04 そして1日目の終りが訪れて
なんでホームタウンじゃない街でスタートだったのかっていうこの話の正直どーにもならないバグに関して無理やりな設定をでっちあげて追記してみるなど。
いや、どっちにしても苦しいというか無理な感じですが。
守護騎士の彼(ダルタスという名前らしい)への対応はヤエとユウタさんにお願いしたのだが、ヤエが彼の耳元でなにか囁いた後、まるで人が変わったかのように大人しくなってしまった。今は他のプレイヤーの間を謝って回っている。鈍く銀色に光るプレートメイルを着込んだ大柄な体を小さく縮めてへこへことする姿が何とも滑稽で笑ってしまう。
しかしヤエめ、きっと何かろくでもないことを吹き込んだに違いない。後で訂正しておかねば。
現在、私と最初に慎重論を唱えていた吟遊詩人のお姉さんで進行役のようなものをしつつ、プレイヤー間での情報交換というか意識調査みたいなものを進めている。
ちなみにこのお姉さんはミヅホさんという名前で、〈グランデール〉という中規模ギルドのメンバー。
私よりちょっと低い身長と頭の後ろで一つの三つ編みにまとめられたちょっと癖のありそうな茶色い髪。浅黒い肌と目鼻立ちのくっきりした顔が何となく南国系のイメージを感じさせる。本人に聞いたところ、沖縄から上京してきた女子大生なのだそうだ。
彼女はギルド内の初心者数人の引率のような形でこの街に来ていた所、今回の事件に巻き込まれたとの事で、「ギルドの後輩を任されてましたから、無茶をさせるわけにはいかなかったんです。焦って柄にもなく口を出したらあんな事になってしまって……」などと、申し訳なさそうに話してくれた。良い子である。
その情報交換で判ったことの一つが、ログインしていたほぼ全てのプレイヤーは、たとえその直前にどこで何をしていたとしても日本サーバーに5つ存在しているホームタウンのどれかに強制転移されているらしいという事。
実際、ミヅホさんの所属するギルド〈グランデール〉のギルドマスターと他のメンバーも、ほぼ全員がアキバに居ることを念話機能で確認済みと聞いている。
では何故、私達はテンプルサイドの街なんていうホームタウンでもない街に現在居るのだろうか。
これは根拠のない想像の範疇を出ない話になってしまうのだけれど、これにはゲームとしての〈テンプルサイドの街〉の由来が関係しているのかもしれない。
日本サーバーの5つのホームタウンの中でも一番最後に実装されたのが〈シブヤ〉。この街はアキバのプレイヤー人口が他のホームタウンに比べても多くなりすぎてしまった事の対策として、それを緩和するために拡張パック〈永遠のリンドレッド〉と共に実装されたなんて経緯があったりする。で、その実装前には第5ののホームタウンを何処に配置するかというアンケートがゲームの運営からプレイヤーに向けて行われていた。
そのアンケートの中でシブヤに次いで得票数の高かったのが、ソロプレイヤー達には一定の需要があった〈テンプルサイド〉だった。
その名残という訳なのか当時のアップデートの後、この〈テンプルサイド〉の広間には何かのモニュメントのような大きな構造物、壊れて機能しないという設定の〈トランスポート・ゲート〉の残骸が設置され、街から少し離れた場所にある廃墟には以前は大神殿として機能していたなんていう後設定や、それにまつわる幾つかのイベントなども追加されていたのだ。
そんな「ホームタウンになりそこねた」なんていうこの街の設定が変に作用して、周囲に居たプレイヤーが正規のホームタウンではなく〈テンプルサイド〉に飛ばされたなんていう推論は立てられなくはないのだけれど、現状それよりも優先するべき問題がある。
それは現状、私たちだけがまるで離れ小島に取り残されてしまったかのように、他のホームタウンに居るプレイヤーからはぐれてしまっているということ。
ミヅホさんの所属するギルド〈グランデール〉のギルドマスターと他のメンバーは、ほぼ全員がアキバに居ることを念話機能で確認済みで、ミヅホさん達はある程度の安全が確保できるならば、出来るだけ早くアキバで合流したいと思っていると話してくれた。
ここに居るプレイヤーも半数以上がミヅホさんと同じような理由でアキバの街への移動を希望者しているようだ。
「アキバにはやっぱり沢山プレイヤーが居るって。でも混乱してて何にも判らないのはこっちと同じみたい」
「〈妖精の輪〉を使うのは無理そうだから、徒歩で街道を移動する事になるのかな。だとしたらモンスターともエンカウントする可能性もありますか?」
「モンスターと戦闘って、この剣自分で振って倒さなくちゃいけないのか?そもそも倒せるのか?」
「〈ハーフガイアプロジェクト〉ってこの状況でも生きなのかな。だとしたら吉祥寺、秋葉原間ってどの位の距離なんだろう?」
最初の内は消極的に様子を伺っていたプレイヤー達も積極的に声を上げるようになってきている。
尤もほぼ全ての言葉は疑問ばかり。答えることができる者が居ない現状、これから調べなくてはいけない事の洗い出しをしているようなものだろう。
皆が言いたいことを言い尽くしたのか、一瞬広場に沈黙が訪れたそんなタイミングで、ユウタさんがぽつっと呟いた。
「そういえば〈帰還呪文〉って使えるんでしょうか?」
「「それだ!」」
◆
結論から言うとテンプルサイドの街に残ったプレイヤーの人数は私達を含め21人。半数弱が残った事になる。
あの後、名乗りを上げた一人が〈帰還呪文〉を使用し、直前に訪れた5大都市、アキバの街へ帰還できたことが念話によって確認された。
それを受けて、帰還を希望する他のプレイヤー達もテンプルサイドの街を去っていった。
がんばってね~とか、達者でな~とか言いながら魔法のエフェクト光につつまれ次々にプレイヤーが消えていく光景に少し寂しい気分になってしまう。
テンプルサイドに残ったプレイヤー達の理由は幾つかあって、その一つがこの街まで移動してきた経路に関係したりする。
〈エルダー・テイル〉がゲームであった頃のテンプルサイドの街への移動手段は大きく分けて2つ。
1つは5大都市間を繋ぐ〈トランスポート・ゲート〉を使ってシブヤの街まで移動して、そこから徒歩または馬での移動する方法。高レベルのモンスターが出現する場所を避けるのであれば7つほどのゾーンを超える必要はあるけれど、ゲーム上ではさほど時間がかかるものではない。
もう一つがアキバの街からも近い〈妖精の輪〉を使って、街の1つ手前のゾーンまで移動する方法。
〈妖精の輪〉は街の中やフィールドに点在しているちょっと癖のある転移装置だ。月の満ち欠けによって影響を受けるという設定があり、ゲーム時間で5分ごとにその転移先が変わる。そのため周期と転移先を知らずに使用すると思いがけない所にふっとばされたりする。とはいえその周期さえ知っていれば非常に便利なもので、慣れたプレイヤーであれば攻略サイトに有志が纏めている周期表を参考にして移動時間の短縮を行うことは日常的に行われていた。
ちなみに〈トランスポート・ゲート〉と〈妖精の輪〉という、ゲーム内での代表的な2つの長距離移動手段だが、現状両方とも使用できないことが判明している。
アキバに居るプレイヤーとの念話で分かったのだが、アキバの〈トランスポート・ゲート〉は現状うんともすんとも反応しないらしい。
〈妖精の輪〉の方は機能しているのかもしれないが別の理由で使用できない。無数にある〈妖精の輪〉の周期を暗記する事など不可能なので、攻略サイトが参照できない現状ではどこに飛ばされるのか運任せ。加えて正確な現在時刻を知る手段も無いとなると正直お手上げなのだ。
要するに、どっちの方法でこのテンプルサイドの街に辿り着いたのかによって、〈帰還呪文〉の帰還先はアキバかシブヤかが分かれてしまい、アキバ、シブヤ間の移動も簡単にはいかないのだ。
たとえば〈グランデール〉のミヅホさんなどは、同じギルドの後輩数人がシブヤを経由して来てしまっていたため、その子達だけ残していけないというのが残った理由。
その他にも結局シブヤから徒歩で移動しなくてはならないなら、ひとまずテンプルサイドの街で様子見をといったプレイヤーも数名居る。
残りのプレイヤーは最初からアキバへの移動を最優先としていなかった人達。
〈エルダー・テイル〉を始めて間もなく、そもそもゲーム内にまだ知り合いが少ないとか、ギルドに加入はしているもののギルドメンバーが運悪く(その人達からしてみれば運良く?)ログインしておらず、アキバに戻っても仲間がいないとか。
そんなプレイヤー達からすれば、多少なりとも面識ができた私達が残っているこのテンプルサイドの街に居た方がまだ安心という事なのだろう。
もちろんというか私とヤエとユウタさんも居残り組である。残るプレイヤーが居るのにさっさとトンズラというのも無責任だし、バルトさんとの約束もあるしということで、まあ、今アキバに移動という訳にもいかないだろう。
「で、ダル太はなんで残ってるわけ?」
〈帰還呪文〉で去っていくプレイヤーに手を振っていたダルタス君にジト目でヤエが聞く。
「あ、ヤエの姉御。ええとですね、あの後ギルドに連絡取ったんッスけどね、そしたら女史から説教食らいましてですね」
ダルタス君は体を小さくすくめてヤエに答える。
「クシ先輩達のお役に立って汚名返上してきなさい! それまで帰ってくるな! だそうで・・・」
ああ、山ちゃんか。たしかに山ちゃんならそんな事を言いそうだ。
「え~、ダル太が居ても暑っ苦しいだけじゃないかなぁ」
「姉御、そりゃないッスよ! 俺このままじゃアキバ戻れないんですって! せめて女史のご機嫌をですね!」
「え~、ミサミサ怖いし、面倒だし、嫌~」
というわけで、それぞれの理由を持つ〈冒険者〉21人がこのテンプルサイドの街には残った訳なのである。
◆
「ええと、遅くなってしまって申し訳ありません。櫛八玉と申します。とりあえず、ここに残った〈冒険者〉の代表ということになりまして」
「バルトと申します。このテンプルサイドの街の〈大地人〉を代表しまして交渉役をさせて頂きます」
私とバルトさんはお互いに頭を下げながらそんな挨拶をした後、お互い苦笑してしまう。
「お会いした時から何か貫禄のようなものを感じさせる方だとは思っておりましたが、やはりクシ様は〈冒険者〉の中でも特に影響力の大きな方だったのですね。そんな方を屋敷の主としてお迎えできたこと、改めて幸運に思います」
まてまて、バルトさん、爽やかでダンディーな笑顔を浮かべて何を言うか。私をそんな大層なものと勝手に認識しないでおくなんまし。
私なんてですね、何処にでも居そうな、それはそれは普通の女子なわけですよ。今回のコレにしたってたまたまそういう話の流れになってしまっただけでしてね・・・
うう、誤解は解いておきたいのだけれど、今は我慢しておこう。
「というわけでですね、ここに居る〈冒険者〉、私も含め全員で21人なのですが、少なくとも数日間、この街に滞在できればと思っています。屋敷でお話させていただいたように、こちら側から街の方々に危害を与えるような事はないようにします。まあ、ちょっと毛色の変わった旅行者の一団位な感じで街の方々にも相手していただければ助かるのですが」
「クシ様達とお話をさせていただき、〈冒険者〉というのがどのような気風の方々であるのかは、何となくではありますが把握いたしました。街の者たちも特に危険が無いと分かれば今まで通り、特に問題も無いかと思われます。ただし、この街は他の街との交易がさほど盛んではないので、〈冒険者〉の方々全員が宿泊できるだけの宿の部屋数がございません」
成程。考えて見ればゲームだった時から〈冒険者〉は街の中に普通に居て、商店で買い物をしていたり、クエストで関わったりしていたわけだから、トラブルを起こさなければ「今まで通り」なのか。
私達としては異世界に放りこまれた気分でいるのだけれど、〈大地人〉にとっては昨日までの生活の続きで、そこには前から〈冒険者〉も普通に存在していたはずなのだ。たとえ〈冒険者〉側の事情が変わっていたとしても。
しかし生活、そして宿か。これは食事の事も考えなくてはいけないのだろうか?たしかに空腹は感じたりしているのだけれど。
「うーん、宿ですか。・・・うちの屋敷に詰め込んじゃってもいいですかね、この人数。あと食事も考えなくちゃいけないですね」
「ベットの数であれば予備を全てを使えばどうにか足りるかと思われます。しかし現在の使用人の人数では全ての客室を整えるのは難しいかと。屋敷の食事に関してはユーリが担当しておりますが、こちらも一人で全員分の食事の準備は厳しいかと思います」
自分で言っておいて何だけど、まさか全員分のベットが確保できてしまうとは。毛布とかあれば雑魚寝でかまわないとか思ってたんだけどなあ。恐るべし我が屋敷。
確かにあの広さを3人で仕切るのは大変そうだとは思ってたんだけど、問題は人手だけってわけですね。
「リーネちゃんとユーリちゃんに全部やってもらう事は考えてないですよ。自分達の事は自分でやるが基本ですし。それに料理だったら私もできるかな」
そういえば私のサブ職業は〈料理人〉だ。〈エルダーテイル〉には私の〈神祇官〉のようなメイン職業の他に、把握しきれない程のサブ職業というものが存在する。このサブ職業というのはメイン12種類の職業とは独立して存在し、レベルが初期化されることを厭わなければいつでも変更することができる。〈料理人〉は生産系に分類される比較的メジャーなサブ職業で、調理スキルによって食料アイテムを作成することができる能力が付与される。
私がサブ職業に〈料理人〉を選んだ理由は何か利便性を求めたからではなくて、単にキャラクター名の元となった櫛八玉神が出雲大社の料理人だったからだ。ちなみにその神様の得意料理はスズキの塩焼き。
ゲーム内ではこの調理スキルによって作成された食料アイテムは一時的な能力の向上などの効力を持っていて、あまり食事としての意味はなかったのだけれど、まさかこんな事で役に立つことになろうとは。
「執事を務める身としては屋敷の主に料理をさせるなど反対したいところですが、仕方がありません。足りない分の食材を確保して、〈冒険者〉の方々のお手を借りられるのならクシ様のおっしゃるような手段は可能かと思います」
バルトさんが肩をすくめて言う。申し訳ないけれど、ここは折れてもらうしかないのです。
「ありがとうございます。ではその方針でいきましょう。食材はユーリちゃんと一緒に私が買出しに出ようかな。その他の準備の段取りに関しては屋敷に移動してから皆に指示を出しましょうか」
これでとりあえず、明日まではどうにかなりそうな気がする。これが異世界漂流サバイバルだとするならば出だしは上々、イージーモードではなかろうか。
「なんだかクシ、臨海学校を引率する先生か、ツアー旅行を先導するガイドさんみたい。旗でも振ってみる?」
屋敷にプレイヤー達を先導しながら、横を歩くヤエがそんな事を言う。
全く人の苦労も知らないで。いや、知っててなのがたちが悪い。
ダル太、そこ頷くな。
◆
「というわけで、目処が立つまでこの屋敷を私達の活動の拠点にしようかと思います。まあ、強制じゃないんで各自思うところがあれば自由に活動してもらって良いんだけど、今日の晩ご飯と宿だけは此処で取ってもらって意識合わせだけはしたいかな」
屋敷を見たプレイヤーの皆が驚いたり、リーネちゃんとユーリちゃんのメイドコンビの挨拶にプレイヤーの皆が萌えたりと色々あった後、現在、我が屋敷の食堂(これがまた広いのだ)に集まってもらって、今後の活動についての作戦会議中である。
「私自身は、この世界でのアキバまでの地理のこと、モンスターとの戦闘のことに関して情報を集めて、ある程度目処がたったら一度皆でアキバへ向かおうかと思ってます。あまり焦って無理もしたくないので、できれば1週間以内にはアキバに辿り着くとこまでいけたらいいかなという感じ」
これがヤエやユウタさんとも話し合った基本方針。もちろんそれ以前に情報が揃ったり、徒歩以外の手段が確立するなら、固執するつもりもないのだけれど。
「戦闘の調査っていうのはどうするですか?」
「みんなで狩りに行ったりするですか?」
隣並んで座っている中学生くらいのに見える2人の女の子が手を上げて質問する。同じ顔をしていて、それぞれ左右のサイドポニーだ。双子さんだろうか。
「んー、とりあえず明日は私とヤエ、ユウタさん、あとお願いできるならダル太とミヅホさんあたりのレベル高めな人達でパーティー組んでレベル低めのモンスターを相手に戦ってみようかと思ってます。もし塩梅がつかめたら、その後は希望する人が入れ替わり参加できるようにローテーションを組んでいきたいかな。ダル太とミヅホさんはどう?」
「アイ・マム!!」
「な、なんで敬礼してるんですか? あ、はい。私も協力させてもらいます」
ダル太、急に立ち上がって敬礼とかするな。みんなびっくりしてるじゃないか。
まあ、2人とも協力してくれるってことだよね。
「私からもよろしいでしょうか」
今度は私の後ろで立って控えているバルトさんが手を上げる。
「アキバの街への移動を考えてると伺いましたが、それであれば現在この街に滞在している商隊が5日後にシブヤの街を経由し、アキバの街へ向かうと聞いております。その商隊と同行すればよろしいのではないかと。商隊も〈冒険者〉の方々の護衛というのであれば歓迎するはずです」
「あ、それ良いですね。道に迷うかもとか考えなくて済みますし、商隊の方達と一緒というのも面白そうです。じゃあ、それまでに色々準備を進める事にしましょうか。他に誰か何かありますか?」
「お風呂!! 乙女としてはお風呂の必要性を主張するの!!」
ヤエががたっと席を立って大声を出す。気持ちは分からんではないが、乙女ってなんじゃ。
「あー風呂。風呂ね。リーネちゃん、この屋敷、風呂というか湯浴みとかの設備ってどうなってる?」
「は、はい! 浴室は2つありますが、大きいほうは長らく使っていません。水は庭から引けるようになってるんですけど、沸かすのが大変なので。私達は数日に1回、小さい方の浴室にお湯を沸かして入らせてもらってます」
ふむ、中世風の生活だから桶にお湯張って体拭く程度かと思ったけど、ここの人達普通にお風呂入るのね。それは私としてもうれしい誤算だ。
「それじゃ、言いだしっぺのヤエ、お風呂の準備と皆が入れるような順番とか考えるのやって。リーネちゃんはヤエに設備の使い方教えてあげて頂戴。ダル太、力仕事があったら手伝って」
「む~、でもしょうがないか、引き受ける」
「アイ・マム!!」
「ダル太、それやめれ。ユウタさんはバルトさんに同行してもらって商隊の方に同行の許可をもらえるか交渉してきてもらえますか?」
「引き受けましょう。まあバルトさんが一緒なら間違いなさそうですけどね」
「それからミヅホさん、残りの皆に協力してもらって、客室の部屋割りと、掃除とかベットメイキングとかお願いできますか?さすがに全部の部屋はすぐに使える状態にはなってないので」
「はい、皆さんの要望聞いてまとめるのと、作業分担の指示ですね」
「そうそう、んで、私はユーリちゃんと今晩のご飯の食材買い出しに行ってきます。準備できたら念話まわしますんで、また食堂に集まってください。というわけで、皆行動開始といきましょうか」
◆
皆がそれぞれ頑張ってくれて、その成果が実を結んだ。一部をのぞいて。
ユウタさんとバルトさんは商隊と交渉して同行の許可だけではなく、結構な額の護衛の報酬まで勝ち取ってきてくれた。
ミヅホさんも皆の意見を上手くまとめてくれて、場の雰囲気を和やかにしてくれている。皆も進んで協力してくれたようだ。
ヤエとダル太は慣れない釜を使っての風呂の準備をこなしてくれた。2人が顔を煤で真っ黒にしてたのには笑ってしまったけど、まさかこんな状況であんな広いお風呂に入れるなんて思わなかった。
リーネちゃんはヤエに風呂の使い方を説明したり、ミヅホさんや他の〈冒険者〉に客室や設備の説明をしたりと、一番忙しかったかもしれない。一生懸命な姿を見て、なんだか顔を赤くしている男子が数名居たとヤエが嬉しそうに話していた。
ユーリちゃんは買い物をしながら、たどたどしくも街の色々なことを説明してくれた。ユーリちゃんは街の皆に好かれているらしく、色々な人に声をかけられたり、買い物をすれば値引きしてもらったりしていた。
私の担当した夕食。これだけが最悪だった。
見た目だけは豪華。しかし、ろくに味もしなければ、ろくな歯ざわりもない。
たとえるならば「まったく塩味がしない煎餅を水分でふやけさせたモノ」というところだろうか。
匂いがしない時点でちょっと変だなとは思ったのである。
〈エルダーテイル〉において調理とは調理台に近づき、素材アイテムを手に取りシステムメニューから自分の持っているレシピを指定して実行という手順をとる。そうすると10秒ほどで料理が完成するのだ。
自慢ではないが、私の〈料理人〉スキルのレベルはメイン職業のレベルと同じく90と高い。素材だって街の商店で鮮度の良いものを選んできたつもりだし、手持ちのレアな香辛料なども使っている。レシピもにゃん様と苦労して取得した、日本サーバーでも所持しているプレイヤーは10人もいないだろうというレアなもので、HP、MPが回復してなおかつ魔力まで一時上昇する逸品だ。奮発したのである。これで駄目ならこの世界での料理の味というのは、こういうものだと諦めるしかないではないか。
だからヤエ、そんな目で私を見るな。私だって人目がなければ泣き出しそうなんだ。
ダル太、無理して全部食べなくていいから。
ユウタさんとミヅホさん、そんな同情的な目で私をみないで下さい。お願いします。
「・・・明日から食事は皆、それぞれ街でどうにかしてください」
私はこの時初めて、こんな世界に放りこまれてしまった自分の運命を呪った。
◆
悲劇の夕食を終え、皆に慰められ、こんな空気作ったまま逃げるなとヤエに叱られて。
まあその後は、皆でまるで修学旅行みたいな雰囲気で〈エルダーテイル〉のこと、この世界のこと、それらとは全く関係ないことをとりとめなく話して夜は更けて。
私は自分に割り振られた執務室から繋がる2階のバルコニーで一人、空を眺めたりしている。
夜空に浮かぶ月は細く、もうほとんど消えてしまった街の灯りも淡く、そのかわり星はまるで零れてきてしまいそうなくらいに広がっている。
星座に詳しくないのが悔やまれる。いや、私の知り得た星座といま観ているこの星空が一致している確証もないのか。
先程まで聞こえてきた屋敷の中の話し声も止み、残るのは風に揺れる草木のざわめきと、かすかな虫の声。
もし、このゲームの時と同じようにこの世界にも〈ハーフガイアプロジェクト〉の設定が反映されているのなら、あの月までの距離も半分なのだろうか。
そんな事を考えているとき、チリンとガラス製の風鈴のようなかすかな音が耳元で鳴った。
◆
「ダルタスからあらましは聞きました。相変わらずのお人好しぶりですねクシ先輩。そんな状態じゃギルド復帰もすぐにはお願いできないじゃないですか」
「ん、山ちゃんか。ゴメンね。一度連絡は入れようと思ってたんだけど、なにせ思った以上に次から次へとバタバタしちゃってね、そしたらいつの間にかっていうか」
「てんやわんやはこちらも一緒でしたからお気になさらず。しかし、そんな状態でもどうにかしちゃってるあたりが、まあ先輩なんでしょうね」
山ちゃんにしてはちょっと疲れた声かな。まあ、あっちはある程度知ってる顔とはいえ私達以上の人数が集まってるんだから、苦労も並大抵じゃないか。
「いや、私が何かしたわけじゃなくて、巻き込まれたというか、勝手に話が転がっちゃったというか」
「はあ、やっぱり無自覚ですか。いいですか?アキバに居るプレイヤー達のほとんどが今だ混乱状態で、不満の声を上げるばかりです。私達〈D.D.D〉もギルドメンバーの混乱や自暴自棄な行動を抑えるのに苦労して、ほとんど行動を起こせていない状態です」
むむ、なんだか怪しい風向きだ。
「そんな中、アキバから離れたより条件の悪いはずの辺境の街で、同じギルドのメンバーでもない今まで見ず知らずのプレイヤー同士が特に大きなトラブルも起こさず一致団結して行動して笑い合っているなんて、私から言わせてもらえば異常です。楽しそうに話すダルタスに思わず殺意がわきました」
まてまてまて。どうどうどう。
「そもそも人数少ないとか、むしろアキバより好条件だとか色々あると思うんだけど。それはさておき、その心は?」
「私も大きなお風呂に入って足を伸ばして、もふもふなベットに転がり込みたいです!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
山ちゃん、おまえも風呂か。
「もう微温くなっちゃってるかもしれないけど、入りくる? ベットはもう空きがないんだけど。飛んでくれば30分くらいでないかい?」
「・・・今日はやめておきます。やっぱり〈鷲獅子〉の事、気づいてたんですね。先輩だったらアキバまでの距離なんて何の問題にもならないってこと」
「まだ試してみたわけじゃないけどね。これで寝て起きたら元の世界なんてことにはならないだろうからさ、いつまで続くのかは分からないけど。誰でもできる手段でやっていかないと後々悪影響かなって」
「はあ、やっぱり救いようのないお人好しですね、先輩は。こんな状況だっていうのに」
なんでそこでため息ですか。
袖すり合うも他生の縁っていうし、あんな状況で放り出すわけにもいかないでしょうに。
「それよりさ、ほとんど行動できなかったとか言ってたけど戦闘の1回や2回こなしたんじゃない?どんな?」
「低レベルの狩場には私も足を運びました。戦闘に関しても〈エルダー・テイル〉のゲームとしての仕様は有効です。低レベルのモンスター相手ではほぼダメージを受けることもなく、こちらの攻撃があたれば一撃です。ですが・・・」
◆
こうして私の異世界漂流サバイバルの初日の幕は閉じる。
判らないことは沢山。試してみたいことも沢山。
目が覚めたら元の世界っていうのはちょっと嫌だな。もったいない。
まどろむ意識の中、ゆっくりと目を閉じながら、思った。