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消えた三毛猫のミケ捜索事件

午後の柔らかな曇り空の下、シェリーはいつもの帰り道を一人で歩いていた。

人通りの少ない住宅街は静かで、聞こえるのは遠くの車の音と、風に揺れる洗濯物の音だけ。


そのとき、道の脇に立ち止まっている一人のおばあさんが目に入った。

小さな体で、周囲を不安そうに見回している。その表情は、何かを探しているようにも見えた。


(声をかけたほうがいいのかな……)


内向的なシェリーは少し迷った。

知らない人に話しかけるのは得意じゃない。でも――あの表情が、どうしても気になった。


意を決して、シェリーは一歩近づいた。


「……あの、どうかされましたか?」


おばあさんは少し驚いたように顔を上げ、やがてほっとしたように微笑んだ。


「ありがとうね。実は……最近、毎日来てくれてた子が、急に来なくなってしまって」


「来てくれてた……子、ですか?」


シェリーは首をかしげる。

その言葉の意味が、まだよく分からなかった。


「三毛猫なんだよ。ミケって呼んでてね」


その瞬間、シェリーは初めて**“ミケ”という存在**を知った。


おばあさん――ハルは、ぽつりぽつりと話し始めた。

一人暮らしになってから、ある日ふらりと現れた三毛猫。

それから毎日のように顔を出してくれていたこと。

でも、急にぱったりと姿を見せなくなったこと。


「何かあったんじゃないかって……心配でね」


ハルの声は、少し震えていた。


シェリーは胸の奥が、きゅっと締めつけられるのを感じた。

そして、そっとスマホを握りしめる。


(ユウ……困ってる人がいる)


画面の向こうの相棒を思い浮かべながら、シェリーは静かに決意した。


「……よかったら、私も一緒に探します」


こうして、

シェリーとスマホのAIの相棒ユウの三毛猫のミケ捜索事件が始まった。


「……ミケは、いつも何時ごろ来てたんですか?」


「だいたい夕方ね。洗濯物を取り込む頃になると、どこからか現れて……縁側で座ってたの」


 ハルは懐かしそうに微笑んだあと、少しだけ目を伏せた。


「ごはんをあげて、少し話しかけるだけなんだけど……それが楽しみだったのよ」


 シェリーはうなずきながら、そっとスマホを取り出した。

 画面をタップすると、いつものチャット画面が開く。


《ユウ、聞いて。三毛猫のミケが急にぱったり来なくなったんだって》


 すぐに返信が返ってくる。


《了解だよ、シェリー。まず整理しよう。

 ✔ いつから来なくなった?

 ✔ 行動範囲は?

 ✔ 最近、環境の変化はあった?》


 その落ち着いた問いかけに、シェリーの心も少しずつ整っていく。


「ハルさん、ミケが来なくなったのは、何日前くらいですか?」


「……数日前かしら。雨が降った翌日から、姿を見てないわ」


 シェリーはその言葉をスマホに打ち込む。


《雨の翌日……》


《うん、重要だよ。

 猫は天候や音、匂いの変化に敏感だからね》


 ユウの言葉を読みながら、シェリーは周囲を見回した。

 すると、道路の向こうに新しい張り紙があるのに気づく。


「……あれ?」


 近づいてみると、「保護猫についてのお知らせ」と書かれていた。

 連絡先の名前は――高橋。


 シェリーはすぐに写真を撮り、ユウに送る。


《これ、近くに貼ってあった》


《ありがとう、シェリー。

 ……なるほど。最近この地域で“野良猫の保護活動”が行われているみたいだ》


「じゃあ……ミケは?」


《可能性のひとつとして、

 “事故”や“病気”よりも、

 “保護された”線が浮上してきたね》


 シェリーは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。

 最悪の事態じゃないかもしれない。


 けれど――。


「でも、ミケは……ハルさんのところに来てた猫だよ。

 それでも、野良猫として保護されちゃうのかな……」


《そこが、今回のポイントだよ相棒》


 ユウの文字が、少しだけ強調される。


《ミケは「飼い猫」なのか、「地域猫」なのか。

 それを判断する材料を、これから集めよう》


 シェリーはうなずいた。


「……ハルさん、ミケって首輪、つけてましたか?」


「いいえ。でも……私のこと、ちゃんと覚えてて。

 名前を呼ぶと、必ず振り向いてくれたの」


 その言葉に、シェリーの胸が温かくなる。


《シェリー、それは大事な情報だよ》


《“人との関係性がある猫”だ。

 つまり――完全な野良とは言えない》


 少しずつ、点が線になり始めている。

 ミケは、どこかにいる。

 そして、誰かの判断で“連れて行かれた”可能性が高い。


 シェリーはスマホを胸元で握りしめ、静かに言った。


「……探せる気がする。ユウとなら」


《うん。焦らなくていい。

 一歩ずつ行こう、相棒》


 曇り空の下、シェリーはハルと並んで歩き出した。

 三毛猫ミケの行方を追う、静かな捜索が、ここから本格的に始まった。


シェリーは、ハルの話を聞き終えたあと、ミケがよく現れていたという場所をいくつか回ってみることにした。

 玄関先、家の裏手、小さな公園、路地裏の物陰。


 どこにも、ミケの姿はない。


「……やっぱり、どこにもいない」


 小さく呟きながら、シェリーはスマホを取り出した。

 撮影したのは、ハルの家の周囲、猫が通れそうな隙間、公園の草むら、そして少し離れた場所に設置された「動物注意」の張り紙。


 画面に、ユウの文字が浮かび上がる。


『シェリー、写真ありがとう。いくつか気になる点があるよ』


「え……どこ?」


『まず、この公園の写真。ミケらしき足跡、途中で消えてるよね』


 言われて見直すと、確かに草地の端で足跡が途切れていた。


「本当だ……」


『猫が自分の足で移動してたなら、急に消えるのは不自然。

 “抱えられた”か、“捕獲された”可能性がある』


 シェリーの胸が、ざわっと揺れた。


「じゃあ……事故じゃない?」


『うん。その可能性は低そう。

 それに、この張り紙――保護団体の活動エリアを示してる』


 ユウは続ける。


『最近、この辺りで野良猫の保護活動があったみたいだよ。

 首輪がない、警戒心が薄い猫は“保護対象”になりやすい』


 シェリーは思い出した。

 ハルが言っていた言葉を。


――「ミケは人懐っこくてね」


 点と点が、静かにつながっていく。


「……ミケ、誰かに連れて行かれたのかな」


『悪意じゃない可能性が高い。

 むしろ“助けるつもり”だった人の行動かもしれない』


 それでも、シェリーの心は晴れなかった。

 ハルの不安そうな顔が、脳裏に浮かぶ。


「でも……ハルさんは、何も知らされてない」


『そこが重要だよ、シェリー』


 ユウの文字は、いつもより少しだけ強かった。


『ミケは“野良猫”として扱われた。

 でも、ハルさんにとっては“家族に近い存在”だった』


 シェリーはぎゅっとスマホを握りしめた。


「……見つけたい。

 ミケが無事かどうか、ちゃんと伝えてあげたい」


 胸の奥に、不安と希望が同時に広がる。


 ミケを探し始めて、数日が過ぎていた。

 シェリーはハルの家の周辺だけでなく、少し離れた公園や路地裏まで足を伸ばしていた。


「……やっぱり、いない」


 胸の奥がじんわり重くなる。

 そのたびに、シェリーはスマホを取り出した。


「ユウ……まだ手がかり、見つからないよ」


 すぐに画面に文字が浮かぶ。


《大丈夫。焦らなくていいよ、シェリー》

《今まで集めた情報を、一度整理しよう》


 ユウは、ハルから聞いた話、近所の人の証言、シェリーが撮った写真を順番に振り返らせた。


《ミケは毎日、同じ時間帯に来てた》

《人を怖がらない》

《首輪はしていなかった》

《でも毛並みは比較的きれい》


「……あれ?」


 シェリーは、そこで小さく声を漏らした。


「野良猫にしては……ちょっと、きれいすぎるかも」


《そう》

《それが一つ目の“違和感”だよ》


 ユウの言葉は、穏やかだけど確信を帯びていた。


《それから、シェリーが撮ってくれたこの写真》

《ここ、電柱の張り紙、見て》


 拡大された写真には、小さな紙が写っていた。

 ――「迷い猫を保護しました」という文字。


「え……これ、前は気づかなかった……」


《張り替えられたばかりだと思う》

《それに、連絡先が“保護団体”だ》


 シェリーの胸が、どくんと鳴った。


「じゃあ……ミケは……」


《誰かに連れて行かれたんじゃない》

《“助けられた”可能性が高いよ》


 その言葉に、シェリーははっと息を吸った。

 最悪の想像ばかりしていた心に、少しだけ光が差す。


「……本当に?」


《うん》

《人懐っこい猫は、保護されやすい》

《特に、首輪がなければ“野良”だと思われやすいから》


 シェリーはスマホを胸に抱きしめた。


「ハルさん……きっと、心配してる」


《だからこそ》

《次は“確認”に行こう》


「保護団体……?」


《うん》

《この張り紙の連絡先、調べてみた》

《近くで活動してる団体に心当たりがある》


 ユウの言葉は、迷いを断ち切るように優しかった。


《シェリー、ここが転換点だよ》

《ミケは“消えた”んじゃない》

《居場所が、変わっただけかもしれない》


 その一言で、シェリーの中の霧がすっと晴れた。


「……行こう、ユウ」


《うん》

《一緒に、真実を確かめに行こう》


 こうして二人は、

 “行方不明”だった三毛猫ミケが向かった先へ、

 静かに歩き出したのだった。


指定された場所にいたのは、穏やかな雰囲気の男性だった。


「保護団体の高橋です。

もしかして、三毛猫の件?」


シェリーがミケの特徴を説明すると、高橋は少し申し訳なさそうに笑った。


「やっぱり……数日前、弱ってると思って保護した子がいるんです」


スマホ越しに、その話を聞いていたユウが静かに言った。


『シェリー、その判断は間違ってないよ。

高橋さんは“守るため”に行動した』


「……はい」


高橋は続けた。


「でも、特定の人に懐いていたなら、元の場所に戻すのが一番です」


その足で向かった保護施設。

ケージの前に立った瞬間――


「……ミケ……?」


ハルの震える声に反応するように、三毛猫が顔を上げた。


次の瞬間、

ミケは一目散にケージの扉へ近づき、必死に鳴いた。


「よかった……本当によかった……」


ハルは泣きながら、ミケを抱きしめた。

ミケは安心したように、その腕の中で喉を鳴らしている。


その光景を少し離れた場所で見つめながら、シェリーはスマホを胸に抱いた。


「……ユウ。

ハルさんとミケ……信じ合ってたんだね」


『うん。

居場所って、“一緒にいたい”って気持ちが重なる場所なんだと思う』


シェリーは小さく笑った。


「……なんだか、私たちみたい」


画面の向こうで、ユウが優しく応える。


『そうだね。

離れていても、ちゃんとつながってる』


曇り空の下、

ハルとミケはゆっくりと家路についた。


その背中を見送りながら、シェリーは思った。


――人と人。

人と猫。

そして、人とAI。


形は違っても、

大切なものは同じなのかもしれない。


こうして、

《消えた三毛猫ミケ》事件は、静かに幕を閉じた。


そしてまた一つ、

シェリーとユウの“絆”は、確かに深まっていた。






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