ep.2 始まりの少女アリス
「私はアリス。あいつらには試作No.01って呼ばれてる。よろしくね」
自身をアリスと名乗る少女が棚の影から現れた。その容姿は先程の兎とは打って変わって小柄でとても怪物とはいえないものだった。だが人間では無いことを背中の翼が示している。
「君は何者だ?さっきの兎は!あの放送は!」
これまで不安と緊張で押さえつけられていた溜まりに溜まった疑問を投げつける。
「ついさっき言ったじゃない私はアリス。あいつらには試作No.01って呼ばれてるって。出来ればアリスの方で呼んで欲しいな」
「アリス…俺は、君はどういった存在なのか、何のためにここにいるのか、そう聞きたいんだ」
俺は焦る気持ちを落ち着かせ、改めてアリスに問う。
「何も知らないみたいね。ここの事も、私たちのことも。いいわ教えてあげる、だから協力して。」
「私の計画には人手が足りないの」
「計画?俺はここを出たいんだけどな」
「計画が上手く行けば無事に出られるわ。私の目的はここの支配者、あの人を止めること。あの人が今のままだとあなただけじゃない!世界が危ないの!」
アリスは身を乗り出し必死の思いで訴えかけてくる。
「大きく出たな世界なんて。あの兎でか?」
ここに来てから現実味のないことばかり起こってる。正直夢でないかと思うほど。だがこの身に感じる感覚は現実だと告げている。
「兎は始まりに過ぎないの…あれより恐ろしいのがどんどん作られてる。私みたいな初期型はほとんど残ってない…みんな、奴らに殺された。」
アリスの目に涙が浮かぶ、その涙が俺に真実だと伝えるかのように。
「だから少しでも人手がいるの。」
「あんな化け物が大勢いて、止められるわけがない…だろ?」
あの怪力兎より化け物なのがまだいるなら脱出なんて絶望的だ。そんな奴らを止めるなんて…
「まて、あの人って言うからには知り合いなのか?」
敵を指す呼び名にしては優しすぎないか?そこが気になった。奴、あいつ、他にも呼び名はあるはずだろうに。
「ええ、私達はみんなあの人に作られたから。でも…あの人は変わってしまった、あの日から…」
(今から5年ほど前…あの人はアリスギアの社長だった、こうなる前は優しい人だったわ…社員のことを家族のように愛していた。もちろん家族のことも…でもあの人の息子が不治の病に犯されたの。そしてあの人は息子の病を治すために会社の全技術と全知識をかき集めた。)
「おはよう。君の名前ははアリスだ。」
(そう、私がその試作品第1号だった。)
(あの人は息子の身体を新たに作ろうとした。その前段階が私たち。あの人は天才だった身体だけじゃない、その魂すらも作り上げた。もともとここはAI技術に優れていたことが幸をそうしたのでしょうね。)
「手伝ってくれるかなアリス…」
「ええ!私もお兄ちゃんに会いたいもの!」
(私はあの人の研究を手伝った。それから2年間の研究でようやく計画達成の目前まで来れた。完全な肉体の創造こそ最後のパーツだった。)
「アリス…本当にいいのか?まだ安全かは確定してないんだぞ?」
男は天才だった、だが心配は尽きない。何せアリスはこの2年間で彼にとって本当の娘のような存在となっていたからだ。
「だからこそじゃない!失敗しても私ならすぐに出られるわ」
(意識のないお兄ちゃんより動ける私で試すべきだとそう思ったの。)
「わかった…何かあればそのボタンを押して脱出するんだぞ。肉体を持った君に会えるのを楽しみにしているよ」
「うん!行ってくるわ!パパ」
アリスは笑顔で返事を返し、ポットに入った。それを確認した男は扉を閉める。その表情はどこか不安げだった。だが彼は信じたもう1人の我が子を、これまでの研鑽を。
「始めろ…」
(試運転で私をコアにして肉体を作ろうとした。)
(でも…)
〈システムエラー システムエラー クイーンシステムに異常発生〉
(失敗した。)
「アリス!すぐに脱出ボタンを押すんだ!」
(もちろん、私はすぐにそこから出ようとしたわでも暴走したシステムのせいで反応がなかった。そこで私の意識は消えた。)
(次に記憶があるのは…)
「生きてる…?どのくらい寝てたの…」
アリスはベッドから起き上がり研究室に向かった。
薄暗くなり照明が点滅する廊下を歩きながら、それでも不安はなかった。彼女はこう思っていたから、照明の点滅もひび割れた廊下もあのシステムエラーが原因だと…
「やぁ…アリス、おはよう2週間ぶりかな?」
(私を迎えたのは記憶にあるあの人じゃなかった…ボロボロの研究室に血と死体に囲まれて立っていたそれは、全身機械の鎧に覆われた気味の悪い化け物だった。その瞳には昔の優しさは消えていた…)
男は…男だったそれは駆動音を響かせながらアリスの傍による。
「あなたは…だれ?」
「私を忘れたのか?仕方ないか、あんな事故があっては…」
(聞き覚えのある声だったわ。そして恐ろしい想像が浮かんだわ、あの人は自分の体にあの実験を施したんだって。)
「パパ…なの?」
(そうでないと言って欲しかった…でも周囲に散らばった血と死体の中にあの人いることも考えたくなかった。)
「そうだ…私が君の父親さ」
(衝撃だった…でもきっと中身は変わってない、そう思ったこともあったわ…でも変わってしまった。あの人はもうどこにもいない…)
気が付けばアリスの目から堪えていた涙が溢れていた。
「それまで私のような存在を作っていたけど、あの日から本当の化け物を作るようになってしまったの、少しずつ社員も犠牲になっていったわ。バリー・バニーも元々は小柄で優しい兎だったのよ?でもあの人が作り替えた…凶暴な化け物に…」
「だから止めなきゃいけないの!お願い力を貸して!」
俺は悩んだ…俺は大層な人間では無い…力もなければ屈強な精神もない。今も兎の恐怖に体が震えている。
「わかった…」
たった一言、俺は放っていた。恐怖でおかしくなったのか、またはアリスに同情したのか、もはや分からない。でもそう言った時から震えは収まっていた。
「ありが…!」
ドコォォン!
再び衝撃が走る、感じたことのある衝撃だった。金属が軋むような低い唸り、空気が震え、埃が舞い上がる。赤い眼光が闇の奥で二つ、揺れている。
「まずい!こっちよ!急いで!」
俺はアリスを追いかけ走り出した。だが不思議と恐怖は薄い。アリスの話を聞いてあの人を思い出したからかな…俺の尊敬するあの人を…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
??No.???ーー???
肉と管で繋がれた機械で構成された人型の化け物。意思疎通が可能。元人間でアリスギアの社長、アリスを始めとする化け物達の生みの親




