09 深夜のアキバの街にて
そのまま街に飛び込むのもまずかろうと、アキバの街の近くに〈鷲獅子〉を着陸させた私とヤエは、街の南端の入り口であるブリッジ・オールエイジスを抜けて、街の中心、大十字交差点に向けて徒歩での移動中だ。
はるか昔にはアスファルトで全面が舗装されていたであろうその大通りには緑の苔が広がり、道の両側に林立する巨大なビル群はより巨大な古代樹に絡みつかれ、あるいは飲み込まれている。
〈自由都市同盟イースタル〉におけるプレイヤーのホームタウン、はるか昔に滅びたという古代人の聖地をもつ日本サーバー最大の町、アキバ。
ゲームであった時代には1日に1度は必ずといっていいほど訪れていた、液晶ディスプレイ越しではあれど見慣れていた筈の景色が、圧倒的な存在感をもって私の目の前に広がっている。
しかし、古代の遺跡という神秘性を持ちながら昼夜とわず人で賑い騒がしげなイメージも併せ持っていた、そのかつての雰囲気は今ここには感じられない。
今でも廃ビルの所々には淡いあかりが灯っているあたり〈大地人〉が開く各種露天はゲームの時と同じく24時間営業なのだろう。少ないながらも所々に〈冒険者〉らしき人影も見える。
だがそこにはかつての喧騒はなく、感じられるのは息を潜め殺気立っているとも取れるような雰囲気。道の中心を歩く私達2人にも警戒されているような視線が向けられているのがわかる。
まあ、ヤエはそんなことを気にするような素振りも見せず周りをキョロキョロしたり、目があった〈冒険者〉に手を振ったりしているわけだが。
相変わらず図太すぎる。
ユウタさんにだけは声をかけた後、妙にやる気になってしまったヤエと2人、〈鷲獅子〉に乗ってアキバの街へと乗り込んできたわけだが、その夜間飛行は最悪だった。
鳥目なのだろうか。明かりのない空を飛ぶ〈鷲獅子〉はふらふらと安定せず、振り落とされそうになったり目の前に急に現れる巨木や廃墟に衝突しそうになったり。
おまけに初夏とはいえ、現実の日本よりも湿度が少なく感じるこの世界の真夜中の空気は冷たく、高速で移動するとなるとなおさら寒い。
(うう眠い。お風呂入りたい。でも屋敷のお風呂もう冷めちゃってるよなあ、もう一度沸かすってのも無理だよなあ・・・)
芯まで冷えてしまった体を縮こませて、思わず私はそんなことを考えてしまう。
私の前を歩く妙に元気なヤエに対して恨み言を言いたくなってしまったのも仕方のないことだと思うのだ。
「しかし寒い思いして此処まできたけどさ、本当に食材なんか集めて売って利益でるの? 私にはイマイチ上手くいくように思えないんだけど。勢いだけで言い出して、引込みつかなくなってるとかじゃないのか?」
「ふ~、あいかわらずクシはこういうのには頭まわらないよねえ。切った貼ったのときは妙に元気なのにね~」
その私の言葉に振り返ったヤエは、呆れたようにため息をついて、両肩を小さく上げる。
むむ、人を頭の足りない暴力女みたいに言うな。
「多分、仕入れ値の3倍、いや5倍ふっかけても完売するよ。だって今アキバの殆どの〈冒険者〉ってさ、お金あっても他に使い道ないんだもん」
「使い道無いなんてことはないんじゃないか? 基本〈冒険者〉の懐事情なんてみんなカツカツじゃん。狩りに出ようと思ったら装備のメンテにお金はかかるし、ポーションとかだって持ってなくちゃいけないし、もちろん装備自体だってより上位のに買い換えたいだろうしさ。生産メインの人達だってちょっと良いもの作ろうとすれば素材にかかるお金なんて幾らあっても困ることないんじゃないのか?」
「その前提条件が間違ってるわけよ。ちょっと考えればわかるじゃん? 今のこの状態で狩りしてる人なんて妙に気合が入ったほんの一部で、それだって試行錯誤状態。ゲームの時みたいなレベル90前後の狩場なんて多分まだ誰も行ってないんだよ?」
むむ、言われて見ればたしかに。
山ちゃんや他の知り合いから仕入れた情報からも、現状街の外に出てモンスターとの戦闘なんてことを試し始めている〈冒険者〉なんてのは〈D.D.D〉のような大手戦闘ギルドのメンバーが殆どで、例外は私達のようなベテランプレイヤーのごく一部。それだって高くてもレベル50前後の中レベル以下の狩場に限られている。
確かに現実になってしまったこの世界での戦闘というのは困難な要素は多いのだけれど、それは武器の攻撃力が足りないとか、防具の防御力が足りないなどという問題ではなく、あまりにもゲームの時とは勝手が違う妙なリアルさに起因することが殆どだ。
となると、メンテナンスに大量の金貨が必要となってしまう高級な武器や防具を使う必要はなく、むしろいざという時の為に温存する傾向になるというのも自然な流れだろう。実際私も、今日の狩りの途中からは普段使っている(幻想級)や(秘宝級)の装備を使うのはやめて、よりコストの低い量産品を使っていた。まあ狩りの連携の練習ということもあって〈師範システム〉で周りにあわせてレベルを下げていたというのもあるけれど。
そこから導き出される予測としては、この〈冒険者〉としての体と持っている装備の限界までを使用する必要があるであろう上級者向けの狩場での戦闘というのは、この世界では当分行われないであろうということ。むしろ今後、戦闘行為を行う〈冒険者〉自体がアキバの街に居る冒険者の5割に達するかどうかも疑問だ。
そうなるとゲームの時のように装備やポーションなどに〈冒険者〉は金貨を使うことがなくなる。
そして狩りを行う絶対人数が少なく、上級狩場に足を運ぶ〈冒険者〉がほぼ皆無となれば、狩場から供給される戦利品もより少なくなる。
大手ギルドのメンバーであれば所属するギルド内でその戦利品の流通も閉じてしまうであろうし、そうでなくても特に付き合いのあるプレイヤー同士で融通してしまうであろうから、一般のマーケットに供給される素材等のアイテムなんてものは少なくとも数週間は、ほぼ無くなってしまうなんて可能性も高いのではないだろうか。
でもって、このアキバの街にヘタをすると1万人以上は居るであろう一般の〈冒険者〉にとって、一番の関心事は当面の生活、いわゆる衣食住になる。
住居に関しては、中規模以上のギルドに所属しているのならば、ギルドルームやギルドキャッスルで済むであろうし、街の宿屋で部屋を借りたとしても一晩金貨10枚程度だったと記憶している。雨風を凌ぐ程度であれば大して金を使う必要もないはずだ。
着るものに関しては、街で暮らす分にはまあ〈大地人〉の店で販売されている安い衣服で当面どうにかなるだろうし、長くゲームをプレイしている〈冒険者〉であればオシャレ装備としての服なんてものも幾つかは所持しているだろう。
正直言うと下着あたりの事情に関して困っていないわけではないのだが。一応女として。
ゲームとしての〈エルダーテイル〉はプレイヤーの平均年齢は高めといえども18歳未満お断りなゲームではなかったので、ゲーム内の装備としての下着なんてものに関して妙な作り込みがなされているなんてことがなく、ゲーム内のアイテムとしては存在していなかった。
テンプルサイドの街の〈大地人〉、まあ屋敷のリーネちゃんとかに聞いて、〈大地人〉の女性の使っている下着なんてものは融通してもらったりはしているのだが、中世準拠のこの世界のソレというのは現実世界の下着と比べると、形というか性能と言うか肌触りと言うかアレなのである。
特に胸部などサラシのような物くらいしかないのである。
私の場合、現状は巫女装束という着物風の服装でどうにかなっているのだが、コレ以外の服を着ようと思った場合、まあ、色々困るのだ。
胸の部分のあれが無いとなると、なんというかボリュームが無いというか形がどうにも決まらないと言うか誤魔化せないというか。いや、ボリュームがあればあるで困るのだろうがとにかく困るのである。ちくしょう。
実際せっかくアキバに来たのだから、倉庫の奥に仕舞い込んでいるイベントアイテムの水着とか使えないだろうか? とか考えてしまうのである。
「クシ、なんだか段々表情が怖い感じになってきたんだけど。また変な方向に考え行ってない?」
む、ヤエが訝しげな顔をしている。
ちくしょう。ちんちくりんな癖にD位はありそうだからって余裕かましおってからに。
「うう、持っている者には持たざる者の気持ちなんてわからないんだ!」
「なに涙目になってるのよ? 何の話だか全然わかんないんだけど。食材の話だよ?」
「っ!? いやごめん、判ってる。要するに狩りに出る人が少なくて戦利品も流通しなくて、食べ物位しか買うもの無いってことだよね、大雑把に言うと」
「そうそう。まあその食べ物の味があんなっていうのも皮肉な話だけどさ~」
悔しいけれど、考えてみるとヤエの思惑通りに事は進みそうな気がする。食事というのは生活の中でも結構なウェイトを占める重大な項目だ。
加えて私達は世界に誇る食い倒れ人種、日本人。あんな味のない食事のみの生活に対する耐性はどこの国の人より低いだろう。そしてアキバの〈冒険者〉の人口はテンプルサイドなどとは比べ物にならないほど多いのだ。
いやまて、ってことは・・・
「・・・これ実際結構深刻なんでないかい? テンプルサイドはともかくとしてアキバってさ、こんな事態になった現状、ログインしていた人が普段の3割位だったとして3万人、他の街にある程度分散していたとしても半数位はアキバを本拠にしていただろうから大雑把に考えて1万5千人位居るわけじゃない? で、その人数が今まで必要としてなかった食事を必要とするってことはさ、味どころでなく食べ物って足りるのか? テンプルサイドの〈大地人〉の商店とか見ると、店売りアイテムは無尽蔵に在庫があるって感じでも無いじゃん?」
「ん~、まあアキバの〈大地人〉の店とかが特殊かもしれないから現状なんとも言えないかなあ。まあ、行商の人達に入れ知恵するとかはするつもりだけどね~。実際やばかったらミッチーあたりがどうにかしそうな気もするけどさ」
そんなことを言ってヤエはニヤリと笑う。そんな事情も織り込み済みというわけらしい。
「まあそれはともかく、今日はとりあえずクシの倉庫から目星いもの漁って帰ろ~!」
「うう、私の倉庫はモンスターの宝物庫じゃないんだが・・・」
いつの間にか到着したギルド会館の入口の前で、思わず私は肩をげんなりと落とした。
◆
ギルド会館の入口の扉を開くと、そこに待ってたのアキバの街を拠点とするプレイヤーだったら知らない人は居ないんじゃないって言うくらい有名なギルドの2人のギルドマスターだった。
多分ギルドのメンバーにフレンド・リストの監視をさせていたのだろう。
〈エルダー・テイル〉のフレンド・リストは登録されているプレイヤーのログイン状態の他に、そのプレイヤーが自分と同じゾーンに居るかどうかを知る機能も持ってたりする。おまけにその名前とは裏腹、目の前に居るプレイヤーだったら友人かどうかなんて関係なしに相手の許可なしにフレンド登録できてしまうっていうストーカーさん御用達な機能だったりするのだ。
だからクシみたいに結構名の知れちゃっているプレイヤーだと一方的にフレンド登録されてることも多くって、そうなるとアキバの街に入ったとたんに気づかれちゃったりするのである。
誰かには待ち構えられているかもしれないと予想はしていたのだけれど、まさかこのメンツがっていうのは私としても正直予想外だったりする。
精々クラスティ君とかミサミサとかの〈D.D.D〉絡みかなあと思ってたんだけど。
その1人は、黒水晶のような半透明の光沢の中に炎が揺らめいているような意匠の〈全身鎧〉を着込んで、柄の悪そうな笑みを浮かべているトサカ頭のヤンキー兄ちゃん。
ギルドメンバーの数はそこそこだけど、全員がレベル85以上っていうエリート廃人集団、〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、〈黒剣〉のアイザック。ちなみに私達の中での通称、ザッ君。
私とかクシとは別のギルドとはいえ大手戦闘系ギルドに所属していた同士っていう関係上、大規模戦闘なんかで結構競い合ったりしてた、それなりに顔見知りだったりする。
特にクシとは黒っぽい二つ名を付けられた同士という関係なんだか、頭より先に手が出る脳筋同士気が合うからなのか知らないけど、頻繁になんやかんやとどつきあったりしていて、結構仲が良い関係な気がする。
でもってもう一人は、神社にいる神職さんの格好をゲーム的にちょっと派手にしたような服を着ていて、落ち着いたオトナな雰囲気をもった〈神祇官〉のお兄さん。
アキバの街でも〈D.D.D〉に次ぐ規模を誇る戦闘系ギルド〈ホネスティ〉の優等生お真面目ギルドマスター、アインス先生。
私自身は先生とはお互い顔と名前は知ってるって程度であまり面識はないのだけど、クシとは同じゲーム歴の長い〈神祇官〉同士ってことで、お互いが大規模ギルドに関わる以前からの結構古い友人だなんてことを前に話していた。
ちなみに彼らと知り合いっていうのは、今でも一応〈D.D.D〉に所属している事になっている筈の前のキャラクターでの事で、今の『ヤエザクラ』っていうコレではなかったりする。『ヤエザクラ』イコール私って事を知ってる友人は、ほんの数人しかいないのだ。
「よう〈突貫〉、遅かったじゃねえか」
「こんばんわ。お久しぶりですね、クシさん」
当の二人がなんとも対照的な口調で、クシに対して声をかける。
やっぱりというか2人のお目当てはクシみたい。
「うわ、なんでこんな夜中にアキバの誇るトップ廃人が2人も居るんだ? 何か悪企み中だったらこっちは倉庫から物取り出したらすぐ退散するからさ、ちょっと待ってくれないかい?」
2人の挨拶に対して、クシが返すのは素っ頓狂な返事。
相変わらずクシは客観的に自分がどういう風に見られているか理解していない。
この状況、どう考えったってクシに会うために待ち伏せしてたんだって判らないかなあ。
ん~、今回の食材の件とか何とか、クシと一緒に私が居るってことを知られるってのにはデメリットしかなさそうだし、何よりメンドイからこの場は私はパスしよう。
私はクシに目で合図して、とっととギルド会館の奥の、倉庫の窓口を担当する〈大地人〉の居るカウンターに向かって足を向ける。
クシはちょっと恨めし気な顔をしながら、渋々といった感じで目線で了承の合図を返してくる。
アインス先生の「そちらのお嬢さんはお知り合いですか?」なんて質問に対しても最近知り合った初心者だってな感じで適当に誤魔化してくれたようだ。
まあ、ここらへんは長年の付き合いというか何というかそういうやつなのである。
「しっかしよ、なんでも何もねえだろ。ログインしてる痕跡はあれど姿を見せねえ噂の〈突貫〉がアキバの街に現れたってんだぜ。いっちょ顔を拝みに行ってやろうかって気になったって何もおかしな事なんてないと思うぜオレは。それからお前にだけは廃人とか言われたくねえ」
「そうですね、この事態がなくとも〈D.D.D〉の三羽烏の一羽が欠けたというのはここ数ヶ月大きな話題になっていましたからね。この2日間どのホームタウンにも足を運んだ痕跡の無かったその当事者が現れた訳ですから、私としても放っておくわけにはいけないと判断せざるを得ません。まあ、少しは事態が把握できつつある現状、主な戦闘系ギルド間の情報交換の場としても良いタイミングかなという思惑もありますが」
私は窓口担当の〈大地人〉のおじさんと話をしながら3人の会話に聞き耳立て中。
まあそうなるよねえ。クシが〈D.D.D〉を抜けたって事や引退するかもっていう話なんかは、特に戦闘系ギルドの中では結構話題になってたし、一部知り合い以外からしたらこんな状況になって初めてその当人の所在が確認できたって訳なんだから、何をしてたのかとか、現状での〈D.D.D〉との関係とか気にならないわけ無いよねえ。
「噂って何? 話題ってなんだ? なんか2人とも私を待ち伏せしたかのような言い方に聞こえる気がするんだけど、私なんかしたか?」
「お前、自分が結構な有名なプレイヤーだってこと、そろそろ認めたほうがいいと思うぜ。なあ、〈黒剣もドン引き〉」
「そうですね、特に戦闘系ギルドに所属するプレイヤーであれば〈D.D.D〉の〈突貫黒巫女〉といえば知らぬものは居ない程の名ですし、一線で活躍しているギルドの主要プレイヤーにも多くの知り合いを持ち、なおかつどのギルドにも所属していないというのは注目を集めるのに十分すぎる理由だと思いますよ。かの〈黒剣〉本人にドン引きと言わしめる位ですしね」
「うう、ドン引きとかいうな・・・」
ザッ君と先生が笑いながらそんなことを言う。
うん、私もそれには全面的に同意かな。恨めしげにしてるけど、鈍感なクシに同情の余地はないと思う。
ちなみに〈黒剣もドン引き〉っていうのはクシの持つ数多い2つ名のうちのひとつで、クシには内緒なんだけど実は言い出したのは私だったりして。思ったよりなんだか広まってるみたいで喜ばしい限りでございます。
「ま、それはそれとしてよ、〈D.D.D〉と仲違いしたってんだったらうちにこねえか? お前だったらうちのメンバーも誰も文句はねえだろうしよ、うちにくりゃ少なくとも〈ドン引き〉なんて二つ名だけはなくなるんじゃねえか?」
「アイザックさん、抜け駆けはずるいですよ。そう来るのでしたら私も黙ってるわけにはいきませんね。どうです? こんな状況ですし私共〈ホネスティ〉に参加して見ませんか? 〈西風の旅団〉には及びませんが、 他の戦闘系ギルドに比べればうちは女性プレイヤーの比率も高いですし、〈黒剣騎士団〉は殆ど男性ばかりのむさい男所帯ですし。クシさんとしても同性の仲間が多い方が何かとやりやすいのではないでしょうか?」
なるほど。アキバの街は各ギルド内で閉じこもってる雰囲気で、ギルド以外のメンバーに対して警戒心ばりばりって話は聞いてたけど、これほどまでに酷い状態なのか。ザッ君はともかくとして先生までそんな事を言うとなるとこれはよっぽどの事態だと考えざるをえない感じかも。
なんて事を考えていると、ギルド会館の扉がばーんって感じで開いて、新たな挑戦者が入ってきた。
「アイザックさんアインスさん、失礼なことを言わないで下さい。先輩は〈D.D.D〉と仲違いして脱退した訳ではありません。ちょっととち狂っていつもの家出をしているだけでです! 変な勧誘や引き抜きはお断りします」
「うわでた山ちゃん」
「おっと、〈D.D.D〉の鋼鉄の女のお出ましかよ。どうしたよ? 陰険サドメガネは顔ださねえのか?」
「誰が鋼鉄の女ですか。あとうわでたとか失礼すぎます先輩。それはともかく、隊長は他の要件で現在手が離せませんので、僭越ながら私がこの場の〈D.D.D〉の代表として臨席させて頂きます」
腐れ縁というかお馴染みというか、〈D.D.D〉の三羽烏のもう一人、私達の後輩である冷静な真面目っ子、鉄の女こと高山三佐、私の中での通称ミサミサ登場。この場のカオス度アップは必至。
矢面に立たされてるクシは大変だろうけど、傍から見てる分にはとっても面白い状況かも。
ほんとクシと一緒にいると、次から次へと色々起こるから退屈する暇がないよね~
私はそんなことを思って、ついついにやりとしてしまうのだ。
◆
「引き抜きとか言うけどよ、〈D.D.D〉だって先生んとこの〈ホネスティ〉だってよ、幾つかの中小ギルドを吸収したって噂は聞いてるぜ。うちはゲームの時から一貫してレベル85以上の気合入ってそうな見所のある無所属の奴らに声かけてるだけだぜ。文句いわれる筋合いはねえってえの」
「私達〈D.D.D〉も、こんな事態になったからといって運営方針を変えているわけではありません。中小ギルド吸収の件も、先方からの提案を受け入れただけで、特にギルドの人数を増やそうと積極的に動いてるわけではありませんので、あしからず」
「それは私達も同様ですね。正直言うと現状、ギルドの人数が増えるのは混乱の要因にはなれどメリットは少ないと考えてはいるのですが、少人数のギルドでは不安ばかり募るというのも判らなくはないので。それを考えると受け入れないわけにはいかないというのが正直な所です」
「ちっ。弱い奴らほど群れたがるって訳かよ。胸糞悪い」
なんだか山ちゃん達は大規模戦闘ギルド間の睨み合いって感じでヒートアップ中。全くこんな事になるんだったら最初から一般人な私なんか放っておいてくれればいいのに。
あと、ちゃっかり最初の時点で逃げ出したヤエは、離れたところからこの事態を眺めてニヤニヤしている。
まあ、現状では商売的にヤエがINしてるってこととか知られたくないってのは判らなくはないから同意したけどさ、あれはズルイ。
「幾つかのギルドが強引な引き抜きなどを行なっているという噂も聞きます。私達までそういう手段を取ってしえばアキバの街の混乱を加速させてしまいますから、出来れば私達〈ホネスティ〉、〈D.D.D〉、〈黒剣騎士団〉だけでも冷静に行動したいものですね」
「まあ良いんじゃねえか。うちはそんなダサいことする気はさらさらねえしよ」
「同意します。私達も拡大路線を意図しているわけではないですから。ただ〈D.D.D〉は以前からレベルや経験を問わず、加入を望むプレイヤーは受け入れる方針ですので、先方からの要望があれば受け入れざるを得ませんが」
「まあ、それは〈ホネスティ〉も同様ですからね。とはいえ現在のように急激にメンバーが増えてしまうと、末端まで目が行き届かなるのが苦しいところです」
うん、なんやかんや言っていたけど、どうやら話はまとまる方向みたいな雰囲気になってきたみたいだ。
全く最初からこうやって当事者同士で話しあえばいいのだ。人をだしにつかいおってからに。
さて、それでは倉庫から必要なもの引き出して、とっとと帰って寝るとしましょうか。
抜き足差し足忍び足。足音を立てないようにこの場を退散しようと背を向けたのだが、白衣の襟の後ろの部分を誰かに掴まれてしまう。
「何他人のふりして逃げようとしてるんですか先輩。今回の当事者は先輩なんですよ! 隊長からもヤエ先輩と何かやってる分には面白そうだから放っておいもかまわないが、他に引き抜かれるようだったら面白くないから連れ帰ってこいと言われています。実際先輩はどうするつもりなんですか?」
うわなんだ山ちゃん、首根っこ掴むな。そんな怖い目で睨むな。
「そうだぜ〈突貫〉。結局お前はどこに行くんだよ。うちか? 〈ホネスティ〉か? 〈D.D.D〉に戻るのか? はっきりしやがれ!」
ちょっとまてザッ君。なんでその3択に限定されているのだ!?
「ですね、ここははっきりしていただきたい所です。クシさんがどういった行動を取るかということが、このアキバの街に少なくない影響を与えるということをそろそろ自覚していただきたいですね」
影響ってなんですか? なんで先生までそんなこと言うですか。
なんで皆して私を追い詰めるですか? 私が何をしたというですか??
「ぎゃ~~~!! 私はどこにも入らないから!! 〈D.D.D〉にも戻らないし、ザッ君のとこにも先生のとこにも他のどこにも行かないから! テンプルサイドで大人しくしてるからもう勘弁して!!」
ええ、泣き脅しですが。大人気ないですが。
ほんともう勘弁して下さい。お願いします。
◆
私の醜態をみて諦めてくれたのか、ザッ君と先生はとりあえずという感じで帰ってくれた。
この場に残っているのは呆れ顔な山ちゃんと、ニヤニヤした顔をしたヤエ。
「アキバの主要な戦闘系ギルドのギルマス3人からのお誘いを全部断るとか、罪な女だねえクシ。私を取り合って喧嘩するなんてやめて! って感じ?」
「うう、そんなんじゃないの知ってて言ってるだろ、ちくしょう」
そうなのだ。絶対そんな色気がある話になるわけがないのだ。
アインス先生は普段から落ち着いた雰囲気で、浮いた噂なんて聞いたことがないプレイヤーだ。上手く言葉にはできないのだけれど、彼女が居るとかは考えられないけれど奥さんなら居そうというか、子煩悩な職場の先輩のような妻帯者っぽい雰囲気がある。
まあギルドマスターがそういった危険を微塵も感じさせない雰囲気だからこそ、〈ホネスティ〉には戦闘系ギルドにしては多くの女性プレイヤーが在籍しているのだろうとは思うのだけれど。
それとは逆にアイザック君というか〈黒剣騎士団〉から受ける雰囲気は、言っては悪いが恋愛とかといった感情未満の幼稚な雰囲気だったりする。なんて言うかあれは中学生男子の集まりというかガキ大将の周りに集まるやんちゃ物集団。彼にもそんな気はないだろうし、私自身も彼とはケンカ友達といった感情以上のものを持てる気がさっぱりしない。
そして最後が一番厄介なクラスティ君である。
彼は何というか自分の感情をほぼ完璧にコントロールして達観しているくせに、わざと思わせぶりなことをたまに発しては周りを混乱させて楽しむ悪癖がある陰険でドSなサド眼鏡なのだ。あれとまともな恋愛なんてものが出来る女性が居るとは到底思えない。
全く何で私の周りにはこんな男共しか居ないのであろうか。
「〈D.D.D〉への復帰は断られてしまいましたが、他に取られるよりはマシと考えてとりあえず今日は引いておきます。しかしヤエ先輩、本当にキャラ変えちゃったんですね。こんな現実世界の時みたいな中学生な見た目になってしまって。というか女性キャラって時点で驚きですけど」
「む、ミサミサなんか言葉に棘がない? なんだか先輩に対する尊敬とかそういうのが感じられないの」
「いままでの仕打ちから尊敬なんてものがあると思える方が異常です。何を期待してるんですか、ヤエ先輩。あとミサミサはやめてください。某漫画的に頭悪そうに思われますし、ろくな結末が待っていそうにありませんので」
「う~、ミサミサが反抗期なの~」
面と向かって話しだすと、相変わらずこの2人は喧嘩腰だ。全く仲が良いのか悪いのか。
「まあ、それは置いておくくとしても、何でこのタイミングでアキバの街に戻ってきたのですか? 倉庫に用事があったことは予想できますが。ヤエ先輩、今度は何を企んでいるんです?」
「う~、ミサミサが私ばっかり悪者にするの~。クシも此処にいるんだしさ、私だけじゃなくってクシを少しは疑ってもいいじゃん。なんで最初から私なのよ~」
うん、この漫才に付き合っているといくら時間があっても足りない。あと正直すごく眠い。
明日も早くから予定は色々つまっているのだ。ここはもうとっとと切り上げたいところである。
「ん~、山ちゃんもさ、色々気なる所はあると思うんだけど、今回のヤエの悪巧みに関しては特に誰かに迷惑かける類のものではないのは私が補償するから、まあちょっと様子見ておいてよ。悪乗りするようだったら私がちゃんと止めるようにするからさ」
「はあ、クシ先輩がそう言うのであれば、今日の所は引いておきます」
「うん、ありがと」
「ぶ~、なんか納得行かない」
「「それは日頃の行いだ(です)」」
というわけで、色々と面倒なことがあった異世界漂流サバイバルの2日目はやっとのことで幕を閉じる。
ちなみに帰り道の空の旅も寒くて怖くて散々だったわけなのだけれど。2度と夜間飛行はしないと心に誓ったわけだけど。
屋敷に帰ってベットに転がり込んだ後は、何かを考えるまもなく一瞬で夢の中へ。
明日のことは明日の自分におまかせなのである。