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⒌ 陰謀

 



 トキは自室で何をするでもなく、天井を眺めていた。

 側には手をつけていない朝食が置かれている。暖かかったご飯は、冷え切っているだろう。


(ああ、でも食べなきゃ。ご飯は無駄にしたらダメだって……、エアが言ってた)


 トキは起き上がり、スプーンを手に取った。

 上品な薄味のスープは、そうでなくとも味がしないのに、今は、美味しいも、不味いも、感じない。


(エア、無事でいるかな。王子の求婚、どうして断ったんだろう。良い生活ができるのに。ああでも、エアはそんなものに、興味はないかな)


 思考する時間だけは持て余すほどある。


(嫌だなあ。エアが、俺じゃないだれかと、一緒にいるのは……)


 いつもエアのことが気に掛かって何も手につかない。


(王子は、いいなあ。エアと年が近く……て………)


 カラン、という音と共に、スプーンが地面に落ちた。


(俺、いま、なにを……!?)


 エアが望んでもいない王子からの求婚のせいで大変な目に遭っているのに、自分が王子を羨ましいとおもったことに、トキは愕然とした。そして激しい自己嫌悪に襲われる。


『人間なんて、そんなものだよ』


 ふと思い出した言葉にゾッとした。トキはいま、エアに諦めと落胆が入り混じった目を向けられるようなことを、考えなかったか。


(エアは、いつも笑顔だけど、人に対しては何も期待していないのは、俺みたいな考えの人が、エアの周りにいたからなのかな)


 エアにそんな顔をさせたくはない。トキは一度考えることをやめて、スプーンを取るために床に手を伸ばした。



 トキは父であるグリマティオに呼ばれて、一週間ぶりに自室の部屋から出ることを許された。

 ドアに張られた結界魔法はあの時解くことができなかったのか、それとも再び張られたのか定かではないが、部屋から自力で抜け出すことは叶わなかった。


「エア・ムズルの処刑が決まった」


「は?」


 父の口から信じられない言葉が飛び出した。

 トキは目も口も開いたまま、思考も停止した。グリマティオはさらに続ける。


「ハリオット殿下によるエア・ムズルへの求婚は夜会に出席していた大勢が見ていたのでな。今更取り繕うこともできん。大衆の面前であのように恥をかかされ、且つ酒まで浴びせられて黙っていては、王族の面目が立つまい」


 グリマティオは顎に手を当てながら、優雅な口調で話す。


「魔塵への対処も、あれ一人いなくなったところで最早問題ない。しかし流石に処刑を公開することはせぬ。そこで、だ」


 グリマティオは未だ呆然とするトキに何かを手渡した。


「お前が殺るのだ」


 トキの手のひらには柄の美しいナイフと、小瓶が置かれている。


「お前の時を司る魔法であいつを存在ごと消せ。と、言いたいところだが。まあ誰しも失敗することはあるだろう。その二つは保険だ。エア・ムズルを消せば、お前には褒美をやろう。そうだな、宰相の肩書は、まだやれぬが……それなりには考えておいてやろう」


 グリマティオは滅多にせぬ動作でトキの肩を2回、労わるように叩いて、その場から去っていった。


 取り残されたトキは、グリマティオの言葉を理解できぬまま、呆然と突っ立っていた。


「僕が、エアを」


 じわじわと絶望がグリマティオの言葉と共に迫る。彼はなんと言ったか。



()れ』



 トキは気分が悪くなり、その場にうずくまった。髪を引っ張り、頭を抱えて、焦点の合わない目で暗い床を見つめる。見開かれたその眼には何も写ってはいない。


「処刑……エアが、死ぬ?殺される?僕が、何を……」


 大人びていたとて、未来を期待される宰相の息子であったとて、トキは子供だ。


「そうだ、エアに、聞きに行こう」


 自分の理解を超えた、対処法のわからない出来事に直面した際、信頼できる大人に頼るのが良策なのは言うまでもない。


 しかしいまのトキには、正常な判断ができないでいた。


 この選択が、アレストカインの最大の過ちを引き起こすことを、彼はまだ知らない。


<><><>


「して、グリマティオ。様子はどうだね。うまくいきそうか?」


 その日の夕刻、王城の客間には、登城したグリマティオとこの国の王、王妃の3人の姿があった。

 人払いのなされた客間で、3人は談笑混じりの密約を交わす。


「アレストカインが王城に向かったことは確認いたしました。我が息子ながら、あやつは時を司る魔法を行使できます故、ご期待いただければと」


「そうか。それにしても其方の息子、おお、なんと言ったか。まあ、その方には些か酷なことを命じてしまったな」


「ええ。エア・ムズルの弟子であったのでしょう?」


 王は宰相の三男など内心ではどうでもいいと思っていることを隠しもしない。王妃は殊更のんびりとした口調で同情するように嘲笑った。


 グリマティオは二人の言葉に、困り笑いを浮かべて首を振った。


「滅相もないことでございます。アレストカインにはエア・ムズルの監視の命を与えていたにもかかわらず、このようなことになってしまい、大変申し訳ありません。あやつをあの魔法使いのもとにやってから、最近では私にも反抗めいた態度をとり、困っていたところでございます。此度の件はいい薬になりましょう」


「其方も苦労しておったのだな。我が娘も年頃故、困っておるところなのだよ。それもこれもエア・ムズルのせいでな。ハリオットといい、リシェンナといい、この国の未来をあやつらに任せるには、もうしばらくかかるやもしれんな」


「あら陛下、ハリオットはよくできた子でしてよ。あの女に声をかけたのも、あの女を側女にするつもりだったのだと言っていたわ。平民では何かと苦労があるだろうと。あんな魔力量しか取り柄のない女にまで慈悲をかけなくていいと教えてはおいたけれど、素晴らしい心掛けではなくて?夜会のことに関しては、慈愛の心がいきすぎたと反省もしていたわよ」


 この国の王サンタネルラと、王妃リアージャ、そして第一王子であるハリオットは、グリマティオに言わせれば、馬鹿だ。

 サンタネルラとリアージャは子煩悩。件のパーティーでハリオットがエア・ムズルに行ったのは慈悲の心に基づく側女の提案などではなく、美しさに心奪われた故の正妃への求婚であったことなど、誰の目から見ても明らかであった。息子の証言を鵜呑みにする王妃も、息子の顔を立てようとしてエア・ムズル処刑の判断を下したサンタネルラも、なんて呑気なと思わずにはいられない。


 そして最も愚かなのは言うまでもなくハリオットだ。この二人に甘やかされて育てられたのだから、我儘かつ傲慢なのは言うまでもない。しかしハリオットは馬鹿なくらいが丁度いい。王が代替わりした暁には、宰相としてグリマティオがこの国を動かせるのだから。


「まこと、ハリオット様はトルクネリアの宝となりましょうな」


「グリマティオよ。其方の息子も役目を果たした暁には、きちんと褒美を獲らせることよな」


「お心遣い、痛み入ります」


 グリマティオは内心でほくそ笑んだ。この計画がうまくいけば、アレストカインの心象もよくなる上に、サルファー家に対しても褒賞を約束されたのだから。


 アレストカインの魔法、時を司る魔法は、王国広しといえども稀に見る珍しい魔法であった。アレストカインの魔法の能力がどれほどのものか把握できれば、この国を牛耳ることも容易になるだろう。


「明日も登城するのだったな。泊まっていくか?客室を用意させよう」


「有り難いお言葉、私などには勿体なく存じます。しかし息子の帰宅を見届けなければなりませぬ故、本日はお暇させていただきます」


「おお、そうであるな。ではまた明日、結果を報告してくれ」


 グリマティオは帰宅の挨拶をして、客間を後にした。王城から出るサルファー家の馬車に乗り、やっと大きく息を吐き出す。


「ははっ」


 力を持ちすぎたエア・ムズルをどう料理してやろうかと常から目論んでいたグリマティオは、思いの外尚早に、且つ都合の良い理由にほくそ笑んだ。


「失敗は許さんぞ」


 つぶやきは、魔法車の車輪の音にかき消された。




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