07 テンプルサイドの森にて(其の2)
ダル太のターン。
うちの〈エルダー・テイル〉はイージーモードです。
最初こそ散々だったテンプルサイドの森でのモンスターとの戦闘だが、数をこなしていくにつれて、それなりにコツみたいなものは掴めたように思う。パーティーとしての連携も、まあボスの言うとおりに動いているだけという気がしないでもないが、大分こなれてきた。
午後からは最初に挑んだ最も敵のレベルの低い一帯を後にして、スカファの水源地と呼ばれる寺院から見ると東に位置する、レベル40台前半の〈赤醜豚鬼〉のテリトリーまで狩場もランクアップしている。
まだバタバタすることはあるが、ソロ向けの狩場とはいえモンスターとのレベル差も10を切っているこの状況でも何とかなっているのだから上出来だろう。
「敵発見です! オークの集団5匹。11時の方向50mくらいです。シャーマンはナシ、弓持ちが1」
ミヅホ姉の言葉に皆が足を止める。非戦闘時の索敵は〈狩人〉のサブ職業を持つミヅホ姉の役目だ。詳しくは知らないのだが〈狩人〉には弓の攻撃に関するボーナスと、特に森林地帯での索敵に有用な能力があるらしい。
「了解。そんじゃさっきと同じパターンで良いかな。ダル太は弓持ちの固定を最優先、ユウタさんはその他の牽制よろしく。ミヅホさんは弓でもヤエの増幅でも練習したい方で良いよ。んでもってヤエは自重。それじゃ、いってみようか」
さすがに結構な数の戦闘をこなしてることもあり、ボスの指示も簡素だ。
皆その言葉に頷き(姉御は不満気だが)、それぞれ武器を構えて慎重に敵との距離をつめていく。
先頭を進むのはオレ。先陣を切るのは〈守護騎士〉であるオレの役目だ。
オークの群れとの距離は30mを切ったくらいだろうか。まだ気づかれはいない。そろそろ頃合いだ。
武器を構え直し、後ろに控える仲間と目線で確認をとり、覚悟をきめる。
「えいしゃおらぁあああああああ!」
気合を入れ飛び出した後、手近な1匹に対して走りぬけながらの一撃。これは最悪当たらなくてもいい。
モンスターの群れに最初に行われる敵対行為、ゲーム内の用語でいうとファーストアタックを行ったプレイヤーに対しては通常の攻撃などより多めの敵愾心が向けられる。防御力の一番高く、敵の攻撃を引き付けなくてはいけない〈守護騎士〉が先陣を切る理由の一つで、今回の目的もこれだ。
しかし、オレの役目はまだ終わらない。攻撃の後そこには留まらず、そのまま駆け抜け群れの左後方の位置を確保して後ろを振り向く。オレが飛び出した後さほど間を開けず動き出しただろう。ユウタの兄貴の姿を群れの反対側に確認した後に、目の前の弓を持ったオークをターゲットして〈アンカー・ファング〉のスキルを放つ。
ユウタの兄貴も同じくタウンディングスキルを行使したようで、オーク達はオレとユウタの兄貴のどちらを相手にしていいのか迷い行動が混乱する。
「戦士職、特に〈守護騎士〉は複数あるタウンディングスキルを使い分けられて一人前。〈アンカー・ハウル〉は自分の周りの全ての敵に対して均等に敵愾心を発生させるからターゲットが要らない分使い勝手はいいけど、今回は盾役が2人居るからね。ターゲットした敵に特に多く敵愾心を稼ぐ〈アンカー・ファング〉で遠距離攻撃するヤツを強く固定しちゃった方が今回の編成なら後衛が安全かなって私は考えるわけだ」
とはボスの言。今まで何も考えず〈アンカー・ハウル〉だけを使って力押しなんて戦術しか取ってなかったオレとしては「まあ、常識だよね」なんて言われてしまっては立つ瀬がないのだが、今回は上手くいった。オレ達の意図した通りの布陣だ。
「戦士職は先陣を切って布陣を作るパーティーの要だからね。戦闘を有利に運べるかどうかなんてこれで半分以上決まっちゃうんだから、しっかりせいダル太」
なんて、結構な数の失敗の度に叱咤とアドバイスを貰っていた後のやっとの成功だ。
少し遅れて敵との距離を詰め、全体の中央に位置したボスの方に一瞬目を向けるとサムズアップの笑顔で答えてくれた。やっとで合格らしい。
嬉しくて踊りだしそうな気分になるが、まだ戦闘が終わったわけではないと気を引き締め直す。
「「〈ブレイジング・アロー〉!!」」
舞台が整ったことを確認すると、そこを逃さずヤエの姉御とミヅホ姉の遠距離攻撃が炸裂する。
ヤエの姉御は妖術師。12職中最大の遠距離攻撃能力を持つこのパーティーでも一番のダメージディーラーだが、反して12職中で一番防御力は低い。先制攻撃でオレとユウタの兄貴にオーク達の攻撃を向けさせてはいるが、ダメージを稼ぎ過ぎてしまえば、いつまでもそれを固定できなくなってしまう。
それを補うためにボスがヤエの姉御と敵の間に布陣し、ミヅホ姉も万が一の為に横に控える。
そのミヅホ姉は武器攻撃職の中でも特殊な吟遊詩人というクラスだ。
一応アタッカーには分類されるが攻撃力は暗殺者や盗剣士には及ばず、さすがに魔法職ほどではないが防御力も高いとは言えない。
その代わりに〈吟遊詩人〉が持つのは仲間の能力を底上げし、敵の戦力を低下させる「支援職」としての能力だ。
ソロでの狩りのしにくさや一見地味に見えるその能力から選択するプレイヤーはあまり多くなく、オレも今までほとんど〈吟遊詩人〉と同じパーティーでの戦闘は経験がなかったのだが、その支援能力のバリエーションの広さと影響の大きさには驚かされる。
現在ミヅホ姉が選択している支援スキルは、攻撃職にモンスターの敵愾心を向きにくくする〈臆病者のフーガ〉と仲間の魔法攻撃のダメージを向上させる〈輪唱のキャロル〉というヤエの姉御の攻撃力を最大限に生かすチョイスだ。
加えて〈マエストロ・エコー〉というスキルによってヤエの姉御が放つ魔法攻撃を複製し放つ。
ただでさえ強力な妖術師の攻撃がミヅホ姉のスキルで増幅されてさらに2倍の量に。オーク達は為す術もなく1匹、2匹とその魔法で倒されていく。
〈臆病者のフーガ〉のスキルで敵愾心が向きにくいとはいえ、限度を超えたのだろう。オレの目の前に居る弓を持ったオークがヤエの姉御に攻撃対象を変え弓を構える。
「させるか!〈シールド・スマッシュ〉!」
一瞬、剣での攻撃をしようとしてしまったが、ボスの言葉を思い出し、咄嗟にスキルを発動する。
〈シールド・スマッシュ〉は盾で敵を強打して数秒相手の動きを止める行動阻害系のスキルだ。ダメージは与えられないものの、成功すれば詠唱中の魔法や、弓やモーションの大きい攻撃スキルなどの発動を阻止することができる。
「でかしたダル太! そんでもって〈ブレイジング・アロー〉!」
オレのスキルが決まり数秒硬直したオークに対して、すかさずヤエの姉御の攻撃魔法が炸裂し止めをさす。
「〈守護騎士〉のシゴトは何よりもパーティーの盾になること、仲間を守ることだよ。持ってるスキルだってそういうのばっかりでしょ。剣で攻撃するなんてのは、他にやることが無くなった時にする最後の選択肢だからね。敵を倒すなんてのはトリガーハッピーなヤエにまかせれば良いんだからさ」
というボスの言葉を改めて実感してしまう。ゲームだった時でさえ、オレはこのパーティーのように個々の能力を最大限生かしたチームプレイなんてのは考えもしていなかったし、出来ていなかったんじゃないだろうか。
残っていたオークもユウタの兄貴とボスの攻撃によって既に倒され、戦闘は終了。大きなダメージを受けた仲間もおらず、トラブルもなし。今までで一番の手際のよさだろう。
「どうッスか、ボス! 見ててくれましたか? 今回は完璧に近いんじゃないっすかね?」
まるでサッカーの試合で相手のディフェンダーを完全に出し抜き、ゴールを決めた時のような興奮を感じて、思わず大きな声を上げてしまう。
「そだね。最初の位置取りも最後のスタンも良かったんでないかな。ユウタさんも上手く牽制、誘導してくれてたし、ミヅホさんもヤエに上手く合わせてくれてたしね。まあソロ狩場のモンスターとはいえ、そこまでレベル差があるわけでもない相手に対して、こんな状況の初日にしては上出来だと思うよ」
「ダルタス君が上手い位置を最初に確保してくれましたからね、こっちは楽をさせてもらいました」
「やっぱり弓はちょっとまだ怖くて、ヤエさんの魔法のコピーの方にしちゃいました。でも上手くいって良かったです!」
ボスとユウタの兄貴に褒められるのは嬉しい。ミヅホ姉もオレと同じく上手くいったのが嬉しかったようで、ちょっと興奮気味な感じがする。
「ぶ~、ヤエは? むしろヤエの芸術的な攻撃魔法の威力と的確さこそが一番に褒め称えられるべきだと思うんだけど、なんでスルーなわけ?」
「ヤエはこれくらい出来て当たり前だから褒めない。むしろ褒めちゃったりしたら図に乗るから絶対ヤダ」
「え~、ヤエはレベル46の駆け出し〈妖術師〉なんだから、上級者なクシはヤエにもっと優しくするべきだと思うの。ヤエは褒められて伸びるタイプだよ?」
「どの口で駆け出しとか褒められて伸びるタイプとか言ってるか、この廃人」
なんだか恒例というか、ボスと姉御の口喧嘩が始まってしまった。
この2日間で学んだのだがこの状況、なだめるとか考えてはいけない。むしろスルーだ。距離を取らないとこっちがとばっちりを受てしまう。オレは盾を構え、慎重に音を立てないように後退を始める。
「む~、このクシ横暴なの。ダル太、こんな横暴なリーダーに対しては断固ストライキで対抗するべきだと思わない? っていうか何で後退りしてるのかな?」
やばい飛び火した!
「ははは、いやなんの事っすかね? オレは周囲の警戒をですね・・・」
「っ! 直近、〈大猪〉3匹です! ダル太さん、うしろ! うしろ!」
「え?」
振り向くと、そこにはオレの肩ほどもあるような巨大なイノシシが突進してくる姿が。
そのイノシシが鋭い牙をもつ鼻面を下から上に、オレを目掛けて振り上げるのがなんだかスローモーションでオレの眼に映る。
「えいしゃあああああああ???!!」
オレの体は宙を舞った。
◆
まあ、最後はちょっと締まらなかったけど、戦闘に関しては目処が立ったし日も暮れてきた。
今日はここまでにしようということで、私達はテンプルサイドの街への帰り道の途中だ。
「スミマセン、私が警戒を怠ってたせいでダル太さんが星になってしまいました・・・」
「まあ、みんなちょっと気が緩んでましたからね。ミヅホさんだけがそう落ち込む必要はないと思いますよ。ダルタス君は残念でしたけど・・・」
「変な表現しないで下さい! オレ生きてるっスから!」
「短絡的でお馬鹿だったけど、今思うとそんなに悪い子じゃなかったかもしれなかったのにね~」
「姉御、いやだから生きてますって! 本人眼の前に酷い事さらっと言わないで下さいよ!」
最初こそ苦戦したものの、それなりの手応えがあったからか、すっかりイジラレ役が板についてきたダル太を中心にみんなの表情も明るい。
そういえばダル太といえば、昨日のあれから私に対する態度がどうも妙な気がする。そういえばヤエが何か吹きこんでたんだっけ。加えてこういう事に関しては山ちゃんも変な行動を取ることがあるので信用がならない。
ううむ、どうしたものか。
そんなで一人悩んでいると、ミヅホさんが私の横にやってきて、一瞬躊躇うような表情をした後、口を開いた。
「えっと今更こんなこと聞くのも何か変な気もするんですけど、クシさん達3人ってどういう関係なんですか? レベルが90でベテランのクシさんが色々詳しいのは分かるんですけど、今日の動きを見てるとユウタさんとヤエさんもすごく手馴れているというか何というか。私と同じようなレベルとは思えなくって」
ああ、言ってなかったか。まあ今日の動きを見てれば疑問に思うのも無理もないか。
「ユウタ君は私の彼氏で、クシは腐れ縁の悪友。でもって私達2人はミヅちゃんとおんなじ初心者だよ~」
横で聞いていたのかヤエが口をはさむ。まだいうかこの廃人め。
「えっとね、この嘘つきはゲーム内で10年近い付き合いの悪友。今のコレこそ低レベルだけど、レベル90キャラを複数持ってた正真正銘の〈エルダー・テイル〉中毒患者だから。むしろ私より複数の職業経験してる分色々知ってるんじゃないか? 〈守護戦士〉もカンストしてたから、ダル太とかヤエに色々教えてもらったら?」
「マジっすか? 姉御師匠! ご教授願いたいッス!」
「え~ 面倒だからパス。それにえらそ~に人に教えるのは昔っからクシの役じゃん」
ヤエ、えらそうとか人聞きの悪いこと言うな。
まあ、自分から振っておいて何だけどヤエが誰かに何か教えてる姿というのも想像がつかないのも確かだし、万が一ヤエが教えるような事になったらダル太が猪突猛進のとんでも〈守護戦士〉になってしまいそうな気がする。
「うん、私が間違ってた。ヤエにそんなことさせたら酷い事になるな」
「う~、それはそれで納得が行かない答えな気がする・・・」
「後は僕ですね。僕は5年くらい前に別のキャラでレベル70ちょっとまで経験していて、最近また復帰したんですよ。なので最近の事情はあまり知らないですけど初心者とは言えないかもしれませんね」
脱線しそうになったところを、ユウタさんがフォローして話をもとに戻す。
最近のお決まりのパターンだ。ユウタさんスミマセン。
「ユウタ君のやってた頃だったらレベル上限はまだ80だったし、まあ上級者かもね~」
「まあ、ヤエやクシさんに比べたらひよっこですけどね」
などと言ってユウタさんが笑う。
うう、ユウタさんにそう言われるのは何だか妙な気分だ。ふと横を見るとヤエもちょっと複雑そうな顔をしている。
「あ、ついでなんでオレからも質問いいっスか?」
そんなちょっと微妙になってしまった雰囲気の中、律儀に手を上げてダル太が声をあげる。
「同じ時期に入隊したギルドの仲間とかちょっと上の先輩とかと狩りしてた時って、今日みたいに作戦とか陣形とかあんまり考えないで、今思うと力押しばっかりだったんすけど、これってレベル上がると自然に変わってくるもんなんっスかね?」
ああ、それか。
まあ最近〈D.D.D〉に入ってきた初心者とかを見ててもちょっと問題かなあと思ってた所ではあるんだよねえ。
「う~ん、多分自然どうにかなる物ではないんじゃないかなあ。別にヤエ達もレベルが上がったからどうだったって所じゃないもんねえ」
「そだね、まあこれはダル太達が悪いってわけじゃなくて、ゲームの運営の絡むハナシだしなあ」
「そうですね、僕も久々に戻ってきた気になったのがそれでしたね。レベルが簡単に上がるっていうのも良し悪しというか」
ヤエやユウタさんも私と同じような事は思っていたようで、3人して思わず目を合わせて考えこんでしまう。
この騒動の元凶と思われる最新の拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉で上限が上がるとの噂もあったが、それまでのプレイヤーの最高レベルはこの数年間90となっている。そしてこの〈エルダー・テイル〉を楽しんでいるプレイヤーの半数以上は既にレベル90に到達しているというのが現状だ。
であればゲームを提供している運営サイドもこの半数以上を占める高レベルに達したプレイヤーに対するクエストやイベントを追加することによって既存顧客が他のゲームへと流出しないようにするというのが、商売である以上避けられない方向となる。
となると問題になるのが新規に〈エルダー・テイル〉を始めるプレイヤーに対するサポートということになる。
もちろん〈エルダー・テイル〉は20年もの歴史があるゲームだ。
低いレベル帯においても、今まで蓄積された数多くのコンテンツやクエストが存在し、それを探し、研究し、楽しむだけでも数年以上楽しめるだけのボリュームはあるだろう。しかし、どうしても世の中で騒がれる話題といえばより新しい拡張パックで追加されたコンテンツのものとなってしまい、悪い言い方をすれば手垢のついた古いコンテンツは魅力としては一段下がると言わざるを得ない。
そんな中、ゲーム運営サイドの選んだ手段というのが、低~中レベル帯での難易度低下の措置。
例えばそれは、レベル30以下のプレイヤーに1日1個配られる〈EXPポット〉の存在であったり、中レベル帯のモンスターの弱体化であったりするのだが、その結果、古参のプレイヤーならば試行錯誤しながら学んでいったパーティー内でのプレイヤー間の連携であったり、特殊な攻撃をしてくるモンスターに対する対処方法など、誰に教わるでもなく自然と身についていた物が、即席でレベルを上げた初心者では抜け落ちてしまっているという状況が発生してしまっているようなのだ。
「なんて言うかなあ、私達が低レベルの頃ってさ、このゲーム今よりすごくゲームバランスがピーキーでさ、そういう試行錯誤しないで力押しなんてのじゃあ、あっという間に全滅とかそういう感じだったんだよねえ・・・」
「そうですね、僕は当時からギルド無所属だったんで、即席パーティーで集まった仲間の職業バランスがとれてないとかが日常でしたね。それでも工夫してどうにかってのも楽しかったんですけど」
「あ、それは〈D.D.D〉に入る前のヤエ達もだよね~。まあクシはいっつも居たから回復職に困らなかったってだけでも結構恵まれてたと思うけどさ~」
「まあ、今になっては手遅れとかそういう事ではないですし、気が付きさえすればこれから身につければ良いってだけの話ですからね。基本的にそんなに難しい事をしてるわけでもないですよ、僕達も」
「とういわけだよ、ダル太君。レベルが高くったって全然偉くもなんともないのだよ~」
「うう、姉御、昨日の事はもう勘弁して欲しいッス・・・」
「あ、ほら、街の広場が見えてきましたよ! なんか〈大地人〉の人も〈冒険者〉の人も何人か集まってるみたいです!」
少々強引に話題を変えるようにそう言った後、ミヅホさんは街の方へと走っていく。そう大きな危険があったわけではないけれど、やっぱり安全な街に戻って来て嬉しかったのもあるだろう。そういう私もちょっとほっとした気分だ。
自分の街に戻ってきた。
自然とそんな気持ちになったのだ。