第2話 中川市と幼馴染
第2話です。
今回は社会問題シリーズではなく恋愛要素が中心になっています。つまりは……完全にタイトル詐欺です。
阿久川市長再選から2か月。
季節は冬の終わり。月としては2月の後半へと差し掛かっていた。
俺はいつも通りバイトをして過ごしていた。バイトとはまあ、コンビニの店員だ。大手コンビニファミリー・エンスに勤めている。バイトの仕事は、結構楽しかったりもする。辛いこともあるがまあそれもバイトの醍醐味である。レジ打ちとか品出しとか……
いや、そんなことはどうでもいい。
さて、俺の名前をもう一度言っておこうか。
俺の名前は大川五郎。もう既に私立大学の法学部を卒業して4年が過ぎている。大学卒業後、いつかは地方議員でもやろうかと思い地元中川市に小さな事務所を開設して平凡な毎日を暮らしていた。本当に特に書くようなこともない平凡な日々であった。だが、それを書かざる得なくなったのは全ては現在に市政が原因だ。中川市第2代市長│阿久川貞明が元凶である。
阿久川の市政は地元ばっかりを見て旧親入村だけが発展を続けていた。これに伴い旧市域では商店街を中心としてシャッターが多く閉まってさびれた町へと化していた。駅の近くにあった町唯一といってもいいボウリング場もつぶれて更地と化していた。この状況はとてもまずいものであった。ただ、このまずい状態を作った阿久川本人は去年行われた市長選挙において再選をしてしまい、リコール活動も彼の雇ったと思われるヤクザの連中に妨害されるため完全に行き詰まっていた。
「はあー」
ある日のこと。俺は買い物中にため息をつきながら歩いていた。周りから見たら完全にストレスを多く抱えてしまって関わりたくはないような態度を醸し出していたように見えるだろう。
しかし、俺に声をかけてきた人がいた。
「五郎。久し振り」
そんな時に偶然女性から声をかけられた。背が高く、長い髪、女性というのを尊大にアピールした胸、極め付きはその素晴らしいスタイルを強調する私服であった。
こんな素晴らしい女性、俺の知り合いにいたっけな? 俺は最初にそう思った。だから、その女性に対して一言も返事を返すことができず困っていた。
女性はそんな俺の様子を見て呆れたらしく素直に自己紹介をした。
「まったく、あなたはしばらく会わなければ人の顔も忘れてしまうの? 愛だよ、愛。神崎愛という幼馴染のことも忘れてしまったの、五郎」
愛。愛か。って愛!? て、ええええええええ!
俺は驚いてしまった。
「愛? 本当に愛なのか?」
俺は未だ目の前にいる女性が愛だということを理解することができなかった。
俺の目の前にいる人物が幼馴染の神崎愛と同一人物なのか一致することができなかったのだ。
「何よ、失礼しちゃうわ。私だって年相応のことはするわよ」
いや、別に服装とかのことを言っているのではない。化粧とかをして美しくなっていることに驚いたのでもない。……少しもあるが、俺が言いたいのではそういうのではない。昔の愛はもっとボーイッシュというか男っぽかったというのが俺の印象だ。家がちょうど隣同士だったというどこかのライトノベル的な話もあるが恋仲というわけはなかった。男っぽかった愛はよく俺達男子と一緒に野球をしていたものだ。けんかも強かった。俺以上に。
「いや、久しぶりに会って驚いているだけだ……ぷはっ」
やっぱり意外すぎて笑うのをこらえていたが我慢をすることができず、ついに笑ってしまった。愛は俺が笑ったのを見てふてくされたのかプイッと横に顔をそむけた。
「何よ。五郎のバカ」
「いやあ、ごめんごめん。別に笑うつもりはなかったんだよ。意外すぎて驚いた」
俺は愛を諌めるようにそう答える。愛はまったくと言いたそうな顔をしていたがすぐに機嫌を戻してくれた。はあ、良かった。
さて、愛は大学に進学したときに持ち前の頭の良さで旧帝大の1つである北の大地にあるH大学に行ってそのまま北海道で過ごしていたはずなんだがどうしてこの中川の町にいるんだ。俺は疑問に思った。その疑問を察してか愛はすぐに答えてくれた。
「ああ、私ついこないだ帰ってきたんだよ。えぇーと、1週間前かな。向こうにいても何にもないしね。だから、ここ中川でこれからも暮らすわ」
愛はそう言った。
この中川で暮らすのか。というよりも、俺はその時1つ新たな疑問に思い浮かんだ。
「家が隣なのに1週間も何も知らせてくれなかったのか?」
ぎくっ。
愛の方から実際には聞こえるはずのないライトノベル的な擬音が聞こえた、様な気がした。しかも、ぎくっとか高校生辺りまでなら許されるけど28歳の人が使うのは少し……いや、今のは何でもない。
愛は、俺の指摘に対してとても動揺したそぶりで言い訳を言ってきた。
「べっ、別にわざわざ知らせなくてもよいかなあって思っただけよ。何よ、私は五郎に報告でもしないといけないの」
そんなことはない。俺に報告する必要などはないに決まっている。でも、やっぱり幼馴染のよしみとして気になったりするから報告してほしいというのもある。うぅーん、どっちなんだ俺の気持ちは一体。
自分で自分の気持ちが整理できなくなっていたなか、愛は「そうだ!」と急に声を上げて俺に行ってきた。
ん、何だ何だ。
「買い物手伝ってよ」
「は?」
──────
それから数十分後、大量の買い物袋を両手に持った俺、大川五郎はいた。隣で一緒に歩いている愛はまったく荷物を持っていない。いわゆる手ぶらの状態だ。
「おい、ちょっと重いのだが」
俺は愛に文句を言う。愛はそんなことを一切聞こうとはせずに「じゃあ、次の店へ行こう」と言ってまたまた別のお店へと入っていく。
俺は何とかして愛を止めようとするも愛は止まることを知らずに俺の話を全くと言ってもいいほど聞いてくれない。
「はぁ~」
俺は何にも抵抗をすることができずにただため息をつくだけであった。
それからというものの俺は愛に連れられてショッピングを続けていた。愛の女性らしさというのをここで実感させられた。ボーイッシュだったといってもやはり中身は女子。買い物の時間は1つ1つがとても長く男の俺は店の外や愛の隣で多く待たされたものだ。
ただ、自分でも認めたくはないがここ最近市長のことでいろいろと忙しかったこともあって気分転換になった。
その後も買い物は続き、日が落ちかかったている夕方になったので俺達は買い物を切り上げて家へと帰ることとした。
「今日はありがとう」
帰り道の途中、愛が改めてお礼を言ってきた。俺は、
「そんな、改まることはないぞ」
と言った。もちろんこの言動の裏には別に俺らの関係だからそんな改まったことをする必要はないと思ったからだ。
別にやましい気持ちなど存在していない。
「ううん。違うの。私は改まったわけじゃないのよ。きちんと親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ。だから、お礼を言ったのよ」
「それを改まったって言う……いや、そうだな。まあ、俺としては愛は幼馴染だし隣り同士だし困ったことがあれば何でも言ってくれよな」
「うん」
愛は夕日をバックにして笑顔で答えた。俺はその笑顔に見とれていた。
その後、俺達はしばらく黙って家まで歩いた。お互いがお互い何かを意識したのか話すこともできない状態が続いていた。
「じゃあ、ここで」
愛が俺の家の隣にある自分の家の玄関の前までたどり着くと「ありがとう」ともう一度俺を言って帰っていった。俺は玄関が閉まるまでずっと愛を見ていたのだった。
────────
さて、家に戻った俺は愛との買い物で癒された気分を一気に失うこととなった。
「はあ!? 市長が無断欠席? 市議会を」
俺は家に帰って自分の部屋にすぐさま戻り、机の上においてあるパソコンを開いていつも通りメールの確認をしていた。そこには俺と一緒に市長リコール活動している高校時代の友人やこの活動を通して知り合った人たちとのやり取りを行っている。そして、今日もその活動としてメールが届いたのだがそこにはまたしても市長の悪政が書かれていた。
メールの内容は下のようであった。
大川氏へ
本日は中川市の市議会定例会議の日である。定例会議には市長は出なければならないはずだが彼──阿久川は来なかった。事前に公務があるのであれば報告をしていなければならなかったのにそれすらも行っていなかった。議場は市長はどこだという声が飛び交った。
その後、遅れて30分で市長は来たのだが反省を一切せずに議事へと進んだ。これはいかがなものか。もちろん、私達公聴人は抗議したが出て行けと言われ追い出される始末。これには私達も怒った。明らかに地方自治法に違反した度が過ぎた行為ではないのか。
大川氏の意見を聞いておきたい。
安住 敬
安住さんからのメールであった。安住さんはこの活動を通して知り合った人で現在50歳。旧中川市の市議会議員でもあったこともあり、その手の話にはとても強い方だ。現在は、市議会議員んではないものの元市議会議員という立場から現職の市議会議員とりわけ反阿久川系の議員の方々から意見を求められることが多くて、その関係でその手の話がよく回ってくるらしい。
俺はさっそく返事を書いて送った。
安住氏へ
私はこのことに対して怒りがこみ上げてきました。私としてもこの市長はもうだめだと言いたいです。遅刻をしたら謝る。すでに遅刻という行為自体はよくはありませんが最低限これぐらいはしなければなりません。もしも、これが国会であれば明らかに週刊誌により辞職へと追い込まれているでしょう。
やはり、地方自治体の話とはいえ、週刊誌にスキャンダルとして頼み込みに行きましょう。昔、鹿児島で問題が起こった市長がバッシングを受けたり、政令指定都市の市長が無駄カネを使って週刊誌にバッシングを受けたのと同じようなことをすべきです。地方自治体でもある程度の効果は認められます。
大川 五郎
ポチっ
俺は送信と書かれた部分をクリックするとメールをそのまま安住氏に送った。返事はいつもだと10分ぐらい後に来るのでとりあえずはまだ、夕食を食べていなかったなと思いパソコンを使うため椅子に座っていたが席を立った。
「五郎ー。ごはんだぞー」
下からはオヤジの声が聞こえた。
俺は28歳│独身なので未だ両親と一緒に暮らしている。妹が1人、弟が1人いるが、妹は東京の有名私立大学東京家事内大学、弟は地方の国立大学G大学に通っているためそれぞれ1人暮らしをしている。
俺が食事のために下に降りてくるといつも通り机の上には料理が並んでいた。オヤジはすでに席に座っており、お袋が料理を作り終えて最後の一品──から揚げを机の上におくところであった。 今日はから揚げか。俺はから揚げがこの年になっても好きなのでうれしさのあまりいただきますなしで手でから揚げ1つつまみ食いをしようとする。
ベシン
から揚げをつまみ食いをしようと伸ばした右手を思いっ切りベシンという甲高い音を出してはたかれてしまった。
「こら、五郎。この年にもなってマナーが悪いですよ!」
お袋が俺を叱って席に着く。
痛かった。お袋の鉄拳制裁はいまだ健在であった。
「……はい」
俺は右手を引っ込めて素直に謝る。この年になっても未だお袋に顔が上がらないのであった。いつかは抵抗してやると思っていたが結局のところ抵抗なんてことができた例がない。残念なことだ。俺はあきらめて手に持っていたから揚げを皿の上に戻す。
その後、俺達は食事を始める。いつもは世間話をする程度であったが今日は違った。もちろん、最初は世間話をしていた。しかし、途中から何か変わってしまったのだ。俺の予期せぬ方向へと。
「五郎。そろそろ結婚でもしないのか」
オヤジが突然言い始めた。何の脈絡もなくいきなりオヤジがその言葉を言ってきた。そして、その言葉にお袋も反応した。
「そうよね。もうあなたも28歳。そろそろ結婚してもおかしくないと思うの。誰か付き合っている人はいないの?」
お袋も容赦がない。
確かに28歳だし、そろそろ自分も結婚しないといけない時期かもしれない。しかし、
「いないって。それに俺の仕事はNPOみたくただの市民活動だ。事務所はそのことで使っているだけだからお金は取らなくて、給料なんてものはないんだ。だから、誰かを養うなんてことができるわけないだろ」
俺がとても現実的なことを言う。オヤジとお袋もその言葉を聞いて笑った。
「五郎もよく考えるようになったものだ」
「そうよね。あの五郎がここまで考えているのだもの」
2人して笑った。俺はそこまで笑うようなことなのかと思った。
笑われたことが恥ずかしいとかなくて、少し腹が立った。
「笑うことか」
俺は2人を怒鳴る。両親を怒鳴るなんてことは生まれて初めてだ。
「落ち着きなさい五郎」
「そうよ落ち着きなさい」
2人は俺を落ち着かせようと柔らかい口調で話しかけてくる。
「誰のせいだ。だ・れ・の!」
俺はますます怒鳴っていた。この両親は俺が怒っている理由を分かっているのだろうか。息子の心はもっとデリケートだということを考えてほしい。ガラスのハートだと思ってほしい。
「まあまあ、五郎。別に私達はお前がおかしいから笑った訳じゃないぞ。ただ、よく物事を見ているなと感心したんだ。社会人としての自覚は芽生えているな」
「そうよ。それにお金のことならあなたは仕事をしているじゃない。仕事をしないのなら貸すなんてことはしないけどそれならお金の援助ぐらいするわよ」
「オヤジ、お袋……」
俺はうれしくて涙があふれ出そうであった。今日ほど、両親に感謝した日はなかったかもしれない……昔あったかもしれないがそんなことは今忘れた。ともかく、俺の心の中は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ああ、そうだ」
「好きな人いないの?」
「……」
訂正。息子の恋愛事情を探る両親は感心できない。
「そういえば、隣りの家の愛ちゃん帰ってきたんだって」
お袋がいらないことを言ってくる。オヤジもその言葉に過剰に反応した。
「うん、愛ちゃんなら俺も文句はない。彼女は昔からしっかりしているからな。むしろ、五郎の嫁に来てほしいものだ」
「ねぇねぇ、五郎は愛ちゃんのことどう思っているの?」
「我が息子よ。さあ、言え言え」
両親は今日はとてもしつこい。とてもめんどくさかった。なので、両親に恋バナをするつもりのない俺はさっさと自分の部屋へと戻ることとした。
俺は席を立って階段をのぼりはじめようとすると居間の方からはオヤジの声が聞こえた。
「照れてるのか」
「違う!」
俺は大きい声で否定すると居間の方からまたもや笑い声が聞こえてきた。
「はあー」
その笑い声に対してはとても大きなため息が自然と出てきた。俺は笑い声を背後にしてメールの返事を確認するため自分の部屋へと戻っていった。
両親が言っていた結婚についてもほんの少しだけ考えながら……。