16 古宮廷近くの森にて(其の2)
ヤエ&ユウタ君のターン。
うちの〈エルダー・テイル〉はご都合主義で出来ております。
「二手に別れたあとにタウンディング! ヤエ、ユウタさん、ひとつ任せた! ダル太は私と足止めするよ!」
そのクシの言葉と同時に、私達は駆け出す。クシとダル太は左へ、私とユウタ君は右前方の森を目指して。
少し距離を稼いだ後、ユウタ君がタウンディングスキル、〈ドラゴン・シャウト〉を相手の〈暗殺者〉だけを範囲に捉えるタイミングで発動。それにかぶせるように私も 〈ブレイジング・アロー〉を同じ〈暗殺者〉めがけて放つ。
「げふっ!」
ユウタ君のタウンディングに反応してこっちを振り向いた〈暗殺者〉に、私の放った炎の矢がクリーンヒット。体を後ろへとのけぞらす。レベル差が大きいから大したダメージにはならないとは思うんだけど、見た目的にはなかなかに良い感じで無様だ。
とどめとばかりにあっかんべーと挑発した後、再び私は走り出す。
私達の目的は、ひとつに後ろの荷馬車や〈大地人〉の商人さんたちから相手の目をそらすこと、それからこの〈暗殺者〉を他のPKパーティーから孤立させること。
ゲームだった頃の他のキャラだったらともかく、今の私とユウタ君のレベルじゃまともにやったらどう考えたって勝てない相手。こいつ一匹だけでも倒せるかどうかは結構綱渡りなんだけど、まあこの状況、少しでも勝てる可能性を増やさないとな訳だし。
「畜生! ザコの癖に舐めたマネしやがって! ぶっ殺してやる!!」
〈暗殺者〉は激怒って感じの表情で私達を追いかけて追っかけてくる。これでこいつを他のPK達から引き離すのには成功しそう。とりあえず一つ目の賭けはは私の勝ちだ。
「ヤエ、ここでやります」
森の中のちょっと開けた広場、いつもより無表情な口調でそう言って、ユウタ君が足を止める。いつも穏やかな表情であんまり感情を表に出さないユウタ君だけど、緊張しているのが私にはわかる。私は無言で頷いて、相手から見てユウタ君の後ろに位置を取る。こんなことになっちゃう前、ユウタ君と2人きりでゲームをしていた頃と同じようなフォーメーション。もう随分と昔の事のように感じてしまうけど、たった一週間前の事だと思い返すとなんだか不思議な気分になっちゃったりする。
「けっ 鬼ごっこは終わりって訳か。ようやく諦めってやつが・・・ぐほッ!!」
すこし遅れて私たちに追いつき、腰の短剣を抜きながら喋りだした相手の懐に、オーラを纏ったとび蹴り、〈ワイヴァーン・キック〉で一瞬で入ったユウタ君は、そのままショートフックのような一撃を相手の顎へと放つ。
「てめえ! こういうもんは相手のセリフが終わるまで待ってるってのが様式美ってもんじゃ・・・げふッ!!」
数歩後ろにたたらを踏み、懲りずに言葉を続ける〈暗殺者〉にユウタ君は体ごと体当たりをするような正拳突き。たぶん〈ライトニング・ストレート〉だと思うのだけれど、ゲームの時のモーションとはずいぶん違うから私にもなんのスキルなのかは正確にはわからなかったり。3D格闘ゲームの技を真似ているという話は前からしていたからスキルの使い方にもアレンジを加えているんだと思う。その一撃で相手は数メートル後ろに吹っ飛んでるあたり、実際のダメージはともかくなかなかにえげつない。
「っと、それじゃあおまけで!〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉っ!」
思わず見惚れてしまって遅れてしまったけど、私も魔法を発動する。
〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉は溶岩の球を打ち出し、相手にヒットした後には複数の相手に散弾をまきちらす魔法。普通単体の敵相手に使うにはダメージ効率がちょっと悪い魔法なのだけど、今回の目的は派手なエフェクトによる目くらまし。
そのエフェクトに隠れるように接近したユウタ君は、追い打ちとばかりに地面へ向けての下段突き〈インパクト・オブ・クエイク〉を放ち、倒れた相手を地面に縫い付ける。
ここまで私達が有利に進めているようには見えるけれど、なにせ相手とのレベル差が大きい為、これだけ攻撃を当てていても大したダメージにはなってはいないだろう。反面、私たちは少しでも攻撃を受けてしまえば一気に瀕死、特に私に至っては一発の攻撃で殺されかねないのだから、油断は禁物。いやってほど慎重にいかなきゃならない。
起き上がり際に振られた短剣をバックステップで避けたのち、ユウタ君はステップを切り替える。残像をのこすように揺らぐその動きは、分身を発生させて回避力を上げる〈ファントム・ステップ〉。一発ももらうわけにはいかない。ユウタ君もそれは分かっているのだ。
「くそっ! ざっけんなゴラ!!」
相手の〈暗殺者〉が直線的な動きでユウタ君に切りかかる。
「もひとつっ!〈ブレイジング・アロー〉!」
敵から見ていつもユウタ君の後ろになるような位置をキープしている私の前には、当然ながらユウタ君の背中。でも私はその背中に向けて攻撃魔法を放つ。
それはユウタ君が私の魔法を打つタイミングを熟知しているとわかっているから。必ず避けてくれると知っているから。
炎の矢が背に当たる直前、ユウタ君は体を大きく沈ませ、ラップダンスのような動きで相手の脛に蹴りを放つ。それに引っかかった相手は体制を崩し、私の放った魔法の矢はその胸の中心に命中する。
もちろんユウタ君が格別だということもあるけれど、相手の動きは早くはあれどもどれも直線的で、この世界の戦闘に慣れているようには見えない。2つ目の賭けにも私達は勝ったらしい。
『格闘ゲームっていうのは行くところまで行くと、60分の1秒っていうフレーム単位の技の読みあいとかっていう世界ですからね。MMO程度のアクションで慣れてるゲーマーにはそう簡単には負けられません。加えて相手が格下のプレイヤーばかりを相手にして喜んでいるPKだというなら、たぶん高い確率でこの世界の戦闘を舐めてるんじゃないでしょうか。もちろん視認されてスキルを使われたら追尾されてしまいますが、だったら視認されなければ良い訳です。そこさえどうにかできればレベル差があってもやりようはあるとおもいますよ』
PK対策をシブヤの街で検討していたとき、ユウタ君が言っていた言葉を思い出す。その言葉を聞いたときには、ユウタ君にしては珍しく強気な発言だなとは思ったのだけど、今のこの状況を見ればその言葉が正しかったと言わざるを得ない。
ユウタ君は相手の体自体を遮蔽物にするかのように常に横に、後ろにと回り込み、スキルを使わせるタイミングを与えない。もちろん私も魔法で相手の視界を錯乱させ、隙あらば少しでもダメージを稼ぐために攻撃を当てる。
そんな綱渡りの攻防がどれだけ続いただろう。とても長く感じてはいるけど、きっと実際には5分程しか経っていない。たぶん5割以上のHPは削ったとは思うのだけど、まだ相手は倒れない。私はまだダメージを受けてはいなけど、ユウタ君は少しずつ攻撃を受ける機会が増えてきている。
さすがにこれだけ長く戦っていると、相手もユウタ君の動きに慣れてきてしまったというのが理由の一つ。
もうひとつはMP残量の問題。いくら相手よりも戦闘技術に優れているといっても、レベル差の大きい相手にこの状況を維持するには回避スキルや、移動速度を向上するスキルを駆使する必要がある。でも、そのユウタくんのMPは有限なのだ。思っていた以上に戦闘が長引いてしまっている現在、これはどうしても食らっちゃいけないって場面以外では、スキルの連発するわけにはいかないのだ。
最後の理由はユウタ君の集中力。一発でもまともに攻撃を食らったらそれでオシマイ、一瞬でも気を抜くわけにはいかない。そんな神経をすり減らすような状況で戦い続けているのだ。緊張の糸はいつ切れてもおかしくはない。
そして、その時は訪れる。
「ウゼエって言ってんだよ! 雑魚がいきがりやがって!!」
スキルでも何でもない、力任せに振った乱暴な左腕。
それが、今まで全ての攻撃を避け続けていたユウタ君の脇腹にヒットする。
武器を持たない腕での攻撃はもちろんユウタくんをその一撃で倒すほどのダメージはないだろう。しかしレベル80を超える〈冒険者〉の腕力で振るわれたそれは、ユウタ君の身体を軽々と吹き飛ばす。
「ヤエ! 逃げろ!!」
ユウタ君の叫ぶ声ではっと我に返る。でもごめん、私だけ逃げる事なんてできない。
私は次の魔法を詠唱するために、頭の中のスキルアイコンに意識を向ける。
しかしその魔法の詠唱が完了するのを待たず、一気に私の目の前まで飛び込んできた〈暗殺者〉の腕が、私の喉を鷲掴みにする。
「きゃふっ!」
「散々と人様を焼いてくれやがって。まずはお前から殺してやる!」
その逆の腕が突き上げられ、短剣が私の胸へと沈む。
感じるのは焼けるような痛み。こみ上げる血の味。
HP残量を示すグラフが一気にゼロへと減少する映像が頭の片隅に浮かぶ。
そして、私の胸の中で、ナニカが砕け散る音が聞こえた。
◆
「けっ、一発かよ、あっけねえな。こんなのに手こずってたと思うと、我ながら・・・べふッ!」
私は目の前で醜く笑う顔に両手で掴みかかる。きったない唾が付きそうで気分はよくないのだけど、贅沢は言ってられない。これが最後のチャンスなのだ。
「ぶへ、お、お前何で! この一撃で確かに殺した筈・・・」
確かにこの〈暗殺者〉の一撃は、HPをゼロにするだけのダメージを私に与えていた。
でも、私は身に着けていたあるアイテムの効果で死亡という結果を免れたのだ。
そのアイテムの名前は〈身代わり人形〉。自分の残りHP以上のダメージを受けた際に、装備者のHPを1だけ残して即死を免れるっていう効果のあるマジックアイテム。主に馬鹿みたいに攻撃力の高いレイドランクモンスターと戦う時に使う物なんだけれど、名前の通り一度発動すると砕け散る使い捨てアイテムで、おまけに流通価格が半端無く高いものだから〈D.D.D〉でも〈大規模戦闘〉終盤とかのここぞという時にしか配られない結構レアなアイテムだったりする。
そんな普通だったら個人が持ってる筈がないアイテムをクシの倉庫から見つけて装備していたからっていうのが、私が即死しなかった理由。
一応言い訳をしておくと、これは私だけ死にたくないとかっていう自分勝手な理由じゃなくて、これが私の切り札になるから。この今の状況が作れるかどうかが、私の最後の賭けだったのだ。
「冥府の底に蠢く暗き炎よ・・・」
私はその体勢のまま、呪文を詠唱する。
使うのは特殊な条件下においては〈エルダー・テイル〉最凶のダメージを叩き出す、〈ペイン系〉の魔法。
「闇から湧き上がる醜き同胞よ・・・」
その条件とは、術者の残りHPに反比例して威力が上がるなんていう、なんともマゾいな物なんだけれど、現状HPが1しか残っていない私が唱えれば、通常私が使う攻撃魔法の数倍の威力を発揮する。
こんな厨二ちっくなのは正直趣味じゃないのだけれど、これが今の私が使える最強の魔法。
「我が仮初の身体に纏わり付くこの痛みを糧に、憎悪を渦となせ! 行っけえ、痛いの10倍返し! 〈ボルテックス・オブ・ペイン〉!!」
相手の頭を掴む両の掌の間で闇が渦を巻き、その中で赤い稲妻が暴れる。
「がッ!! ぐわあああアァ!!!!」
「きゃっ!」
直後、掌の中のそれが弾け、その衝撃で私の身体は吹き飛ばされる。
(ああ、これは考えてなかったなあ。この衝撃ダメージで死亡とかだったら、結構かっこわるいかも・・・)
刺された胸の傷の痛みからか、ほぼ使い切ったMPのせいなのか、朦朧とする意識の中で見たのは、あの〈暗殺者〉が崩れ落ちる姿、それから私を抱きとめようと必死に手をのばすユウタ君の姿だった。
ショートフックのような・・・ → 大纏崩捶
体ごと体当たりをするような正拳突き → 箭疾歩
ラップダンスのような動きで → 前掃腿
とかそんな。たぶん。