06 街道の守り手の隠れ里にて(其の1)
きりのいいところまで書くにはもう少し時間がかかりそうなので、短めだけれど晒します。
『ヤエちょっとまて。集落っていったって、それ何処なのさ!?』
「場所は多分、国分寺あたり! 街道からはそんなに離れてないから――」
そこまで口にしたところで、不意に私の頭上に影が差す。
見上げた先に見えるのは、牙のようにトゲを並べた花弁を開閉する〈人食い草〉の姿だ。
その奇怪な植物は、溶解液をだらりと垂らしながら、私を押し潰すかのような勢いで上から襲い掛かってくる。
『えっと、街道がなんだって?』
「って、ちょいまち。またあとで!」
このままではぺちゃんこにされて美味しく頂かれてしまう。
だから私は慌ててクシとの〈念話〉を切ると同時に、小さく横にステップしてそれを避ける。
そして目の前でうねる〈人食い草〉に、懐から取り出した火炎の属性を付与した短剣を突き立てる。
その短剣から発せられた炎で〈人食い草〉は燃え上がり、空気を切り裂くような悲鳴を発したあと力を失って崩れ落ちる。
しかし、今倒したこれの後ろには、まだ何体もの〈人食い草〉が残っている。
そして幾本もの緑の蔦をまるで鞭のようにしならせながら、襲い掛かって来る。
「もう、こっちくんなー! 私は縛られて喜ぶ趣味とかないんだからっ!」
私はその攻撃を転がるようにして懸命に避ける。
確かに〈人食い草〉は強いモンスターではないけれど、この蔦の攻撃は厄介なのだ。
ダメージ自体は大したことはなくても巻きつかれれば身動きがとれなくなってしまう。そこに集中攻撃など受けてしまえば無事ではすまない。
「んでもって、こんどは〈フレアアロー〉っ!」
転がりながらも〈人食い草〉が襲ってきた方向に杖をかざして魔法を三連射。
あまりしっかりと狙わず放った攻撃だったけれど、どうやらちゃんと命中してくれたらしい。残っていた〈人食い草〉はすべて光の粒となって四散していく。
湧いて出てくるモンスターたちの数は多くともレベルは三十前後と低い。消費MPが少なくて連射もできるかわりに威力は小さい〈フレアアロー〉が掠っただけでも倒せてしまう程度だ。
しかし、とにかく数が多い。倒しても倒してもきりがない。
「あーもう、〈念話〉してる余裕もないじゃん!」
「ヤエ、油断しないで。まだ残ってます!」
ユウタ君の声と同時に、複数の〈人食い草〉が消滅するエフェクトの向こうから、細かい針のようなものが雨のように襲いかかってくる。〈棘茨イタチ〉 のトゲ飛ばし攻撃だ。
体勢を崩してしまっている今の状態では避けることはできそうにない。私はローブの大きな袖で顔を覆う。
飛び道具のダメージなんて身体のどこで受けても同じではあるのだけれど、気分的なものは大事だと思う。女子の顔がトゲだらけなんてのは、私の許容範囲外だ。
「きゃんっ」
「ヤエちゃん! 大丈夫ですかっ!?」
小さくない衝撃を受けて後ろに跳ねた私の身体が、柔らかいなにかにふわりと受け止められる。
振り向いたそこには、肉感的な身体をアジアっぽいなんちゃって民族衣装で包んだ女性の姿がある。彼女はこの〈街道の守り手〉の里の〈大地人〉。守り手の巫女、シュマリだ。
「この程度だったら全然平気。それより危ないからもっと後ろで待機しててって言っておいたじゃん」
「でも、私だって守り手の巫女です。少しくらいはユウタ様たちを助ける事だって……」
「うわーちょうめんどくさいなあ!」
私を後ろから抱き抱えるような形となった彼女は、不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げ、私を見下ろす。
うるんだ瞳に泣きぼくろ。程良く艶のあるふっくらとした唇。服装の方も露出こそ少ないけれど、幾何学模様の刺繍はボディラインと胸元を強調している。おまけが献身的で強情なこの性格だ。
なんというか、ここまであからさまにイベントのヒロインポジションという感じを見せつけられると、私としては少々げんなりしてしまう。
「ヤエちゃん、また来ます……」
その彼女が私を抱きしめる腕に、ぎゅっと力が入る。
慌てて正面に向き直った私の前に見えるのは、魔法の茨を身体に巻きつけた〈棘茨イタチ〉の群れだ。それらが私を睨みながら威嚇するように尻尾を立てて唸り声を上げる。
この〈棘茨イタチ〉もレベル自体は高くない。もう一度攻撃を受けたってダメージは大したことはないだろう。しかしそれは私が六十近いレベルを持っているからだ。〈大地人〉である後ろの彼女にとってはそうではない。
「あーもう! MP温存したかったけど、ここはしょうがないか」
だから私は一発で全ての敵を倒すべく、魔法の効果範囲を広げる特技〈ラミネーションシンタックス〉のアイコンに意識を向ける。
しかしその瞬間、私を睨んでいた数匹の〈棘茨イタチ〉が、まとめて暴風のような飛び蹴りを食らって消滅する。
そこから先は一瞬だった。その暴風の主であるユウタ君は、私の目でも追えないほどの速さの攻撃で、残りの〈棘茨イタチ〉を全て倒してしまう。
とりあえず目の前に新たに現れるモンスターの姿はない。とはいえこの広場を囲む森の奥には、まだ蠢く影が無数に見える。良くて小休止といったところだろう。
「すみません、対処が遅れました。左からもまだ出てくるとは……」
一旦攻撃の構えを解いて私のほうに向きなおったユウタ君は、悔しそうに顔を歪める。
「ずっと正面からだけ沸いてたから。不意討ちだったし、しょうがないじゃん」
「しかし出現位置が分散するとなると厄介ですね。危険ですが散開して対応しないと守りきれない」
「うへえ、わかってはいたけど、これってマゾすぎだよねえ……」
そのユウタ君の言葉に私はうなる。
私のメイン職業、〈妖術師〉というのは十二職中最大の魔法攻撃力を持ってはいるけれど、MPの燃費は悪い。瞬間的な火力を出す事は得意ではあるが、長い時間戦い続けることを非常に苦手としているのだ。
クシに救援要請の〈念話〉は入れたものの、実際に助けが来るまでにはまだ大分時間がかかるだろう。すぐさま〈鷲獅子〉で駆け付けてきたとしても少なくとも十分以上はかかる筈だ。
だからこの先に待っているのは、どれだけMPを温存しながらどれだけ時間稼ぎができるかっていう、勝ちのない持久戦なのだ。
ここは〈街道の守り手〉の隠れ里。その入口となる広場の中央。
私たちの後ろには茅葺屋根の素朴な家が並んでいる。
そのもっと奥、コンクリートの建物を覆うように枝を伸ばす大樹がこの里の中心地。もう名もわからない祖先を祭る神殿なのだという。 里の住民である〈大地人〉たちは、今頃その神殿への避難を進めている。
この旅を共にしていた〈大地人〉の少女、リーネちゃんも今頃そこに向かっている筈だ。中学生の双子はその護衛のために戦線を離れている。
だからここは私たちだけで守りきらなくてはならない。
「〈武闘家〉である僕の方が、それなりにごまかしながら戦い続けることができます。だからヤエとシュマリさんが組んで下さい。その方が粘れる筈です」
「うう、まあそうなるかあ……」
「ユウタ様がそうおっしゃるなら……」
ユウタ君のその意見に、私は眉間に皺をよせる。
正論だと思う。それはきっと正しい。
〈街道の守り手〉の巫女シュマリは〈大地人〉ながら、〈森呪遣い〉の魔法を行使することができる能力をもっている。そしてたとえそのレベルは低くとも、〈回復職〉を後ろに従えた〈冒険者〉というのは倍に近い能力を発揮するものなのだ。
でも私と彼女はとことん性格的な相性が悪いと思うのだ。
そしてそう思っているのは私だけではない。当の彼女もなにか納得いかないといったような微妙な表情を顔に浮かべている。
上手くいかない。全くもってままならない。
理性ではこれは仕方がないのだと、それが正しい選択なのだということはわかっている。
でも感情的には納得がいかない。もやもやとした気持ちがおさまらない。
「もう、こんな泥臭い肉体労働は私の担当じゃないのにぃ! なんでこんな事になっちゃったかなあ!」
だから私は思わず空に向けて大声で叫んでしまう。
そしてまだ半日ほどしか経っていない、この隠れ里に辿りついたときのことを思い出してしまうのだった。