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辺境の街にて  作者: 山本ヤマネ
最初のお話
15/29

14 シブヤの街にて(其の3)

 天井も壁も石で組み上げられた薄暗い玄室。その壁には窓どころか出入りの為に必要となる筈の扉すら無い。光源となっているのは床に設置された魔法陣が放つ淡い光だけ。

 一瞬の浮遊感の後、気がつけば私達3人はそんな部屋の中央に座り込んでいた。

 ホームタウン等の特定のゾーンでは、プレイヤー同士の戦闘行為や、NPCに対する暴力行為は禁止されている。それに違反した場合、どこからともなく衛兵が飛んできて対象者をこの通称〈お仕置き部屋〉に強制転移、一定時間が経つまでこの部屋に拘束されるという措置がとられる。

 ゲームだった頃には何度かお邪魔したことのあるこの部屋なのだけれど、まさかこの世界でもお世話になる事になろうとは。


「うわあ、久しぶりだなあ。この世界でも実装されてたんですね、これ。ちょっと面白いですよねっ!」


「お仕置き部屋が面白いとか、その感覚は私には解らないぞソウジ。しかしやはりというか・・・」


「うん、念話は使えないみたいですね。あとスキル関連も無理そうです」


 まさに玩具を目の前にした少年といった表情のソウジ君に対して、気だるげにナズナが言葉を返す。

 彼らの言葉通り、この空間はゲームだった時と同じように、外とは完全に隔離されてしまっているらしい。そしてゲームと同じとなると一番の問題となるのは拘束時間。


「ゲームだった頃は1時間だったけど。ってことは此処の場合は12時間?」


「うげ、それって結構な拷問じゃね?」


「まあ、こうなっちゃったらしょうがないですよね。ちょっとした休息だと思えばまあ、いいんじゃないですかね」


 私と同じく顔をしかめるナズナとは対照的に、ソウジ君はその笑顔を崩さず、その場に座り込む。

 こうやってソウジ君と話す機会は随分と久し振りなのだけれど、そのマイペースな性格は相変わらず。普段であれば良いのだけれど、こんな状況では少々恨めしく思ってしまう。


「うー、何だか一人で余裕っぽいけどさ、止めさしたのは多分ソウジ君だと思うんだけど」


「あははっ!」


「む、ちょっとばかしイケメンだからって笑えば許されるとか思うな!」


「ゴラ櫛八玉、なにうちのソウジdisってるか!」


「いやそれは大概に過保護すぎやしないか? 実際これどうするのさ!?」


 つっかかってきたナズナと睨みあう事、数秒。

 しかし何だかそれも空しくなってしまい、私達はお互いの背中に寄りかかるように、その場にへたり込む。


「まあうちはアジサイさんが居ればどうにかしてくれるとは思いますけど、そっちはどうです?」


「あー、まあヤエいるし、出発予定は元々明日だからね、どうにかなるんじゃないかなあ・・・」


 少し間をおいて返ってきたソウジ君の言葉に私も答える。

 まあ実際のところ、私は便宜上のまとめ役みたいなもので、今回のこれだって実質ヤエが主導みたいなものだ。ユウタさんもミヅホさんも居ることだし、まあ私が居なくても特に問題はないだろう。それはそれでちょっとさびしい気もするのだけれど。


 皆、考えることもあるのだろう。三人ともが言葉を止め、玄室からひととき音が消える。

 床の魔方陣の光はゆらゆらと瞬き、どこからかかすかに水滴の落ちる音がする。


「なんだかお腹すきましたね・・・」


 そんな静寂を破ったのは、ひとり言のようなソウジ君の呟き。


「食料ならあるぞ、まあ、あのダンボール風味のあれだが」


 そう言いながらナズナは自分のカバンの中に手を入れて、サンドイッチのようなものを取り出す。

 さすがのソウジ君もこの世界の料理の味は苦手らしい。苦虫をかみつぶしたような顔でそれを受け取る。


「ん、じゃあこれ食べる? 量はあんまりないんだけど」


 そんな様子に思わず苦笑しながら、私はおやつの為に懐にしまいこんでいたとっておきを取り出して、二人に手渡す。


「えっとこれ何ですか? なんだか木の実みたいには見えますけど」


「乾燥イチジク。結構甘いよ。まあワインとか無いのが片手落ちなんだけどさ」


 乾いた茶色い梅干しのような見た目に、最初は怪訝な顔をしていた二人だったのだけれど、それを口に入れた途端、目を見開いて驚いた顔をする。


「あ、甘い! 味がありますよ!これも食材なんです!?」


「うお、見た目は悪いけどいいなこれ。ちょっと櫛八玉! こんな物どうやって手に入れたのさ!」


「いや、話せば長くなるんだけどさ・・」


 まあソウジ君達に隠さなくてはいけないような事情でもないし、時間は嫌ってほどあるのだ。

 気がついたらテンプルサイドの街に居た事、街で出会った人たちの事、ヤエのわるだくみの事――

 私は、この数日間の出来事をソウジ君たちを相手に話しはじめたのだ。





「成程、すごいですね! ボク達も狩りでの食材集めとかはしてたんですけど、NPC、いや〈大地人〉の方たちから買い付けとかは考えてなかったですっ! その集めてるのってうちでも買取りとかしてもいいですか?」


 随分と熱心に私の話を聞いてくれたソウジ君が身を乗り出してそんな事を言う。

 ちょっとまて、近づきすぎだ。そんなキラキラした目で迫ってくるな。その綺麗な顔のドアップは心臓に悪いのだ。


「まてまて、どうどう。っていうか一応アキバに持ち込む所までも計画だからなあ。あ、そだ。テンプルサイドまでちょいと足運んでくれないかい? 言伝書くからさ、そしたら買い取れるようにするから」


 テンプルサイドの屋敷には、今回運べなかった分がまだ山のように残っている。バルトさん宛てに一筆書いて、あっちで売り買いしてもらえるのなら、私がテンプルサイドに戻るまで待ってもらわなくても良いし、わざわざ運ばなくて良いしで、こっちとしては一石二鳥だ。私はレターセットを取り出して、バルトさんへの言伝をしたためる。


「ええと、これは?」


 それを覗きこみながら、ソウジ君が首を傾げる。


「ん、普通に紙とペン。街の仲間が〈筆写師〉のサブ職業取って作ってくれてる。色々始めるとやっぱり念話だけじゃ無理だからさ、結構助かってるんだよね」


 確かに改めて聞かれると、これも今までは使うことがなかったアイテムだ。ゲームの時であれば念話以外にも各種掲示板の機能が実装されていたし、わざわざゲーム内で文字を書く理由なんてなかったし。


「やっぱり敵わないなあ。そういえばシロ先輩も〈筆写師〉でしたね。きっとシロ先輩も何かしてるんだろうなあ」


「いやソウジだって色々頑張ってるよ。適材適所ってやつさ」


「まあそだね。ソウジ君も自分に出来ることはしてるんでないのかい? 特にさ、私みたいなテキトーなのと違ってギルマスとかなると色々大変なのは想像できるしさ」


「でも、なんでしょうか。アキバの現状とか見てしまうと、なんだかこれでいいのかな、とか、もっと自分にも何かできないかな、とか思っちゃうんですよね。ボク頭わるいですし」


「ソウジはそれでいいのさ。ソウジに助けられてる人は思ってるよりずっと多いと思うぜ」


 少しさびしそうな顔でそう言うソウジ君の肩に手を乗せて、ナズナが微笑む。

 なんというかちょっとやんちゃな弟とそれを見守る姉のような。そんな事を言ったらまた噛みつかれるだろうか。

 正直言えば今でもナズナのことは苦手なのだけれど、〈西風の旅団〉というギルドはこうやって上手くナズナがバランスを取っているのだろうなと、思わず感心してしまう。


「なあ、結局ここじゃあ何もできないしさ、せっかくだから休んじまおうぜ。ソウジもここ数日ろくに寝てないだろ」


 まだ納得はしていないという顔のソウジ君に対して、ナズナが言葉を続ける。

 その言葉には賛成だ。実際私も眠い。何せこの数日間、ヤエに尻を叩かれまくって碌に寝る暇がなかったのだ。


「あはは、クシさんだってテキトーとか言いながら大変そうですよねっ それじゃあちょっとこの状況に甘えてしまいましょうか」


「そだよ。どうにもならない時は休むのもシゴトってやつさ。あっちはアジサイが何とかしてくれるよ」


「ふわぁ。気が抜けたらなんだか眠くなってきちゃいました」


「ほらソウジここに頭乗っけな。正直ちょっと頑張りすぎだ。これも良い機会だ」


「うん、ごめんナズナ。お願いする」


 ソウジ君はそう言うナズナの膝に頭を預け、あっというまに寝息を立て始める。

 再び玄室に訪れる静寂。


「悔しいけどさ、私はカナミやシロエみたいにこの子を引っ張ってく存在にはなれないからね。こうするのが精一杯なのさ」


 目を閉じたソウジ君の髪をなでながら呟くナズナの表情はとても穏やかで。

 その言葉とは裏腹に、自分にしか出来ないことをしているっていう感じの自信に満ちた表情をしている彼女を、凄く羨ましいと、私はそう感じてしまったのだ。





「じゃあ、これを屋敷の執事様に渡せば取り計らってくれると思うからさ。なにかトラブったら念話で連絡してちょうだいな」


「はいっ ありがとうございますっ!」


 シブヤの街の西の外れ。テンプルサイドの街へと移動を開始する〈西風の旅団〉を見送りに来た私は、バルトさん宛てに書いた手紙をソウジ君に手渡す。


 寝てる間に拘束時間の12時間が過ぎていたのだろう。あの後目を覚ますと、私達は宿屋のホールでテンプルサイドの仲間や〈西風の旅団〉の面々に囲まれていた。話を聞くと街の衛兵に捕まったあの場所に不意に現れたとの事。

 私が目を覚ましたのがどうやら最後だったらしいのだけれど、地べたに転がしておくのも何だからということで、こっちまで運んでくれたらしいのだ。


 そのあとはヤエの小言が長くて大変だったり、旅団の女性陣のジト目が怖かったりと大変だったのだけれど、それもどうにか一段落してお互いにシブヤの街を旅立つ準備が出来たと、そういう状況である。


「でもそっち本当に大丈夫ですか、うちから護衛出しますよ? 噂は聞いてると思いますけどPK、本当に増えてますし。アキバからゾーン2つ程離れた場所あたり、今結構危険ですから」


 今までも何度かしてくれた提案の言葉をソウジ君が繰り返す。


「いや、そこらは山ちゃ・・・じゃなくて〈D.D.D〉に支援要請したからさ。アキバ近くあたりまでは人まわしてもらえる事になってるから。ほらそれにさ・・・」


「それに、何です?」


 どうにも見当がつかないというはてな顔をしているソウジ君の後ろには、非常に怖い顔で私を睨む〈西風の旅団〉の女性陣。

 せっかくソウジロウ様と一緒なのに、ここから別行動とかありえないとかそういう感じだろうか。あとナズナとも一緒だったとはいえ〈お仕置き部屋〉であんなに長い時間一緒だったとかズルイとかもあるかもしれない。恋するオトメは敵にまわしてはいけないのだ。

 確かに非常にありがた~い申し出ではあるのだけれど、受けてしまっては呪われかねない。

 どうしてこれに気づかないのだろうか、この子は。

 

「あ、あはは。まあいいや。とにかくこっちは大丈夫だからさ。そっちも気をつけて」


 シブヤを離れていく〈西風の旅団〉をしばし見送った後、私は振り返り街の中にと足を向ける。こっちもあと数時間すれば出発の時間。今もヤエ達が色々と準備を進めてくれているし、あまり長く席を空けているとまた小言をいわれてしまう。


 玄室の固い床の上で寝てしまったせいで変な凝り方をしてしまった体を伸ばすと、目に入ってくるのは初夏の日差しと雲ひとつない青い空。

 まあ、ここまでくればあと少し。このまま何もなければ、この日が落ちる頃にはアキバでゆっくりできるはず。

 このときはそんな甘い事を、私は思っていたのだ。

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