19 ギルド会館前の広場にて
年内むりでした。ごめんなさい。
でもって、これで一段落でございます。
〈鷲獅子〉で駆けつけてくれた〈D.D.D〉の先行部隊に加えて、クラスティ君が派遣してくれた救援は3パーティー。〈D.D.D〉の中隊規模戦闘規模の護衛を相手に喧嘩を仕掛けてくるようなPKも居るはずはなく、それからのアキバへの道のりは特に何事もなく、のどかな旅路となった。
私は長らく所属していたからあまり実感はないのだけれど、外から見る〈D.D.D〉というギルドは日本サーバー最大の戦闘系ギルドだからということか、随分と厳しい印象をもたれているらしい。現れた〈D.D.D〉のメンバーたちの姿に、テンプルサイドの仲間たちは随分と緊張をしていたようだ。
まあ、何故かギルドの先輩たちにこづかれて、HPがレッドゾーンに突入していたダル太の惨状に怯えていただけなのかもしれないのだけれど。
とはいえ噂はどうであれ、〈D.D.D〉のメンバーなんて実際のところは唯のゲームバカの集団だ。もちろん中には日本サーバーのトップを走っていたなんて自負やプライドがあるメンバーも居るだろうけれども、大半はそんなことよりも現状のこの世界への好奇心が勝ってしまうような、そんな愉快な奴らなのだ。
実際そのお互いの好奇心が勝ったのだろう。アキバの街のこと、テンプルサイドの街のこと、そこに住む〈大地人〉のこと、それにさっきのPKとの戦闘のこと。皆、時間が経つにつれ打ち解けていったようで、アキバに着く頃にはギルドの違いなど関係なく話し合い、笑い合う。そんな光景が私の前には広がっていたのだ。
◆
そして〈エターナルアイスの古宮廷〉を出発して3時間あまり、私たちはアキバの街へと到着した。
帰り道の間にヤエと山ちゃんの間で話がついていたのだろう、私たちの運んできた野菜や果物の半分ほどは〈D.D.D〉が買い取る算段になったらしい。馬車を止めたギルド会館の前にはそれを運ぶためのメンバーが待ち構えていた。それに加えてどこから聞きつけてきたのか、同じく数名のメンバーを連れて姿をあらわした〈ホネスティー〉のキルドマスター、アインス先生が現在ヤエと残りの食材に関して商談中。
まあ実際のところ生産系のサブスキルやレシピを持っているメンバーが少なく、武器や防具以外のアイテムの流通に疎い戦闘系のギルドにとって、味のある食材の確保なんてものはあまり得意な分野ではないのだ。そこら辺を見越してヤエも商売の相手として最初から考えていたのだろう。相変わらずそういう金銭が絡む部分に関しては鋭いというかがめついというか腹黒いというか。なんというか感心してしまうのだけれど。
もちろん予定外に買い込んでしまった麦や米なんていう穀物系の食材はマーケットに流すしかなくて、すぐに黒字ってところまでは行かないのだろうけれど、これなら手伝ってくれたみんなにそれなりに分配をしても、テンプルサイドの館を維持する程度の資金くらいは手元に戻ってきてくれそうだ。
とりあえず大赤字を抱えて路頭に迷うような事態だけは避けられそうだと胸を撫で下ろし、顔をあげるとそこにはそのテンプルサイドで今日までを一緒に過ごした仲間たちの姿。馬車の積荷の作業も一段落したらしく、早速ギルド会館の倉庫に駆け込んで預けていた金貨やアイテムを確認したり、近くの商店の品ぞろえを物色したり。〈グランデール〉に所属していたミヅホさんたちは、出迎えであろうギルドの仲間に囲まれて笑っている。
そんな光景を見て、ああ無事に彼らをアキバの街へと送り届けることができたのだと改めて実感する。随分と時間はかかってしまったけれど、これで役目は果たせただろう。柄でもないリーダーみたいな役目も終了だ。
訳のわからないまま、ゲームの中のような世界に放り込まれて、いろいろな人達と出会って、なし崩しに駆けずり回って、そしてここまでたどり着いて。
こうしてみんなを連れて無事にアキバの街にたどり着けたという事が嬉しい気持ちは嘘じゃない。肩にかかっていた責任のような何かが軽くなったのだって悪いことではない筈なのだ。でもなにかが手のひらからこぼれ落ちてしまったような、何か心にぽっかりと穴が開いてしまったような、そんな不安で落ち着かない気持ちになってしまって、私はその場に背を向ける。
太陽が西の空に傾きかけたアキバの街は、巨大な木々に侵食された神代のビルディングが描く長い影を、苔に覆われ半ば以上崩れたアスファルトに描き出す。ゲームだった頃は液晶ディスプレイ上に描き出されていたその光景は、今は現実となって私を圧倒する。そんな中、今私の前で一際大きな影を映し出しているのは、テンプルサイドの街とは違って現実世界の面影をそれなりに残しているこの街の景色の中で、特にファンタジー世界といった雰囲気を大きく印象づける、今は機能していないタウンゲートの大きな石造りの姿。
本来であれば、日本サーバーに5つ存在するホームタウン間を繋ぐ役目を果たしていたこのタウンゲートが、なぜその機能を停止してしまっているのかは分からないのだけれど、周りに人の姿もなくそびえ建つその姿は、まるで私を出口のない牢獄に閉じ込めるかのようで。そして反対に自分の存在を描き出す影がものすごく小さなものに感じられて、私は思わず自分の体を両の腕で抱え込む。
と、そんな時、私の白衣の袖を誰かが引いた。
そこにはこの1週間弱、いつも私と一緒にいてくれた小柄で童顔な親友の姿。
でもその彼女とだってこの先ずっと一緒とは限らない。
「あ、ヤエ。・・・ヤエはこの後どうする? 〈D.D.D〉に戻る? やっぱり商売続けるならアキバに腰据える感じ?」
「姿が見えなくなったと思ったら、なに一人で黄昏れてるんだか。みんな待ってるんだから、さっさと来る!」
でも、それを確かめるのが少し怖くて、恐る恐るといった口調になってしまった私に、ヤエはいつもどおりのちょっと呆れたような口調でそう言うと、掴んだ白衣をそのままに強引に私を引っ張っていく。
◆
再び戻ってきたギルド会館の前の広場は、すでに荷物の積み下ろしが終わったのか並んでいた荷馬車が姿を消し、その代わりにその場にはテンプルサイドの街からの仲間たち全員が集まっていた。
「ギルド設立の申請用紙です! 〈筆写師〉のスキルで作れるみたいで。ちょっと材料足りなくて、通りがかりの眼鏡の方に分けていただいたりしたんですけど」
ヤエに押されてその真ん中まで引っ張りだされた私に、百目君が何か羊皮紙のようなものを手渡す。そこには役所の書面のような体裁と、寄せ書きのように皆の名前の記述が並んでいる。
「まあ、うちら全員の名前はギルドメンバーとして書いたからさ、あとはリーダーにギルドマスターの署名とギルド名を頼もうと思ってね?」
「面倒事ばかりお願いしてしまうようで申し訳ないのですが・・・」
横から私の肩を叩いてそんな事を言うのは、猫耳をぴんとたてて、にやりと笑うアマネさん。その横では旦那さんであるアキオミさんが、少し申し訳なさそうな顔で犬耳を垂れている。
「えっ、ギルド? ギルマス!?」
「そうなのです。いつまでもボスとかリーダーとかって呼び名じゃ、やりにくいです」
「なので、やっぱりここは名実ともにギルマスに統一したほうが良いと思うのです」
私の疑問に当然のことであるかのように答えるのは、みぎひだコンビの双子。その後ろでは〈狐尾族〉のスイレンさんも笑っている。
「でも、全員って〈D.D.D〉のダル太も!? それにミヅホさん達は〈グランデール〉の方だって・・・」
「皆さんとも、あの街とも何だか離れ難くなってしまって。もちろんウッドストックさんにはちゃんと許可は頂いて来ました!」
「ギルマスも『突貫の所なら問題無いだろ、あとで俺も挨拶に顔出すわ。アキバもきな臭いし、なんならうちの初心者あと数人頼むか』とか言ってましたっ!」
そう言って、はにかんだ表情を見せるのは〈グランデール〉の、いや彼女の言葉が本当であれば元〈グランデール〉のミヅホさん。それから同じく元〈グランデール〉のリックリック君たち面々。
「いや俺もあの街に約束残したままッスし、やっぱりみんなで・・・」
「え~、ダル太が居てもミサミサが絡んできてめんどいだけじゃないかなあ?」
そして、最初にテンプルサイドの街で出会った頃に比べると随分と頼もしくなったダル太。でもその言葉はいつもどおりというか途中でヤエに遮られてしまう。
「ちょっと待って下さいよ! 俺だってちょっとは・・・」
「好き勝手はさせません。本来であれば2人とも〈D.D.D〉に戻って貰いたい所ですが、そうも行かなそうなので次善の策です。本人からも要望がありましたし、ダルタスはヤエ先輩の監視として付けさせて頂きます! あとクシ先輩には緊急時には出向要請を出させて頂きますので!」
で、ここで乗り出してきたのが、何故かこの場に残っていた山ちゃん。
おまけに普段の冷静モードじゃなくて、なんだかどうにもご機嫌ななめモードだったり。
「うぇ~ やっぱダル太いらない~」
「姉御! それはいくらなんでもあんまりッスよ! ユウタの兄貴も何か言ってやって下さいよ!!」
「あはは、まあ僕達っぽくて良いんじゃないですかね」
で、最後が優等生っぽいけど、実は言うことは一番ひどいんじゃないかと最近思い始めたユウタさん。
「うわあ、なんか良い感じだった雰囲気が全部ダル太で落ちた。どうして私がギルマスなのかとか言いたいことはあるんだけど、もういいや。ギルド名は・・・うーん、〈太陽の軌跡〉とかでいいよね」
「なんか聞いたことありそうな名前ですね。ひねりが無いです」
「それって吉祥寺の商店街の名前まんまなんじゃ・・・」
ギルドマスターの欄に私の名前を署名し、ギルド名を記述した書面を覗きこんだヤエと山ちゃんが、そんな勝手なことを言う。
「うっさい、こういうのはシンプルなのがいいんだ! あ、こら山ちゃん、勝手に〈D.D.D支部〉とか書き足すな!」
皆が笑って、山ちゃんはいつもどおりの仏頂面で、ダル太は隅でいじけていて。そして夕日は私たちの帰るテンプルサイドの街の方向、西の山並みを朱色に染めて。
こうしていつもどおり騒がしく、アキバの街から少し離れた場所での私たちの日常は始まったのだ。