第1話 中川市と阿久川
新作です。
2016年3月19日加筆修正。
関東地方にある人口200万人弱の田舎扱いされている県。その県にある地方都市中川市に構えているとある小さな事務所。
そこには多くの人が集まってそして、叫んでいた。
「「「ばんざーいばんざーいばんざーい」」」
大きな万歳三唱の声がこの小さな事務所に響き渡る。周りにいる人全員が笑っている。うれしすぎて泣いている人もいる。老若男女様々な人が集まっているが、特にそのほとんどは俺の高校時代の同級生である。みんなが俺におめでとうと祝辞を述べてくれる。
さて、どうして万歳三唱をしているかの理由は現在テレビで放映しているものが関わりがある。それは地方放送の開票速報であった。地方テレビの放送の画面の上あたりに小さいが速報としてテロップされている。
中川市長選挙 大川氏の初当選が確実。
大川というのは俺の名前だ。俺の名前は大川五郎。年は28歳。O型。身長171センチ、体重60キロ。職業は市長(確定)だ。ただし、政治家経験は大学で法学部にいた以外経験していない若造だ。いずれは市議会議員にでもなりたいと思っていたがまさかいきなり市長になるとは思ってもいなかった。そんな俺がどうして地元の市長選挙に立候補したかというとこの俺が住んでいる地方都市中川市のある騒動が原因である。
まずはそこに至るまでの経緯を語っていきたいと思う。
中川市
人口8万人の地方都市。昔は隣接している県庁所在地である中心市のベッドタウンとして隆盛を極めたこともあるが、近年は現在の日本最大の問題である少子化の影響にはむかうことができずに人口の減少に歯止めがかからない状況である。そのため、5年前に周辺の4町村と合併をし新「中川市」として成立した。これも日本社会が合併ブームの時になっていたのに遅れずにのった結果だろう。この合併によって中川市は大きく生まれ変わった。
生まれ変わり、新しくなった中川氏の初代市長には合併交渉を進めて新「中川市」を誕生させることに尽力した旧「中川市」の村田市長が市長選挙で当選した。そして、村田市政は数多くの抜本的改革を進めていく中で成果を着実に残していた。例えば、市内の小中学校の効率化として統廃合を進めた。統廃合は反対もあるが、生徒数が減っている中での臨機応変な対応が求められるとして推し進めた。また、古くなってきていた給食センターの改修工事をした。市内に複数あって不便となっていた市の病院を統合し総合病院を新たに作った。安い土地を宣伝し某有名企業の招致に成功した。などなどの政策を進めた。そんな順風満帆の市民に支持されていた村田市政は唐突に誰もが予想をしていなかった終幕を迎えた。
村田市長の突然の病死だった。
これには市民は驚いた。いや、市民以外にもほかの市町村の首長なども驚いたはずだ。なぜなら市長は前日までは元気に公務に取り組んでいましたと大勢の市役所職員が口々に言っていたからだ。市長の病気は肺がんだと言われているが実際のところ病院関係者の話によりとそこまで重いものではなかったとの証言も存在している。市長の死の本当の理由は今なお闇に葬られている。
もちろん、市長をいつまでも空席にしておくわけにはいかない。そこで市長選挙に立候補したのは合併したときに無くなった旧「親入村」の村長であった阿久川氏であった。阿久川氏は村田市政で副市長をしていた伊藤末治氏のスキャンダル問題などを選挙中に宣伝することで他候補を圧倒しこの市長選挙で圧倒的票差で当選した。それが今から4年前の話だ。
そして、ここから中川市の悪夢の4年間が始まることとなった。
ただ、この時の俺はまだ理解することもできなかったしこの市長がここまでひどいものとは考えてもいなかったのだ。
俺が阿久川市長を市長失格だと思ったのは市長当選から2年経ったころだった。
「はぁ~」
俺の家は旧中川市域にある。家の周りには多くのスーパーマーケットといったようなお店などが点在し中川市の中でも栄えているといってもいい。もちろん、地方都市なのでそれは一部区域であって家の周りは少し歩けば田んぼや畑が多くあるのどかな田園地帯でもある。いや、こちらの方がメインである。あとは、農家の家が多く点在しているくらいだろうか。
さて、なぜ俺が今ため息をしているのか。そう言われると答えなければいけないということでもないが一応答えておこう。
俺がため息をついた理由とは近頃の中川市の発展についてだ。旧親入村域ばかりが発展しているのだ。これは阿久川市長の地元だ。2年前ごろから全ては始まった。まず、国道の改修工事で道幅が広くなり新道として橋まで作られた。次に新道周辺に某有名家電量販店が出店してきた。某有名ファーストフード店が開店した。道の駅がオープンした。携帯ショップがオープンした。などなどここに列挙したものはほんの一部であり親入村には多くの企業、お店が参入してきて別次元に発展してきたのだ。他の合併した町村や旧中川市域には何の変化もない。いや、変化どころの話ではない。旧中川市の市街地であり中心地に位置している中川駅周辺の商店街は日に日にシャッターが閉まっていっている。完全にさびれ始めている。これは完全に地元しか発展させない市長の政策により起きた結果だ。
もちろん、これらの政策に対し市民や市議会議員は抗議として市長から直接意見を求めた。その時、市長の発言をわざわざ市役所にまで行って聞いた言葉は頭の中に今でも残っている。
「別に安いから誘致してもらっているだけですよ。何でそんなこと言われないといけないのか分かりませんな」
完全にこの言葉には俺はキレた。安いから招致している。確かに旧親入村は人口が1万人程度の小さな村であり近隣にはこんにゃく畑が広がっているだけの過疎状態の村であった。当然、土地の地価が安くなるのは目に見えている。しかしながら、中川市全体的に見ても地価はかなり安い状態である。とりわけ市街地はさびれていることから市の活性化を狙ううえでは市街地に招致をする方がより町を発展させることができる。基本的に市議会はそう考えていた。しかし、それを真っ向から否定したのが阿久川市長であった。否定はするものの理由は特に言わなかった。
俺だけではなく、多くの市民や市議会議員は市長リコールへと足並みをそろえた。そろえたのだが俺達はリコール活動を妨害されてしまった。それは暴走族やチンピラと呼ばれている人たちにだ。このことからあのくそ市長は暴力団といった裏社会との関係があることが分かった。しかしながら証拠がないとか言われ市議会では否定。警察の捜査に要請するも噂のレベルでは操作に踏み込むこともできず、探偵事務所などの調査でも関係性までは明らかにならなかった。それでも、俺達市民は絶対につながっていると思っていた。
阿久川市長の家の前で張り込みをしていた探偵もいたみたいだ。しかし、張り込むをしていた日に限って人が来ないという連続であった。奴らは尻尾を現さなかった。
それから2年。阿久川は特に何もしていない。いや、しているとしたら親入村の発展に貢献していることだけか。彼のせいで中川市の中心地中川駅の再開発が中止した。字≪あざじ≫などの村田前市長による市の改革もことごとく撤廃。人口はますます都心へ流れ出ていくなど中川市は完全に財政破たんともいえる最悪の状況へと突き進んでいたのだ。8万人いた中川市の人口はこの2年間で7万8000人にまで減少した。財政の状態は、税収が見込めないとのことだった。
2年間耐えた。耐えて耐えて耐えまくった。そして、ついにやってきたのだった。
今年はついに市長選挙なのだ。地方自治法により原則として途中にリコールされることのなければ4年に一度しか行われない市長選挙だ。あの男をついに市長職から合法的に下ろすことができる。選挙なら不正介入はできないし、もしやったとしたらそれこそ牢屋送りだ。勝った。俺達は勝った。そう確信した。俺達は市民の代表として中井健吾氏を候補として送った。それ以外に1人の候補があったので3人で競うこととなった。
この市民の代表として送った中井健吾氏。彼は56歳。中川市議会議員を4期務めあげ市議会議長も就任したことがある中川市におけるベテラン議員だ。家も俺の家から徒歩で3分ほどの場所にあり、小さいころからよく親戚としてお世話になっていた。反阿久川市議の代表的な立ち位置に立っていた人だ。
俺達は必死に中井氏を応援した。選挙カーでの選挙活動、中川駅での直接演説した時の歓声から俺達の勝利はほぼ確実であるとこの時誰もが考えていた。しかし、投開票日当日になり俺達は異常な事態に気付いた。
ピンポンパンポーン
市の無線での放送が流れた。それは市長選挙の現在の投票率の公表だ。
中川、市長選挙の、投票率は、午後、3時現在、21パーセント、です。
21パーセント。いくらなんでも少なくないか。俺はそう思った。いつもならすでに36パーセントはいっている時間だ。それが21パーセントは今回は低すぎる。一体どうしたんだ。選挙の投票率が異常なまで低かった。ただ、36パーセントも低いとしたら低いが日本ではこれが高いのだよ。何でみんな選挙行かないんだ。文句を言いたいぜ。
ただ、文句を言ったところで選挙は義務ではなく権利なので白票でも棄権でもできてしまう。要は各々の自由だから仕方ないんだ。そうだから仕方ないんだ。
そして、そのまま選挙は投票が終わる時間8時となった。8時半ごろ最終的な投票率が発表された。投票率は34パーセントだ。これは中川市長選挙史上最も低い値だ。といってもまだ新中川市としては2回目の選挙なのだが……。
選挙速報は地元テレビの上画面に小さな文字で発表されることとなっている。それは当たり前だ。衆議院議員総選挙や参議院議員選挙とは規模が圧倒的に違うからだ。そんなことにケチやら文句をつけるつもりはない。
ピポーン
番組の途中に甲高い音が鳴り響いた。文字には中川市長選挙結果と書かれている。そこに映っていた文字に俺は絶句した。
中川市長選挙 現職阿久川氏の当選確実
その文字と同時に中井氏の事務所の中は静かになった。誰もが口を開くことができなかったのだ。この現状を理解することすらできなかったのだ。
「……」
誰も口を開かない。俺の口も開かない。まるで強力な磁石がくっついているかのようだ。そして、しばらく時間が経ちようやく中井氏が口を開く。
「ご声援ありがとうございました」
俺達の戦いはいまいち納得がいかない。いまいちどころかまったく納得のいかない終わり方をしてしまった。
市民は阿久川を再び選んだ。あれほど熱狂して中井氏をほめていた市民は一体どこへ行ったのか。市民の票はどこへ行ったのか。
確かに、近年政治離れが深刻だ。おそらく投票に行かなかったのだろう。あのように盛り上がる人ほど投票には行かない。また、地方選挙というのは基本的に現職が有利となる傾向がある。つまりは、多くの人は何も考えずにまたは、考えたけどほかの候補が知らない、政治に興味がないなどさまざまな理由から阿久川に投票したということなのか。
納得がいかない。
俺は、納得がいかずに中井氏の事務所から出て行った。
そして、こんな市長を当選させてしまったから次の悲劇を生むこととなってしまった。
次回は明日8時更新です。