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辺境の街にて  作者: 山本ヤマネ
最初のお話
6/29

05 テンプルサイドの森にて(其の1)

 耳元で鳴る念話の要請を知らせる鈴の音が、私の意識を夢の世界から引き戻す。

 見ていたのはゲームの世界で屋敷の主人になって騒動に巻き込まれるという、なんともファンタジーな夢。


 ええっと、今日はたしか客先で打ち合わせだったはずだから、ジャケットくらい羽織っていかなくちゃダメだったかな。

 それにしても念話要請の音で目が覚めるなんて、寝落ちでもしたのか?昨日は呑んでなかったと思ったんだけど。


「・・・ああ、ヤエか。おはよう」


「クシ、おはようじゃないから! もうほとんどみんな食堂に集まってるんだから、早く来る!」


「いや、でも化粧して出社の準備しないと。あとシャワーも・・・、ってあれ?」


 ここは私に割り振られた部屋。まるで社長さんが座ってそうな豪華で頑丈そうな執務机に黒い革張りの椅子。

 隣には小さめの(といえども私の住むワンルームマンションよりも広いが)寝室もあったりするのだけど、山ちゃんとの長話の後、部屋のソファーで寝てしまったらしい。

 なるほど、異世界バカンス続行中。一夜の夢ではなかったというわけか。


「目さめた?ちなみに化粧はしなくても昨日からすっぴんだから関係ないと思う」


「うん、ごめんヤエ、顔洗ったらすぐ行く。しかし気づいてしまうとすっぴんで人前は怖いな」


「クシはお姉さん顔だからまだいいじゃん。ヤエなんか下手すると中学生に見間違えられそうだし・・・」


 たしかに。ヤエご愁傷様。

 しかし我ながら日常なんだか非日常なんだか判らない会話だ。



 ◆



「では、本日も張り切ってサバイバルといきましょう。とはいっても昨日話した狩に出るメンバー以外はとりあえず自由行動。生活に必要な衣服とか雑貨とか街でそろえたり、スキルの確認したり、情報収集したり、各自色々試してみてください。私だけでは気づかないことも沢山あると思うので。日が落ちたらまたこの食堂に集まってくれると助かります。ただ街の〈大地人〉の方々に迷惑をかけないようにだけは気をつけてください」


 まあ、リーダーといっても便宜上だし、細かく指示を出すなんてのも柄じゃない。

 何よりせっかくのこんな状況で全部人に言われたとおりだなんて楽しくないだろう。私だったら楽しくない。


「そうそう、バルトさん情報だと、街の北の学校跡みたいな廃墟あたりまではモンスター出ないみたいなので、派手に魔法とか試したい場合そこら辺まで行くといいかもです。ただ〈大地人〉の人達も薬草探しにとかで行くことがあるらしいので、事故起こさないようにだけお願いします。こんなで行きたいんですが、何かある人いますか?」


「結局食事はどうするですか?」

「昨日みたいにみんなで夕食はしないですか?」


「ぐは!」


 つうこんのいちげき。


 昨日も積極的に質問してくれた双子の女の子がそれぞれ左右の手を上げる。

 名前は、ミダリーちゃんとヒギーちゃんと言って、それぞれ〈暗殺者〉(アサシン)〈召喚術師〉(サモナー)だと言っていた。見た目どおりに中学生の双子さんだ。正直どっちがどっちだかは覚えていないというか判別がつかない。名前にしたって右なのか左なのかはっきりして欲しいところだったりするのだが。


 しかし食事か。痛いところをつく。

 私に大きなトラウマを植え付けてくれた食料アイテムなのだが、どうも私の料理の腕が壊滅的だったわけでは断じてなく、誰が作ってもあのような味になってしまうらしいのだ。メイドのユーリちゃんも〈料理〉スキルを持っているのだけれど、試しに作ってもらった料理がやっぱり同じ味だった。

 ちなみに〈大地人〉はそのことに関して特に疑問もなにも感じてないようだ。彼らにとって料理とは最初からそういう物なのだろう。


「まあ料理はアレな味な訳だし、みんなでここで集まって食事してもお通夜状態かなあと思うわけです。なので昨日言ったとおり各自調達でいきたいんですが。〈料理〉スキルを持ってる人は屋敷の厨房つかっちゃって良いですので」


「それなら携帯食のレシピ持ってるんで俺作ります。まとまった量作った方が安く上がるんで、欲しい人いたら食材費とかカンパでどうですか?」


 そんな声を上げたのは高校生くらいの男の子。確かミヅホさんと同じ〈グランデール〉所属で〈召喚術師〉のリック君と言っただろうか。


「賛成! オレ参加する!」

「じゃ、まずは食材集めに街いこうぜ」

「いくつか食材アイテム持ってるんですが、これ使えます?」


 何人かが賛同の声を上げ、リック君を中心に行動プランを練り始めている。

 何か発見もあるかもしれないし、食糧事情は彼に任せてみよう。適材適所の分担ってやつである。マズいメシを作るのが辛いから逃げているわけではないのだ。決して。


「私、ほとんど金貨をアキバの貸金庫に預けてしまっていて手持ちがあんまりないんです。ちょっとどうにかしたいですけど、確か街の中だけで狩りしないで完結するクエストってありましたよね? 誰か覚えてる人いませんか?」


 おずおずと手を上げたのは「他のギルドメンバーがログインしていなくって」と言っていた〈森呪遣い〉(ドルイド)のスイレンさん。ここに残ったメンバーの中で唯一の〈狐尾族〉の女性だ。


 確かに、狩りの際などは必要最低限のアイテムしか持ち歩かないのが〈エルダーテイル〉の常識だ。

 現在はどうなっているのか判らないが、ゲームであった時の仕様ではキャラクターが死亡した場合、所持しているアイテムの半分程度は辺りにばらまかれてしまう。パーティーでの戦闘であれば、他のプレイヤーが拾っておいてくれれば紛失することもないのだが、単独の狩りの場合だと神殿での復活の後、急いで現場に戻ったとしても、そのアイテムが残っている可能性は低い。

ソロプレイヤーが多かったテンプルサイドの街に集まっていたプレイヤーであれば、最低限のアイテム、金貨しか持ち歩いていないというのも当然だろう。


「成程、金貨にクエストね。バルトさん、〈冒険者〉の手を借りたい〈大地人〉の方って居たりします?」


 困ったときの執事様。いつもながら私の後ろにいつの間にかに控えているバルトさんに尋ねてみる。


「幾人か心当たりがございます。リーネとユーリに案内させましょう。他にも街の者達に通達など出す必要がありますでしょうか」


「そですね。町の外に出ての狩りとか、他の街との行き来が絡むようなものだとすぐの対応は出来ないかもしれませんが、お願いします」


 テンプルサイドの街は元々ソロプレイヤー向けの狩場への拠点のような性質を持つ街だった事もあり、指定されたモンスターを狩ることによって得られるアイテムを買い取ってくれるというような単純なクエストが複数存在していた覚えがある。

 ゲーム的な考えからすると、単純になりがちな単独での戦闘のスパイス的な意味や、パーティーでの狩りよりも収支が低くなりがちな事に対する経済的救済措置などの理由があったのだろう。

 今後、どのように行動することになるのかは判らないけれど、この世界でクエストというものがどう扱われているかの把握にもなるし、もし此処に腰を据えるのであれば知っておいて損はない情報だ。


 皆が何かしらやりたい事、やらなくてはいけない事を見つけたようで、自分の持ち物をテーブルに広げて整理したり、他のプレイヤーと相談したりと動き出し始める。

 最初の混乱さえ乗り切れば、そこは元々同じゲームに集まったゲーマーだ。私もそうだが目の前にリアルに広がる中世ファンタジーなこの世界に対して、好奇心のような物は少なからずあるのだろう。


 さて、それでは私も準備を整え、未知なる街の外への探索へ向かうとしましょうか。



 ◆




 〈落ちた天空の寺院〉(フォーリンテンプル)を囲むように広がるテンプルサイドの森。この森は寺院を中心として東西南北の大きく4つのゾーンに分かれており、それぞれ植生も出現するモンスターのレベルも違う。

 私達が今居るのは街から一番近い、寺院の北に位置するゾーン。日本でもちょっと郊外に出れば見られるような広葉樹が茂り、時折シカやウサギなどの野生動物の姿も見られる。そんな風景を見ていると、ちょっと週末にハイキングに来たような、そんな気分にさせられる。


 そんな見た目通りというか、ここはテンプルサイドの森の中でも一番レベルの低い狩場で、出現するモンスターのレベルも20台前半なのが今回ここに足を運んだ理由だったりする。


 低レベルモンスターの攻撃にはさほどの驚異はないこと、こちらの攻撃が当たれば容易く倒すことが可能なことは昨日の山ちゃんとの会話から確認済み。加えてアキバの街からの最新情報としてプレイヤーのHPがゼロになる、いわゆる死亡という状態になっても、ゲームの場合と同じく魔法または神殿での復活が可能なことも判明している。

 とはいっても何せ自分のこの体を動かして戦闘を行わなくてはいけないのだ。最初からハードルを上げる必要もないだろう。


 なんて思いながらも、どうにかなるだろうと油断していた最初の戦闘では散々な目に合うことになった。


 まずこれも事前に聞いていたことではあったのだが、リアルに迫るモンスターのビジュアルがとにかく怖いのだ。

 このゾーンに出現するのは大きなタヌキのような〈魔狂貉〉マッド・ダイア・ラクーンや、熊とミミズクのあいのこのような見た目の〈ホーンドオウルベア〉などの主に凶暴な野生動物といったような見た目のモンスターなのだが、それが鋭い牙の並んだ口を開き、爪を振り上げ襲いかかって来るのである。

 実際その鋭く見える爪による攻撃を受けてもヤエ達からしても20レベル以上、私から見れば60レベル近く下のモンスターの攻撃だ。当たったとしても撫でられた程度の感触でしかないし、数値としても数ポイントのダメージにしかならないのだが、大型犬ほどのサイズがある凶暴なタヌキモドキや自分の背丈以上のクマモドキがうなり声を上げながら迫ってくるその姿には思わず足がすくんでしまう。


 そして、そんな状況でがむしゃらに武器を振っても簡単には敵に当たらないのだ。

 ゲームだった時であれば、武器での攻撃が専門ではない私であってもこの程度のモンスターへの攻撃を外すなんてことはほぼ100%ありえなかったのだが、この〈冒険者〉としての体を使いこなせていないということなのだろうか、素早く動きまわるタヌキモドキの体は私がデタラメに振り回すカタナではそう簡単に捉えることができない。


 ヤエの攻撃魔法に関しては、脳内メニューからスキルアイコンを選択して実行するという手順を、目の前に迫るモンスターを前にしながら冷静に実行しなくてはいけないというところがネックだったらしい。最初の魔法スキルが発動されたのは戦闘が始まってから随分と時間が経ってからの事になってしまっていた。


 ミヅホさんの主武器は吟遊詩人(バード)としてはスタンダードな武器である弓なのだが、これは剣での攻撃などに比べ動作が複雑な事もあり、慣れが必要なのだろう。最初の戦闘では矢を当てることができなかったと落ち込んでいた。


 ちなみにダル太はというと、盾の後ろに大きな体を隠すように小さく縮こまり、ちょんちょんと剣を突き出すという何ともみっともない戦い方ではあったのだが、それでもパーティーの中で一番多くの敵を倒すという快挙を成し遂げていたりしたりする。するのだが。


 何だろう、このがっかり感は。

 まあ、その姿を見たとき、私の中にあった恐怖感とかそういうものは消えたような気はするのだけれど。



 ◆



 これは一筋縄ではいかないぞと、その後も同じゾーンでの試行錯誤を続けたのだが、一番最初に何らかのコツを掴んだのはユウタさんだった。

 そういえば屋敷の庭でも同じような動きをしていたのだが、まるで中国拳法のような動きでモンスターの攻撃を躱しながら的確に攻撃を加えていく。格闘技の経験とかがあるのだろうかなどと思ったのだが、どうやら違うらしい。


「実は3D対戦型格闘ゲームに嵌ってた時期がありまして。よくやっていたゲームで自分が使ってるキャラクターの動きを真似してみたんですが、これが思いの外上手くいくみたいなんです。腕力や敏捷性もそうなんですが思った以上に体がイメージ通り動くことに驚きます。それから精神力というか集中力というかが半端ないですね。気が付くと周りの動きが遅く感じるような感覚になります。まだスキルを使おうと思うとぎこちなくなっちゃうんですけど」


 などとおっしゃる。

 成程、この〈冒険者〉の身体は現実の自分のそれとは別物で、思っている以上に高性能ってことか。

 となると攻撃職ではないとはいえ、90レベルな私の体はイメージ次第であのユウタさんの動き以上の事ができてしまうというわけだ。

 ということは今私が考えるべきは自分の体を動かす際のお手本。要するに何度も繰り返し見た、時代劇の殺陣(たて)を再現してしまえばいいのだ。

 ふふふ、ここは十四郎様の華麗な剣さばきで行くか、いやいや滝田御大のリアルさを選ぶか。伊達に殺陣(たて)教室に通ってはいないのだ。


「まあ怖くないわけじゃないんですが彼女の手前、あまりみっともない姿を晒し続けるわけにもいかないですからね」


 などと爽やかに笑うユウタさんの言葉でヤエにちょっと殺意を覚えるが、これは次にエンカウントしたモンスターにぶつけるのだ。


「ヤエは魔法を使おうとしても、目の前のダル太とかクシとかが邪魔で狙えないんだよね。ミヅちゃんはどう?」


「そうですね、弓を射とうとしても目の前に味方が居るとさっきみたいに当ててしまいそうで、どうしても躊躇してしまいます」


 とは遠距離攻撃チームの2人。これらも今までは意識しなかった新たな要素だ。

 〈エルダー・テイル〉のゲーム画面は上から見下ろしたような、いわゆる3人称視点で進行されていた為、周囲が見渡せる視界で敵をターゲットして攻撃を実行すれば特に目の前に誰が居るなどという事を考える必要はなかった。ところが1人称視点となってしまった現在では目の前に他のプレイヤーなどが居ると、まず敵を目視することができない。背の低いヤエであればなおさらだろう。


 もうひとつの問題がミヅホさんの言う射線の問題だ。

 ゲーム上の仕様では遠距離攻撃はどんな配置であろうとも射程範囲であれば味方には当たらずにターゲットしたモンスターに対して到達していたのだが、現状はそうはいかないらしい。弓を放てばそれは真っ直ぐに飛び、その射線に味方が居れば当然のように命中する。実際ミヅホさんの記念すべき一発目の矢の命中対象はダル太の後頭部だったりする。まあ、私のダメージ遮断魔法のおかげでダメージはなかったのだけれど。


「それじゃあダル太、次は〈アンカー・ハウル〉で敵の攻撃を集めた後、そのまま引き連れてぐるぐる走りまわって。そしたら前に邪魔がない状態で攻撃できるじゃん」


 〈アンカー・ハウル〉は〈守護騎士〉を特徴付けるスキルだ。敵に対して敵愾心(ヘイト)を煽り、自分に対して攻撃を集中させる、俗にタウンディングと言われる挑発スキル。戦士職はこのタウンディングスキルによって敵の攻撃を引き付け、防御力の低い仲間の盾となることに一番の存在意義がある。

 とはいえども、ヤエ発案のこの作戦はなんというか奇抜だ。想像するにすごい絵である。


「まじっスか姉御! それ大丈夫なんですかオレ。あの凶暴タヌキとかクマモドキが大量に後ろから追っかけてくるとか想像するとものすごく怖いんすけど・・・」


「だいじょぶだいじょぶ、ちゃんとヤエが倒してあげるからさ~。 男の子は度胸でしょ、どーんといってみよう!」


「うーん、それはそれで有効・・・なのか? まあ現状、どんな作戦が有効かも手探り状態だからなあ。何かあったらユウタさんにもタウンディングしてもらうってことで、試しにやってみよか」


「了解です、まあこれくらいの敵だったらさほど危険な事にもならないでしょうし」


「ひゃっふ~、次は派手に燃やしちゃうんだからね!」


「ア・・・アイ・マム・・・」


「だ、大丈夫ですよ、きっと。ほらクシさんのダメージ遮断魔法、ちょっとやそっとじゃ抜けませんし、私も走りまわってるダル太さんにはさすがに当てないでしょうし、多分・・・」



 結果を言うと、この作戦は失敗だった。

 逃げ回るダル太を追いかけるモンスター達は右へ左へと走り回り、攻撃するために追いつくので一苦労。どうにかヤエの魔法が当たったものの、ダメージが大きすぎたためかモンスターはヤエに攻撃対象を移し大混乱。ダル太とユウタさんの再度のタウンディングでヤエへの攻撃集中は免れたものの、その後は泥沼の殴り合いと言う結果となった。


 ちなみにミヅホさんの矢は、見事ダル太のお尻に命中したことを付け加えておこう。


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