第4話 中川市と大雪
翌日。
俺はいつも通り目覚めた。昨日はあんなことこんなことがあったためよく眠れなかったが一応3時間は寝た。3時間ともなると寝ていないのも同然であると俺は考えているが、寝ていないと比べればまだ寝ていると言える。ぜいたくは言えないが寝たことにしよう。
「はぁ~!」
しかしながら、体は正直であった。大きく背伸びをしながらあくびをする。そして、いつも通りに部屋の窓を隠しているカーテンを思いっきり引っ張り上げて外から眩しい日差しを浴びる……はずだった。
「ゆ、雪!?」
俺がカーテンを開けると外は一面銀世界。雪で町は幻想的になっていた。積雪量はすでに80センチはいっているだろうか。ここまで降ったのはこの地域では一度もなかった。俺が生まれてからの範囲になるが。
俺はすぐさま下に降りていく。
リビングではオヤジもお袋も真剣そうにテレビに見入っていた。
ニュースモーニング
ええ、昨夜からの寒気の影響で日本全国において観測史上最大となる積雪量を各地で観測しています。では、東京の現在の様子を映していきます。現場の安西さん。
はい、安西です。現在私の足元をぴったり埋め尽くすような雪が積もっています。一歩歩くのにも一苦労です。東京では観測開始から130年経ちますがその130年間で最高となる大雪となりました。私の元には続々と被害情報が伝えられています。気象庁は大雪による建物の倒壊などに注意をするようにという声明を発表しました。
以上です。
安西さんありがとうございました。では、今回の大雪の影響で……
俺の見ていたニュース番組はひたすら大雪のことだけを伝えていた。俺はテレビの画面から一瞬たりとも目を離すことができなかった。
「大変ねぇ」
お袋が料理を作りながら行ってきた。
「これじゃあ、畑仕事にも行けないどころかビニールハウスがまずいことになっとるな」
コーヒーを飲みながらオヤジも口を開く。オヤジはビニールハウスの心配をしている。確かに、この大雪であればビニールハウスは今頃絶望的かもしれない……
うちは農家をしているので、オヤジの畑はもうダメかもしれない。
「雪かきでもしようか」
俺は席からようやく立ち上がると雪かきをすることを提案する。オヤジは、腰が悪くなるから五郎に任せたと言って自分の部屋へと帰って行ってしまった。お袋はよろしくねと言って俺に一通りの荷物の場所を教えると家事を始めた。
つまり、俺1人で雪かきをしろということらしい。呆れた両親である。
「はぁ~」
それから少しして雪掻きを始めてから何分が経過したのだろうかわからないが、俺はため息をついていた。
ため息の理由は、絶望を感じていたからだ。大変絶望的である。何が絶望か。そう、この一面銀世界にだ。雪かきが終わるなんてありえない。自分の家の前に道を作るだけでも一苦労だ。俺は、この時新潟や北海道、東北といった北国の人にものすごく感服した。
シャシャガシャ
一面銀世界の中で俺が雪をかく音だけが響き渡る。外は未だ雪が降っている状態でありこのままやったところで何の意味もないと思った俺は手に握っているスコップを片付けて温かい飲み物でも飲もうかと思い、家へと切り上げようとしていた。
ココアが飲みたい。そう、思い家の玄関の扉に手を付けようとしたところ声がかかった。
「五郎」
俺は声がした方向である背後の方へと振り返る。そこにはさっきまでの俺と同じように雪かきをしている愛がいた。愛の服装はとても重装備であり温かそうであった。
俺もあれぐらい暖かい服装をしておけばよかったと軽く反省をした。
「愛か。どうかしたか?」
俺は返事をする。愛から何か用があると思ったからだ。まあ、用がなくても一応は結婚を前提とした恋人同士だし会話をすることも大事だろうと思ったのも少なからずある。
「お願いがあるの、私の家まで道を作らない?」
「ああ、別にいいが……」
別に断るようなことではない。でも、どうしてそんなことをするのかと疑問に思った。だが、その疑問は言ってはいけないような気がしたのであえて言わないでおく。
「べ、別にあれよ。もしものことがあったら近所同士ということで協力しようと思っただけだから」
別にツンデレ口調で答えてくれと言った覚えはない。それに28歳はもうツンデレが許される年ではないと思うが……言ったら絶対に殺されるから言わないでおく。
シュシュシュザクッ
その後、ひたすら雪かきをしていた。隣の家とはいえ玄関から玄関までの距離は思った以上にある。歩けば15秒といったところだが、実際に雪かきをしてみると非常に長く感じるものだ。
「ありがとう」
ようやく愛の家の玄関まで道がつながったところで愛がお礼を言ってきた。
「そんな、当然のことをしたまでだよ」
俺はそんなに硬くなるような関係じゃないだろと言っておく。現に、そうだ。ここまで他人行儀をされても俺はうれしくはない。親しき仲にも礼儀ありというが俺としては別段気にすることはない。
「そういってくれるとうれしいよ。さあ、家に入って。お礼ではないけど温かいものぐらい飲んでいきなさいよ」
「ああ、遠慮しておくと言いたいところだが、あまりの寒さで流石に遠慮することができないから飲ませていただくよ」
俺はそう言って、愛の後について玄関の中へと入っていく。
その後は、割愛させていただくがまあ、甘い時間を過ごした。もちろん、いろんな意味で甘いだが、ココアも甘かったぞ。
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それから1週間した。
雪は未だ残っており政府が緊急で農業被害対策を中心に取り組んでいる状態であった。
それから、うちのビニールハウスは見事に倒壊していた。オヤジは今まで見たことのないような表情で絶叫していたのが今でも記憶に新しい。それから、俺の結婚式は延期になった。と、いっても今後1か月以内に行われることは決まっている。こんな状況で祝うのは悪いと言うのが俺と愛の2人が出した判断であった。
ただ、この1週間の間に事件は発生していた。それが最近はそれどころではなくて忘れていたことであったが阿久川の悪さだ。市役所の対応が完全に悪くなっていたのだ。近所の保育園に知り合いがいるのだが、その知り合いが市役所に除雪の要求をしたところでまったく取り入ってくれなかったのだ。まあ、普通なら災害の後だということでそれぐらいは許せるものだ。しかし、流石は阿久川。これは皮肉である。何と、親入村だけはなぜだか分からないが完全に除雪が終わっていたのだ。話によると、何でも阿久川が持てるだけのすべての力を使って除雪車を親入村に回したとのことだ。
何て奴だ。あの男に久々に腹が立った。
俺はさっそく、事務所へと行き今日集まってくれた安住さんたち7人の仲間と共に会合を開いて今後の計画を立てた。今後の計画として出てきたのはやはり、リコールの件だろう。だが、前に1回リコールをしようとして失敗している。おそらくは、今回も阿久川は暴力団関係者を雇うだろう。警察に訴えることも手だが、それも前回失敗している。と、なるとここで出てくる最終手段は新聞か週刊誌となる。
「やはり、週刊誌に訴えましょう」
俺は提案する。周りの人たちもうんうんと大きく首を頷かせる。だが、安住さんだけが最後まで抵抗する。
「いや、週刊誌はダメだ。ここは新聞にしよう」
「新聞?」
俺は思いっきり首をかしげた。安住さんは続けて言う。
「この中に新聞社の関係者が知り合いの人がいたはずだが」
そう言うと、大きく1人手を挙げる者がいた。
「はい。私です。私、小林はあの大手新聞読書新聞と地域新聞上馬新聞の編集長が知り合いです」
小林さんがそう言ってくれた。小林さんは俺よりもはるかに年上でありその年であれば編集長クラスの知り合いがいてもおかしくはなかった。
「よし、では、上馬新聞の方の編集長と話ができるか」
安住さんは続けて言う。あれっ? そこで思ったことはどうして大手新聞を読書新聞を消去したのかということだが、そのことはすぐに思い出す。そういえば、安住さんが週刊誌に反対していた理由は全国紙がこんな田舎のことなんかを載せたがらないというものだった。そのことを考えれば安住さんの行動も合致する。
「はい、大丈夫だと思います。ちょっと待ってってください」
小林さんは電話をかけるためいったん席を外した。その間、他のことも決めた。決めたことは、新聞にどのようなことを書くのか、どのような話をするのか、阿久川の悪事について決定的瞬間をとらえたものや証拠となる物件をまとめることなどを決めた。それらのことを決めている途中に、小林さんが電話を終えたようで席に戻ってきた。小林さんの表情はいつもとは思いつかないほどニコニコしていた。
「大丈夫でした。明日の午前10時に上馬新聞の本社に来てくださいとのことです」
俺は安住さんや他の人と顔を合わせて喜んだ。ただ、まだ阿久川についての記事を載せてくれるとは決まったわけではないので完全に喜べる段階ではなかったのだが、ひとまず安心した。
「では、大川君。一緒に来てくれ。もちろん、小林さんもね。上馬新聞の本社に行くのは、私と大川君と小林さんの3人のつもりだが、ほかに行きたいものはいるか?」
安住さんが周りの人に確認を取る。
「異論ありません」
「大丈夫っす」
「了承」
個性豊かな面々が安住さんの意見に賛同する。
「じゃあ、その方向で行こうと思う。大川君。今日は解散でいいよな」
「はい。では、みなさん集まってくださりありがとうございます」
こうして、今日の会議は終わった。