから、学校に来てくださいだと。どうせお前は毎年恒例の自主的冬休みの最中なんだろう?早くそんなもの終わらせて、担任の胃を休ませてやってくれ」


そういいながら俺はクローゼットから厚手のセーターとスウェットを取り出し、直孝に投げつける。

クラスメイトも胃薬を片手に給食を食べる担任の姿にはもう、うんざりなんだよ。いくら若いからといっても人間には限度があるんだよ。

そんな口にしない不満を込めていたからか、衣服は直孝の顔面にヒットした。今なら甲子園で三振を取れそうだ。


「えーー……みんなっていっても幹靖(みきやす)は待ってなかっただろ~。それに寒いからやだし」


唇を尖らせて文句を零すその口を摘まんでねじりたい。

きっと可愛い女子がやったのであればこんなにもイラつかなくて済んだのだろう。つくづく男ってやつは不便な生き物だな。


直孝が引きこもった原因を俺は知っていると、先ほど言ったのは覚えていてくれているだろうか?

こいつは毎年寒くなるこの時期に、唐突に家に引きこもるのだ。きっかけは夏休みが存在する理由を知ってしまったから。

暑くて勉強出来ないために、長期休暇があるというようなものだったと思う。だから、直孝はじゃあ冬だって寒い間は学校を休んでも仕方ないに決まってるとか言い出したのだ。


俺は馬鹿馬鹿しくて相手にしなかったし、直孝の親は放任的な方々で本人の意志にまかせている。よって、迷惑を被るのは担任をはじめとする学校側。


最近はいじめなど教育機関においての問題が重大視されて来ている。引きこもりを筆頭とする不登校児が出ることは学校側にとって不名誉な事であり、何としてでも生徒を登校させねばならないと息巻いているというわけだ。

そして、学校と不登校児の橋渡しを俺という一生徒が担っている。


肩を叩くという明らかな重圧に俺は負けない!

とは思っていても、担任の日に日に青くなっていく顔をみていたら同情するしかないだろう?


「ほら、ダッフルコートとマフラー。それきたら寒くないから学校来いよ。お前が来なくても俺は困んねーけど、お前が来ないと困る人間が居るんだよ」


事実たくさんの人間が迷惑している。

学年主任を発端としてストレス発散の連鎖が発生し、それによって学校中がピリピリとした空気に包まれて、居心地が悪い。


「へ~……誰それ」


「担任」


興味なさげな質問に間髪なく答えてやると、直孝は唇を尖らせてつまんなーいと口にする。小学生か、お前は。


「とにかく明日は学校来い。担任が過労死したらお前が原因だ。担任の親に恨まれるぞ?寒いのならカイロをミノムシのように纏ってでも登校しろ。俺からは以上だ。反論は認めない、そして俺は早急に自宅へ退避する」


じゃあなと言って、俺は蒸し暑い部屋から脱出した。


「ここは危険地帯じゃねーよ!」


という直孝のツッコミまがいの叫び声が聞こえた気がしたが、サウナの中に長時間いることの危険性を理解していないんだろう。

それに、あれだけアドバイスをしたんだから明日は季節外れの台風がきても、外が猛吹雪になっていようと登校してくるはずだ。これで来なかったら、俺は早退して直孝の首を絞める。


さて、明日が楽しみだ。


担任の顔色が良くなるか、俺が犯罪者になるかはわからないけどな。



読んでくださりありがとうございます。


よろしければ超短編シリーズの他作品もお読みください。

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