恋歌の失恋
2009年代に書いた作品に修正を加えた作品です。その内改稿するかもしれません。痴漢の描写があります。ご注意ください。
名前に恋なんてついているからいけないのだろうか。
親の付けた名前を呪わしく思いながら、恋歌はコンビニの袋を片手に引っさげて、夜の道路をとぼとぼ歩いていた。仕事帰りに駅の近くにあるコンビニに寄って、メールで頼まれていた酒を買って帰るところだ。酒を飲むのは四六時中家にいるヒモの利紀だけで、恋歌は一口飲んだだけで全身が真っ赤になってしまう、酒に弱い体質だった。
いい加減別れた方がいいかな、と恋歌は利紀の事を考えて思った。
普通に恋をして、一年前から同棲を始めた相手だった。だが一緒に住んで半月もしない内に利紀は勝手に仕事を辞め、今も全く働いていない状況だ。最近は酒を片手にオンラインゲームに夢中になっている。無料を謳ってはいるが、ネットに繋げるための回線量は誰が払っているんでしょうね、と仕事から帰る度に恋歌は腹が立ってくる。
それでも利紀を追い出さないのは、好きになったよしみからだった。
彼と出会ったのは、恋歌が電車で通勤している時だった。
朝の満員電車、それだけで息の詰まる空間なのに。
恋歌の通う会社まであと数駅、というところで、突然何者かが彼女の体を触り始めたのだ。
何で私が。嫌悪と屈辱感で胸一杯になりながら、恐さとショックもあって恋歌は何も言えなかった。そんな時「やめろよ」と当時は働いていたスーツ姿の利紀が、痴漢をしていたらしい男を捕らえ、地面に押さえつけた。
恋歌はすぐに電車を降り、駅員に突き出され連れて行かれていった痴漢を遠い目で見つめてから、助けてくれた男が去ろうとしているのに気づいた。一応お礼を言っておかなければ。
恋歌は男を後ろから呼び止めた。
「あの、助けてくれてありがとうございます。これ、会社用のやつなんですが、良かったらどうぞ」
恋歌はそっと名詞を差し出す。彼女の電話番号とメールアドレスが書かれている。一瞬間を空けて、男はそれを受け取った。大した事じゃないから、という謙虚な姿勢が好印象だった。それから男からメールが届き、ほぼ毎日メールをやりとりするようになった。仕事の愚痴の相談に乗ってくれたり、彼のメールはユーモアに富んでいて面白かった。やがて休日に二人で会う事を考えるのに、時間はかからなかった。
本当にあんな男だとは思わなかったのだ。自分は間違いなく男運が悪いのかもしれない。
二階建ての木造築三十年は経とうかというオンボロアパートの気味悪くきしむ階段を上り、自分の部屋の前まで行って、鍵を取り出して鍵穴に嵌めた。かちっと鍵の開く音がして、扉を開けた。中は暗く静かだった。
「利紀?」
全く、電気ぐらいつけておきなさいよ。そう思って恋歌は利紀の部屋へ行った。頼まれていた酒を渡すためだ。
利紀の部屋は扉が閉まっていて、中の様子は分からない。
「ただいま~ 利紀。お酒買ってきたわよ」
扉を内側へ開け、中の様子を見ると、ベッドの上でオンラインゲームをやっている筈の利紀と、見たこともない女が裸で絡みあっていた。恋歌は驚いて思わずコンビニの袋を落としてしまった。
「……これは一体……」
二人も驚いた顔をし、固まった体勢のままこちらを見ていた。
「どんな訳があるっていうのよ!」
「これには訳が」と言い出す利紀を、女と一緒に叩き殺さんばかりの勢いで家から追い出した恋歌は、キレて叫んだ。
利紀も女も裸のまま追い出してやった。滑稽ったらない。ざまあみやがれ。
そう思っていたのは良い方だった。後になるにつれ恋歌は自分の男運の悪さに泣けてきた。同期で結婚している人もいるのに。
今までたくさん告白もしたしされたし、自分のルックスや性格にひどい問題はないと思う。けれどやはり相手の方だ。付き合っているうちに悪さが露見するのは。それも肉体関係を持った後であるから性質が悪い。
中学の時に初めて付き合った少年は、少年同士の抗争で殺されて、泣きに泣いた残された恋歌を慰めてくれた少年も、実は抗争に関わっていたことを知って別れた。高校の時の先輩は実はマゾヒストで初デートの時……挙げてもきりがない。
私は恋多き女。恋歌という名に負けないわ。誰かが、本当にまともで私を裏切らない人が、きっとこの世の中に一人はいるはず。なんたって人類65億人もいるんですもの。
大好きな山口百恵の「いい日旅立ち」を聞きながら、恋歌は一人涙を流すのだった。
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