08 そして2日目の日が暮れて
街の広場には数名の〈冒険者〉とその倍ほどの〈大地人〉が集まっているみたいだ。なんだか妙に騒がしい雰囲気だが、その表情は一様に明るめ。どうやらトラブルが起きているというわけではないらしい。
だとすると何を集まっているのだろう?
沸き立つ好奇心に駅前広場へと向かう足が早まる。
駆け足気味で広場へと到着してみると、その人混みの中心には狩りの獲物だろうか、巨大なクマとこれまた立派なサイズのイノシシが数体転がっている。
その脇では数人の商人と思われる〈大地人〉と〈冒険者〉が何やら取り込み中。ちょっと離れて様子を見ている〈大地人〉達は野次馬というところだろう。
「ようリーダー、思ったより早いお帰りだったね。でもちょうど良かった。ちょっと判断仰ぎたい状況でさ」
帰ってきた私達に気づいて話しかけて来たのは、中心になって〈大地人〉と交渉のようなものをしていた〈冒険者〉の女性。テンプルサイドに残った冒険者の中では唯一の〈猫人族〉で名前をアマネさんと言う。
パソコンを並べてゲームをしていたところ今回の騒動に巻き込まれたとのことで、〈狼牙族〉の旦那様もご一緒の仲良し犬猫夫婦のお姉さまだ。
ううむ、どうもこの数日カップルやら夫婦やら仲の良い様を見せつけられることが妙に多い気がする。うう、このリア充どもめ。
「ええと、どうしました? 雰囲気からしてそれほど悪いことが起きたようではなさそうですけど・・・」
「ああクシさん。まずは謝っとかなくちゃいけないことしちゃいまして。うちのが暴走しました。ごめんなさい」
「暴走とかいうなよ~ 悪い事したわけじゃないんだからさ~」
丁寧目な口調で答えてくれたのは、その犬猫夫婦の旦那様の方のアキオミさん。物腰丁寧でおとなしめな印象の〈施療神官〉で、何となく雰囲気も犬っぽいのが面白い。
それに口をとがらせて反論するのがアマネさん。こっちも外見だけではなく性格も自由奔放な感じで、まさに猫っぽい。まあ語尾が「にゃ~」ではないのが、ちょっと私としては物足りないのだけれど。
「いやあ、街外れで2人でスキル試したりしてたんですけど、そうしたら近くに居た〈大地人〉の方に畑を荒らしてるイノシシを退治してくれないかって頼まれてしまいまして。朝の話では今日は基本的にまだ戦闘は避けとこうって話だったんで断ろうと思ったんですが、妻が妙に乗り気になっちゃっいまして。〈冒険者〉数人加えて畑を駆けずり回った結果がこれです」
と、アキオミさんは広場に転がる獲物に視線を向ける。
ひいふうみいと数えると10匹は超えている。なんとも張り切ったようだ。
「クマーはヒギーが仕留めたです!」
「あと百目のおにいさんも一応頑張ったのです!」
と手を上げて会話に割り込んできたのは例の双子のみぎひだコンビ。今日は服装も全く同じでさっぱり見分けがつかない。
成程、広場に転がる中でも特に大物なコレはこの子たちの獲物というわけらしい。
しかしこの子らたしか、テンプルサイド残留組の中でも一番レベルが低かったんじゃなかったろうか。百目のおにいさんとか言っているから2人だけでというわけではないと思うが、大した度胸だと感心してしまう。
「幸い相手にしたイノシシのレベルも10台後半程度だったので大きな怪我をした人もいなかったんですが、それも結果論ですからね。改めてすみません」
そんなことを言ってアキオミさんは頭を下げるが、相方のアマネさんはご不満の様子だ。
「だって、農夫のおじさんにおらの畑のトマトが~とか泣き顔で言われちゃったら断れないでしょ? お礼に野菜も沢山もらっちゃたんだしさあ」
「あなたはちょっとは反省してください。まあ、というわけでクエストの報酬的な野菜の方はまあ良いんですけれど、この私たちの狩ってきたイノシシやら、あっちの子たちの仕留めたクマやらをそこの行商の方や街の商人の方が買い取りたいとのことで口論されていて。相場とか街の方達の間の力関係とかが判らないんでどうしようかと悩んでいた所というわけです」
なるほど、そこでこの状況にたどり着くわけですか。
確かに今後の事を考えるとカモだと思われても困るし、反対に商売相手として旨みが無いと思われても困る。判断を保留してくれたアキオミさんの勘というか判断に感謝だ。
「了解。状況把握しました。ん~ ヤエ、商談頼める?」
みぎひだコンビとじゃれつつも聞き耳を立ててたであろうヤエに話をふる。
ヤエはがめつくて腹黒だけど愛嬌がある。プレイヤー間の値段交渉などの商売事ではゲーム内で無双を誇っていた。こんな事にはうってつけだろう。
「良いけど。で? 方針は? むしりとればいいの?」
「いやまて。これからもお世話になるかもしれない人たちだから。捨て値な必要はないけど今後とも宜しく的なところに落としてもらえると嬉しいんだけど」
「程々ってことね。りょうか~い」
にししとか聞こえてきそうな笑顔を浮かべながらヤエが商談の中心となっていた〈大地人〉達の方に向かっていく。あれは任せてしまってよいだろう。
「さて、お金勘定はあれでどうにかなるけど、街の方は実際どうでした?」
「料理をしない食材には味がちゃんとあるみたいです!」
「リーネさんが採ってくれたビワはとっても美味しかったのです!」
「ああ、そうですね。お礼に頂いたトマトやらキュウリは普通に味してましたね」
おおう、狩りした感想とか街の様子とか聞いたつもりだったけど食事ですか。いやまあ、アレはアレで最優先にしても良いくらいの惨事ではあるわけだけど。実際、口にするのはあの味のみという状態を脱却できるというのはありがたい。
しかし調理しなければオッケイというあたり〈料理人〉の私としてはボディーブロウである。地味にダメージが大きい。せっかく最高レベルまで上げたサブスキル、無用の長物ですか・・・
「うう、何やら〈料理人〉としては惨状っぽい気がしないでもないですが、それが最初に来るあたり緊急事態は他にはなさそうですね。それじゃあ話は夕方、皆で集まってからにしましょうか」
どうやら商談の方もヤエが上手くやったらしく、〈大地人〉の商人達もまんざらではない表情で解散の雰囲気。私達も狩りで体を動かしてきたので結構汗だく。お風呂が恋しい。
街の外に目を移せば、遠くに広がる山々が黒く稜線を空との境界線に描き、それを境に空は鮮明なオレンジ色を染め上げている。夕焼け小焼けで良い子はお家に帰る時間というわけだ。
私達は、街の中心地からは少々外れた私の購入した屋敷、私達の家へと足を向けることにしたのだ。
◆
なんだかこれから恒例になりそうな食堂に集まっての意見交換も一段落し、この屋敷に集まっている〈冒険者〉達もそれぞれ自分にあてがわれた寝室に足を向けた頃なのだろう。さっきまで食堂から聞こえていたざわめきも今ではほとんど聞こえなくなってきた。
オレはといえば、昨日の醜態もあって何となくその場に居づらい気持ちになってしまい、屋敷の庭に出て体を動かしている。
「〈クロス・スラッシュ〉!」
自分で放り投げた木片に対して意識を集中し脳内に浮かぶスキルアイコンを選択すると、この守護騎士として52レベルの経験を持つオレのの体は、熟練の騎士であるかのように澱みのない動きで目にも留まらぬ2連の剣戟を放ち木片を両断する。
もちろん目的は薪割りなどではない。スキル発動時に自分の体が再現するこの動作を手本にするのが目的だ。
ユウタの兄貴やボスは現実世界において何かしらの知識やら経験があるらしく、そのイメージを活用してモンスターとの戦闘に生かしていたようだ。ユウタの兄貴の攻守一体となった流れるような動作や、ボスの舞い踊るかのような剣戟はまるでアクション映画のワンシーンのようだった。
だが生憎オレはそんな外から持ってこれるような都合の良いイメージを持ち合わせていない。
外に無いのなら内。まがりなりにもオレが操るこの体はレベル的にはそれなりの経験をもつ〈冒険者〉。スキルを使用すればそれなりの動作を再現してくれる。
であれば自分の体が再現してくれるこの動作を手本とすれば良いじゃないかという考えにたどり着いたのがついさっきの事だ。
先程スキルを使用することにより自分の体で行った動作を手本に、今度は自分の意思でその動きを再現する。
足裁きや腰の動き、手に持つ剣の握りや腕の使い方。判らないところがあればまたスキルを発動すれば自分の体がお手本を示してくれる。
もとの世界ではサッカー部に所属する高校生、一応レギュラーでセンターバックのポジションだって獲得していた。体を動かすのは得意とする所ではあるのだが、何度か同じ動作を繰り返せばあっという間にスムーズに動かせるようになってしまうのは異常な気がする。
やはりこの〈冒険者〉の体は特別製なのだろう。現実世界ではありえないほどのスピードで動作を自分のものに出来てしまうこの感覚は何とも麻薬的だ。
そんなこんなで色々な体勢からスキルを発動しては、その際の動作を再現するという作業に没頭していたのだが、ふと気づくとオレが今訓練をしている屋敷の庭に、オレ以外にも人影があることに気づく。
今日1日パーティーを共にしたミヅホ姉と、その横にいるのは屋敷のメイドの小さくて無口な方。
「随分遅い時間まで熱心ですね。訓練ですか?」
そのミヅホ姉がオレの横まで歩み寄って話しかけてくる。
昨日迷惑をかけてしまったオレが言うのも何なのだが、この人はユウタの兄貴と並ぶテンプルサイド残留組内の常識人で、気遣いの人だ。
多分オレが暗くなった屋敷の庭で一人居るのを気遣って様子を見に来てくれたのだろう。
「明日はそれぞれ分かれてレベルの低い皆のサポートじゃないですか。オレもボスと組んで一番レベル低い組の引率ですし。昨日の事もありますからこれ以上みっともない所は見せられないっス」
なんとなく目を合わせるのが気恥ずかしくて、意味もなく目線を庭の奥に向けてしまう。
我ながらぶっきらぼうになってしまうこの口調はなんとかならないものか。
「そうでした。私も明日は〈グランデール〉の仲間と一緒に狩りの予定でした! まだ弓、全然上手く扱えないんですよね。うう、明日はクシさんとか一緒じゃないんですよねえ。どうしましょう・・・」
幸いなことにミヅホ姉はオレの変な態度はあまり気にならなかったっぽいのだが、そのかわりに明日のことを思い出して不安にさせてしまったようだ。急におろおろしだしてしまう。
しかし、「どうしましょう・・・」とか言われて見上げられてしまっても男子校なオレとしては対応に困るのだが。
「・・・まあ、街に残ってた奴らも何人かは戦闘こなしたみたいですし。〈グランデール〉の人達はここに残った中ではレベル高めの方じゃないですか。一番レベル低い狩り場でやってればミヅホ姉だったら問題ないですよ、多分」
「うう、多分ですか。不安です。今からこんな暗い中じゃ弓も練習できませんし・・・」
しまった。ミヅホ姉は完全ネガティブモード突入中だ。
これはどうしたものかと困っていた所、ミヅホ姉の横に付いて来ていたメイドさんが果物のようなものを入れた小さな籠を付き出してオレ達の間に入ってくる。
「あ、そうでした。ダル太さんすぐ席立っちゃったから食べてないですよね。ビワ差し入れです。美味しいですよ!」
「わざわざすみません。えっとそっちのメイドさんもありがとうッス。ごめん、名前なんでしたっけ?」
「ユーリ。気にしなくて良い。です。仕事」
「いや、そういう訳にはいかないです。ユーリさんっすね。ありがとう」
オレは頭を下げて籠からひとつビワの実をつまんで口に入れる。
まだ完全に熟れているわけではないのか、酸っぱさが先に立つがほんのり甘い。
爺ちゃんの住む田舎で食べたことのある、なんだか少し懐かしい味だ。
さっきまでのオレは何だかんだ言って余裕がなかったのだろう。
ふと落ち着いて周りを見渡せば、屋敷の窓からは蛍光灯とは違う淡い光がぽつぽつと浮かぶのが見える。
その光と空の星が屋敷の庭の池にゆらゆらと映し出される。
草木が風にざわめく音、かすかに聞こえる虫の音。決して無音ではない静寂。
そんな空気の中、声を上げたのは、屋敷のメイドさんのユーリさんだった。
「ダル太様やミヅホ様はどんな所に行ったことがある? ですか?」
「様はいらないっすよ。むしろオレはダルタス・・いやダル太でもういいッス。ええっとオレまだ始めて3ヶ月ちょいくらいだからなあ。〈イースタル〉あたりから離れたことないし、狩場以外ってあんまり意識してなかったな。ミヅホ姉はどうです?」
「ん~、この街以外の所ですか? 私もまだ初心者ですからね。アキバやここら近辺以外だと、まあ一度沖縄あたりまで頑張って遠征したことはありますけど。地元なので。あ、でも〈マイハマの都〉とかは立派でしたねえ。灰姫城なんかはいかにもファンタジーのお城って感じで」
ゲームとしての〈エルダー・テイル〉は、日本サーバ管理区域に五つの文化圏を持ち、それぞれが特徴的な風土を持っていた。その地域によってさまざまな美しいグラフィックを旅行のように楽しむプレイヤーも多かったと聞いた覚えもある。
とはいえオレは始めてまもなく大手戦闘系ギルドに入ってしまったこともあり、レベル上げや装備を揃えることに夢中になってしまっていて、そんな事を意識したことは無かったように思う。
「リーネちゃんは何処か行ってみた所があるんですか?」
「私はこの街から出たことがない。です。から。でも一度、海。海が見てみたい。です」
リーネさんがたどたどしい口調で、でも一生懸命そうにそう話す。
海なんて此処からさほど距離もないだろうにと一瞬考えるが、思い直してみるとこの街に住む半数以上の〈大地人〉達のレベルは一桁。今日オレ達が相手をしてきた一番低いレベルのモンスター達に出会ってしまっただけでも命の危険にさらされてしまう。余程の理由がなければ街から出ずに一生を終える者も少なくないのかもしれない。
だとするとリーネさんが口にした「海」というのはオレが思う以上に彼女の中では大きな存在なのだろう。
「海か。今はこんなでバタバタしちゃってるッスけど、もう少し落ち着いたらみんなで行ってみるのも良いかもしれないっすね。もう少し暑くなったら海水浴とかも楽しそうじゃないっすか」
いままで自分がこの〈エルダー・テイル〉の世界を全然知ろうとしていなかったこと、何より目の前でまだ見ぬ「海」に思いを馳せているこの〈大地人〉の少女が一生その望みを叶えることが無いかもしれないということが嫌で、思わずそんな言葉がオレの口から漏れる。
「そうですね。もちろん屋敷のみんな、リーネちゃんとユーリちゃんも一緒にですね。なんだかワクワクしますね、そういうの」
ミヅホ姉もそういって笑う。
リーネさんはそんな方向に話がいくとは思ってもみなかったのか、口を開けたままぽかんとした表情だ。
現状オレ達が置かれてしまっているこの状況が何なのかは未ださっぱりわからない。
アキバに戻った後どうなるか、それ以前に明日以降のことすら正直言って未定のこの状態で約束するなんて無責任なことなのかもしれない。
でも〈冒険者〉っていうのは、そういう事の出来る奴らの事を言うんじゃないかと、その時のオレは思ったのだ。
◆
海かあ。思わず私は故郷、八重山の青い海を思い出す。
あっちに住んでいた当時は、あたりまえのようにいつも周りにある海を見て喜ぶ観光客が不思議でならなかったのだけど、上京してきてこっちの海を見た時は納得したものだった。
確かにこんな汚い海しか見ていなかったならしょうがない。
そういえば、この世界の海はどんな表情をしてるんだろう?
なんだか無性に私まで海を見てみたい気分になってしまう。
歌いたい気分になってしまう。
私は鞄から、三線を取り出す。
三線は三味線に似た沖縄の民族楽器。沖縄に住む人ならば必ず触れる機会があるだろうと言う位、沖縄県人には身近な楽器だ。私としても何か楽器を持つのならこれしかないと、ゲームの中の故郷の島まで遠征して手に入れた、自分の持つ中では一番思い入れのあるアイテムだったりする。
その三線を構え、弦を調律する。
夜の風はそよそよと優しく、月明かりも朧で優しい。
私は故郷の海に、この世界の海に思いを馳せて、故郷の恋の詩を唄う。
君は野中の茨の花か
暮れて帰れば やれほんに 引き止める
またはーりぬ ちんだら かぬしゃまよ
嬉し恥ずかし 浮名を立てて
ぬしは白百合 やれほんに ままならぬ
またはーりぬ ちんだら かぬしゃまよ
たぐさ取るなら いざよい月夜
二人で気兼ねも やれほんに 水入らず
またはーりぬ ちんだら かぬしゃまよ
染めてあげましょ 紺地の小袖
掛けておくれよ なさけの襷
またはーりぬ ちんだら かぬしゃまよ
◆
屋敷の庭から流れてくる民族音楽風の歌声が止み、再び静寂が訪れる。
2階のバルコニーから下を覗き込むと、そこには三味線のような楽器を構えたミヅホさんとダル太、それからあのメイド姿はユーリちゃんかな。なるほど、ダル太を構いに行ったミヅホさんがあの歌声の主だったというわけか。
私が上から手を振るとミヅホさんは聞かれているとは思っていなかったようで、慌てた素振りを見せて顔を赤くしている。いや、こんな中で歌ってたら屋敷のみんな聞いてるとおもうぞ。ほら、他の窓からも皆顔を出してるし。
興味を持った何人かが、庭の方に出ていったのだろう。外から聞こえる声が増え、せがまれたのだろうミヅホさんが他の曲を奏で始める。他の〈吟遊詩人〉も楽器を持ちだしたのだろう、さっきの三味線のような音色に加えて、ギターのようなコードを奏でる音やフルートのような笛の音もそれに加わる。
このテンプルサイドの街は、現実世界の吉祥寺がサブカルチャーの発信地として有名なことを反映したのか、駆け出しの〈吟遊詩人〉に関連するクエストなどが多いことでも知られている。
その事もあって私の屋敷に集まっているテンプルサイド残留組の中には〈エルダー・テイル〉のゲーム内では〈付与術士〉に次ぐ不人気職だったはずの〈吟遊詩人〉が結構多かったりするのだ。
そんな眼下のちょっとした喧騒から目を戻し、私はバルコニーに設置されているテーブルの反対側に座るヤエに向き直る。
「んで、相談事ってなにさ。ヤエにお願いした商人さん達との値段交渉とか素材とかの収集依頼とかそこら?」
「ん~、まあそこらへんに関連するっていえばするんだけどね~」
食堂でのミーティングが解散した後、相談があるとか言って私の部屋を尋ねてきたヤエは、とっておきのイタズラを思いついた子供のような表情でそんなことを言う。こんなヤエの表情には見覚えがある。たしか前に見たのは、ゲームの運営会社が企画したイベントに関する期間限定アイテムの横流しとか価格操作で一儲けを企んでいた時だ。
全く今度は何を思いついたのやら。変な波風たててくれなきゃいいんだが。
「クシもリーネちゃんが採ってきてくれたビワ食べたっしょ?」
「うん、食べるものに味があるってのがあんなに有難いことだとは思わなかったよ。〈料理人〉的には泣きそうだけど」
「クシ南無。そうそう、料理してない素材の状態だったら味が普通にあるんだよね。でもって、素材のままでも食べられる物ってのも結構あるわけじゃない? 果物とか一部野菜とかさ。でね、アキバに居る山ちゃんとかに念話で聞いてみたんだけど、そこらへんの事はあっちでも気づいた人が結構居るみたいで、マーケットからそういう食材はほとんど全部売れたり引き上げられたりで無くなっちゃってるらしいのよ」
「今度のターゲットは食べ物ってわけか。でもそれって普通に手に入るし、とりわけ高い物ってわけでもないんじゃないか?」
「ふっふ~ん、そこがクシのおばかなところよね~。アキバはさ、此処と違って〈冒険者〉に対して〈大地人〉が極端に少ないんだよ、多分。施設の運営とかお店の店員さんとかは居るけど。で、そういう食材とかは一部の〈冒険者〉が買いだめしようと思っただけで、あっという間に無くなっちゃったてわけなのよ」
おばかいうな。でもそう説明されれば納得かもしれない。
私も聞いたアキバの現状は2日経った現在でもあまり良い方には進展してないようだ。
多くのアキバの〈冒険者〉達は同じギルドのメンバーなど、親しい人達だけで縮こまって〈冒険者〉同士で警戒し合っている状態。基本的にアキバの街の外、それだけでなく街の中の〈大地人〉やこの世界の歪な仕組みにすら目が向いていない。
街の外にまで出て行動を起こすなどという事を行なっている数少ないギルドや〈冒険者〉ですら、その関心ごとは山ちゃん達〈D.D.D〉のように戦闘に関する事に限られている。
そんな状態では、味が無いとはいえ一応は心配することはないと判った食事事情などには、目が向いていないだろうというのも納得できる流れではある。あるのだが。
「こっちで買い集めてアキバに入った時に暴利で売ろうってわけか? でも暴利ったって単価安いし、それなりに儲けようと思ったら結構な量さばかなきゃいけなくなるんでないかい? 言っとくけど街の人たちの生活とか脅かしちゃいそうな量の買い占めとかダメだぞ」
「ぶ~、そんなことクシに言われなくても判ってるもん。このヤエ様をみくびらないでほしいの。それに関してはさ、周りの集落から集めてこようかなって思ってる。リーネちゃんに聞いたんだけれど、テンプルサイドの周りにも農業とかやってる小さな村っていうか集落っていうかが結構たくさんあるみたいなんだよね。リーネちゃんの実家みたいな。だからそこら巡って売ってもいいよーって位の量を買い集めようかなってね」
ふむ、なるほど。人手の問題はあるかもしれないけれど、それならあまり〈大地人〉の人達に負担をかけずに集めることもできるかもしれない。加えて現状、この街の中でのことしか知らないこの世界の事や、〈大地人〉の人達の事の情報収集にもなりそうだ。
「でね、最初は相場とかあるから私とかクシとかが行ったりするとしてもね、ここの〈冒険者〉で手伝ってもいいよって人に各集落にそれぞれ行ってもらってさ、儲け山分けでみんなで幸せになっちゃおう的なそんなプランなわけなのよ。みんなカバンとか持ってないだろうから荷馬車とか準備したりさ、ちょっと楽しそうでしょ? だからねっ」
うう、確かに面白そうなネタだということは分かった。だからそんなにキラキラした目で詰め寄るな。顔が近い。
あとなんかオチは読めた。
「金ヨコセ」
「うわやっぱりそれか。言っておくけど私だって手持ちの金貨はそれほどないぞ、ほとんど銀行だし。まあそん中から出すくらいいいけどさ」
「え~、そんなの今からでもアキバ飛んでって取ってくればいいじゃん。どうせ往復でも1時間くらいっしょ」
まあ山ちゃんも気づいてたし、ヤエなら判ってて当然かとは思うが、なんとも身も蓋もないことをさらっと言いおってからに。
なんというか手段とか目的とか、もう何だったのかが訳わからない状態だ。
アキバ帰るために頑張ろうとか言ってる此処のみんなには絶対言えないなこれ。
「うう、まあ可能だとは思うけどさ。でもさヤエ、幾ら位必要だと思ってるのさ?」
「ん~、だいたい4万から5万位?」
「ちょいまて! なんだその中堅ギルドの全運用資産みたいな金額! そんなぶちこむつもり!?」
「え~、クシだってそれなりに儲けようと思ったら結構な量さばかなきゃって言ってたじゃん。1万人以上居そうなアキバに食料持ち込むんだから、そのくらいの額なんて普通じゃん。ていうかクシ、実際幾らくらい持ってるのよ?」
「ええと、引退するつもりで色々アイテム売っぱらってたのと、ここのところ狩り出てないし装備のメンテがなかったから。多分25万位はあったかなあ?」
「なにそれ! なんなのよそのちょっとした生産系ギルドでも出すのに躊躇しそうな金額! 決定! 今からアキバ行くからね!!」
1日動きまわって結構疲れてるんですが。眠いんですが。
私の異世界漂流サバイバルの2日目はまだ終わってはくれないらしい。
引用した詩は「新安里屋ユンタ」。
「沖縄音楽界の父」と言われる宮良長包(1883年 - 1939年)様の作詞です。
純粋な民謡歌詞ではないのでアウトかもと思ったんですが、ガイドライン的に没後50年が経過しているのでオッケイと判断しました。
歌詞的にこの状況に合ってるわけじゃない気がして、無理やりっぽいでんですが、好きなんですよね。私が。