最終話 中川市と選挙
翌日。
俺は1人ある場所へと向かっていた。俺が向かっていた場所は中川市役所だった。そこで俺はある人と会談をする約束となっていた。
市役所の受付にて用件を軽く伝えると受付の職員さんは普通に通してくれた。そのまま市役所の中野待ち合わせしている部屋へとまっすぐ向かう。
コンコン
俺は市役所の建物内の一角にある目的の部屋のドアを2回軽くたたいてから中にいる人からの許可をもらって部屋の中へと入った。
俺が入った部屋とは副市長室であった。そして、俺が会談する約束をしていたのはこの阿久川が中川市長に就任した時から一緒に、中川市の副市長を務めている田中将太氏であった。彼は以前に俺が阿久川の腹心の中でも俺達に味方して情報を流してくれる人がいると語ったこともあったが、その腹心というのがまさにこの田中将太副市長であったのだ。だから、今日はそのことに関係する話だということを考えるのは容易であった。
「失礼します。お久しぶりです。田中副市長」
「ああ、久しぶりだね大川君」
俺が部屋に入った途端に挨拶をすると田中副市長もそれに合わせて挨拶をしてきて手を差し出してきたのでその動作が握手のことだとわかるのに少しかかった俺は変な挙動となってしまった。握手を慌ててしたので田中副市長はそれがおかしかったのか笑っていた。
握手をした後、田中副市長が俺を部屋の中央に位置しているソファの方へと連れて行った。
「それじゃあ、どうぞ座ってください」
「お言葉に甘えて」
俺は田中副市長に言われてソファに腰を掛ける。机を隔てて田中副市長がソファに腰を掛ける。
「それでは今日はどういった用件で呼んだのですか」
俺はさっさく本題に入らせてもらう。田中副市長が俺を呼んだ理由を聞いてみる。田中副市長はそうだねと言って俺を呼んだ理由を語ってくれる。
「実は中川市選挙管理委員会が1か月後に市長選挙やることを決定したんだけれども、それに出馬してみないか? 大川君」
「えっ!?」
俺は驚いた。市長選挙に出る気なんて1パーセントもなかったからだ。それに……
「田中副市長が選挙に出るべきじゃないですか?」
俺はてっきりそう思っていたのだ。何せ阿久川打倒のために情報を流してくれた一番の功労者なのだから次の市長の座はふさわしいだろう。それに、副市長を長年務めてきている。俺なんかよりも中川市の現状というものが見えているはずだ。
「それは無理なお願いだな」
田中副市長はそれを断った。そして、続けてこんなことも言った。
「いや、少し違うか。もちろん私も出馬する、だが、大川君にも出馬してもらいたい」
「それってどういう意味ですか?」
俺には田中副市長が言っている意味が全く分からなかった。何で田中副市長が出馬するのに俺も出なければいけないんだ。
俺の顔にはどうやら疑問が解決しなかった曇った表情をしていたみたいで、その答えをすぐに田中副市長は答えてくれた。
「阿久川は捕まっただろ。だが、捕まっただけであってあの市長の市政の評価は前回の選挙の勝利である程度の評価を得ていることになっている。だから、私は阿久川市政の副市長として阿久川の後継者として出馬する。大川君には阿久川市政を完全否定して私を負かせてほしい。そうすることで初めて阿久川に勝ったことになるんだ」
田中副市長の目は本気であった。自分が負けることが計算済みであった。
「そ、そんな……俺にはできません。それに田中副市長は自分を犠牲にするのですよ。いいのですかっ!」
俺にはこんな誰かが犠牲になる案にのることができない。それに俺には田中さん《・・・・》に市長になってほしかった。田中副市長にはもっといい市長になってもらえるはずだ。俺なんかよりももっと才能がある人が市長に着くべきだ。政治家には確かに誰もがなれる。誰にでも機会均等にその地位に就くことが認められている。だが、着くことができても仕事ができるかどうかわからない。本当にいい仕事ができるのかはわからない。
俺にはできるのか?
「ああ、こんな私でも誰かの役に立てるなら光栄だよ。だから大川君。中川市は君に任せた。どうか出馬してくれないか」
「お、俺は……」
俺にはできる自信がない。
いきなり市長になってくれないかと言われた時、俺はどうすればいいのだろうか。素直に「はいそうです」と答えておくべきなのか。だが、そんなこと俺にはできない。そもそも俺には政治の経験がなさすぎる。いきなり市長になったところでどうすべきなのかわからない。そんな奴が市長になってよいのだろうか。
「君にはできると思う。それに政治経験がないことが出馬しない理由の1つなんだろ?」
俺は何も言っていないはずなのに田中副市長は俺の悩んでいるところを見事に突っ込んできた。
「えっ、何も言っていないはずですが……」
「君の顔を見ているとすぐにわかったよ。確かに君には政治経験がない。だが、若さという武器もある。政治慣れしていないということは逆転の発想で新しいこともできるということもある。それに君の周りには安住君がいるだろう。彼は市議会議員経験者だから副市長にでも任命して補佐をさせればいい。君1人じゃできなくても周りを頼りなさい」
周りを……。その言葉に俺は感動した。安住さんの名前が出されたことは特に反応した。周りのみんなの協力もあれば何とかなる気がした。それに俺には新たに嫁となる愛もいる。一番支えてくれる人もいる。そうか。俺はやるしかないんだ。やろう。何としてでも市民のための中川市政を取り戻すために。
「ありがとうございます。俺、出馬します」
俺は田中副市長に向けて高らかに宣言する。その宣言を聞いた田中副市長はとてもうれしそうであった。
「どうか、阿久川についた私を、裏切り者の最低な私を打ち破ってくれよ」
田中副市長のこの言葉は今の俺にはものすごく響いた。
それから1週間後。
俺は無事に結婚式を終える(特に筆記するような面白いことは起きなかった結婚式であった)と再来週の市長選挙の告示に向けて日々作業を続けていた。ポスター作りや選挙演説の下書き、後援会の準備など結婚生活が始まったばかりなのに仕事が忙しくて、家に帰ると夜は愛が文句を言ってきたものだった。だが、そんな愛もも文句を言いながらも何だかんだで俺のことを陰ながら応援してくれていることを知っていた。そんな愛のためにも俺はこの選挙で勝ちたい。そう思った。
告示日が過ぎ、ついに中川市長選挙が開始された。
立候補者は俺と田中前副市長の2人だけであった。マスコミが騒いだおかげで今や地方都市の市長選挙のはずなのにある程度のマスコミが取材に来る程度のものと化していた。
「大川、大川五郎に清き一票を!」
中川駅の前で演説をして公園の前で演説して町の中心で演説してとにかくのどがかれるまで演説を続けた。俺のこの阿久川を倒すまでの想いが市民に伝わってほしい。そう思ってマイクを片手に大きな声で演説した。
俺の周りには多くの観衆がいつもいた。手ごたえもあった。
「大川さーん」
「大川―」
「市長になってくださーい」
日に日に観衆の声が大きくなっていった。
そして、そんな熱い選挙期間も終えてついに投票日を迎えた。雲一つない青空のもとで市民たちは清き1票を投票箱へと投じていた。
投票率は過去最高にまで届くのではないか。政治不信により日本中とりわけ地方選挙における投票率が下がっている中でこんな情報も流れてきた。俺達のやったことが結果として政治不信を解消しようという流れも作ることができたんじゃないか。意外な副産物に俺は驚いた。
投票時間も終わりついに地元のテレビ放送のテロップとしてそろそろ結果が判明する時間である。俺は自分の事務所で仲間たちと今か今かと結果を待っている。
中川市長選挙 大川氏の初当選が確実。
「「「ばんざーいばんざーいばんざーい」」」
大きな万歳三唱の声がこの小さな事務所に響き渡る。周りにいる人全員が笑っている。うれしすぎて泣いている人もいる。そのほとんどは俺の高校時代の同級生である。みんなが俺におめでとうと祝辞を述べてくれる。
「当選させてもらいありがとうございます」
俺は深々とお辞儀をする。横には妻として愛が一緒にお辞儀をしている。
これからだ。俺はあの悪しき市長阿久川を阿久川派を倒した。だが、それがゴールではない。中川市の現状は物凄く酷いものだ。前市長阿久川の残した負の遺産。暴力団との関係性。これを何とかしなければならない。俺には新しい市長としてその責務を果たしていく義務がある。市民の生活を守る。それが市長の責務だ。
地方都市がいつまでも繁栄するには市長の力がどうしても大事だと思う。
俺は絶対に中川市を復活させてみせる。それが俺の─────
完
今回でこの話は終わりとなります。今までご愛読ありがとうございます。さて、終わり方は自分でも何かピンとこないなあという感じですが冒頭部分に戻って終わりというのは最初からの予定でありました。前作の自転車と同じパターンです。前作の自転車とは一部クロスオーバーさせていただきましたのでそちらもよろしくお願いします。
さて、本作の登場のきっかけなんですがあんまりリアルのことは言えないのでそれをモデルにしたんでということを前提に語らせていただきます。
この物語は自分の地元である程度起こったことをモデルとしております。いや、でも流石に暴力団とかはありませんよ。招致のことや雪のことはある程度事実ですが……。はい、まあ、そんなことを訴えたいという気持ちは一応は無きにしも非ずと言うべきですかないでしょうか自分でもわかりません。でも、勝手に筆が手が進んでしまい勢いで作り上げました。
プロットの予定だと2話完結でしかも愛は登場しなかったりと勝手に話を増やしていってしまいました。本当なら3話にしようと考え4話になり5,6、そして7話となってしまいました。でも、7話完結は自分としては区切りがいいかなあと思っています。
何かまとまらない終わりでしたが本当にありがとうございました。