04 テンプルサイドの森、ディダラの住処にて
リスタートかけるにあたって、今までの部分をまとめたりちょっと修正したりしてます。
読み直す必要があるほどじゃあないんですが。
「ダル太さん、エネミーアッドですっ! 視認二!」
「ぐっ、了解っス」
普段は温厚で声を荒げることもないミヅホ姉が、悲鳴のような声を張り上げる。
その言葉のとおり、盾越しに見える森の奥の暗がりにはうごめく影が見える。意識を一瞬だけ自分のステータスに向ければ、オレのHPを示すバーはすでに半分以上削り取られている。いま相対している相手だけでもこの状態なのだ。これ以上のエネミーの追加は正直きつい。とはいえオレ以外に攻撃が向くのはそれ以上にマズい。
目の前の〈呪詛の大猪〉の牙をかいくぐりつつ、新たに現れたエネミーが近づく方向へと目をむけ、身体を入れ替える。そして特技を使うタイミングを見計らう。
「めんどくせえ! とっとと倒しちまえばいいんだろ!」
そんな時、どこか投げやりな怒声と共に電撃をまとった白線がオレの頭上を超えて森の中へと放たれる。それは吸い込まれるかのように森の暗がりへと至ると、ガラスが割れるかのように青白い雷光を撒き散らす。〈暗殺者〉の攻撃特技、〈スパークショット〉だ。
その光に照らし出された影の数は三つ。ミズホ姉の報告より一つ多い。そのうちの一匹は今の攻撃で動きを止めたものの、残りの二匹いま攻撃を放った〈暗殺者〉へ一直線に突き進んでくる。
「おい、タゲ跳ねてんぞ! タウントをってうわっ!!」
〈スパークショット〉は命中した場所を中心に範囲にダメージを与える特技だ。密集した敵には大きな効果を発揮するが、その分敵愾心も大きく稼いでしまうため扱いが難しい。案の定、今の攻撃でヘイトが許容量を超えてしまったのだ。いままでオレの方を向いていた〈呪詛の大猪〉たちまでもが、大岩の上で弓を構える〈暗殺者〉に攻撃の矛先を変える。
そんな状況に慌てて逃げようとした彼は、足をすべらせてそのまま谷底へと転がり落ちてしまう。怒気を露わにしたイノシシを引き連れたまま。
「バカめ、むやみに攻撃するな、変に動き回るな。またリンクが増える!」
それを追いかけて慌てて飛び降りていくのは、短剣二刀流の〈盗剣士〉だ。
確かにアタッカーを孤立させるのは危ない。急いで合流するというのも間違った判断とは言い切れない。だがせめてこっちに確認くらいは取ってほしかった。なにせオレの前には〈暗殺者〉を追っていった以外の〈呪詛の大猪〉が数体、まだ残っているのだ。
「下でもおっかないの増えてるケド。ヤバくない? 追っかけなくていいの?」
谷底を覗き込みながら緊張感のない声を上げるのは、ローブスタイルの〈施療神官〉だ。
「行くっスよ。でも、その前に、〈ヒール〉が、欲しいッスよ!」
援護なしで敵の攻撃を受け続けたオレのHPはもう三割を切っている。このままでは助けに行く以前に神殿送りだ。
オレは目の前のモンスターからの攻撃を盾で防御しつつ、どうにか指示を伝える。こうはっきりと言葉にしないと彼女は近くをうろつくだけで、なんのアクションも起こしてはくれないのだ。
「ん、ああえっと5でいいのかなぁ?」
意味不明なことを言いながらも、やっと〈施療神官〉の彼女からオレに〈反応起動回復〉が照射される。この緊急事態においては、敵からの攻撃に反応することではじめて効果を発揮する〈反応起動回復〉よりも、MP効率は悪くとも即座にHPの回復する〈ヒール〉のほうが欲しかったとかいう贅沢は言ってはいけない。彼女はそういう回復魔法の使い分けなんていう概念は持ち合わせていないらしいのだ。
「予想以上のバラバラぶりですね……」
このパーティーで唯一信頼のできる仲間、オレと共にサポート役として参加しているミヅホ姉が肩をすくめながらも攻撃の手を止めないという器用な技を披露する。たしかにミヅホ姉はギルドの仲間のうちでもいちばんの苦労人ポジションだけれど、そんなユニークスキルは覚えなくていいと思うのだが。
「おりゃ! これで最後のイノシシもトドメ。落っこちたあいつら追うっスよ!」
そのミヅホ姉の助けもあって、最後に残った〈呪詛の大猪〉もオレの〈クロス・スラッシュ〉で光の粒へと変わる。
それが消えてなくなっていくのを確認する時間も、ドロップアイテムを確かめる余裕も残されてはいない。オレはパーティーの攻撃職二人が消えて行った谷へと慌てて身を翻す。
「はい、急ぎましょう。遅れれば遅れるほど、事態も悪い方に転がり落ちる気がとってもします」
「はいはーい、いっちゃうよぅ。ワタシもばーんて飛び降りちゃうよ~!」
リアルだったら見下ろすだけで足がすくみそうな深い谷の底へとジャンプするオレの後ろに遅れることなく、二人の女性陣も続く。この勢いの良さをヒールワークにも発揮してくれれば、もう少しは事態も好転するんじゃないかと思うのはオレの贅沢なのだろうか。
眼下に迫る谷底では、さっき〈暗殺者〉の彼を追っていったイノシシに加えて、馬ほどの大きさもある白い狼のようなモンスターまでもが参戦する泥仕合が展開されている。二人はどうにかまだ無事なようだ。谷底に落ちるまでのほんの数秒もない瞬間にそんな状況を把握している自分も、まあどこかおかしいのだろうが。
ジェットコースターに乗ったかのように急激に流れていた景色が一気に停止する。小さくはない自分の身体、〈守護戦士〉のトレードマークでもある重鎧。その重量を受けて、着地した地面がどかんと振動する。足から身体の芯へと衝撃が流れる。だがそれは動けなくなるほどのものではない。
「行くっス〈アンカーハウル〉! 加えて〈キャッスル・オブ・ストーン〉!」
パーティーメンバーたちのHPはのきなみレッドゾーン、MPだってすでにカツカツ。慣れない初心者装備はろくに攻撃を防いではくれないし、攻撃のほうだって普段の倍近くの手数が必要だ。おまけにメンバーたちの行動は見事なほどにバラバラとくる。まったくもって面倒なパーティーだ。とはいえ引率をまかせられたからには、そう簡単には投げ出すわけにはいかない。
「それに、このまま逃げ帰ったあとのボスやヤエの姉御の方が、コイツらよりも何倍も怖いっスからねえ!」
だからオレはもう一度、左手をあげて盾を構える。
MPの続く限りタウントしてやれば、たぶんこの一回くらいなら切り抜けられると思うのだ。
◆
ここ、〈落ちた天空の寺院〉の西のゾーンは〈ディダラの住処〉と呼ばれる神代から続くという設定のある深い太古の森だ。
幾千もの歳を経た巨大な照葉樹は、大小の岩を抱え込むかのように根を地にうねらせ、無数の枝を張り巡らせて空を遮る。
視界に映るすべてのものは深く苔むし、視界のすべてを緑色に染め上げる。樹々の結界に閉じ込められた森の空気は濃密に水分を含んでいる。まるで水の中に居るかのように錯覚させられるほどだ。
その深い森の中で唯一、緑の途切れる深い渓谷の底の河原に、オレたちは力なく腰をおろしていた。
ナイフで切り落とされたかのような鋭利な岩壁、崖の上の景色を映して緑に輝く水面。ここがモンスターの出現するフィールドであることを差し引いても、森林浴だとかマイナスイオンなんていう癒し系の言葉が似合いそうな神秘的な景観なのだが、オレの精神状態はそれとは真逆に急降下中。〈D.D.D〉遠征チームのサポートとして入ったパーティーメンバーが、予想以上に問題だらけだったのだ。
「あーちくしょう、〈D.D.D〉に入れば楽できるかと思ったのによ。装備も取り上げられて訓練だとか聞いてねえっての」
河原に手足を大の字に投げだして毒づく彼の名前は「真夜中のサプリメント」。弓を主武器とする〈人間〉の〈暗殺者〉でレベルはオレと同じ六十三だ。もみあげから顎まで続く某怪盗三代目の相棒みたいな髭のせいもあって見た目はオレよりもだいぶ年上そうに見えるのだが、言動のほうは落ち着きがあるとはいえない。とにかく堪え性がなく攻撃過多でヘイトを稼ぎすぎてしまう。
〈冒険者〉の見た目はリアルでの特徴がそれなりに反映されるとはいえ、ゲームだった時に設定したアバターが基本になっている。実際の年齢はオレと大差がないのかもしれない。
あとその名前はどう呼べばいいのか正直すごく困る。
「……ガキが。嫌ならさっさと消えればいい」
その彼を細い目で睨みながら小さな声で呟くのは、白を通り越して灰色の肌をもつ〈エルフ〉の〈盗剣士〉。彼のステータスウィンドウには六十一というレベルを示す数字と「死ヲ告ゲル常闇」という名前が並んでいる。こっちのほうはもう見た目からして年齢不詳なのだが、終始棘のある言葉を吐き続けるのは闇のエルフ的な役作りなのか、彼の素の性格なのか。どっちにしても非常にコミュニケーションがとりずらい。
おまけにその名前を声に出して呼ぶ勇気がどうにもオレには湧かない。
「ヤバイ、水チョーつめたいんだケド!」
そして、いつのまにかにひとり川の浅瀬に足を放り出して遊んでいるのが三人目、〈施療神官〉の「love2mikki」さんだ。彼女に関しては、もう名前をどう読むのかすらわからない。
ピンクとブロンドのグラデーションになっている髪は、片側は細かな三つ編み状に編み上げられていて、もう片側は過剰なパーマで盛り上がっている。装備しているのは装備レベルの低いデザインも地味なローブのはずなのだが、妙に丈が短くなっていたりボディーラインがはっきりしていたり胸元が開いたりしている。どう着ればそうなるのかオレにはさっぱりわからない。〈法儀族〉の特徴である肌の紋様がこれまた入れ墨かボディーペインティングのようで派手というかギャルっぽいというか、とにかく直視するのが躊躇われる外見をしている女性だ。
彼女の問題は、とにもかくにも回復してくれないことに尽きる。オレに付かず離れずの距離をいつも保ってついてきてくれるのはいいのだが、よほど強くお願いしない限り自分からは〈回復魔法〉を使ってくれないし、話をしていても会話が噛み合わないというか、言っていることが伝わっている気がさっぱりしない。
これに加えて〈守護戦士〉のオレ、ダルタスと、〈吟遊詩人〉のミヅホ姉の五人が今日の訓練パーティーのメンバーになる。
〈D.D.D〉遠征チームの訓練も今日で二日目。遠征メンバーの中でも数少ないレベル六十以上の彼ら三人は、昨日は別々のパーティーに編成されていたのだが、それぞれトラブルを起こしてしまったらしい。レベルが高めなこともあって、他のプレイヤーよりは手がかからないと思われていたのだが、どうやらそれは逆だったようなのだ。
中途半端にレベルが高いということは、そこまでのゲームでの戦闘経験があるということ。それまでの自分のやり方というのがある程度固まっていたということだ。それをまわりのレベルが低いプレイヤーにあわせて変えることにも抵抗があるし、高レベルとはいえあまり面識のない〈D.D.D〉の教導メンバーの言うことを素直に聞くというのも癪に障る。
「でしたらレベルが近いメンバーで編成を組み直しましょう。正直いって教導できるメンバーも限られていますし、問題が分散してしまっては人手がいくらあっても足りませんわ」
「そうだね。レベル六十もあれば教わるよりも自分で考えて慣れるほうが良いんじゃないかな」
というリーゼさんとボスの意見もあり、それならばレベルが近いオレとミヅホ姉が入って様子を見ようと決まったのが昨晩のことだ。
まあどうにかなるだろうと軽い気持ちで引き受けてしまったのだが、その目論見は随分と甘いものだった。(ディダラの住処)はこの近辺では〈落ちた天空の寺院〉のレイドゾーン以外では出現するモンスターのレベルが一番高いフィールドではあるが、入口ちかくであるここのモンスターたちのレベルは五十弱。パーティーの平均レベルと比べれば十以上も低い。よほどのヘマのしなければ楽勝なはずの狩場であるにもかかわらず、最初の戦闘だけでこの状況なのだから。
「……あ、あの、MPが回復するまでまだ時間がかかりますから、ちょっと戦い方とか相談しませんか?」
「ああん?」
「んだよ?」
「うう、えっとですね……」
少し気まずい雰囲気の中、小さく手をあげるミヅホ姉だが、その声に反応した攻撃職の男性ふたりの乱暴な視線に身をすくめてしまう。
しまった。考え込んでしまっていて出遅れた。いくらミヅホ姉のほうが歳上だとはいえ、ここは彼女ひとりに任せてしまってはいけないところだ。
「まずは敵愾心管理っスかねえ。アタッカーふたりのバランスがちょっと偏ってるっぽい気がするんスよね」
「タウントが足りてねえんだろ」
「いや、あのペースで〈アンカー・ハウル〉じゃあMPいくらあっても足りないッスよ」
「ふん、そうかよ……」
慌てて割って入ったオレの言葉につっかかってくる髭の〈暗殺者〉だが、反論を返せば視線をそらす。
とりあえずいちゃもんをつけてはみたものの、自分側に問題があるということはなんとなく理解はしているといった感じなのだろう。
「お前がヘイト上げすぎなんだよ。っていうかヘイト理解してんのか? ソロゲーじゃねえっての」
押し黙ってしまった〈暗殺者〉の彼にかわって口を開いたのは、灰色エルフの〈盗剣士〉だ。確かに彼の言うことは間違ってはいない。オレも攻撃特技連打は勘弁してほしいとは思っていた。しかしなんでそこまで刺々しい言葉になってしまうのか。
「それくらいわかってんよ。〈エルダー・テイル〉はまだ慣れてないけど他のゲームじゃカンストしてんだ。あっちは火力押しのほうが効率いいんだよ。そっちこそヘイト取るの怖がって縮こまってるんじゃねえの?」
「んだよ、こっちは体張ってんだ。遠距離で特技ポチってるだけのくせに偉そうに」
「んだと?」
「事実じゃね?」
「うわ、待つッス、待つッスよ!」
案の定、身を乗り出して睨み合い、殴り合うまであと数秒みたいな雰囲気になってしまった二人の間に、オレは文字通り身体ごと割って入る。
「いやまあ落ち着くッスよ。今日初めて組んだメンバーだし、装備も変わったばかりだしで最初からは上手くはいかないッスから……」
「ふん」
「うぜえ」
オレの行動でとりあえずこの場だけは落ち着いてくれたらしい。二人は一瞬オレを睨んだあと、それぞれ数歩離れて腰をおろす。助かった。パーティーメンバーどうしで攻撃しあってPK騒動なんてことになってしまっては、それこそ取り返しがつかない。
とはいえ場の雰囲気は悪くなる一方だ。とても膝を突き合わせて話し合いなどという空気ではない。
「これ、どうしよう……」
「参ったッスねえ」
そんな状況を前に、オレとミズホ姉は二人並んで肩をおとす。
ミズホ姉は、〈太陽の軌跡〉の仲間の中でも貴重な気遣いのできる常識人枠だが、どちらかというと気弱な性格で荒事をまとめるなんてことが得意な人ではない。それ以上にオレは喧嘩の仲裁なんてことには向いてはいないだろう。自分で言ってて悲しくはなるが、なにせ頭がわるい。これ以上口を出せば感情的になってしまい、事態をより悪くしてしまう未来しか想像できない。
「なに? だれかなんだかオコなカンジ?」
途方に暮れていたミヅホ姉とオレの肩に不意に細い腕がからまる。そしてオレたちの顔の間にもうひとつ、小さな顔が後ろから割り込んでくる。その能天気な声の主は、さっきまで川辺でひとり遊んでいた見た目がギャルっちい〈施療神官〉の女性だ。
「うわーなんかマジでオコっぽい。ダルくんヤバイじゃん」
その彼女は、離れた場所からこちらを睨む男性陣ふたりの顔の表情をちらりと見たあと、すこし眉をひそめてオレの耳元でささやく。不意に接触されただけでも驚いたのに、耳元にぬるい吐息があたるその感触にうろたえてしまったオレは、慌てて飛び跳ねて彼女との距離をとる。
「うぐっ、そうッス。ヤバいんスよ。……ええと、それ名前、なんて呼べばいいんスか?」
「えー、名前ってワタシの? そんなのはほら、そのまま。あーえっとコレなんて読むんだろ?」
彼女は指を唇にあてて一瞬だけ悩むような表情をしたあと、それをまばたきひとつで放棄してにへらと笑う。
すこしだけ柔らかくなった場の雰囲気に、ミヅホ姉が息をついて肩をすくめる。しかし男性陣からのオレに向けられた敵意は、なぜかさっきよりも強くなった気がしなくもないのだが。
「っていうか、俺たちが悪いってんなら、そいつだって大概だろ」
「そうだな。そいつの《ヒール》だって遅すぎだ。っていうかろくに飛んでこねえし」
そして、その男性陣から直接不満の声があがる。この場を相談どころではない雰囲気にしているのは彼ら二人ではあるものの、そもそもパーティーでの戦闘が上手くいかない原因は彼女のヒールワークにもある。というかヒールワーク以前に彼女はパーティーに後ろからついてくるだけで、ほとんど何もしないのだ。
「あー、それはそうかもッスね。オレのHPも七割くらいは維持できると楽なんスけど」
「え、ワタシ?」
急に自分に話がふられたことに驚いたのか、彼女は一瞬大きく目をひらいたあと、ちょこんと首をかしげる。
「えー、だってだれも5とか6とか言ってくれないからわかんないしぃ?」
「なんだよその5とか6とかって」
「えっと、カチャカチャの上の方の真ん中あたりに並んでるボタン?」
そんな意味不明なことを言いながら、彼女は両手を胸あたりの位置に上げ、甲を上にしてひらひらと振る。そして、右の人差指を一本たてて何かボタンを押すような仕草を繰り返す。
「あっ、それってもしかしてキーボードのファンクションキーのことかなあ?」
「ああ、キー設定で割り当てられた特技かマクロかなんかか」
「まじか。まじファンキーだなそれ……」
「微妙にうまいこと言ってる感じになってるのがムカツクんだが」
その後は、彼女のゲームだった頃のプレイスタイルを全員でどうにか聞きだすこととなった。何を指しているのかわからない擬音語の変換や、すぐに脱線する会話の軌道修正に手こずった末にわかった彼女のプレイスタイルというのは、オレの思っていた〈エルダー・テイル〉とは随分とかけ離れたものだった。
彼女はゲーム好きな同級生数人に誘われて〈エルダー・テイル〉を始めたらしい。とはいえ彼女自身はもともとはゲームには興味はほとんどなく、アバターの外見以外は全部友達まかせ。どのような装備を買うかとか、レベルが上がったらどの特技を取得するかとか、ほとんどの事はその友人の指示通りに行っていたらしい。そしてそれはゲーム内での戦闘も例外ではなかった。
フィールドを歩くときには、とにかくその友人から離れないように追尾する。そして友人から指示されたタイミングでキーボードのファンクションキーに関連付けられた特技を発動する。どうやらそれが〈エルダー・テイル〉での彼女の行動の全てだったらしいのだ。
「しかしよ、そんなゲームのやりかたで楽しいのか? 言われたキーぽちってるだけじゃねえか」
「えーたのしいよ、ヤバイって。なんかさーみんなでいろんなところ行ってわーって走りまわるの! 雪とか降ってたり海が青かったり大きなお城とかあったりさ。ずっと何時間もおしゃべりして、それで怖いのとかカワイイのとか出てきてきゃーってみんなが倒したりやられたりするんだよ。チョーたのしいじゃん?」
「あ、それわかるかも。私もゲーム上手くなかったけど〈エルダー・テイル〉っていろんなところ見て周るだけでも楽しいよね」
「でしょー?」
もとはライトゲーマー同士ということもあるのだろう。女性陣二人は手をとりあいながら、あのお城がだとか、景色が綺麗だとか、あのモンスターが可愛いだとかと随分と会話が盛り上がっている。
「おい、なんだか心が痛いぞ?」
「やべえ、俺いますごい負けた気分になってるんだが」
「オレもなんかやるせない気分ッス……」
それとは反対に、オレを含む男性陣は座り込んでうなだれててしまう。
自分たちの方が真剣にゲームに取り組んでいたはずだ。ゲームに求める方向性が違っただけだ。それは間違いないと思うのだが、ファンクションキーをぽちぽちと叩いていただけだったはずの彼女よりも〈エルダー・テイル〉を楽しんでいたと自信をもって言える気がしない。ゲーマーとして何か大事なところで負けてしまった。オレ以外の二人も多分そんな気分なのだろう。
「でもさあ、ヨッコちゃんもみーぽんもこっちには来てないんだよね……」
そんなとき不意にミヅホ姉の手を取って笑顔を浮かべていた彼女の表情が曇る。
彼女が口にしたのは、きっとゲームを一緒に楽しんでいた友人の名前で、きっと彼女のヤバイやカワイイやタノシイはその友人たちが一緒に居たからこそあったものだったのだ。
もちろんこの世界はただのゲームの延長ではない。ゲームだったときのように簡単にはいかないことばかりだ。でも、その友人たちがいれば、きっとこんなではなかったはずだ。きっと彼女はそんなことを思い出してしまったのだろう。
「でも、ここにも一緒に遊ぶ仲間はいますよ。今はまだちょっとだけヤバイなのかもしれないですけれど」
少し涙を目に浮かべてすんと鼻をならす彼女の肩に手をのせて、ミヅホ姉が笑いかける。
「あーなんだ。しょうがねえからよ、ダルタスだっけ? お前の言う通り動いてやるよ。そのかわりちゃんと指示出せよな」
「ふん、口だけならなんとでも言えるがな。まあやってやろうか」
座り込んで不貞腐れていた二人もそう言いながら腰をあげる。相変わらず口調はぶっきらぼうではあるけれど、先程までの喧嘩腰な雰囲気はもうない。そのかわりに彼らの顔に浮かぶのは、どこかばつがわるそうな、少し照れているかのような、そんな表情だ。
「まだ一回トラブっただけです。次はきっともっと上手くいきますよ」
「そうッスね。じゃあそのタノシイってやつをひとつ目指してみるッスかね!」
そんなオレたちの輪の中心で、彼女はまだ少し涙を浮かべたままの眼を大きく見開く。そしてその顔いっぱいに大きな笑顔をうかべる。
「じゃあ、まずみんなの呼ぶ名前きめない? ワタシそっちの二人のその名前、ちょっと困るんだケド」
「……うっせえよ」
「……お前にだけは言われたくねえ」
攻撃職の二人が目をそらして眉間に皺をよせる。どうやら自分の名前が少なからず痛々しいという自覚はあったらしい。
「じゃあそっちのヒゲのキミはサプリメントだから、サプりん!」
「そんな可愛げなのは柄じゃねえと思うんだが」
「んでもってエルフのキミのほうは、ええとジョーアンかなあ」
「それは常闇と読むのであって…… いやそれでいい」
「でもってワタシは――」
「ファンキーでいいんじゃね」
「ファンキーだろ」
「え、なになに? ファンキーってなによっ? それ何語ぉ?」
手をばたばたと振りながら頬を膨らませる彼女の姿が滑稽で、皆が笑顔を浮かべる。
まだお互いを呼ぶ名前を決めただけで、それ以外になにをしたわけでもない。でももう大丈夫だ。いまオレたちは一番当たり前で一番大事なものを手にしたのだと思う。
「あ、丁度いいところに接近してくるモンスター2です。あれは人喰い草ですね」
「うん? このフィールドにそんなモンスター出てくるなんて情報あったか?」
「んだよ、〈D.D.D〉の事前情報もあてになんねえなあ」
「まあレベル的に勝てない相手じゃないっス。いけるっスよ」
オレは武骨な盾を身体の前に構えて、腰にかけた剣の鞘に手を掛ける。ミヅホ姉の指差す先に視線を集中して、心のスイッチを切り替える。後ろを振り向けば、目に強い力を浮かべる仲間たちの顔が見える。そんななんでもないことが嬉しい。
準備は揃った。ここがオレたちのパーティーのスタートラインだ。
「ねえダルくんダルくん」
「なんっスか?」
すぐ後ろで杖を構える〈施療神官〉の彼女、ファンキーさんが小さな声でオレに囁く。
「ワタシ、もうちょっとだけタノシイになってきそうかも?」
「奇遇っすね。実はオレもなんスよ」
少しはにかんだような彼女の声に、だからオレは視線を前に向けたまま、口角を上げて答えたのだ。