15 古宮廷近くの森にて(其の1)
PKとは「プレイヤーキル」の略称。他のプレイヤーを攻撃し倒すという行為、またはそのような行動をするプレイヤーを総称するネットゲームスラングだ。〈エルダー・テイル〉では、プレイヤー同士の戦闘も仕様化されたコンテンツの一部として認められている行為で、特に一部の外国サーバーなどではギルド同士でのいざこざなどが起きると、ギルド間で宣戦布告の後にPK合戦なんていう話も珍しくはないなんて話も聞いたことがある。
とはいえ日本サーバーというか日本人の気質はプレイヤー間での殺し合いという行為を好まないようで、PKを行うようなプレイヤーは少数。その少数も他のプレイヤーからは忌避される傾向が強く、どちらかというとゲーム引退前に自棄になったプレイヤーが最後に生きつく先といった感じではあったのだけれど、どうにもここ数日、このPKプレイヤーの動向がアキバの街近辺では活発らしい。
理由はいくつか考えられるのだけれど、ひとつ目としては元々PKプレイヤーというのは周りから好かれていなかったということ。
日本サーバーではゲームだった頃からPKプレイヤーが少なかったこともあって、「あいつはPKだ」、「あのギルドはPKをしているらしい」などという情報は簡単に知れ渡る。そこに来てこの異世界転移と殺伐とした雰囲気のアキバの街の状況となると、敵愾心が彼らPKプレイヤーに集まってしまうのも自然な流れだろう。
そこで周りに頭を下げて回り、どうにか周りのプレイヤーとの関係の改善を試みるのか、開き直ってゲームの時と同じような態度でこの世界に臨むのかという選択肢で、彼らPKプレイヤーは後者を選んでしまったのだろう。
そうなると彼らは舐められる訳にはいかなくなる。そしてPKという解りやすい目的があるだけに、他のプレイヤーよりも積極的な行動に出るという所だろうか。
もうひとつ考えられる理由があるとするならば、単純に他のプレイヤーを倒すことによって得られる利益が高いと言うこと。
〈エルダー・テイル〉というゲームの仕様では、相手がモンスターであろうと他のプレイヤーであろうと、プレイヤーが倒された場合には、その時に所持している金貨すべて、そしてアイテムの約半分を死亡したその場所の近辺にばらまく事となる。モンスター相手にパーティーを組んで戦っていた場合であればプレイヤーが死亡したとしても、全滅さえしなければ他のプレイヤーに拾っておいてもらえばそれを失うことは無いのだけれど、相手がPKプレイヤーとなると話は別だ。
元々害意があって攻撃をしてきたPKプレイヤーがそれを返してくれる訳もなく、それらはすべて彼らの懐に入ることとなる。
たとえそれがレベルのまだ低いプレイヤーだったとしてもモンスター一匹を倒すのに比べて、PKで得られる利益は何倍も高くなるのだ。
わざわざ怖い思いをしてモンスター相手に戦闘を行う位なら、簡単に倒せる初心者プレイヤーを襲って楽に儲けようといった、そんな考えなのだろう。
もちろんゲームだった頃には純粋に対人戦闘を楽しむ、言葉としては変だが正々堂々としたPKプレイヤーなんて人も居なかった訳ではないのだけれど、逆にそんなプレイヤーはこの状況ではPKなどという行為には走っていないらい。
現在聞こえてくる情報からすると、積極的にフィールドに出て狩りをしている戦闘系ギルドがPKに襲われたなんていう話は全く無くて、PKの被害にあうのは専らレベルがあまり高くなかったり、一人または少数で行動していたプレイヤーばかり。
戦闘系ギルドに長く所属していれば他のギルドの面々と競い合うような場も多い事もあって、私自身はPKに対してそれほどはマイナスイメージを持っていたわけではないのだけれど、現在アキバの街の近辺でPKを行ってる奴らに対しては、自分より弱い相手を食い物にして喜んでいる下劣な奴らという感情しか湧かないというのが正直なところだったりする。
なんで唐突に、こんなPKなどという物騒な話になっているのかというと、それは今まさに私達の目の前にこのPKと思われる〈冒険者〉の集団が現れたからという、非常にありがたくない理由からだったりしてしまうのだ。
◆
それはシブヤの町を出発してから1時間弱。古アルヴ族の造ったという設定のある巨大な宮廷を守るように広がる森に入って少し経った、そんなタイミングだった。
シブヤからアキバまでの距離は現実世界では10キロ弱。ハーフガイアプロジェクトの影響を受けたこの世界ではさらにその半分。1/12に時間の流れが短縮されていたゲームだった頃であれば10分もかからず、そうでなくても舗装された道路を歩く感覚であれば数時間もかからない距離なのだけれど、この世界ではそう簡単にはいかない。
〈大地人〉の商人達が〈魔の環状地〉と呼ぶこの世界の山手線の内側はモンスターが頻繁に出現するゾーンで、もちろん荷馬車が通れるようなしっかりした道などは整備されていない。そもそも例えそれが初心者〈冒険者〉でも倒すことの出来る低レベルのモンスターだったとしても、戦う力を持たない〈大地人〉にとってはモンスターに出会うこと自体がほぼイコール死を意味するのだ。
というわけで私達は〈大地人〉の商隊のリーダー、エリックさんのいつも使っているという交易路、東京の中心地を海側に迂回して、一旦〈エターナルアイスの古宮廷〉を目指し、その後に隅田川を北上するというルートを取っていたのだ。
隊の先頭を歩いていた私、ヤエ、ユウタさん、ダル太の目前に、突然に火柱が上がる。炎の壁を作り出す〈妖術師〉の設置型攻撃魔法、〈ファイア・ウォール〉だろうか。ゲームだった頃は与えるダメージもあまり大きくなく簡単に突破できてしまう為、さほど脅威に感じたことなどなかったこの魔法なのだけれど、今この肌に感じる熱気は本物。
実際のダメージはないのだろうが、その熱気によって発生した空気の流れに乗って舞い上がる火の粉を避けるために、思わず手を顔の前にかざす。
熱で揺らめくその先には数人の人影。PKというのは奇襲が常套手段なのだが、どうやらこっちが私以外はレベルが低いって事で脅しをかけにきたのか、それとも余裕と見て遊び半分なのだろうか。炎越しでははっきりは見えないのだけれど、ゆっくりとした動作で道の真ん中を塞ぐような陣形を取っている。
「ギルドタグは〈カノッサ〉。PKをやっているという情報のあるギルドの一つです。多分人数は6人、フルパーティーですね」
私の横に歩み寄ってきたユウタさんが冷静な口調でで私に呟く。
「〈D.D.D〉に念話入れたっス。けど想定していた場所からは結構距離があるんで、先行部隊も20分位はかかるって話っすよ」
その反対側、私の少し前に出て剣と盾を構えるのはダル太。さすがに緊張しているといった趣だけれど、きっと前を睨むその目には怯えの影は見えない。
あれだけ事前にアキバ近辺のPKを警告されていたこともあって、私達もいろいろと対策はしておいたのだ。テンプルサイドの仲間にもいざというときの作戦は伝えてあるし、私達だけが突出して先頭に居るこの配置だってその一環。ダル太の言葉の中にもあった〈D.D.D〉へ護衛を依頼したのもその一つだ。
しかし、まさかこんなアキバから遠い場所で襲われるとは思っていなかった事もあってこっちの体制は不十分。奇襲されなかったのだけが不幸中の幸いといった所だろう。
正直言ってマトモに相手をしたら勝ち目は殆ど無いのだけれど、どうにか隙を作って皆を逃がすか、それとも〈D.D.D〉の援軍が来るまで無理矢理でも時間を稼ぐのが得策か。
思考がひとつ深い層に沈み、意識は逆に俯瞰するイメージで拡がる。打っておいた策はナズナではないが正直言って博打のレベル。どれだけ勝率があるのか、そんな物に皆を捲き込んでしまってもいいのか。他に手はないのか・・・
「あーあ。ススキノからでも吸い寄せられるレベルでクシがフラグ乱立するからよね~。もう出るのが必然ってカンジ?」
「ちょっとまてヤエ! 私か? これって私が悪いのか!?」
気の抜けたヤエの言葉に、思わず脊髄反射で大声を上げてしまう。
「いや、クシさんは関係ないとは思いますが・・・」
「ダメダメ、ユウタ君。クシを甘やかすとろくなことにならないから。ちゃんと躾けとかないとね~」
「そうッスね。確かにボスって何にもないところでも厄介ごと引き寄せるタイプっぽいっすよね」
ヤエのせいで緊張感台無し。おまけに躾けって私はイヌか何かか!? ダル太まで調子に乗ってからに。あとで泣かす。
「あー、もう考えてもしゃーないか! ヤエ、ミヅホさんに念話でゴーサインだして。あと百目君には〈大地人〉の人たちの護衛で下がってもらって! んでもって私達は・・・」
その時、私達の前の〈ファイア・ウォール〉が一瞬大きく揺らいだ後に不意に消える。魔法の効果時間が過ぎたのだ。
視界に現れたのは6人の〈冒険者〉の姿。ぱっと見た感じでは戦士系が2人、武器攻撃職が2人。ローブ姿のあと2人は多分〈森呪遣い〉と〈妖術師〉。バランスの良いオーソドックスなパーティー構成なだけに厄介だ。おまけにそのレベルも90まではいかないものの、総じて80以上と低くはない。
この世界でのプレイヤーの見た目というのは、〈エルダー・テイル〉のキャラクター設定に現実世界の特徴を加味したようなものになる為、彼らもそれなりに整った顔の造りはしているのだけれど、その顔に浮かぶ表情が醜いと感じてしまうのは、PKだからという先入観からだろうか。
「さあてここは行き止まりだ。お前ら低レベルの少人数にしちゃあ随分と面白い物引っ張ってきてるようだがよ、悪いが全部置いていってもらうぜ」
「帰り道は心配しなくていいぜ。ちゃんと責任もって全員神殿まで送ってやるからよ!」
〈武士〉 といった装備の男が見下したような口調でどこかで聞いたような台詞を口にし、その横の〈武闘家〉がそれに続く。
自分より弱いプレイヤー殺して楽しむような奴らに独創性を期待するのは間違っているとは思うのだけれど、それにしたってその台詞はないんじゃないだろうか。というか〈武闘家〉のオレ上手いこと言ったぜ的なドヤ顔が痛すぎる。
「うわ、すごいセリフきた。なんていうか初日のダル太を思い出すよね、これって」
「ちょっ! 待ってくださいよ姉御!! オレこんなッスか? さすがにコレはないんじゃないっスか!?」
ぼそっと呟いたヤエの言葉にダル太が顔を真赤にして過剰に反応する。まあダル太からしたら触れてほしくない黒歴史だろうからしかたがないとは思うのだけれど。
「ああ、そういえばそんな事もありましたねえ」
「ぐっ、ユウタの兄貴まで・・・」
ユウタ君の追撃の言葉にダル太ががっくりと肩を落とす。戦闘が始まる前にもはや瀕死といった状態だ。
とはいえ私達の中でダル太が一番緊張した表情をしていたのも確かで、多分そこまでヤエは計算ずくなのだろう。そんなダル太の姿を見て、私も緊張感が和らぐのを感じる。
「おい、無視してんじゃねえぞ!! 随分と余裕かましてやがるが、こっちとのレベル差、判ってんのか!?」
そんな私達の態度にしびれを切らしたのだろう。リーダーらしき〈武士〉が武器を構え直して私達を睨みつける。
他のPKプレイヤー達も、今にも襲いかかってきそうな様相だ。
「ああ、申し訳ない。こっちも色々と事情があるんだ。ところで一応確認しておきたいのだけれど・・・」
しかしまだ準備は整っていない。もう少し時間を稼ぐ必要がある。
ヤエにばっかり頼るわけにもいかないだろうという所で、私は会話を引き伸ばしにかかる。
「そっちのダル太は〈D.D.D〉所属だし、私もあのギルドには結構な伝手があるんだよね。だから、ここで問題おこしたりすると報復とかそういうのあると思うんだけどさ、それでもやる?」
「な! 〈D.D.D〉だと!?」
「確かにこいつ、レベルは低いけど、〈D.D.D〉だぜ」
「お、おい、どうするよ! あそこはやべえぜ?」
「動揺してんじゃねえ、ハッタリだ! こんな状況だぜ。レベル90にもならねえ雑魚一匹殺ったぐらいで〈D.D.D〉が動くかよ! それに大手ギルドが怖くてPKなんてやれるかってんだ!」
私の言葉に一瞬動揺が走るが、〈武士〉がそれを一喝で黙らせ、再び鋭い眼つきで私を睨みつけてくる。
「はあ、やっぱり駄目かぁ・・・」
所詮は時間稼ぎ。引いてくれるとは私も全く思ってはいなかったのだけれど、思わずため息が漏れる。
しかし、ひとこと言わせてもらうならば、こいつらは〈D.D.D〉というかクラスティ君の怖さってものが分かっちゃいない。もちろんギルドの愛すべきあのお馬鹿なメンバー共は話を聞いただけでMOBまっしぐらな勢いで突撃かますだろうし、あの陰険ドSメガネも、ああ見えてギルドのメンバーを大切にする奴なのだ。ゲームだった頃であればともかく、こんな状況だからこそ身内に手を出した相手には容赦なく報復に出るだろう。
実際にそうなったら、クラスティ君はどんなえげつない手を打つのだろうかなんて考えると、思わず背筋が凍る。
「へっ!今さら怖じ気づいて命乞いか?だがもう遅ぇ。皆殺しだ。特にお前は徹底的になぶり殺してやるぜ!」
そんな私を見て勘違いしたのか、〈武士〉風の男が下卑た笑みを浮かべ、その手に持った刀に舌を這わせる。なんというか「汚物は消毒だ」的な漫画の悪影響を受けすぎではないだろうか。悪い方に。
ふと横を見るとヤエもうんざりとした表情を浮かべていたりする。
(チリン)
その時、私の耳元で念話を告げる涼しげな風鈴のような音が鳴る。続けて私の頭のなかに響くのは、かなり緊張した様子のミヅホさんの声。
『配置完了しました。目標は事前の打ち合わせ通り、パーティー後方の〈妖術師〉! カウント5でいきます!!』
左のダル太に、右のユウタさんとヤエに目線で合図を送る。腰に下げている2本の刀に手をかけ、足を一歩踏み出す。
『5、4、3・・』
ミヅホさんのカウントが進む。あと数秒、こっちに意識を集中してもらう必要があるのだ。
「じゃあしゃあない。相手してあげるからさ、かっかってきなよ」
「けっ、その人数とレベルでいっちょまえにやろうってのか!なめてんじゃ・・・」
『1、ゼロ!!』
ミヅホさんの叫ぶかのような合図と共に、PKパーティーの後方の森の中から妖術師を目掛けて集中した攻撃が放たれる。一応の警戒として、街道からは少し離れた場所を移動してもらっていたミヅホさんたち別動隊(人数的にはあっちが本隊のようなものだけど)の攻撃。私達の切り札だ。
確かに私達の平均レベルはこのPKパーティーに比べるとだいぶ低く、普通にやればその攻撃は殆ど通じない。しかし目標は紙装甲などと揶揄される魔法職。その中でも一番HPも防御力も低いと言われる妖術師。そこに10を越える人数の魔法や弓、投擲武器の攻撃が集中したのだ。加えて言うならばこの世界での戦闘では、攻撃を回避するためには自分の意志で身体を動かして避ける必要があるのだ。ゲームだった時のようにキャラクターの能力で自動的に判定されるなんて事はない。
「ぎゃっ!!」
一言、短い悲鳴を上げた後、体中を魔法や弓に貫かれた〈妖術師〉が沈む。
しかし私達にはそれを悠長に眺めている余裕などない。
「二手に別れたあとにタウンディング! ヤエ、ユウタさん、ひとつ任せた! ダル太は私と足止めするよ!」
「りょーかい、任せちゃってちょーだい!」
「どこまで出来るか、やってみましょう」
「イエス・マム!」
皆の頼もしい返事の声を聞きながら私は走る。
普通に考えたら勝ち目のない相手。救援を待つまで時間を稼ぐにしたって分が悪い。
しかしこの瞬間の仲間との一体感に私の心は踊る。
確かにその時の私は笑っていたのだ。