第一話 恋愛能力バトルの始まり
特殊な能力を持った能力者たちが争う事を創作の世界では能力バトルと呼ばれているが、
それはいわゆる直接的な殺しあいに限定されない。
それが特殊能力を用いた闘いであるなら、暴力を伴わなくとも立派な能力バトルなのである。
そう、それが例え恋愛であったとしても。
この物語は能力者たちが己のプライドを賭けて恋愛に挑み、恋敵と競いあう闘争の記録である。
都会の雑踏の中、二人の男女が並んで歩いていた。
どちらも同じ学園に通う高校生で、今は休日に私服で遊びに出かけた帰りだった。
女子の方はポニーテールのスラッとした体つきの少女で、
男子の方はカッコいいともかわいいとも言える顔立ちの青年である。
「映画は面白かったね。
友愛ちゃん。」
男子が女子に声をかけると、
「神愛くんが待ち合わせの時間に遅れてきた時は、どうなるかと思ったけど映画には間に合って良かったよね。」
友愛と呼ばれた女子が微笑を浮かべて、他愛ないトラブルに言及する。
「迷子の親探しをしていたら、遅れちゃったんだ。
次に同じ事があったらもっと速く親を探し終えるようにするよ。」
「普通はそういう反省の仕方はしないと思うけど、そこが神愛くんの良いところだからな。」
「流石は僕の親友。
僕という人間の事を分かっているね。」
神愛と呼ばれた少年は悪びれずにそんな事を言った。
「さっきの映画もそうだけど、能力者を題材にした作品が増えたよね。」
「欲能と呼ばれる特殊能力に目覚めた能力者の実在が十年前の隕石消失事件で公表されたわけだけど、国が能力者の実名を含めた個人情報を公開するケースは今まで一度も無くて、ネットを見ても都市伝説以上の情報が無くて、まるで実体がわからないんだよな。」
「誰しもが欲能に目覚める可能性があるという説明を信じるなら、もっと身近に能力者が居てもいいはずなのに不思議だよね。」
などと言っているが彼女、絆田友愛は能力者である。
自分が能力者である事を隠し、彼女は自ら欲望のためだけに欲能を使っていた。
すなわち、自分の恋愛の成就のためにである。
彼女の欲能の名は、『友愛なる理解』。
彼女が好意を向けている相手の心を知る事ができる欲能でこれを活用すれば相手の興味のある話題や好きな娯楽などの好かれる行動をするために役立つ情報と相手の苦手な話題や嫌いな言動などの嫌われる行動を回避するために役立つ情報を事前に予習する事ができる。
これにより友愛は自分の意中の相手、すなわち隣を歩いている八百万神愛に親友と呼ばれる関係を築く事に成功していた。
友愛は思案する。
神愛くんと親友になる事ができた以上、これからはその友情が恋愛感情に変化するように誘導していけばいい。
神愛くんが私を女として、どう思っているかが分かればいいんだけど、そこら辺の融通は利かないんだよね。
『友愛なる理解』には欠点がある。
それは相手が自覚している事しか分からないという点である。
どれほど好き嫌いを持っていようと、それを表層意識において自覚していなければ読み取る事が出来ないのだ。
神愛くんが私を女として、どう思っているかは読み取れない。
全く考えた事が無いから読み取れないという事。
今の状態で、焦って告白するのは得策じゃない。
焦らず、じっくり攻略する。
結局、これが一番だよ。
私は論理的思考の結果としての最適行動をとっているだけで決して振られる事を恐れて告白を先送りにしているわけでは無いから、これで問題無い。
本当にそう、強がりじゃなくて本当にこれが最適解なだけだから。
友愛はプライバシーの権利を何とも思っていない恐るべき能力者であるがヘタレだった。
大丈夫。
私の『友愛なる理解』は好かれる行動を行い、嫌われる行動は避けるという恋愛の基本を完璧に実行できる。
まさに恋愛において無敵の能力。
失敗する道理なんて無いんだから。
そんな事を考えながら神愛の隣を歩いている友愛の様子を遠巻きに見ている一人の女がいた。
いわゆるゴスロリ衣装に身を包み、胸部の存在感が強い。
それほどの巨乳を持った女性だった。
彼女は友愛を睨み付ける。
あの女、いつもいつも私の愛しい神愛くんの隣を不当に独占して、神愛くんに一番ふさわしいのは私なのに。
彼女の名は艷小路美完(偽名)。
彼女もまた神愛に想いを寄せる一人であり、
欲能を自分の恋愛のために使う恐るべき能力者の一人だった。
彼女の欲能の名は『美愛なる変身』。
その力は想い描いた姿に自由に変身できるというもので、外見の美が重要な要素である恋愛において、他を圧倒するアドバンテージを発揮する事ができる能力なのである。
この姿は神愛くんの部屋に忍びこんで調べた神愛くんが好きなエロ同人誌のキャラの姿を参考にした対神愛くん専用形態。
数多の姿を使い分ける事で完全な美を体現する『美愛なる変身』はまさに恋愛において最強の能力。
負ける道理は無い。
神愛くんに私が声をかけた時点で勝負は決まるはず。
こうして、ここに能力者どうしが互いのプライドを賭けて一人の想い人を奪い合う闘い。
恋愛能力バトルが始まった。
読心能力者対変身能力者。
はたして恐るべき二人の能力者のどちらに想い人の少年は微笑むのか。
美完が神愛に近づき声をかける。
「あれー、君ってよく駅前で募金活動してる子だよね。
今日はお友達と遊びに来たの?」
神愛が答えるより先に友愛が答える。
「今日は私といっしょに映画を観に来て、その帰りなんですよ。」
友愛の直感は目の前の女が敵だと告げていた。
この女、すごい神愛くん好みの容姿をしている。
でも、問題無い。
『友愛なる理解』で稼いだ好感度はこの程度で揺らがない。
貴方は惨めに敗北するのだから。
「そうなんですか。
それならこれから私と遊びませんか?
私、君に興味があるんですよ。」
強気な態度で美完は神愛を誘う。
だが、
「僕は家族に知らない人に不用意について行くなと耳にたこが出来かねないレベルで言われているので、ちょっとその申し出は受けられないですね。
何時間も説教を受ける羽目になるので。」
美完の予想に反して、神愛の態度はそっけなかった。
そんなバカな、神愛くんの家族の方針は知ってるけど、それはそれとして好みの異性に声をかけられたら、そんな事を無視して夢中になるのが普通でしょ。
なんで、そんな塩対応なのよ。
美完の様子を見て、友愛はほくそ笑む。
残念でした。
貴方は確かに神愛くんの好みの容姿をしている。
ただし、神愛くんの二次元の好みに合った服装や体型をしているのであって、三次元の好みには当てはまっていないんだよね。
二次元に向けた性癖と三次元に向けた性癖の不一致。
それはオタクたちの間で、たびたび見られる現象である。
オタクをよく知らない者は勘違いしがちであるが二次元と三次元を混同するオタクは実の所それほど多くない。
大半のオタクは二次元と三次元で別々の性癖を持つのである。
例えば、幼い容姿のアニメキャラを好むオタクが年上と結婚したり、
例えば、巨乳の漫画のキャラを好むオタクが貧乳の恋人と付き合ったり、
現実のオタクとはだいたいそういうやつらである。
神愛もまた、そういう性癖に二次元と三次元の区別があるオタクである。
彼の三次元の好みはここでは語らないが二次元の好みとは異なることは間違いなく、そんな彼に今の美完のような格好で迫った所で、漫画のキャラのような格好をした痛い奴と思われるだけである。
いかに美によって恋愛を優位に進める事ができる『美愛なる変身』と言えど前提となる美の情報そのものが間違っているのなら全く意味を成さないのである。
「無理を言ってごめんね。
じゃあ、私はここら辺で退散させてもらうね。」
自身の敗北を悟った美完はこの場は撤退する判断を下す。
そんな美完に対して、
「待って、知らない人について行くなと言われていても知らない人と連絡先を交換するなとは言われてないから。
もし良ければ連絡先を交換してくれないかな。」
神愛はそんな提案をした。
「えっホントに良いの。
もちろん連絡先を交換してくれるというなら、願ったり叶ったりよ。」
そう言いながら美完は感激していた。
神愛くん優しい。
自分に興味があると言った私のためにこういう対応をしてくれるなんて、ますます好きになっちゃう。
今回は負けたかもしれないけど、最後には必ず私が神愛くんを手に入れて見せる。
そうして美完は神愛と連絡先を交換すると一度だけ友愛を呪い殺せそうな目で睨み、一言断ってその場から去り、路地裏に移動して誰も見ていない事を確かめた後、体を発光させて小鳥に変身した。
衣服を含めた所持品は体に取り込まれる。
そのまま小鳥は路地裏を飛び立っていった。
そこそこの大きさの一軒家の二階の開け放たれた窓に小鳥が飛び込む。
『美愛なる変身』の欲能を持つ能力者であるその小鳥は舞い戻った自分の部屋の中で、発光しながら真の姿に戻る。
ワンピースを着たツインテールの少女になるとポケットの中身を確認する。
所持品として再構成されたスマホを確かめて、ほっと一息つく。
「事前にヤクザをボコって、飛ばし携帯を献上させといて正解だった。
自分の携帯だけじゃこういう事は出来ないからしょうがない。」
一階から玄関の戸が開き、ただいまと言う声が響く。
それを聞いた『美愛なる変身』の能力者は一階に降りて、帰ってきた八百万神愛に声をかける。
「おかえり兄さん。
映画は楽しかったですか?。」
そう言って、『美愛なる変身』の能力者である八百万愛美は最愛の兄に微笑むのだった。
能力者たちが互いのプライド賭けて想い人を奪い合う闘い。
恋愛能力バトル。
今日の闘いは恋愛能力バトルの前哨戦に過ぎない。
最後に誰が八百万神愛を手に入れるのか?
その答えはまだ誰も知らないのだった。




