06 街の北東の平原にて
「ええと、ではご案内いたします。お仕事の依頼人はこの街の長老会の下で事務を纏めている〈筆写師〉 のお爺さんです」
そう言うメイド姿のリーネさんに連れられて、屋敷を出て春から初夏へと移り変わる季節のさわやかな風がそよぐ街の中を歩く。同行する〈冒険者〉は僕を含めて4人。
まず1人目が〈森呪遣い〉で〈狐尾族〉のスイレンさん。毛先が内側にカールした肩までの髪と同じ色の、栗毛の狐耳が頭に乗っかり、尻尾がゆらゆらと揺れている。
エスニックな柄の巻きスカート、麻のブラウスにサンダルと、一昔前に流行ったいわゆる森ガールといった服装ではあるのだが、その容姿を見るとああ、此処はファンタジーの世界なのだなあと改めて思わされる。
〈エルダー・テイル〉でプレイヤーが選択できる8種族のうちでも〈狐尾族〉と〈猫人族〉は特に現実世界の人間の容姿と異なる部分が大きい。スキルで隠せるとは聞いたことがあるが〈狐尾族〉であればあの耳と尻尾。〈猫人族〉に関してはキャラクター作成時の選択で差はあるのだが、猫のような頭部と手足。
テンプルサイド残留組の中にも1人居る〈猫人族〉のおねえさんは猫のような雰囲気を持った人に近い顔をしていたが、プレイヤーの選択によってはまるで直立した猫のような容姿も選択できたはずだ。
時々ぴくりと動くあの耳や、ゆらゆら揺れる尻尾は自分の意思で動いているのだろうか。だとしたらどんな感覚なんだろうと不思議に思ってしまう。
次に続くのがミダリーちゃんとヒギーちゃんと言う同じ容姿を持つ双子の女の子。この2人は〈ハーフアルヴ〉という種族で、舌にあるという紋様以外の見た目はほぼ普通の人間と変わらない。今日は街中での行動だからと言うことなのだろうか、ショートパンツに麻のチュニックという2人全く同じ格好をしていて、どっちが〈暗殺者〉の子だか〈召喚術師〉の子だか全く区別が付かない。ちなみにどっちのクラスの子がどっちの名前だったのかの記憶も曖昧だったりするのだが。
そして最後が僕だ。
この世界での僕の名前は百目。種族は〈人間〉でレベル28の〈武士〉と言うことになっている。
僕の格好もやはり街中と言うこともあり、ゲームの中では脱ぐこともなかった鎖帷子も装備しておらず、麻のパンツに麻のシャツという腰にぶら下げている太刀を除けば周りを歩いている〈大地人〉と変わらない格好だ。この集団の中では一番目立たない普通の容姿ではないだろうか。
現在、僕たちは特に手持ちの金貨が少ない〈冒険者〉に対する救済措置として、街中で行うことの出来る通称〈お使いクエスト〉を紹介してもらうために依頼者の所まで案内されている最中だ。
本当であれば他の幾人かの〈冒険者〉と一緒に自分のスキルの確認に行きたかったのだが、現在着ているこの普段着を後先考えず購入してしまったため、手持ちの金貨がほぼゼロになってしまったのだ。
これでは今日以降の食費にも事欠いてしまう。
アキバに着くまでの間、他の〈冒険者〉に借金をすることも可能だとは思うのだが、どうにかなる手段があるのであれば借金は出来るだけ避けたい。
僕たち以外にも、もう一人のメイドさんに連れられて何人かの〈冒険者〉が他の依頼人の所に行っている筈である。アキバの銀行へのアクセス手段がなく、主な収入源であるモンスターとの戦闘にも目処がたたない状態では、〈冒険者〉の懐事情は厳しいと言わざるを得ない。僕だけが特別に貧乏と言うわけではないのだ。
「異世界に来てまで、洋服にお金を使いすぎて仕送りが足りなくなって、あわててバイトみたいなことになるなんて思いませんでした。何処に行っても生活っていうのは大変ですねぇ」
とは、いつの間にか僕のすぐ横を歩いていたスイレンさん。
この人は何というかふわっとした印象でふらっと動くので行動が読めないというか、いつの間にか傍に居ることがたまにあって驚かされる。僕がぼやっとしていることが多いのも原因かもしれないけれど。
「そ、そうですね。僕も後先考えず金貨を使っちゃった口なんで同類です。アキバに戻れればまだどうにかなるんですけど、まあ危険を冒さずにできるバイトがあるならそれに越したことはないですし、これも経験と思いましょう」
「ですねぇ。でもどんなクエストなんでしょう? 百目さんは何かご存知ですか?」
「リーネさんが〈筆写師〉 のお爺さんと言ってましたから、多分〈筆写師〉のサブ職業獲得のクエストじゃないかと。たしかインクの材料を街の郊外で集めてくるとサブ職業の指南書か金貨のどちらかが貰えるみたいなクエストじゃなかったかな」
今現在、僕たちが居るテンプルサイドは銀行や大聖堂などの〈冒険者〉のための施設が無く、特に貴族が治めているような気配も無い田舎街だが、ソロプレイヤーが集まる中継地点のような性質を持つという特殊性からか、鍛冶屋や雑貨屋、食堂などの結構な数の施設があり、加えて基本的なサブ職業を獲得するためのNPCも配置されていたと記憶している。
〈鍛治屋〉、〈裁縫師〉、〈調剤師〉、〈料理人〉、〈木工職人〉などの基本的な生産系クラスなどであれば、この街で取得が可能だろう。
その条件としての簡単なクエストが今回のような街中でのお使いのようなものではなかったかというのが僕の予想だ。
「おお、お詳しいのですねぇ。ところで百目さんはサブ職業には何を選択しているんですか?」
「僕はまだサブ職業は未取得です。これを機会に何か生産系クラスを取ってみるのもいいかもしれませんね。簡単なものでも作って売れれば少しは足しになるかもしれませんし」
「ですねぇ。〈裁縫師〉とかになれば今回みたいに、服の買い物ですっからぴんとかにならなくても済むかもしれませんね」
などと言って、ふわっと微笑むスイレンさんの表情に思わずうろたえてしてしまう。
この世界での容姿というのは〈エルダー・テイル〉のキャラクター設定を基本として、現実世界の自分の特徴が付加されたようなものになるようだ。そしてゲームキャラクターの容姿というのは、余程変な設定をしない限り整ったものとなる。
それが何を意味するかというと、この世界の〈冒険者〉の女性というのは程度の差はあれ、ほぼ例外なく可愛いか美人かということになる。そしてこの世界のスイレンさんはちょっとたれ目で柔らかい印象のおっとり美人さんなのだ。
もちろん元の世界のスイレンさんが、美人じゃないなどとは微塵も思っていないのだけど。
「百目のお兄さんは照れているですか?」
「スイレンのお姉さんは美人さんなので仕方がないです。顔が赤いです」
気づくと、リーネさんと一緒に前を歩いていたはずの双子が僕の顔を見上げて、にやにやしながらそんな事を言う。
「そ、そんなんじゃないから!」
情けないことに僕は結構うろたえていたのだろう。
出てきた言葉は何の弁明にもなっていないし、思ったより声が大きくなってしまい自分でも驚くくらいだ。
「百目のお兄さんが怒ったですっ」
「戦略的撤退なのですっ」
そう言いながら双子はそれぞれ別の方向にきゃーきゃー言いながら走って逃げた後、先行していたリーネさんの後ろに隠れるように抱きつく。
結構な勢いで抱きつかれたリーネさんはバランスを崩して、「わ! うわ!」などと言いながらふらふらとつんのめる。
スイレンさんはといえば、小さな顎に人差し指を当て、首をかしげて「はてな?」なんて表情だ。
なんというか女性の集団の中に男が1人というのはどうにもやりずらい。
そんなこんなで街の中心街を抜け、昨日僕達が集まっていた街の広場に面した他よりちょっと大きな木造の建物の前まで来ると、リーネさんが足を止めて僕達の方に向き直った。
此処が目的地である街の集会所なのだろう。
「ええとですね、着きました。この集会所の奥に依頼人の〈筆写師〉の方がいらっしゃいます」
「はい。騒がしい集団でごめんなさい。ちゃんとしますので、ご紹介をお願いします・・・」
ちょっと困り顔のリーネさんに、僕は頭を下げるしかなかったりしたのだ。
◆
クエストの内容は僕の予想したとおり、インクの材料の収集だった。
その内容は特定の植物の葉と木の実と虫で、どれも街の北東に位置する平原で採取が可能らしい。
「今まではワシが自分で取ってきたものなんじゃが、最近腰がどうにも悪くてのう。バルト様に人を回してもらって手配しているというわけじゃよ。そういえばリーネのお嬢ちゃんにも何度か採ってきてもらったのう」
などと依頼人のお爺さんも言っていたことから、街の外と言ってもたいした危険はないのだろう。
引き続きリーネさんに案内してもらい、その街の北東の平原にたどり着いた。
平原と言っても所々に低めの潅木の群生や林などが散在し、例えるならば整備されずに放置されたゴルフ場のような景色が広がっている。
当然というか女性陣には葉っぱと木の実の採集をお願いして、僕の担当は虫の採取だ。
リーネさんに先に説明を受けた双子のうちの1人が、まばらに生える木にするすると器用に登り、下で構て待つもう一人の持つ籠に採取した木の実を投げ入れる。多分木に登ったのが〈暗殺者〉《アサシン》の方なのだろう。こっちの子の名前がヒギーちゃんだったか。見事な身のこなしだ。
スイレンさんは腰ほどまで伸びた茂みの中に分け入り、これもリーネさんに指示されたドクダミのような葉っぱを採取している。茂みの枝が絡むらしく尻尾をせわしなく左右にわさわさと振っている姿がちょっと失礼かもしれないが、なんだか可愛らしい。
そして僕はというと、自分の半分くらいはあるのではないかという大きさの岩をゴロンと転がし、その下からわらわらと這いでてくる虫の大群と格闘中。こんな昆虫採集なんて小学生以来だ。
当時は夢中になって変な虫を大量に捕まえ帰って母親に怒られたりした覚えがあるのだが、大学生になった今になってみると母親の気持ちが判る気がする。何が言いたいかというと、この歳になると大量の虫というのは見るだけでも結構気持ち悪いのだ。
しかしインドア派な現実世界の僕ではこんな大きな岩を動かすなんて出来ないだろう。この〈冒険者〉の体というのはなんとも規格外だと改めて思う。
「ええと、あ、これです。この虫ですね。あっちのは尻尾の針に毒があるから気をつけてください」
リーネさんが指さす大きめのダンゴ虫のような虫をひょいひょいと捕まえて手元の革袋に入れていくと、一つの岩の下から採れた分だけでも結構な量になる。革袋の中を覗いてみると自分で集めたものではあるのだが、もぞもぞ動く大量の虫がなんとも気持ち悪い。見なかったことにしよう。
「こんな所まで付き合ってもらっちゃってありがとうね。でも屋敷の仕事とかは大丈夫なの?」
「いえ、昨日も今日も掃除とか片付けとか〈冒険者〉の皆様にたくさんお手伝いしていただいたので、そんなに仕事も残っていないんです。それに此処ら辺にはビワの木も生えてるんですよ。ちょっと早いですけど、そろそろ実がなる季節なので、ついでに取って帰ろうかなって思ってるんです」
このあと屋敷に帰った後、仕事がたまって大変なんてことになると心苦しいと思い、朝からずっと僕達に付き合ってくれているリーネさんに尋ねたのだが、そんな言葉が笑顔とともに返ってきた。どうやら杞憂だったようだ。
「でも〈冒険者〉の方達ってやっぱりすごいですね。この分だとあっという間に籠も袋も一杯になっちゃいそうです。私も急いでビワ取ってこないと置いてかれちゃいますね」
などと言って、オレンジ色の実がなる木の方へ走っていく。
多分ゲームであった時であれば単純でつまらないクエストだったのだろうなあと思うのだが、それを実際に自分の体で体験するとなるとちょっとしたピクニック気分。これだけでも新鮮な体験だ。
(じゃあこっちもとっとと済ませて尻尾が絡んで難儀しているスイレンさんでも助けに行こうかな)
なんてことを考えながら、僕は丁度良さそうな大きさの岩を見繕ってその方向に足を運んだ。
◆
「は~ 尻尾にこんなに邪魔されるとは思いませんでしたぁ」
多分作業を始めて1時間ほどは経っただろう。
アイテム採取も一段落し、ちょっと開けた広場のような場所で、みんなで地面に腰を降ろして街に戻る前の休憩中だ。
スイレンさんはへたり込んでちょっとお疲れの模様。
あの後急いで自分の採集を終えてスイレンさんの手伝いに回ったのだが、茂みの中での採集作業は細かい枝に加えてバラのような刺がある植物もまばらに生えていたこともあり、尻尾のない僕でも結構動き回るのが大変だったのだから仕方が無いだろう。
「こっちは木の実を沢山採ったです」
「紫色のもオレンジ色のも籠に一杯です!」
さすがに2人がかりだったこともあったのだろうか。早々に籠を木の実で一杯にした双子は、その後リーネさんの手伝をしていたようで、ビワの方もこれまた沢山収穫できたようだ。「これなら屋敷のみんなで分けても沢山食べれますね!」とリーネさんは嬉しそうにしている。
とはいえ昨日の食事の味もあって正直全く期待をしていなかったのだが、ひとつおすそ分けしてもらったビワの実を食べて驚いた。ちゃんと甘くてすぱいのだ。
「あら? では、私もおひとつ拝借しますね」
と、僕の顔を見て興味を持ったのか、スイレンさんが僕の体をまたぐような形で体を乗り出して、ビワの実をひとつ手に取る。
(近い!近いから!)
僕の顔のすぐ目の前を通るスイレンさんに思わず慌ててしまう。
さっきからちょっと思っていたのだが、このスイレンさん、どうも対人距離の感覚が普通の人より短い気がする。
どこかで聞いた話なのだが、人間がもっている他人との距離に関する意識というのには幾つかの定義があって、個人的関心や関係を持たない人どうしが緊張を持たずにいられる距離というのは個人差もあるが、だいたい1.2m、親しい友人であっても45cmくらいとされているらしい。
だから知り合い程度の相手とは、無意識にそれ以上の距離は取るものなのだそうだ。
ところが世の中には例外というのはあるもので、その感覚が普通より短い、またはそういう距離を意識しない人というのが稀にいる。
僕が高校の時に所属していた部活の後輩の女の子にもそういう子がいて、トラブルを起こしていた覚えがある。
男というのは単純かつ悲しい物で、ちょっと可愛い子なんかに不意にその距離を狭められてしまうと、「この子、自分に気があるんじゃないだろうか?」などと都合よく勘違いしてしまうのだ。
その子も自分では意識していない普段の仕草から複数の男子から勘違いされ、何故かは分からないが僕に「困ってしまって・・・」などと相談してきたものだから、僕が嫉妬の対象となるなんて形で巻き込まれて散々な目にあった。
そう、多分スイレンさんもあの子と同じ類なのだ。おちつけ、勘違いするな僕。
「あ、甘酸っぱくておいしいです!」
なんて、スイレンさんはこっちを見ながら微笑んでいるけど、あれは僕に特別な感情を持ってるとかじゃないから、落ち着け僕。
「百目のお兄さんはやっぱり照れているですか?」
「スイレンのお姉さんは天然さんなので仕方がないです。顔がまっ赤っ赤です」
やはりというか、僕の向かいに座っていた双子が、にやにやしながらそんな事を言う。
いやだからそんなのとは違うから!と反論しようとしたとき、
「グルゥヴガァ!!」
「わ! うわあぁぁっ!!」
大型の獣の唸り声のようなものと、男性の悲鳴のような声が、平原に響いたのだ。
◆
慌てて声の聞こえる林の裏の方へと駆けつけた僕達が見たのは、身の丈3mはあろうかという巨大な熊と、その前に倒れる〈大地人〉と思われる壮年の男性の姿だった。
現実世界ではコンタクトレンズ無しでは手元の新聞すら読むのに苦労するはずの僕の視力は、こっちの世界に来てからはまるで中央アジアの遊牧民であるかのように優秀だ。
まだ距離は50m以上はあるというのに、倒れた男性の背中の凄惨な傷や、そこから流れる大量の血液。そしてその惨状を作り出した鋭い爪を持つ猛獣の前足を鮮明に映しだしてしまう。
そうだった。今僕が置かれているこの状況は決してピクニックなんてお気楽な状態じゃなかった。気が許せそうな人達が近くにたまたま運良く居てくれて、衣食住の心配も無かったことで勘違いをしてしまっていた。現実化してしまった〈エルダー・テイル〉のゲームの中のような世界に放り込まれて、右も左も分からないような状態は継続中だ。
異世界漂流サバイバル。僕達のリーダーのような立場になってくれているクシさんが使っていた言葉を思い出す。〈エルダー・テイル〉の世界は、美しいだけのファンタジー世界なんかじゃなかった。街から少し外に出れば、そこはモンスターが跋扈する弱肉強食の世界だった。
「〈灰色熊〉? な、何でこんな所に・・・ こんな街の近くに出てくるなんて聞いたこともないのに・・・」
リーネさんが呟くのが聞こえる。その声は細く掠れていて顔色も真っ青だ。
多分僕も同じ、もしかしたらもっと酷い顔をしているかもしれない。自分でも顔から血の気が引いていくのが判るし、さっきから足が震えて思うように動かない。
無理だ。あれに襲われたりしたら僕なんて一瞬でお陀仏だ。あんな大きな生き物に敵うわけがない。
皆が呆然として動けない。そんな時、僕の視界の端で栗毛色の尻尾が舞った。スイレンさんだ。
スイレンさんがあの巨大な熊の方へ駆けていく。
「す、スイレンさん! 何を! 駄目です、逃げなくちゃいけないのに!」
「あの方まだ生きてます! 助けないと! この距離じゃ魔法が届かない!」
思わず叫んだ僕にスイレンさんが答える。魔法? 助ける? 彼女は何を言っている?
魔法。そうか。スイレンさんは〈森呪遣い〉だ。「持続型回復呪文」を得意とする回復職。MPの燃費こそ悪いが12職の中でも最大のHP回復性能を持っている。重症に見えるあの〈大地人〉の男性の傷だって直せるのだろう。
じゃあ僕は何だ? 敵を引き寄せ皆を守る〈武士〉じゃないのか? スイレンさんやちょっと生意気なあの双子や、リーネさんは守るべき仲間じゃないのか? あそこに倒れている〈大地人〉の男性だって守ってみせるべきじゃないのか?
口の中がからからに乾いている。足だってまだ震えている。正直怖い。でも、ここでただ見ているだけじゃ駄目なんじゃないか?
「みぎ、ひだ・・・ っわからん! 〈召喚術師〉の方!」
「あい!、ミダリーですっ!」
「ここで待機、リーネさんを守って。可能だったら何か召喚、状況見て後の判断は任せる!」
「らじゃ!」
「もひとりは僕と一緒に来て。アレ倒すよ。僕が先制して引きつけるから、間置いて後ろから攻撃!」
「ヒギーも了解です!」
返事を聞くのと同時にスイレンさんを追いかけて走る。回復魔法を使えばモンスターの敵愾心を煽り、攻撃を向けられてしまう。あの〈灰色熊〉のレベルは双子と同じ25。スイレンさんのレベルは僕と同じ28だった筈だから、通常であれば1発、2発の攻撃で沈むことはないのだけれど、今僕達は運が悪いことに防具を全く装備していない。となれば大して猶予はないだろう。
走りながら頭の中のシステムメニューを検索してスキルのアイコンを探す。思うように操作できないのがもどかしい。探すのは〈飯綱斬り〉、僕のレベルではまだ数が少ない〈武士〉の持つ遠距離まで届く攻撃スキルだ。
本当であれば直ぐにでもタウンディングスキルを使いたい所なのだが、〈武士〉のそれは守護騎士に比べると射程が短い。その射程まで距離を詰める時間が今は惜しい。
「スイレンさん! あと5秒、5秒だけ待って! ヒールは僕の攻撃を待ってからで!」
前を走るスイレンさんの耳がぴくりと少しだけ動き、尻尾が左右にふられる。多分聞こえたはずだ。了解の合図だと信じる。
倒れている〈大地人〉の男性に今にものしかかろうとしていた〈灰色熊〉がこっちに気づきその顔を向けるのが見える。同時にスイレンさんを追い越し、攻撃スキルの射程内に僕の身体が届く。
「いっけえ!! 〈飯綱斬り〉!」
敵を睨み、頭の中のスキルアイコンを押すイメージ。左手は鞘に、右手は柄に。一瞬の抜刀がカマイタチのような真空波を生み出し、〈灰色熊〉の胴体を下から斜めに切り裂く。ネット動画で見た居合い切りのようなモーション。
続けて間髪置かず間合いを詰めた後、タウンディングスキルである〈武士の挑戦〉を発動。上手くいった。これで余程の事がなければ、この〈灰色熊〉は僕だけを攻撃対象にする筈。
ふっと息を吐いたその瞬間、〈灰色熊〉の太い右腕が僕の頭目掛けて斜めに振り下ろされる。咄嗟に両手で太刀を構え防御するものの、その太刀もろとも頭が、体が横に吹き飛ばされる感覚。
まだだ、まだ倒れるわけにはいかない。アドレナリンが分泌されているせいか、この強靭な〈冒険者〉の体のお陰か、痛さはさほど感じない。足を踏ん張り体を支えて睨み返す。やはり防具を装備していないのが痛い。この一撃だけでHPの3割ほどが持って行かれた。でもお前なんかには負けてやらない。
「次! 〈兜割り〉!」
八相に構えた太刀を思いっきり上に伸ばすように振り上げた後、そのまま叩きつけるように振り下ろす。がつんと強い手ごたえはあったが、これで倒しきれるとは思っていない。スキル発動後の硬直時間でコンマ数秒動けない僕は次の攻撃を覚悟する。
「お待たせです。真打ち登場です。これで止めなのです! 〈絶命の一閃〉おぉ!!」
3mはあろうかという〈灰色熊〉の頭の後ろに不意に浮かび上がった小さな影が、流れるような動作でその首筋に手に持つ短剣をねじ込む。
「ヴゴアァァーー!!」
〈灰色熊〉の絶叫が響く。覚悟していた攻撃は来ない。僕を睨んでいた黄色がかった眼が光りを失いながら近づいてくる。
え? 近づいてくる? と思った瞬間、僕の体は何か重くてごわっとした塊に押しつぶされて、視界が真っ黒に塗りつぶされた。
◆
「まったく、ちょっとかっこ良かったかと思ったのに、最後が締まらないです」
「見なおしたかと思ったら、オチがついてしまったです」
やっとのことで倒した〈灰色熊〉の体の下から這い出たのだが、引きずり出してくれた双子からは厳しいダメだしを食らってしまった。まあ、最初に行動を起こしたのはスイレンさんで、結局止めをさしたのはヒギーちゃんなのだから僕にかっこ良い所なんてないだろう。ダメダメ言われてしまってもしょうがない。
「うう、面目ない・・・ それより怪我をしていた〈大地人〉の人は!? 無事なの?」
そんな僕の事より最初に襲われていた〈大地人〉の男性の方が気になる。目の前の〈灰色熊〉の事で精一杯でスイレンさんの回復魔法が間に合ったのかどうか確認する余裕もなかった。彼が助からなければ熊を倒せたって意味が無いのだ。
「大丈夫です。〈冒険者〉の皆様のお陰でこのとおりです。あんなに深い傷を負ったはずが痕も残っていませんよ」
僕の疑問に笑顔で答えてくれたのは40代前半ほどに見える猟師のような格好をした男性。あの倒れていた〈大地人〉だ。
その姿を確認した僕は一気に緊張感が抜けて体中の力が抜けてしまったみたいに座り込んでしまった。
ああ、守れたんだ。僕達は勝ったんだ。疲れきってしまった体に嬉しさが込み上げてくる。
「百目さん!百目さん!」
次の瞬間、僕は軽くてふわっとした柔らかい何かに飛びつかれて後ろに倒れこんでしまう。運が悪いことに丁度倒れこんだ頭の後ろには尖った岩があったらしくクリティカルヒット。HPは一気にレッドゾーン。天国から地獄だ。またもや視界は黒く霞んでいく。
「私、無我夢中で飛び出してしまったんですけど、本当はとっても怖くって。でも後ろから百目さんが来てくれて、声をかけてくれて、助けてくれて。私とっても嬉しかったんです!それでそれで!」
「スイレンのお姉さん、気持ちはとってもよく判るですが、百目のお兄さんには多分もう聞こえてないです・・・」
「百目のお兄さん完全に白目をむいているです。回復しないと危機的状況です・・・」
「あああ、こんなにHPが減ってるなんて! さっきの熊にやられたんですか?」
「とどめは今のスイレンのお姉さんのフライング・ボディープレスだと思うです。クマーの張り手より精神的にも肉体的にもダメージが大きいです」
「やっぱり天然が最強なのです。あなどれないのです」
◆
「バルト様のとことのリーネちゃんだったよね。俺はこの状況、どうすればいいんだろうか?」
とは、確かここら辺で鹿や兎を狩って生計を立てている、先程〈灰色熊〉に襲われていた猟師のおじさん。私に振られても困ってしまうのですが。
「ええと、私もよく判らないんですが、とりあえず放っておいて良い気がします。屋敷の主のクシ様もそうなんですけど〈冒険者〉の方々は私達が慌てちゃうような大変な状況でも全部なんとかしちゃいそうな気がするんです。さっきのもそうですよね。呆れるというか頼もしいというか」
そうなのです。クシ様だけでなく屋敷に集まった〈冒険者〉の方々には皆同じような雰囲気を感じます。本当は私達とは比べ物にならないくらいとっても強い方々なのに、それを偉ぶらないというか変に謙虚と言うか。とっても不思議な人達だと思います。
「そうだな、今までそんな事考えたことも無かったが、なんだか気持ちのいい連中だな〈冒険者〉っていうのは」
「はい! 私もそう思います」
そんな言葉がなんだか自分が褒められたようで嬉しい気分になってしまう。
私はこんな〈冒険者〉の方々がなんだかとても好きになってしまったようなのです。
主要キャラは皆街の外にお出かけ中なので別チーム。
自分で自分の首を絞めている予感。