11 シブヤへと向かう道中にて
巻戻ってます。
ままれ先生による記述と思われるwikiのQ&Aの項目によると、イケブクロはちょっと特殊な大地人の街とのこと。
で、それだと想定していた話は展開しにくいということで、アキバへの中継地をシブヤに変更しました。
それに合わせての修正になります。
どうしてこうなった!?
屋敷の前に呆然と立ちすくむ私の目の前には10台の荷馬車。その荷台には積載量ギリギリまで積み上がった果物やら野菜やら穀物やらが山を作っている。
テンプルサイド残留組の皆は、御者やらなんやら人手が足りなくなってしまったために雇い入れた〈大地人〉の人達と協力しながら、その荷物の最終チェック中。
目の前に見えるこれだけでも相当な量だと思うのだけれど、集まってしまった量はこれだけではないのだ。
テンプルサイドの冒険者のうち〈ダザネッグの魔法の鞄〉を持っている私やヤエ達、ダル太とミヅホさんには、その中身に一杯まで食材を詰め込んでもらっているし、アキバの私の倉庫からは〈マリョーナの鞍袋〉だって持ち出してきている。
そんな〈魔法の鞄〉に詰め込んでいる量を合わせれば、多分この荷馬車数台分にもなるだろう。
加えて屋敷の倉庫にも荷馬車に詰めることの出来なかった分が詰め込まれているのだが、それでもスペースが足りなかったため屋敷の隣、昔この屋敷に貴族様が住んでいた頃には贔屓にしていた商人が商館を開いていたという空き家も買い取って、そっちにも現在進行中で集まってくる食材を運び込んでいる始末。
作物の買取金額、荷馬車とそれを引く馬、加えて新たに買い取った空き家の金額で、それなりにあった筈の私のサイフの中身は既に半減してしまっている。ヤエが最初に言っていた4万から5万なんて金額が可愛く思えてしまう位のとんでもない散財なのだ。
「クシ様、加えて5つの村から食材を売りたいとの連絡が来ています。距離から考えるにテンプルサイドに到着するのは2日から3日後になりそうですが、いかがいたしましょうか?」
何だか思っていた以上の大騒動になってしまった現状に呆然としていると、いつも通りいつのまにかに私の後ろに控えていたバルトさんがそんなことを言う。
これだ。これが予想外に食材が集まってしまっている要因なのだ。
各村や集落を巡って食材を集めてきてもらったみんなには「迷惑をかけない量なら幾らでも買ってきて良いよ」なんて言ってしまったのだが、これが計算違いの元だった。
このテンプルサイドの街の西、現実世界では多摩川が流れるその沿岸は、こちらでは〈パディアミッド〉と呼ばれる農村地帯。
我が屋敷の優秀な執事様、バルトさんの話によると、この近辺の農家は今年はどうも豊作であったようで、そうなると作物は余り気味になってしまっていて、良い値がつかなくなっていたようなのだ。
どこから聞きつけたのか、そんなタイミングでテンプルサイドの〈冒険者〉がそれなりの値段で買取をしているなんて噂が流れてしまった為に、私達が足を運んで居ない村や集落からも余っている作物を売りたいなんていう話が私の屋敷に幾つか入ってきたのだ。
そしてそんな話はは現在も増加中ときているから始末に終えない。
「う~、私達はそのタイミングではこの街に居ないからなあ。とはいえ数日かけて此処まで来てくれる人達を無碍にもできないですよねえ。ええと、バルトさんの予想ではそれってどの位の量だと思います?」
「連絡を送ってきた村のうち特に2つは50軒以上のこの地域では比較的大きな農村です。以前お伺いした金額で持ち込まれる作物の全てを買い取ろうと思うのでしたら最低でも金貨3万枚以上は必要になるかと思います。加えて持ち込まれる作物を運び込む人夫や貯蔵している作物の管理などを考えると、私ども3人では頭数が足りないと思われます。そちらにも新たに数人雇い入れる必要があるかと」
「うう、まだそんな量が来ますか・・・ それに人出も足りないと。余裕もって金貨5万置いて行きます。それでどうにか凌げますか?」
「その額を用意していただいてどうにかできないようではクシ様の執事としての沽券に関わります。十分な金額かと」
「じゃあそんな感じで留守の買取はお任せします。でもわざわざ遠くから此処まで足を運んでくれるわけですし、あんまり買い叩かないようにお願いします」
「寛大な処置に感謝を。クシ様が留守中の管理に関しては責任をもって努めさせて頂きます」
そう言ってバルトさんが仰々しく頭を下げる。
どう考えたって人生の先輩であるバルトさんに毎回こんな態度を取ってもらっているのは未だに慣れないのだけれど、それを否定してしまうというのは、バルトさんのプライドとかそういうものを蔑ろにしてしまうらしいことも、この数日間で学んだ事のひとつだ。罪悪感のようなもやもやする気持ちを飲み込んで、私はバルトさんに対して頷くことで了承の合図を送る。
「お、リーダー。こんな所にまだ居たのかい? こっちの準備は完了してるし〈大地人〉の行商人達も待ってるみたいだよ。そろそろ出発の号令を出したほうがいいんじゃないかねえ」
そう私に声をかけてきたのは、〈猫人族〉のアマネさん。
テンプルサイドの残留組の中では旦那様と共にリアル最年長者な事もあって、色々とシゴトを買って出てくれている姉御肌のお姉さまだ。彼女や旦那様のアキオミさんを見ていると、こんな状況になってしまったこの現在、頼りになるのはゲームだったときの〈冒険者〉としてのレベルやスキルなんかじゃなくて人として各個人のもった資質や能力なのだということを思い知らされる。
「はい、待たせちゃったみたいでごめんなさい。それじゃ出発といきましょうか」
「了解リーダー。それじゃみんな、整列だ!」
アマネさんの号令で、それぞれ荷馬車の周りで作業をしていたテンプルサイド残留組の〈冒険者〉達が屋敷の前に集まる。
その前にはバルトさんと、私達を見送るために出てきてくれたリーネちゃんとユーリちゃん。
「テンプルサイドの街の〈大地人〉の方々にも色々お世話になったけどね、一番厄介になったのはやっぱり屋敷の執事様とメイドちゃん達だ。ちゃんと礼も言えないようじゃ〈冒険者〉っていうか人としての質を疑われちまうよ。さあみんな! びしっといこうか!!」
「「「この数日間、お世話になりました。ありがとうございました! いってきます!!」」」
アマネさんの言葉を合図に残留組の〈冒険者〉のみんなが頭を下げる。うわずるい。私はそんなの聞いてなかったのに!
「まあ、リーダーはどっちかっていうと私達が迷惑押し付けちゃった方の立ち位置だし、礼を言われる方の立場だからね。これはリーダーへの言葉でもあるんだ」
アマネさんがいたずらっ子のような笑顔ででウィンクをしながらそんな事を言う。
むずがゆいような、私だけ仲間はずれにされたような悔しいような気分になってしまうではないか。
そんななんだか複雑な気分になっていた私に不意にユーリちゃんが抱きついてくる。
「いなくなる? いや。寂しいから嫌」
そう言って私を見上げるその顔は涙目。なんだろうこの可愛い生き物は。
「大丈夫だよ、私はいなくなったりしないから。ちょっと数日お留守しちゃうけど私の家は此処だから。私は此処に帰ってくるからね」
私はそんなユーリちゃんを抱きしめ返してその頭を撫でながら、耳元に囁く。
これは私の本心。テンプルサイドの街、そしてこの屋敷は私にとってこの世界でどこよりも安心できる場所。帰るべき場所。
まだたった数日なのだけれど、私をそんな気持ちにさせてしまうこの屋敷の人達。こんなにもやさしいこの街。
まだこの先、何が起こるかなんてなんにも想像はつかないけれど、こんなにも大切なものが出来たことは、なんて幸せな事だろう。
私はユーリちゃんを抱きしめながら、そんな事を思ったのだ。
◆
現実の世界で言う〈井の頭通り〉、こちらの世界では神代に作られたと言われている草木に半分侵食された舗装道路を、20台弱の荷馬車が進んでいく。
所々に錆びた鉄骨だけになったビルの残骸や、朽ち果てた自動車の一部などが顔をのぞかせてはいるものの、道の左右に広がるのは圧倒的な生命力を感じさせる力強い新緑の景色。
辛うじてこの路がその形を留めているのは、この商隊のように〈大地人〉がその生活の中で利用し続けてきたからなのであろうか。
馬車の御者台に座り馬の手綱を持つ僕の横には、振動に邪魔されながらも算盤を片手に、今回の商売の帳簿をつけているヤエの姿。
この世界での荷馬車というのは一部、鉄で補強されている部分はあるものの基本的には木製で、サスペンションなどもない単純なものだ。
耐えずギシギシと壊れそうな音を発しているし、その乗り心地は現実世界の乗り物に慣れてしまっている僕達にとっては最悪と言っても良い位だ。
同行している〈冒険者〉達もその乗り心地に辟易して、殆どが馬車から降りて自分の足で歩くことを選択したようだ。
僕とヤエは何かあった時にすぐに居場所が判るようにと、この商隊の丁度中間に位置する場所を進む馬車の荷台に並んで座っているのだが、もしもこの体が妙に頑丈な〈冒険者〉のものではなくて、現実世界のそれであったなら、多分1時間も経たずに音を上げてしまっていただろう。
しかし、思い返してみれば、なんと奇妙な事になってしまったことだろうか。
多分僕にとっての事の始まりは、ヤエに出会うこととなった、あの合コンなのだろう。
僕とヤエがそれぞれが男性陣と女性陣のまとめ役として企画された合コンだったのだが、当日クシさんと一人の男性メンバーがちょっとした喧嘩のようになってしまったのが、そもそもの切欠だったような気がする。
ばたばたしてしまったその後、反省会という形でヤエと2人で会った時に色々話をしている内に気が合って、何度か2人で出かけたりしている内に付き合ってみようかなどという事になったのだ。
「それを考えるとヤエをユウタ君にめぐり逢わせてくれたのはある意味クシかもね」なんて事を数日前ヤエが言った時には、クシさんはなんとも言えない引きつった笑顔をしていたのだが、そういう意味ではクシさんには僕も感謝しなくてはならないだろう。
僕にとっても学生時代以来の彼女ということで、最初はお互いに大分猫を被っていたと思う。
ヤエも色々と自分が持っている趣味に関しては表に出していなかったし、僕自身結構なゲームオタクであることは隠していたし。
お互いにそれがバレた切欠は2人で街を歩いている時に見かけた〈エルダー・テイル〉のテレビCMだった。
ちょっと通りかかった家電製品店の売り場のテレビに写った、〈エルダー・テイル〉の追加パック〈ノウアスフィアの開墾〉のCM。
そのCMを見たヤエがその前で足を止めて、真剣な目でそれを眺めていたのだ。
「あれ? ゲームとか興味あるんですか?」
「うう・・・ええとね、ちょっとというかほらなんだか画面とか綺麗じゃない?」
「〈エルダー・テイル〉ですか、懐かしいなあ。5年くらい前にやってましたけど、結構この手のゲームとしては難しいというか玄人向けの方で・・・」
「え? ほんと? まじで?!」
そんな会話だったと思う。その時のヤエの表情は、それまで見たどんな表情よりも真剣だったような気がした。
それから後お互いの趣味の話を打ち明け、僕はヤエと共にこの懐かしいゲームの世界に舞い戻ることとなったのだ。
2人でもう一度最初から。そう決めた僕達は新しくキャラクターを作り直し、レベル1からこの世界の冒険へと旅に出る。
久々に旅する〈エルダー・テイル〉の世界はもちろん変わらない部分も無かったわけではないのだけれど、大きく雰囲気を変えていた。
なにより違うのが、僕がプレイしていた頃とは入れ替えられたグラフィックエンジンが描画する世界の美しさ。
もちろん、現在の異世界化してしまったこの世界とは比べようもないのだが、見知っていたはずのアキバの街はそれでもよりリアルで神秘的に当時の僕の目には写ったのを覚えている。
そしてもう一つ大きく違ったのは、低レベル帯の驚くくらい容易になってしまっていた難易度の低さだ。
「まあ、新しいコンテンツが追加されるのは高レベル帯に限られちゃうからさ、新規プレイヤーに早くレベル上げてもらって居着いてもらいたいっていう運営側の商売的な戦略は判るんだけどね~」とはヤエの言。
話によると効率重視でレベルを上げていけば現在の上限、レベル90までは100時間足らずで到達可能らしい。
僕がプレイしていた頃のゲームバランスは結構ピーキーで、レベル50以下ですらそれなりの狩場で戦闘を行おうとすれば各プレイヤーが自分だけではなくパーティーを組んだ他プレイヤーの得意とする所、苦手とする所をちゃんと理解して連携をしなければたち行かない事がほとんどだったのだが、どうも最近の事情は違うらしい。
そのせいで最近の新人プレイヤーはたとえレベルが高くてもプレイヤースキルが低い事が多いのだとヤエがぼやいていたのが印象的だったりする。
そんな周りの事情は置いておいて自分達のペースで楽しもうと、僕たち2人が急ぐことなくこの世界での冒険を楽しみ始めたのが大体2ヶ月ほど前のこと。他のプレイヤーは効率が悪いとか、報酬が悪いとか言って見向きもしないイベントやクエストでも、その話の内容に興味があれば受けてみたり、性能的にあまり役に立ちそうに無いアイテムの獲得にやっきになったり、どう見ても役に立ちそうにないサブ職業を取得するためにミナミとアキバを何度も行き来したりと、周りから見たら僕たちのやっていることは随分非効率に見えたに違いない。
それでも僕にとって、ヤエと2人で楽しむこんな冒険が待つ日常は、たまらなく楽しい日々だったのだ。
数日前に起きた〈大災害〉と呼ばれる異世界召還騒ぎの際にも、比較的冷静でいられたのもその経験があったからに違いない。
僕にとってはその〈大災害〉による変化よりも、ヤエと2人で再び訪れた〈エルダー・テイル〉の世界での体験の方が驚きが大きかったのだから。
◆
「よっと。よう嬢ちゃん達、そっちの塩梅はどうだい?」
特に会話もなくぼーっとしていた僕達に声をかけてきたのは、この〈大地人〉の商隊のリーダーをつとめている商人の男性。名前はエリックさんと言ったか。そのエリックさんが僕達が座っている御者台にひらりと飛び乗ってきた。
テンプルサイドの街で出会った商人の人達というのは、どちらかというと線の細い人や小太りした人など、荒事には向かなそうな人が多かったのだが、さすがは旅が基本の行商人のリーダーという所だろうか、がっしりした体つきに陽気で砕けた口調と、外見からはまるで傭兵のような印象を受ける。それでいて商談となると目つきが変わるという、なかなかに食えない性格の壮年の男性だ。
「順調順調。まあ、おっちゃんの口利きで馬車を扱える人雇えたからね~。うちのリーダーはグロッキーだけど」
そう言うとヤエは僕達の乗る馬車の斜め後ろを振り向く。
そこに見えるは〈騎乗用大型狼〉の背中に騎乗というかしがみついた状態で完全に睡眠状態のクシさんの姿。
この数日間、他の仲間の狩りのサポートや、〈鷲獅子〉を使っての近隣の村からの運送、はてはテンプルサイドの街での〈大地人〉との調整など、多分彼女は寝る時間さえ禄に取れなかっただろう。
もちろん僕やヤエ、ダルタス君やミヅホさんなど中堅レベルの〈冒険者〉達もできる限りの協力はしていたのだが、残留組の中では唯一のレベル90プレイヤーであるクシさんに仕事が集中してしまうのはどうしても避けられなかったのだ。
ちなみにクシさんを乗せて馬車の横を歩く体長三メートル程の狼といった姿のこの騎乗生物は、主に中国サーバーで利用されているヤマトサーバーではちょっとあまり見かけないものなのだが、聞いた話では数年前、ヤエの我儘から企画された中国サーバー遠征の冒険の時に取得したものらしい。
僕が現在クシさんから借りている、中国の京劇俳優が着ていそうな見た目のレザーアーマーや、ヤエの着ているこれまた中国の宮廷服のようなローブも多分同じ時に手に入れた物なのだろう。
時折ヤエの話してくれる〈エルダー・テイル〉の思い出話は〈D.D.D〉に所属してからのものも、それ以前〈猫まんま〉というちいさなギルドにいた頃のものも、聞いている方まで楽しくなってしまうような、その場に居られなかったことが悔しくなってしまうような冒険譚。
でもそれは単なる昔話などではなくて、彼女にとっては現在のこの状況でも今まだ続くその冒険物語の一節なのだろう。誰もが戸惑うこの〈大災害〉の中において、親友のクシさんと一緒に、何人もの〈冒険者〉や〈大地人〉の心を動かしてしまうこの行動力。
もちろん彼女にだって不安はあるだろう。2人きりになった時に涙を流す姿も見ている。
それでも彼女はそれ以上の好奇心と行動力でこれだけの事をなしてしまうのだ。
正直、ヤエが心から信頼しているクシさんに嫉妬のような気持ちも持ってしまうのだが、それ以上に今は、そんなヤエと一緒にこうして彼女の物語の一端を担えているという事が嬉しく感じてしまう。
これはクシさんに「まったくこのバカップルは・・・」などと言われてしまってもしようがないかもしれない。
「それはそうとエリックさん。この調子でいくとシブヤにはどの位で到着しそうですか?」
「天気も良いしこっちの馬車にもトラブルはねえ。こんな人数の〈冒険者〉も同行してくれてるってのも大きいな。これなら結構日が高い内に到着すると思うぜ」
視線を御者台に戻し、逆に僕から質問をすると、エリックさんはニヤリと笑って答える。
そして、再び僕達の後ろに連ならる荷馬車の列を見渡すと、感心するような呆れるような、そんな表情で言葉を続ける。
「しかし〈冒険者〉がこんな大規模な商売に手を出すとは思わなかったぜ。俺達の馬車よりも多いじゃないか。でも今回のこれは本当に良かったのか? アキバの街に食料を持ち込んでも儲けにならないっていうのは俺達行商の中では常識みたいなものなんだが・・・」
特に後半は少し単語を選んで言いにくそうにしていたのが伺える言葉。
商人としては他人の商売に口出しをするのはご法度。でも相手が〈冒険者〉でプロの商人でもないとくるとそれも曖昧で、なおかつ興味も少なからずある。まあ、そんなところだろうか。
「ん~、まあ今まで通りだったらそうだよねえ。でもおっちゃんもこの数日のテンプルサイドでの私達の事、観察してたでしょ? 私達帰れなくなっちゃったわけなのよ。となると〈冒険者〉だって食べなくちゃお腹が空くのは〈大地人〉の方々と一緒なわけよ」
「それは確かに・・・。ちょっとまてよ。ってえことは!!」
ヤエの返答に少し考えこむようにしていたエリックさんだが、僕達と同じ答えにたどり着いたようで大きな声を上げる。
それを見ていたヤエも満足そうな表情で、答え合わせをするかのように言葉を返す。
「そそ。アキバの街って〈冒険者〉が半数以上でしょ。今までほとんど街で食事なんかしなかった〈冒険者〉数万人が一気に腹ペコさんなわけなのよ。ってなると足りなくなるのは、さて何でしょう?」
「こいつはやられた! さすがは体はちっこくても油断ならねえっていう噂の嬢ちゃんだ。しかし良いのか? 俺に話しちまっても。内緒にしておけばもう少しの間市場を独占できたんじゃねえか?」
「うう、ちっこいは余計なの・・・」
「まあ僕達は行商だけをやっていくつもりはは無いですし、アキバの街への食料の長期安定供給なんて僕達だけでは出来ませんからね。〈大地人〉の商人の方たちが今後はそういう物を扱ってくれるっていうのは、僕達にも利があるんですよ」
これが僕達が辿り着いた予測と結論。
テンプルサイドの街の商人達に聞くところによると、アキバの街との交易は輸出が殆どで、〈冒険者〉をターゲットとした街への輸入というのは殆ど無いらしい。
まあ、ゲームだった頃の事を考えてみるとそれも頷ける話だ。
ある程度のレベルまで上がるとアイテムの売買というのは一部の消耗品を除いては殆どがマーケットの機能を使ったプレイヤー同士の売買に終始してしまう。店売り、現状で言うならば〈大地人〉の商店での買い物をするのは初心者プレイヤーに限られてしまうのだ。
もちろんアキバの街にも結構な数の〈大地人〉が暮らしていることもあり皆無というわけではないのだが、売れない商品を危険を犯してまでアキバに運びこむ〈大地人〉の商人などは居らず、アキバの街で商売をする商人は〈冒険者〉の作り出す高級なアイテムを貴族に対して販売するという輸出が殆どなのだという。
ゲームだった時であれば何の問題にもならなかったこの状態だが、現実となってしまった現状では大きな問題が発生する。
元々アキバの街に住む〈大地人〉のみが消費することを前提として流通していた食料が圧倒的に足りなくなってしまう可能性が高いのだ。
元々は食材の味の問題から始めた今回のこの計画なのだが、食料自体が不足する可能性に辿り着いた時点で、買い取る食材を野菜や果物だけでなく穀物など調理をしなくては食べることのできない物にまで広げたのもこれが理由。
また、早い内に〈大地人〉の商人達にアキバの街の〈冒険者〉達が今までと違うものを欲しているということを知ってもらおうというのも計画の内だ。
まあ、その趣旨から言えばテンプルサイドの街に滞在していた時に話しても良い事ではあったのだが、すごい勢いで減っていく財布の中身に顔を青くしているクシさんの姿を見たヤエがせめて今回のこの積荷くらいは赤字にならないようにと、エリックさんがこっちの状況を伺いに来たこのタイミングでの情報公開となったと、そういう訳なのである。
「成る程なあ。〈冒険者〉なんてえものは腕っ節だけか、それともなけりゃ俺達じゃ手が出ないような高級な武具にしか手を出さない世界が違う奴らだと思ってたんだが、考えを改めないと儲け話を見逃すってわけか。こりゃあアキバから先の予定を組み直さにゃならねえなあ・・・」
そう言うと、エリックさんは腕を組みながら目線を下げ、誰に話しかけるでもない言葉をぶつぶつと口元で囁き始める。多分アキバに着いた後の商売の計画を頭の中で組み立てているのだろう。
そんな彼の姿にヤエと目線で頷き合った後、ヤエは再び手元の算盤と帳簿に目を落とす。
会話が途切れた事により、周りに響くのは再びギシギシときしむ荷馬車の立てる音と馬車を引く馬の息遣いのみになる。
ふと視線を前に向けると、僕達の商隊の進行方向、平原の先にうっすらと周囲の景色とは異なる、でこぼことした山のような影が見えてきたのに気づく。
「お、見えてきたな。あれがシブヤの街だ。まあ、あそこは〈冒険者〉の街だし今更嬢ちゃん達に説明する必要なんかねえとは思うがな。俺達交易商人にとっては西からマイハマやアキバに入るための玄関口ってわけだ」
体を乗り出して、その影を凝視していた僕に気づいたのか、エリックさんがそんな説明をしてくれる。
少しずつはっきりと眼に映るようになってきたその姿は大半は崩れ、いたる所に木々が絡み付いているもののテンプルサイドの街とは違って現実世界のビル郡の姿を大きく留めている。
これが〈大地人〉の街と〈冒険者〉の街の違いという事なのだろうか。自然豊かなここまでの道中の景観を見慣れてしまった今となっては、その異様さを感じずにはいられない。
「知識としては持っていたんですが、こう実際に見てみると不思議なものですね。でも、ここまで来ればアキバまでなんて数時間なんじゃないんですか? 今更ですけど、わざわざシブヤで一旦足を止める理由が判らないのですが」
「おいおい、俺達を〈冒険者〉様と同じように考えてもらっちゃ困るぜ。確かに直線距離で言えばアキバはすぐそこかも知れねえけどよ、よっぽどの理由がない限り〈魔の環状地〉の内側を横断しようなんて商人はいねえよ」
思わず口に出してしまったふと浮かび上がった僕の疑問に、エリックさんがオーバーリアクション気味に答える。
2つのホームタウンの間のフィールドという事もあって、現実世界の山手線の内側は一部のフィールドを避ければ出現するモンスターのレベルは低く、初心者でもさほど苦労せずに抜けられる場所という認識を持ってしまっていたのだが、あくまでそれは〈冒険者〉にとっての事。〈大地人〉にとっては例えレベルが低くともモンスターが生息するという事だけで十分すぎる脅威となり得るのだろう。
「そっか。ホームタウンから近い初心者向けの場所が殆どだけど、山の手の中って確かにほぼ全部モンスター出現フィールドだもんねえ」
「確かに。この〈井の頭通り〉のように馬車が通れるだけのしっかりとした道も無かったような気がしますね。では、シブヤからはどのような道を進むんですか?」
「シブヤからは一旦海をめざして南東に抜ける。その後はエターナルアイスを掠めた後にスミダの流れを辿って北上ってのが常識的な道の選び方ってもんだ。いくら〈冒険者〉が護衛に付いているからって、1日程度の違いの為に命を張った博打は・・・」
どさっ!
「ふぎゃっ?!」
前方の影に目を向ながら3人でそんな話をしていると、不意に後方から大きな音と声が聞こえてくる。
慌てて振り向いた僕の視界に入って来たのは、主人を見下ろして困惑するような仕草を見せる〈騎乗用大型狼〉。
それから、その目線の先で地面に大の字で倒れ込んでいる、居眠りの挙句その狼のような容姿を持つ騎乗生物から転げ落ちたのであろう、クシさんの姿だった。
◆
シブヤの街に残るビルの残骸の中でも一番の高さを誇る、現実の世界で言うセルリアンタワーという名の建造物。
ゲーム的に言えば正確にはシブヤの街ゾーンのすぐ外側に位置するそのビルの頂上を侵食した樹の太い枝の一つ。
そんな場所に佇むのは、灰色のローブに無骨な杖を持つ、〈冒険者〉としては地味な容姿を持つ黒髪の女性。
傍らにはその女性の数倍はあろうかという巨大な白い鳥の姿を持つ召喚生物〈ロック鳥〉の姿が見える。
高レベルの〈召喚術師〉が召喚することのできるこの〈ロック鳥〉は、飛行可能かつ搭乗できる召喚生物として、ゲーム時代から特に人気の高かったモンスターだ。
「まあ必要ないとは思うけどね。有為転変、こんな状況だ。何が起こるとも限らない。ボクはちょっと街の外の様子でも監視してくるよ」
〈大災害〉より後、以前より一層と賑やかになった愛おしくも姦しいギルドの面々にそう告げて、彼女、紫陽花は自らの召喚した〈ロック鳥〉の飛行能力という手段によりこの場所へとたどり着き、イケブクロの街の周囲に広がる横に広い景色を眺めている。
〈エルダー・テイル〉にログインしていたプレイヤー全員が巻き込まれた異世界転移の大事件、〈大災害〉から後、未だにアキバの街は初期の混乱から抜け出せているとは言えない状況だ。
当面の衣食住に関しては(一部問題はあるものの)どうにかなるという事が判った事で、暴動が起きるというような最悪の事態にはなっていないものの、解決の見通しが全く立たないこの状況は人の心を荒んでいく。
アキバの街を歩く殆どの〈冒険者〉達の表情は一様に暗く、街の雰囲気も決して良いとは言えない。
ここ数日は街の近辺のフィールドで自棄になったプレイヤーによるものか、PKと呼ばれるプレイヤー同士の悪意ある戦闘行為が頻発しているなどという情報すら流れている始末だ。
アジサイの所属するギルド、〈西風の旅団〉はそんなアキバの街の中でも一種独特なギルドだ。
ギルドマスターのソウジロウ・セタの異様なカリスマにより、アキバのどのギルドよりも固い結束と高い目的意識を持つなどと噂されるだけあり、こんな状況の中でも混乱は少なく、何かしらこの状況を解決しようと行動を起こすのも早かった。
対モンスターの戦闘の事、一気にその数が増えたように見える街の〈大地人〉達とその生活の事。調べなくてはならない対象は多い。
そして現在、ギルドマスターのソウジロウを含むギルドの中核メンバーは〈ロッポンギ・ニブルヴァレー〉にて戦闘訓練を兼ねたフィールドやクエストの調査中。
アジサイ達別働隊は、調査後の集合場所であり、今晩の宿を取る予定となっているこのシブヤの街の先行偵察部隊というわけだ。
アジサイがこのように廃ビルの上層部で佇んでいる間にも、他のメンバー達はシブヤの街の中での聞き取りを行なっているだろうし、ソウジロウは先程の連絡からすると、そろそろロッポンギのダンジョンから離脱し、シブヤへと向けて移動を開始し始めた頃だろう。
そんな彼女の視界の端に20台弱の荷馬車によって編成された一団がこの街に向かって進んでくる姿が映ったのは、太陽も西に傾き始めた午後3時といった時分だった。
まだ距離が遠くはっきりとは見えないその姿を確認するため、アジサイは〈魔法の鞄〉から視力を増強する〈妖精軟膏〉を取り出し使用する。
アイテムによって強化された彼女の視界に写ったのは、現在のこの世界の状況では今まで目にしたことのなかった不思議な光景。
一応監視という名目でこの場に居る彼女は、所属するギルドの実質サブリーダーの位置におさまっているメンバーに対して報告の念話を繋いだ。
「ナズナ、今良いかい? 外からこの街に向かってくる集団の姿を確認した。・・・ああいや、危険というわけじゃない。多分〈大地人〉の交易商人の組むキャラバンだ。ただね、護衛なのか20人程度の〈冒険者〉の姿も見える。それも装備から見るに、殆どがレベルの低い初心者ばかりだ。なおかつ方向から見るにアキバからという訳ではないらしい。ミナミという線は、・・・いや、さすがにこの日数ではありえないな」
そこまで言葉にした後、アジサイは言葉を止め、思考の海に自らの意識を沈める。
人一倍思考の回転の早い彼女だが、現在持つ情報だけでは判ることも限られる。これ以上考えても結論は出ないという判断に達して、彼女は思考を保留する。そこに残ったのは好奇心。
「うん、面白いね。ボクとしても彼らの素性に関して興味津々というところだよ。このペースなら夕刻には此処に到着するだろう。接触を試みてみてはどうかな」
モンスターの出現するゾーンをこのシブヤに向かって移動しているであろう念話の相手、〈西風の旅団〉のサブギルドマスターであるナズナをこれ以上拘束する訳にもいかないだろう。その言葉を最後にアジサイは一旦念話を終了させて、再びキャラバンに目を向ける。
(奇奇怪怪、全くこの世界は分らない事だらけ。ボクを楽しませてくれる事ばかり次々と起こるじゃないか)
横からその巨大な頭をすりよせ、甘えてきた〈ロック鳥〉の頭を撫でながら、〈西風の旅団〉の参謀役を担う〈召喚術師〉はその顔に笑みを浮かべた。