第5話 中川市と新聞
翌日午前10時前。
上馬新聞本社ビル前。
俺は小林さんと安住さんと一緒に上馬新聞編集長に会うべく待ち合わせの場所へと来ていた。安住さんは、ほかに用事があるから小林さんにすべて任せようかと昨日の夜実は俺と会話をしていたが、俺が安住さんの知恵も必要ですので来てくださいと言ったので無事に来てもらえた。
「で、どこですか待ち合わせの場所は?」
俺は小林さんに本社ビルのどこで待ち合わせをしているのかを尋ねる。小林さんはメモ用紙を左胸ポケットから取り出して確認をした。
「どこか確認しておいてくれるかい?」
「3階の社内カフェの窓側の席みたいだ」
小林さんが安住さんに言われるがままに答える。
「ありがとうございます。本当に感謝しています」
俺はお礼を言う。それにしても、地方新聞とはいえ、新聞社の編集長に会えることなんてめったにない。こんなチャンスを作ってくれたのは全部小林さんのおかげだ。感謝しても感謝しきれない。
「なーに、僕もあの市長は嫌いだからさ。大川君みたいな若い子が頑張っているのを見ると手伝ってあげたくなるんだよね」
はははと小林さんは笑って答えた。
「小林さんは大川君には甘いですな」
「そー言う、安住さんだって大川君には結構甘いと思いますよ。昔は議会でやりあった時頑固爺だと思っていたんですよ」
安住さんと小林さんが話す。そこで、俺は初めて知ったことがあった。
「えっ!? 小林さんって議員やってたことがあるんですか?」
「あれ? 言わなかったですか? これでも私昔中川市議会議員2期だけですけど務めた経験があるんですよ。私は一応当時は大衆党議員だったので、平和党の安住さんとは議会でやりあったものですよ」
「初耳でしたよ。しかも大衆党ですか」
「まあ、今はもう大衆党を離党していますから関係ありませんけどね。それに安住さんとは議会を離れてもやりあうようなことはしませんよ」
小林さんは笑って答えた。
俺は、小林さんが議員をやっていたことを知ってかなり驚いていた。しかも、大衆党の議員で会ったのがさらに驚きだ。大衆党は、共産主義国家を作ることを党是としている政党である。日本で最も左寄りの政党と言ってもいい。近年は衰退傾向にあるものの地方議会ではある程度一定の力を持っている。
小林さんが左寄りとは知らなかった。
まあ、俺は左も右もあまり気にしない人間だからいいのだが。
その後、俺と安住さんと小林さんはエレベーターに乗って3階のボタンを押して、3階にたどり着くとお互いの会話は自然とこれからの話の打ち合わせとなっていた。
「それじゃあ、今日のことだが、大川君どうするか?」
「そ、そうですね……地元紙にどのような形で載せてもらうかですよね」
俺と小林さんはしばらくどんな形で新聞に載せてもらうか考えていた。これは、昨日結局決めきらなかった内容だ。ただ、あの市長の行った様々なその振る舞いについてはしっかりと証拠を固めたものを今日は書類として持ってきている。それを渡せばお終いかもしれないが、それだけで終わらせたくないのが俺達の意思である。しっかりと説明をしておきたいものだ。
「そろそろ時間ですよ」
小林さんのその言葉でハッと我に返る。急いで腕時計を確認すると時計の針はちょうど10の文字を指そうとしているところであった。
そこに黒いスーツをした50代前半と思える眼鏡をかけた男性がやってきた。おそらく、この人が上馬新聞の編集長だろう。
「遅くなってすまないね。私がこの上馬新聞編集長の羽田です。あっ、これが名刺です。どうぞ」
そう言われて俺と安住さんと小林さんは羽田編集長の名刺を丁寧に両手で受け取る。流石は編集長クラスであるとしっかりとした名刺が存在している。俺達にはそのような名刺といった類のものは持っていないのでとりあえずは自己紹介で済ませた。
「そうですか、大川さんですか。初めまして。安住さんもはじめまして。そして、小林さんは久しぶりですね」
「羽田さん本当にお久しぶりです」
小林さんと羽田編集長はお互いに顔見知りであったこともあり、思い出話にふけっている。俺はその雰囲気の中に入っていくことができずにしばらくの間、黙って待っていた。安住さんは、ほかに用事があると言ってそのまま別のところへと行ってしまった。
それから5分ぐらいが経過して、
「おぉ、長話をしてすまなかったな。で、大川さん。今回はどのような用で私に会いに来ましたか?」
ようやく、本題に入れそうだ。
「はい。まず、中川市長の阿久川について知っていますか?」
俺は阿久川のことがどれだけそっちの界隈に知られ渡っているか確認することから始めた。これは、小林さんの提案である。
「えぇー、阿久川市長ですか。そうですねぇ~、私の感想というよりも上馬新聞内での総評としてはとにかく市民の評価が低い市長というところですかね」
市民の評価が低い市長、か。甘い評価だな。このような評価をされているところを見るとおそらくは、阿久川の今までの振る舞いなどは明るみになっていないということか。
「阿久川市長に対する市民の評価が低い理由については?」
小林さんが助け舟として羽田編集長に質問をしてくれる。羽田編集長はその質問の答えを一生懸命に考えようとしたらしくしばらく口を閉じていたが、それが終わり口を開いた後に出てきた第一声は、
「分かりません。私ども記事にしたかったのですが、何分新聞は真実を伝えることが仕事なので週刊誌じみたことをすることができませんでした。なので、調べていないのでわかっていないのです」
その言葉であった。
これで、分かったことは情報がマスコミ内にまで伝えられてないということだ。俺達が手に入れている情報は事務所の仲間たちが集めているのはもちろん市議会にも協力者がいる。そして、さらには市長の腹心の中にまで協力者いや、内通者ともいえる人がいる。そういう人たちがいるからこそ手に入れることができる情報だが、マスコミ経由のものはこれではっきりとわかった。どこかで何者かによってシャットダウンされている。これも少なからずは阿久川の仕業かもしれない。ここまでやる阿久川は何者なんだという違和感すら覚えてしまう。
「では、ここの資料を少しばかり読んでください」
小林さんがまたしてもフォローしてくれた。俺の足元に置かれていた資料の束をいつの間にかに羽田編集長へと手渡していた。
「ぜひお願いします」
遅れた俺はそう言うことしかできずお願いしますと突然立ち上がり頭を下げた。それに続いて小林さんも立ち上がって頭を下げた。
「ちょ、ちょっとそこまでしなくてもいいから」
羽田編集長は慌てて俺達に頭を下げなくて良いと言う。俺達は素直に言葉通りに席に座った。それから、しばらくの間羽田編集長が資料を読み終えるのを静かに待っていた。そして、読み終わった後彼が言った言葉は、
「これは本当かね」
初めて知ったという顔をしていた。それもそのはずだ。マスコミには伝わることはなかったのだから。
「ええ、全部が本当です。しかしこれには少しだけ難しいことが……」
俺は後半の歯切れが悪くなる。
「どうしたのか?」
羽田編集長は? という顔をしている。俺は小林さんに説明を任せる。俺が説明をするよりは分かりやすいだろう。
「ええ、阿久川のこの情報はおそらく妨害をされると思うのです。だから載せるのも一苦労すると思います。そこで、何か対策を立ててほしいのです」
「対策ですか……いいでしょう。こちらとしてはこの大事な情報はぜひとも載せたい。だから何としても死守してみせます」
「「ありがとうございます」」
俺と小林さんは感謝の言葉を述べてそのまま上馬新聞の本社を立ち去った。
俺はそのまま家へと帰った。その日は良く眠ることができなかった。もしも、阿久川側の妨害によって新聞に載せることができなかったらどうしようかという不安のせいだ。もしも、もしもといったふうにずっと考え続けていた俺は眠ることが結局できずに朝を迎えたのだった。
早朝。
俺はまずどんなことをするよりも先に行ったことは郵便ポストに行くことであった。郵便ポストの中にはすでに上馬新聞の朝刊紙が入っていたので俺はそれを手に取りリビングへと向かう。そして、リビングについたら新聞を大きく広げて記事を確認する。どこにその記事が載っているのかを。ただ、記事は簡単に見つかってしまった。
阿久川市政の不正─市民の怒り爆発
新聞の一面にはそんな見出しが書かれていた。これでは週刊誌みたいだと感想を抱いてしまった。ただ、これぐらいインパクトが強ければ誰もが見てくれるだろう。俺は同時にそのようなことも思った。これぐらいのことをしなければいけないと思う。なにせこの市長だから。
俺はその記事を1字1字丁寧に丁寧に読んでいった。そして、数分もするとその記事を全部を読み終えた。
「ふぅ~」
思わず安心してしまう。
その記事に書かれていたことは全部俺達が持っていった資料に書いてあることばかりだったからだ。省力できる場所はどうでもいい部分であり、改ざんされたと思われる場所は存在しなかった。どうにか阿久川側からこの情報を守ることができたということか。本当に良かった。
おそらく、昨日の夜まで情報をずっと隠して夜遅くになって必死に記事を作って新聞に載せたのだろう。その作業はかなりハードであったに違いない。羽田編集長には感謝しなければならない。そして、上馬新聞の人にも感謝を。
「五郎。大変よ」
お袋がテレビを点けていきなり俺に大変大変と言ってくる。ただ、大変大変と言われたところでン兄が大変なのかが全く分からない。
「お袋、何が大変なんだよ」
俺は突っ込む。ただ、お袋はそんなことお構いないみたいであり、そのままテレビを見なさいと言う。俺は素直に言われたとおりにテレビを見る。俺はそのテレビ画面を見て驚愕した。
「こ、これ地方放送じゃないよな」
俺は訳が分からず聞いてしまう。
「ええ、N○Kよ。バリバリの全国ネットよ」
俺はリモコンの1のボタンを何度も押す。その度に画面は変わることなく上画面に1の文字が出るだけである。夢じゃない。
俺は何を見て驚いたのかというと目の前の画面には信じられないものが映っていたからだ。
ええ、こちらは群馬県中川市の阿久川市長宅前です。ご覧ください。この豪華な造り。それを物語るのがこの阿久川市政の不正です。今回私たちは上馬新聞にとある情報をリークした人たちのおかげで動けております。阿久川市長宅の前にはこのような大勢のメディア関係者をはじめ警察の方までもがいます。警察は本日付で阿久川市長を逮捕することを決定しました。ただ、阿久川氏側に屈していたこともある警察は信頼を失っており本庁警察庁から直々に謝罪の会見があるとの情報も入っています。以上現場からでした。
「……」
ものすごい反響が来ていた。
プルルルルル
電話が鳴った。
俺は我がない状態で電話を受け取る。
「見てますか。やりましたよっ!」
安住さんからであった。ものすごくうれしそうにしている。
「ええ、夢か現実か未だに理解できませんよ」
俺はその後も、小林さんを始めとした事務所側の関係者から次々とお祝いの電話がかかってきて忙しかったのであった。
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