17 古宮廷近くの森にて(其の3)
作戦名:みんながんばれ
「ダル太! タウント!!」
「イエス・マム! いくぜ〈アンカー・ハウル〉!!」
ヤエの姉御とユウタの兄貴がオレ達と逆の方に走り出した数瞬の後、ボスの指示でオレはタウンティングスキル〈アンカー・ハウル〉を目の前のPK達を睨みながら発動する。自分の口から発せられる怒号とは裏腹に、頭の中は冷静。オレのその目線の先には、森の中に駆け込む姉御たちと、それを追う〈暗殺者〉の姿が映る。そして、その他のPKたちがオレに向けてくる殺意が感じられる。
オレの持つ〈守護戦士〉 の持つスキルの中で、ゲームだった時と一番大きくその性能や使い方が変わったのがこのタウンティングスキル。先日まで行っていたテンプルサイドの森での狩りのようなモンスターとの戦闘での場合であれば、ゲームだった頃と表面的にそう変わるものではないのだが、これがプレイヤー同士での戦闘で行使される場合には、今までになかった大きな要素が発生するのだ。
タウンティングスキルとは敵に対して敵愾心を煽り、自分に攻撃対象を集中させるという、ある種の精神操作ともとれる戦士職としては必須のスキル。しかし、相手の精神に作用するなんて内容であるため、ゲームだった時にはその性質上プレイヤー同士の戦闘では仕様として実現することが難しく、攻撃対象として選択していたカーソルの指す先が強制的に切り替わる程度の効果しか及ぼさなかった。
ところがこの世界ではこのタウンティングスキルがプレイヤー同士でも精神攻撃として作用してしまうのだ。
実験という事でオレも実際にユウタの兄貴にかけてもらったのだが、まず感じるのはスキルをかけてきた相手に対する恐怖。その後に湧き上がるのが、なにが理由かも判らない不自然な怒りの感情。事前にこのような知識がなければモンスターと同じようにスキルをかけてきた相手に何の疑問もなく襲いかかってしまうだろう。私にも掛けてみてと言われてヤエの姉御に向けて〈アンカー・ハウル〉をかけた後、なんかむかつくとか言われて殴られたのは理不尽だと思うが。
「舐めてんじゃねえぞ、この雑魚野郎! まずはテメエから血祭りに上げてやる!!」
というわけで、この世界ではPK相手でもタウンティングスキルは有効に働き、先頭の〈武士〉が怒りに顔を歪ませて、オレに斬りかかってくる。その後ろには一歩遅れて、〈武闘家〉と〈盗剣士〉 も続く。
ミヅホ姉たちが倒してくれた〈妖術師〉、それに姉御たちが〈暗殺者〉を引き受けてくれた事により、ボスとオレの前には後方に控える〈森呪遣い〉 を加えて4人のPKプレイヤー。まずは目論見通り、敵の分断には成功した形。
そしてここからがオレにとっての正念場だ。
上段から振り下ろされる〈武士〉の太刀を左手に持つ盾で受け流し、体勢が崩れた相手の軸足を蹴り上げる。
「うごっ!」
襲いかかってきた勢いのまま、地に転げる〈武士〉が〈武闘家〉の進行方向を阻み、まずは囲まれる危険を脱する。しかし相手はもう一人居るのだ。直後、横からねじ込まれる〈盗剣士〉の両の手から繰り出される短剣の連撃を右手のブロードソードで受け止める。
「ちっとはやるみたいだが惜しいな、レベルが足りねえ。そのまま切り刻まれろ!」
〈盗剣士〉は、オレをブロードソードごと押しつぶそうとでも言うかのように両手の短剣に力を込める。なんの技量もない力だけの攻撃だが、レベル差から来る筋力の違いという事だろうか、オレの体はその力に徐々に下へと押し込まれていく。後ろには体勢を立て直した〈武士〉と〈武闘家〉がそれぞれの武器を構え直してこちらを睨んでいる姿が見える。
「ダル太、スイッチ!」
しかしその時、ボスの声がオレの耳に届く。オレは剣に込めていた力を一瞬で抜いて、後ろに転がるように下がる。
そのオレの脇を体勢を低くしたボスが駆け抜ける。力をかけていた双剣が急に支えをなくした事によりバランスを崩した〈盗剣士〉の脇腹を、〈神祇官〉 には不釣り合いな無骨な太刀で、斜め上に斬り上げる。
「ぐわ、痛ってえ!! こいつら結構やるぞ、体勢を立て直せ!」
「糞っ! ヒールだ、ヒールよこせ!」
反撃を受けることなど全く想定していなかったのだろうか、PKプレイヤーたちは慌ただしく後ろに下がっていく。ボスはそれを追うことはせず、血糊を拭うかのように手に持つ太刀で空を切り、それを鞘に収める。
救援を待つオレたちとしては勝負を急ぐ必要はない。相手が攻めあぐねて時間が稼げるのならば、それに越したことはない。
「悪いねダル太。君が一番の貧乏くじだから。此処が一番勝ち目がないんだけどさ、私一人じゃどうにもならないから、付き合ってもらうよ。まあ〈D.D.D〉なんていうブラックなギルドに入っちゃったせいだと思って諦めてちょうだいな」
「・・・っ!」
オレの横まで下がってきたボスがPKたちに目を向けたまま、呟いたその言葉に一瞬息が止まる。
「・・・イ、イエス・マム! 地獄でもなんでも付いていくッスよ!!」
そして、続いてオレの口から出たのは自分でも驚くくらい大きな声だった。
この大事な局面でボスに助力を求められたという事、そして口は悪いが〈D.D.D〉のメンバーとして認めてくれたようなその言葉に熱いものが込み上げる。
「あーそういうのはやめろと言っとるに・・・ ま、いっか。それじゃ、次いくよ!」
一瞬困った表情を浮かべた後、ボスがその言葉と同時に地を蹴り、まだ体勢を整え切っていないPK達に対して飛びかかる。
「庚縛りて動くこと能わず!」
その動きを止めること無く左手で印を切り、ボスが唱えたのは行動阻害系の魔法〈霊縛り〉。
その魔法によって一番近くにいた〈武闘家〉が、拳を振り上げた不自然な姿勢でその動きを止める。
「それでもって〈振雷の神呪〉ミカヅチ!!」
そして、動きを止めたその〈武闘家〉の身体を盾にするかのように回りこんだ後、雷を纏った太刀の一撃を〈武士〉に向けて叩きつける。
オレは一瞬遅れて飛び出し、ボスが一瞬硬直したタイミングで切りかかってきた〈盗剣士〉の攻撃を手に持つ盾で、無理やり押し出す。
そしてオレは再び〈アンカー・ハウル〉を放つ。2回目という事もあってさっきほど大きい反応は見せないPKたちだったが、ボスにとってはこの一瞬で十分だ。視線がオレに向いてボスから外れた隙をついて、今度は〈盗剣士〉に対して攻撃を仕掛ける。
「もひとつ! 〈大禍の神呪〉マガツヒ!!」
ボスの神剣が黒く揺らぎ、次の瞬間にはまるで矢のような突きがその〈盗剣士〉の胸元に突き刺さる。そして、深追いはせずにその場を離脱する。
ボスの職業〈神祇官〉 は回復系職業で、本当であれば後方に回るサポート役というのが常識なのだが、この人にはその常識は通用しない。オレがおなじレベル90であればさすがにそうはいかないとは思いたいのだが、レベル差がある現状では、攻撃力はともかくとして防御力すら、戦士職でも最高を誇る〈守護戦士〉 であるオレより圧倒的に高いのだ。そして仲間のうちではユウタの兄貴に次ぐ身のこなしを見せるとくれば、レベル90であってもそこらの武器攻撃職ではこの人には敵わないんじゃないだろうか。
という訳でオレ達の戦い方は、〈神祇官〉のボスが前衛で〈守護戦士〉のオレがそれをサポートするなんていう非常識なものとなってしまうのだ。
「痛っ!! 畜生! ちょこまかと動き回りやがって! おい、ヒールだ!」
そんな攻防が何度続いただろうか。すれ違いざまに何度目かのボスの一撃を受けた〈武士〉が仲間の〈森呪遣い〉 に再び回復魔法を要求する。前衛のこいつらの動きはバラバラでお互いをサポートするような動きは今のところあまり見られないのだが、それでも数歩後ろに下がった位置に居る〈森呪遣い〉にオレたちは近づけない。この〈森呪遣い〉自身が動き回り他の前衛の後ろから出てこず、隙を見せないのだ。そして、少しでもダメージを与えればその〈森呪遣い〉から回復魔法が飛び、すぐさまそのダメージは回復されてしまう。
これではきりがない。いくら攻撃しても意味がないじゃないか。一瞬そんな弱気な気持ちが鎌首をもたげる。しかし、ボスが言っていた言葉がふと心の中に浮かぶ。
『私が〈神祇官〉だからどうしても同系統の回復職にはシビアになっちゃうんだけどね』
それはテンプルサイドの森で仲間の回復職にボスが言っていた言葉。
『いくら仲間のHPが減ってても回復職のMPさえ残ってればいつでも回復できる訳で、私たちのMPっていうのはそのパーティーのHPなわけ。だから、どれだけの間そのパーティーが戦えるかどうかっていうのも回復職の回復魔法の腕前次第。仲間のHPの最大値とか、そのフィールドのモンスターの攻撃力とか、もちろん自分の回復魔法の威力とか。それを加味して出来るだけ無駄がないように、どれだけ少ないMPの消費で切り抜けられるかってのが大事。まあそれが回復職の難しいところだし、面白いところでもあるんだけどね』
仲間の残りHPも見ずに回復魔法を連発するようなプレイはオーバーヒールなどと呼ばれ、中堅以上の回復職にとってはやってはならない事の筆頭なのだとボスの説明は続いたのだが、目の前のこいつらがやっているのは、まさにそのオーバーヒールという奴だろう。それから考えれば、少しでもダメージを受けるとダメージ量も考えずに〈森呪遣い〉に回復魔法を要求するこいつらは、自分たちのHPを自ら削っているという事なのだ。
まあ、こっちの世界でのダメージというのは現実世界に比べれば鈍いものの、それなりの痛みを伴う。オレの場合はこの数日間でそれなりに慣れてきたので、そこまで動転はしなくなったものの、もしこいつらが何度も攻撃を受けるようなシビアな戦闘に慣れていないのだとすれば、その反応も判らなくもない。
もちろん、絶えず動き回らなくてはいけないという理由もあるとは思うが、たぶんボスはそこまで計算して、一人の相手に攻撃を集中する事には拘らず、攻撃対象を分散しているのだろう。見た目にはいくらダメージを与えても、すぐさま回復されてしまうこの状況ではあるが、そのダメージは確実に相手のパーティーの中には残っているのだ。
「むー、相手回復職が思ったより腕がいいなあ。位置取りと反応が速い。スキルのタイミングはヘボだけど。やっぱキビシーか」
相手からの距離を取っての何度目かの小休止。今までの攻撃で相手の力量を探っていたのだろうボスが、独り言のようにつぶやくのが聞こえる。
確かに状況は厳しいのかもしれない。でもこの人は最後まで諦めないだろう。そしてどうにかする手を打ってくれるのだ。ならばオレは悩む必要なんてない。
オレは盾を持つ左手に力を込める。
この人はオレが守る。そんな誓いを込めて。
◆
(止まるな! 走れ! 走れ! 走れ!!)
木漏れ日で新緑の輝く広葉樹林の中、生い茂る木々を縫うように、私達は走る。
ゲームだった頃のステータスの関係か、どうしても遅れがちになってしまう後衛職の仲間たちにペースを合わせて、私は最後尾の位置をキープする。
『ミヅホさん達は一発撃ったら即離脱。〈エターナルアイスの古宮廷〉の影響範囲まで全力で向かって。大事なのは止まらないこと、固まりすぎないこと、それからまっすぐ走らないこと。できるだけ狙いをつけにくいようにジグザグにね』
クシさんに言われたその言葉のとおり、少しでも遠くへと焦る心をおしとどめて、左右にステップを踏みながら私達は走る。
『最初の一発。そこだけ力を貸して。あとは私達でなんとか足止めしてみせるから。本当だったらみんなにはあんまり危険な事はさせたくないんだけど、〈妖術師〉とか〈召喚術師〉に遠距離範囲攻撃を打たれちゃうと、私達は一発で全滅しかねないからね』
最初の攻撃の結果がどうなったかは確かめていない。しかし私達を追ってくるような気配は感じられない。
サブ職業〈狩人〉の能力なのだろうか、私の耳は森を抜ける風にざわめく木々の囁きを、落ち葉や枝を踏みしめて進む仲間の足音を、緊張から早くなるその息遣いを、そして後方に遠ざかる戦闘の音を驚くほど鮮明に拾い上げる。
その戦闘の音はもう遙かに遠い。ここまで来ればもう安全だ。
私を駆り立てていた恐怖の感情が、すっと安堵のそれに置き換わり、緊張で固まっていた身体から力が抜ける。
でも、その代わりに沸き上がってきたのは、とてもにがくて苦しくて、ずしりと重い何か。その重さに引きづられるかのように私の足は徐々に遅くなり、ついにはその場で動きを止める。
後ろを振り向く。音の来る先、さっきまで必死に離れようとしたその場所から目を逸らすことができなくなる。
どれだけそうやって立ちすくんでいただろう。
気づけば私の横には、長身で手足がすらりと長い女性の姿。テンプルサイドの仲間の一人で〈猫人族〉のアマネさんだ。
「追手は大丈夫?」
「はい、こっちに近づいてくる足音はありません。〈暗殺者〉の特殊なスキルとかで忍び寄られてたら私には分かりませんけど、ここまで襲撃がないって事は多分大丈夫なんだと思います」
「リーダー達の状況はわかる?」
「あの後、念話は入ってきてないです。でも微かに音が聞こえます。何かが破裂するような魔法の音、剣のような硬いものがぶつかり合う音。今もクシさんたちは戦ってるんだと思います」
「怖い?」
「はい、怖いです、とっても」
アマネさんは短い言葉で、質問を投げかける。その声は優しくて、穏やかで。
でも、次に続くのは、私の心の中を抉り出すような言葉だった。
「じゃあ、ミヅちゃんは何で逃げないで、ここで足を止めているの?」
「それは・・・」
私の中で渦巻いていたあの、にがくて苦しくて、ずしりと重い何かがずくりと鼓動する。ナニカが胸の奥から込み上げてくる。
「怖いです。でもそれ以上に悔しいじゃないですか・・・ だって、なんだか情けないじゃないですかっ! クシさんたちは私たちを逃がすために戦ってるんです。それなのに私は安全な所まで逃げ出して、それでほっとしちゃって・・・」
私の口から発せられた言葉は、自分の意志に反して止まらない。
「もちろん私程度じゃ足手まといだってのは分かります。こっちの指揮を任せられて、これだって大事な役割だってことも理解してるんです!」
こんな事をアマネさんに言っても何も変わらない。これでは唯の駄々っ子みたいじゃないか。そう思っても一度堰を切ってしまったこの重苦しいキモチがあふれ出す。
「でも・・・でも、最初の日に助けてもらって、その後も色々と面倒を見てもらって。なのに今度もまた私にはなんにもできなくてっ! だって、だって悔しいじゃないですか!!」
そこまで言い切った私の喉は、溢れた思いで詰まってしまって、息さえも満足にできない。
堪えきれず浮かんだ涙は私の視界をぐにゃりと歪ませる。
「まあ、そこまで一方的なもんじゃないとは思うけどねえ・・・」
数瞬の沈黙の後、アマネさんは頭をかきながらぼそっと小さくつぶやく。そして、一転してにやりと悪戯っ子のような笑みをその顔に浮かべた。
「だそうだ。聞いたかい、みんな? ミヅちゃんもこのまま逃げるってのにはご不満だそうだ!」
そして、森中に響き渡るようなびっくりするほど大きな声を上げる。
その声を待っていたかのように最初に現れたのはアマネさんの旦那さんで〈狼牙族〉のアキオミさん。そのあとからは私と同じギルド〈グランデール〉に所属するリックリック君たちが続き、その他の仲間たちも次々と私の前に姿を見せる。
笑顔を浮かべている人、照れているような表情の人、緊張した顔をしている人。その顔に浮かべる表情は様々だけど、みんなのその目には同じ何かを決意した強い光が感じられて。
「あっ、あっ・・・!」
私の眼からこらえていた涙があふれ出す。でもそれはさっきまでの悔しさからくるそれではなくて、とても暖かくて。
「さて、ここで一つミヅちゃんに提案があるんだけどさっ。私としちゃあ雑魚は雑魚なりにさ、ひとつ足掻いてみようかとおもってさ。でもってこっちの指揮を任されてるミヅちゃんにお伺いを立てようとかなとか、そんな事を思う訳なんだけどね?」
「はいっ!!」
私の体に再び力がよみがえる。
まだ戦闘の音が続く森の先に、再び私は眼を向ける。
◆
「急いで、こっちなのです!」
「積荷はちゃんと守るし、何かあったらホテンするってヤエのお姉さんが言ってたです。だから大丈夫なのです!」
テンプルサイドから僕たちと同行していた行商の人たち、それから僕たちの荷馬車のために街でヤエさんが雇った〈大地人〉の人たちを森の中で見つけた切り立った岩場の影に先導して、双子が声を上げる。
僕とスイレンさんはその後ろを、周囲に警戒しながら進む。
ヤエさんの話では、この森はモンスターが出現するゾーンではないらしく、実際ここに入ってからはモンスターの姿は見ていないのだけれど、何かが起きてしまってからでは取り返しがつかない。僕たちと違って〈大地人〉の人たちは死んでしまったら〈大神殿〉で復活するなんてことはなくて、そのままなのだ。気を抜くわけにはいかない。
『百目君チームは〈大地人〉の人たちを守って下がって! 森の中で待機でオネガイ。20分も待てば援軍が来る予定だからさ、それまでちょっち我慢してね!』
あの直後、ヤエさんから僕に入った念話に従って、僕たち4人は主だった荷物を持って出ようとする商隊の〈大地人〉の人たちをどうにか説得して背後の森の中に逃げ込み、そして見つけたのがこの岩場。無暗に動き回るよりはここで隠れている方が安全だろうと判断して、〈大地人〉の人たちをこの岩陰まで誘導しているというのが今のこの状況。
逃げてきた全員の人数を確認すると、双子の〈暗殺者〉 の方、ヒギーちゃんは、とんとんと岩肌を身軽に駆け上がり、顔だけをすこし出すような体制でそこに留まる。僕たちの逃げてきた方向を監視しているのだろう。
スイレンさんはもう一人のミダリーちゃんを後ろから抱きかかえるような恰好で座り込み、横にいる僕を見上げて不安げな表情をその顔に浮かべる。〈大地人〉の商人さん達は一か所に集まり、小声でなにかしらの相談をしているようだ。
「ヒギーちゃん、何か見える? どんな状況だかは判る?」
「直接はなにも見えないです。でもときどき森の奥でなんかぴかっと光るです。たぶん魔法だと思うです」
僕の問いかけにヒギーちゃんが視線はそのまま、森の先の景色に向けたまま答える。その内容からするとPKとの戦闘はまだ続いているのだろう。
あれからどれだけの時間が経ったのか。ヤエさんの言うように〈D.D.D〉からの援軍がこっちに向かってるとして、それまであとどれだけ待てばいいのか。それまでクシさん達は持つのだろうか。それに他の仲間と別に動いているミヅホさん達はどうなっただろうか。
何もわからない。何もできない。僕は無意識に右手の親指の爪を噛む。不安になったり、気が滅入っていたりする時にしてしまい、よく親に注意されていた僕の癖だ。
「よう、兄ちゃん。随分と深刻そうな顔してるな」
自分のそれに気づいたのは、〈大地人〉の商人のリーダー、エリックさんに声を掛けられた時だった。エリックさんは他の〈大地人〉の輪から外れて僕の横に立ち、鋭い眼で矢継ぎ早に質問を投げつける。
「戦ってる相手ってのも〈冒険者〉か?」
「はい、僕たちはPKって言ってますけど、〈冒険者〉を襲う〈冒険者〉です」
「ふむ、〈冒険者〉ってのも色々あるんだな。で、こうやって逃げてくるって事はそいつらは兄ちゃん達より強いって訳か?」
「個人的な能力で言うならクシさんより強い人は居ないと思うんですけど、総合的に言うと向こうの方が強いと思います」
「で、さっき言ってた援軍っていうのは何だ?」
「クシさんとかヤエさんのアキバの知り合いが〈冒険者〉の大きなギルドと知り合いって事らしくて、もう少し待てばそこから助けが来ます」
一通りの疑問は消化したらしく、エリックさんはここまで言うと、顎に手をやって何かを考え込むように目を閉じる。
「成程な。そういう事だったら俺たちは大丈夫だ。行っていいぜ、兄ちゃん」
「え!?」
数秒後、目を開いたエリックさんの口から出てきたのは僕が予想もしなかった言葉。僕は思わず聞き返してしまう。
「い、いやでも、僕たちはここを守れって言われてますし、もしモンスターが出ちゃったら・・・」
そうだ。僕たちは〈大地人〉の人たちを守らなくてはいけない。それに仲間の中でも一番レベルの低い僕たちではあそこに行っても何の役にも立たないのだ。
「鏡があったら見てみろよ。兄ちゃん、居ても立っても居られないって顔してるぜ? それに俺たちは行商人だ。これくらいのアクシデントが怖くちゃやってられねえ。それに此処は古宮廷の森。アルヴだか何だかの魔法が守ってるとか、理屈は良くわからねえが、モンスターが出たなんて話は俺も聞いたことがないしな」
しかしエリックさんはそんな僕の内心を知ってか知らずか、豪快に笑ってそれを吹き飛ばしてしまう。
「こっちも人情だけで言ってるんじゃねえよ。補填するとは言ってくれてるが、積荷が無事な事に越したことはねえんだ。商人の俺の勘がよ、自分の命と積荷を天秤にかけて、兄ちゃんたちに行ってもらったほうが得だって言ってるんだ」
そして、少し照れたような仕草の後にそんな事を言うのだ。これじゃあ僕には何の言い訳もできないではないか。
僕は握った自分のこぶしに力をこめる。そして僕の仲間たちに目を向ける。
「みぎひだ、二人はどうする?」
「行くです! ヤエのお姉さん仕込みのコーカツさを備えたヒギーは無敵です!」
「あたりまえです! ミダリーの可愛いゾゾ君にかかればPKなんて目じゃないのです!」
話を聞いて岩場から飛び降りてきたヒギーちゃんが、スイレンさんに抱きかかえられたミダリーちゃんが、力強い声で答える。
「スイレンさんは?」
「はい、行きます! そんなに自信はないですけど、ちょっとの回復だって役には立ちますよね?」
スイレンさんはいつものような柔らかい笑顔で、でも何かを決意したような強い瞳で、そういって立ち上がる。
「じゃあ行こう! でもあくまで僕たちはクシさんたちのサポート、無理しちゃだめだからね」
そうだ、確かに僕のレベルは低いけれど、最高の仲間が一緒にいてくれる。一緒についてきてくれる。何か出来ることはある筈なのだ。
「それじゃあよ、あのちっこくて油断なくて商魂逞しいヤエの嬢ちゃん達を頼むぜ!」
そう言って、エリックさんは笑顔で僕の背中をばしんと叩く。
「はいっ! 行ってきます!!」
その勢いを受けて、一瞬詰まった息を整えて、僕たちは動き出す。
この森の先に、クシさんたちが戦っている戦場に向けて。
11/26
荒かったので一部書き直し。
でもまだイマイチなので見直したい気持ちが。
とはいえ変に引っかかってると先に行けないので完結後にでもなんとかしたい所です。