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進め

掲載日:2026/11/07

 割れた風鈴が風に揺られ、歪な音を鳴らしている。

 とある田舎町にある、もう誰も住んでいない廃れた家。

 そこに、もうすぐ50歳半ばの男の姿があった。

 男は家族を失い、職を失い、家を失った浮浪者だった。

 妻に浮気をされた上に、家が妻名義だったが為に追い出され、精神的ショックにより仕事も上手くいかずに肩を叩かれた。

 男には既に親族はおらず、実家なんてものはとうの昔に失くなっていた。

 だから、誰にも頼ることができず、生きる目的も見失って浮浪者となり、彷徨い歩いた末にこの廃屋に辿り着いたのだった。


 男は日雇いの仕事で日々を凌いでいた。

 慣れない肉体労働。

 年齢的にもキツく、しかし我慢してこなさなければ生きてはいけない。

 仕事を終え、疲れ切った体でスーパーの値引き品を適当に見繕い、廃屋で食べる。

 割れた風鈴の歪な音も、最初こそ不気味だったが、今では子守唄のように聞こえてすぐ寝入ってしまう。




 ある日のことだった。

 男の体は疲れ切っており、悲鳴を上げていた。

 動くことすら難しく、数日間は少しずつ貯めた金で乗り切れそうだった為、この日は完全オフの日とした。

 ただ、ずっと寝転がっているのも気持ちが悪く、男は廃屋の中を探索することにした。


 家の中を探索しながら、男は以前住んでいた住人のことを考える。

 至る所に私物が置いてあり、引越しをしたという感じではなかった。

 いや、もしかしたら不用品を置いて引越した可能性もあるが、どちらかというと住むことができなくなった感じがした。

 亡くなったのか、施設に入ったのか、どちらにせよ親族はおらず、ずっと放置されていたのではないかと男は思った。


 1枚の写真を見つけた。

 その写真は、居間の棚の中にあった。

 老夫婦と若い娘の3人が一緒に写ったものだった。

 親子だろうか。

 もしかしたら祖父母と孫かもしれない。

 男は失ったばかりの家族を思い出す。

 妻のことはもういい。

 しかし、まだ学生の娘のことは心配だった。

 自分がもう少し強く言える人間だったら、親権は取れたかもしれないのに。

 男は己の弱さを悔いた。




 その日の夜。

 男は夢を見た。

 昼間に写真で見た老夫婦と娘が、自分と一緒に食事をしている夢だった。

 会話の内容は思い出せない。

 しかし、皆して笑顔で、楽しそうにしながら食事をしていた。




 翌日、男が目を覚ますと、周囲には、昨日までなかったものが広がっており、男は声を上げ、腰を抜かした。

 床一面の乾いた血痕だった。

 男は気付く。

 特に血の色が濃い所は、夢の中で老夫婦と娘が座っていた場所だった。

 いったい寝ている間に何が起きたのか。

 男の中に恐れの感情が湧き上がる。

 とにかく早くここを出なくては。

 男はなんとか立ち上がろうとするが、一度抜けた腰はなかなか思うように動いてはくれなかった。

 そんな中、たまたま視界に入った壁を見て、その湧き上がった恐れの感情は徐々に落ち着いていった。


 ──進め。


 ただ2文字。

 まるで書道家が大きな筆を使い、赤い墨で荒々しく書いたかのようだった。

 その2文字は、生きる目的を見失った男の胸に、ぼんやりと小さな火をつけた。

 ふと、思い出せなかった夢の中の老夫婦と娘が言っていた言葉が、男の頭に浮かぶ。


「大丈夫じゃ、なんとかなる」

「私らは応援しておるよ」

「頑張ってください」


 男は文字が書かれた壁に写真を立てかけ、一礼をした。

 そして、廃屋を出て、新しい一歩を踏み出した。

何事も、まずは一歩から。

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― 新着の感想 ―
俺にはちょっとわかりにくい話しでした。 「進め」とは死者からのエールなんでしょうね。
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