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⒉ エアとトキ②

 



 トルクネリア王国では、魔法使い個人の技量は等級によって表され、三等級以上は膨大な魔力と高い魔法技量を有し、国に属することが義務付けられている。政治についての要職を担うことも珍しくない。個人の力量で出世できる仕組みであるため、家柄の貴賤に依らないというのが魔法使いの世の建前だ。実際は二等級以上、準一級と一級は貴族の者にしか与えられた前例は無い。


 そのためエアのような平民からポッと出た強すぎる魔法使いは、「特定」級の魔法使いとして分けられ、政治には関われないよう限定的な権限のみを付与されていた。

 それでもエアは類を見ないと言われるほどの膨大な魔力と魔法センスの持ち主で、軍に所属し、有害な「魔塵」と呼ばれる災害を一瞬で払う、強力な魔法使いだった。


 トキはそんな、エアの弟子だ。家事や雑用ばかりしているわけではない。


「トキ、魔法使う時に考えすぎ。もっと適当でいいんだよ」


「適当で使えるのなんか、エアだけだよ」


 家の近くの樺の木が生い立つ明るい林の中で、トキはエアに魔法を教わっていた。失敗した水魔法で全身ずぶ濡れになった二人から、エアが水滴を手のひらの上、一箇所に集めるように剥がしていく。


 魔法使いには、誰しもに得意魔法というものがある。息を吸うように簡単に発動できたり、他の魔法よりも強い魔力を込めることができたり、と得意の部類は人によって違うが、扱うことに長けた魔法だ。


 エアは空気を操る魔法全般が得意魔法にあたる。トキの得意魔法は、時を操る魔法だ。


 非常に珍しく、膨大な量の魔力と繊細な扱いが求められる魔法であるため、時を操る魔法を使える魔法使いは歴史上でもほとんどいない。トキも得意魔法とはいえ、いま操れる「時」は数秒程度、効果範囲は手のひらに収まるくらいだが、「さっき壊れた物」をもとに戻すことは可能だ。


 しかしそれだけでも、トキは類稀なる才能の持ち主であると言える。


「焦らなくていいから、もう一回やろう」


「いい?頭で量とか出力とか考えないで、大事なのはイメージだよ」


「イメージ」


「ほら、目瞑って。手のひらから水が出る。その水は溢れて滴るぐらい。だんだん大きな噴水のようになって、水柱に変わる」


「………」


「トキ、目開けてご覧」


「わあ」


 大きな水柱がトキの手のひらから天に向いて(そび)えていた。パラパラと振る細かい雫が、日の光を反射して虹を作る。

 しかしトキは、しばしののちふらついて、水柱も消え去り、制御を失った大量の水がザバっと二人に降り注いだ。


「よくやったね。これがイメージ。で、あとは、トキは魔力を出す効率が悪い。関係ないとこに9割くらい無駄に放出してるから、魔力がこの程度で切れるんだよ」


 頭を振って顔に付いた水滴を払いながら、エアが説明する。


「9割無駄って、ほとんど使えてないじゃん」


「トキも保有魔力は多いんだけどね〜」


「効率って、どうするの」


「収束させるイメージと、あとは勘と経験」


「役に立たない助言………」


 エアは再び体を濡らす水を集めて剥がし、仕上げのように暖かな風で二人の体を乾かした。

 エアは空気を操る魔法が得意だが、それ以外にも人並みに炎や水の魔法、簡単な修復魔法も使うことができる。


 人には、大なり小なり誰でも魔力が宿っており、多少の個人差はあるものの、努力次第で大魔法と呼ばれるような魔法を使えるようになるほどの魔力を獲得できた。魔法を極めた人々は前述のように、概ね国の魔法軍に所属し、魔塵の退治や街の警護などを行っている。人並みというのは、それ以外の道に進んだ人々で、水魔法であれば1日で甕一杯分の水を作り出すほどだ。


「エアの手の甲にある黒い花、なんだか蔓の部分が伸びてない?」


「そう?気のせいだよ」


 エアの左手の甲には花のように見える大きな黒い痣があった。トキがエアと出会った頃にはすでにあったこの花は、しかし生まれつきではないとエアはいう。彼女が魔法を使うのに呼応して鈍く光るそれは一見すると美しいが、トキにはなんだか得体の知れない不気味なものに感じられた。


「それなら、いいけど……」


 エアは痣について気にしていないと言うが、話題に上がるのを嫌っている。トキもそれ以上はいつも何も言えずにいた。


「じゃあ、今日はこれでおしまいね」


「ありがとう、ございました……」


 朝から昼までずっと魔法を使って、トキも魔力切れ目前だ。眠たくなってきて、ふらふらする。と、エアがトキを横抱きに持ち上げる。


「自分で、帰れるよ」


 エアの家は歩いてもすぐそこにある。自力で帰ろうとするトキに、エアが優しく風魔法を使う。

 トキの体の周りを暖かな風が囲んで、体が浮く。まるで揺籠に揺られているようだ。


「今日は夜に王城のパーティーに出なきゃいけないから、今のうちに休んでおいで」


 エアの優しげな笑みを、薄らと開いた目でぼんやりと見つめながら、トキは瞼を閉じる。


(エア、ずっと、一緒にいたいよ……)


 吸い込まれるような睡魔に負けて、トキは眠りに落ちた。




「トキ、トキ。起きな」


 ベッドに寝かされていたトキをエアが揺り動かす。トキはゆっくりと瞼を開いた。


「着替えておいで。もう出るよ」


 トキが慌てて時計を見ると、出かける時刻を少し過ぎていた。夜会へ出席することを思い出したトキは自室に戻って正装に着替えると、エアの待つドアの方へと走った。


「ごめん。お待たせ」


「いつも思うけど、トキの服って綺麗だよね。上品というか」


 トキは子供用の紺色のジャケットにスラックスを履いている。エアの指摘に内心でどきりとしたが、曖昧に笑って誤魔化した。


「実家がちょっと金持ちだから……」


「そっか。それにしても、よく似合ってるよ」


 トキはエアと同じ黒色の髪に、朝日のようなオレンジ色の瞳をしている。この国の人間はおおかた黒髪だが、瞳の色は得意魔法を現した色をしているのだと言われていた。


「ありがとう。エアも、……綺麗だよ」


 今夜のエアは変化の魔法を使っている。エアの黒髪は普段は刈り上げるほど短いが、今は腰にも届くほどの長さだ。顔の形も薄青の瞳も、いつもと何も変わらないはずなのに髪型が変わるだけで別人のような雰囲気になったエアに、トキは少し動揺した。


 エアは淡いオレンジ色の裾の広がりが少ないドレスを身につけている。朝焼けの空気から糸を紡いだとエアは言っていたが、果たしてそんなことが可能なのか。どちらも本来は無色透明なので本当にそうならば透けるはずでは?でも国一番の魔法使いの得意魔法でならそういうこともできるのかもしれない、とトキは真剣に悩んでいる。


 そして変化の魔法を使ったエアの腕には、痣はない。手の甲の痣は魔法で隠しているようだ。


 トキがエアを褒め返すと、エアは微妙な顔をした。


「トキに褒められるのは嬉しいけど、この姿であまり人前に出たくはないなあ」


 変化の魔法で長くなった黒髪の一部を掴んで彼女は寂しそうに呟いた。


「エアは、なんでいつも髪を短く切ってるの?長くても似合ってるのに」


「私が髪を長くするとね」


 そう言ってエアは一度言葉を切る。トキが先を待っていると、寂しそうな横顔が嘘のように、いつものエアに戻ってこう言った。


「美しい上にすごい魔法使いになっちゃって、国の人間がみんな私に惚れちゃうから!」


「あ、そう……」


 トキはエアの調子に乗った冗談をいつものように冷たい瞳で受け流しながらも、少しの胸騒ぎを覚えていた。




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