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辺境の街にて  作者: 山本ヤマネ
最初のお話
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エピローグ

 アキバの街で〈円卓会議〉が設立されたのが1週間前。

 その日を境にアキバの街を含む私たちの環境は一変した。


 〈料理の秘密〉が公開されたことによって、街にあふれる幾多の料理。需要が生まれたことによって活気づくアキバの〈冒険者〉達。そして〈円卓会議〉の発表よりもほんの数日ではあるのだけれど、先んじてこの世界での料理というものの仕組みに気づいた私達がとったのが、以前から続けていたテンプルサイドの西に広がる農耕地帯からの農作物の買い入れ活動の強化だったりする。するのだけれど。


 パンやパスタを作るための麦。実は〈大地人〉の集落では冬を越えるための保存食として広く作られているチーズやベーコン。もう少し西まで足を伸ばして、パイドパイパーリア、現実世界の甲府盆地近くまで行けば、実はワインだって手に入る。

 そして現実世界では多摩川が流れるその沿岸、こちらでは〈パディアミッド〉と呼ばれる一帯では稲作が行われており、元日本サーバーでプレイする日本人としては何よりも重要な米が手に入るのだ。


 アキバの街で食糧危機が起きるのではなんて懸念から始めた穀物の流通はヤエと〈大地人〉の商人、エリックさんを中心にこれまでも少しづつ規模を大きくしながら継続していて、今では結構な規模になってしまっている。

 テンプルサイドの街の中心からは少し離れた場所に立てられている私たちの屋敷の前の道ぞいには、以前この街に住んでいたという〈大地人〉の貴族が建てた建物が幾つか並んでいたのだけれど、現在ではそれらは軒並みヤエの所有物。で、毎日ひっきりなしに近くの集落から運び込まれる農作物を積んだ荷馬車が行き来するわ、人が集まればそれを目当てに商売を始める〈大地人〉は集まるわで、以前は閑散としていた我が屋敷の前は今やテンプルサイド第2の繁華街といった形相。


 此処にギルドの居を構えてから既に数週間。ゲームだった頃から付き合いのある〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉、それにミヅホさん繋がりで関係の深くなった〈グランテール〉などというギルドから初心者プレイヤーが何人かこちらに移籍してきたり、もちろん仕事が増えるにつれ新たに街の〈大地人〉を雇ったりはしているものの、それ以上に増え続ける仕事量で以前から色々とギリギリな状況だったのだ。そんな状況の最中に〈円卓会議〉の設立である。


 〈海洋機構〉や〈第8商店街〉なんていうアキバでも最大手の商業ギルドから食料売買や共同経営の打診なんてものが怒涛のようにおしよせてくるわ、古巣の〈D.D.D〉とも食料運搬の護衛増量とか教導部隊との連携とかなんとか幾つも打ち合わせをこなさなければならないわ、果ては屋敷で私と他の〈料理人〉持ちのメンバーが作る料理が話題になったとかで料理を教わろうと街の〈大地人〉たちが押し寄せてくるわ。

 この1週間は現実世界で体験した最悪の爆発案件が可愛く見える程の忙しさで、それがやっとのことで一段落つきそうな目処が見えた。見えたかもしれない。

 それが起きたのは、そんなでようやく今日はまともな睡眠がとれそうだと、書類の山で半ば埋まった屋敷の執務室で一息いれた、そんなタイミングだったのだ。


「クシ様! クシ様! 大変です!! 使者が、使者の方がこちらに!!」


 屋敷のメイド、リーネちゃんが、珍しく執務室の扉をノックもなく大きな音を立てて、慌てた形相で部屋に飛び込んでくる。


「まてまてどうどう。おちついてリーネちゃん。で、使者がなんだって?」


 結構な距離を走ってきたらしく、肩で息をしつつ叫ぶかのように声を上げるリーネちゃんをなだめつつ、私は質問を返す。


「はい、すみません! ええっと、街の入り口で見かけた人が教えて下さったのですが、テンプルサイドの街に護衛の騎士を従えた貴族の方の馬車がやってきたみたいなんです。で、この屋敷の場所を聞いてたとかで、もうすぐ此処に来るみたいで! 私こんなこと初めてで、それでどうして良いかわからなくって、で急いでクシ様に伝えないとって・・・」


「うぇ? 貴族様? なんでそんなのがこの屋敷に来るの!? っていうかそれってこんな格好で出迎えちゃだめだよね・・・」


 私は自分の姿を見下ろす。最近は狩りに出る余裕もぜんぜんなくて、屋敷では専ら着心地の楽なチュニックなどで過ごすことが殆どだったのだ。執事のバルトさんなどは何か言いたそうな顔をいつもしていたのだけれど、日がな一日執務室に篭って書類作業ばっかりだったのだから、正直服装に気をかける余裕なんてなくても許していただきたい。


「と、とりあえず、急いで着替えて出てくから、応接間で待って頂いてちょうだい。礼儀とか私も正直わかんないんだけど、そこらはバルトさんに聞いて!」


「わかりましたっ! でも早く戻ってきてください!!」


 リーネちゃんは、ちょっと泣きそうな表情でそう答えて、部屋を飛び出していく。非常に申し訳ない気持ちになってしまうのだけれど、涙目は私も同じだから許して欲しい。しかしそんな立派な衣装なんてもってないんだけれど、〈神祇官〉(カンナギ) の正装、巫女装束でよいのだろうか?


 私は部屋の奥から最近はめっきり使うことのなくなった(秘宝級)の巫女装束一式を引っ張りだして慌てて着替える。こんな時だけは汚れの残ることのないゲームだった時からの装備のこの世界での奇妙な仕様に感謝だ。

 そうして急いで応接間の前の扉まで行き着くと、そこに控えていたのは執事のバルトさん。いつもは冷静沈着なバルトさんだけれど、今日ばかりはすこしその顔に余裕が無さそうに見える。


「屋敷の前に停まる馬車の紋章をちらりと拝見いたしましたが、コーウェン公爵家のものでございます。私も一度拝見したことがあるだけではありますが、間違いないかと」


「げっ。コーウェンってマイハマのトップのお偉い様ですよね、私でも知ってるそんな大物がなんでこんな小さな街に・・・」


「申し訳ありません。私にも理由がわかりません。しかし既に使者の方がお待ちでございます。ひとまずはご挨拶を」


 そういってバルトさんは会釈をすると、応接間に続く扉を開く。

 そこにはいかにも文官といった出で立ちの壮年の男性と、その左右を警護する騎士といった鎧姿の男性が2人。応接間のソファーに座り、紅茶に口をつけていたその3人が私の姿を認めて席を立ち、軽く頭を下げて会釈する。


「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。私はこの屋敷に居を構えるギルド、〈太陽の軌跡〉(サン・ロード)の代表を務めさせていただいている櫛八玉(くしやたま)と申します。本日はどのような要件でございましょうか」


 正直いってこの口調が失礼にあたっていないかも分らないのだけれど、必要以上に謙るのもよろしくなかろう。相手の顔から目線だけはそらさず、表面だけでも冷静を装って、私も軽く頭を下げる。


「頭をお上げください。私どもも〈冒険者〉様方の作法にはとんと疎うございます。本日は我らが主、セルジアッド=コーウェンの名代として参りました。ギルドの代表と伺いましたが、それは騎士団の団長と解釈させていただいてもよろしいでしょうか」


 セルジアッド公爵の名代と名乗った男性は、やわらかな口調で、しかし鋭い眼光で私を眺めつつ言葉を続ける。


「我が主からは、このテンプルサイドを治めるバロネス・ヤエザクラ・ド・サンロー様に言伝を預かっております。サンロー様にお目通し願いたい」


 続くその言葉を聞いて、私の頭が真っ白になる。ヤエザクラというのはヤエのキャラクター名。それはわかる。でもバロネス? ド・サンロー?


「ヤエ? いやヤエザクラってえっとあれ? ちょっと・・・」


「はるばるマイハマより足をお運びいただきありがとうございます。私がそのヤエザクラでございますわ」


 言いよどんで硬直してしまった私の後ろから、聞き慣れた声色の、しかし聞きなれない口調の声が聞こえる。急いで振り向くと、そこにはいかにも貴族といったドレスを着込み、現実世界で会った時にも見たことのないような隙のない化粧をしたヤエの姿。そのヤエがおなじくタキシードできめたユウタさんを従えて部屋に入ってくる。


「いやちょっとまてヤエ。なんだその格好は。ていうかバロネスってなんだそれ・・・」

 思わず呟いてしまった私の横まで来たヤエが小さい声でつぶやく。


「えっとさ、言ってなかったんだけど、私のサブ職業って〈貴族〉だったんだよね。でさ、最近なんかフラグが立っちゃったみたいでね、称号が〈男爵〉から〈辺境伯〉になっちゃってさ~」


 そう言ってヤエは悪魔のようににやりと笑う。


 どうやらこの世界での私の周りの騒動はまだ収まってはくれないらしいのだ。


これにて本当に終了。

足掛け1年半とかこの程度の話に随分と時間がかかってしまいましたが、ようやく最後まで辿り着くことができました。


物語的な文書を吐き出すなんてことは人生初だったわけですが、読み返すといやもう赤面をとおりこして顔面蒼白な出来なわけなのですが、唯一最後まで書き終えることができたことだけは自慢しちゃってもいいかしらんとか、今はそんな心境でございます。


まずはこんな素敵な世界を構築して、そしてフリーダムな活動すら許してくださっている橙乃ままれ先生に感謝いたします。


そしてここまでお読み下さった皆様に何よりも感謝を。


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