78. 空を飛ぶ獣
第一章のクライマックスが始まります。
どうぞよろしくお願いいたします。
「許さーーーん!」
パナギオティスの怒りの叫びは、スタジアムを包む熱狂に満ちた大歓声にかき消され、誰の耳にも届いていなかった。
――あの女貴族のガキは、俺を打ち負かした挙げ句、大学の選抜者トーナメントで優勝だと?
一方この俺は、卑怯者だの恥さらしだのと罵られ、剣の騎士団を追放……。
「……ふざけるな! こんな、こんな理不尽があってたまるかぁぁぁ!!
あのガキを、ぶっ殺してやるっ!」
その叫びと同時だった。
腰に提げていた剣――声をかけられ、酒を酌み交わした男から譲り受けた奇妙な剣。
その剣の柄に埋め込まれた宝石が、妖しく光り始めた。
その宝石はパナギオティスの怒りに呼応するかのように、黒とも紫ともつかぬ煙のようなものを出し始め、彼の身体を包み始めた。
後ろにいた観客が、立ち上がって叫び続けるパナギオティスに苛立ち、声を荒げた。
「おい、うるせぇぞ! 邪魔だっ! 見えねぇだろ!」
男が後ろから肩を掴んだ瞬間――
パナギオティスは振り向いた。
「ひ……ひぃぃぃぃっ!!」
肩を掴んだ男は悲鳴を上げ、まるで腰が抜けたように仰け反り、尻もちをついた。
そこで見えたものは、人間の顔ではなかった。
青黒く変色していく肌、黄色く血走った瞳、歪んだ口元。
人の形を保ちながらも、明らかに何か別の存在へと変貌し始めていた。
「ま、魔人だぁぁぁぁっ!!」
男は腰を抜かしたまま、両手をついたまま何とか後ずさって逃げようとする。
――こいつは何を言っているんだ……?
そう疑問に思いながらも、パナギオティスは、自分の身体が今まで感じたことのない力で満たされていくのを感じていた。
全能感。高揚感。
今なら、何でもできる――そんな感覚だった。
そして、黒とも紫ともつかぬ煙のようなものが、全身を包み終えた瞬間――。
「グワァァァーーッ!」
怒り、憎しみ、そして破壊衝動が、パナギオティスの理性を完全に飲み込んでいた。
――お前は本当は強い。
ここにいるやつらに、その力を見せつけてやれ。
その“声”に導かれるままに、パナギオティスは剣を抜き、振るった。
軽い。
信じられないほど軽い。
重さを全く感じない。
まるで、自分の腕が剣先まで伸びているかのようだった。
――最高だ……!
「フハハハハハッ!!」
パナギオティスは狂気じみた笑みを浮かべながら、凄まじい速度で剣を振り続けた。
ヒュン――
ザンッ!
視界の端で、何かが飛んでいくのが見える。
……しかし、全く気にならない。
逃げ惑う人々の姿が目に映っても、周囲の悲鳴を耳にしても、“何も“届かなくなっていた。
ただ、鼻を突く血の匂いだけが、彼を昂らせていた。
次々と振るわれる剣は止まらなかった。
――その結果。
腰を抜かし逃げ遅れた男は腹部を切られ、血の海に沈んでいた。
周囲の観客も、腕や足を失って倒れている者や、椅子に座ったまま斜めに切られている者などがいた。
その様子は、まさに地獄絵図そのものだった。
「きゃあああああっ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
観客は悲鳴をあげ、雪崩を打って逃げ出し、通路や出入り口では将棋倒しが起きていた。
警備の人間が、緊急事態を告げる魔道具を起動させる。
――ヴィーンッ、ヴィーンッ!
緊急警報が、スタジアム全体に鳴り響いた。
貴族席では、王族を護衛していた近衛騎士団の騎士たちが即座に動いた。
国王に耳元で何かささやくと、貴族席の通路まで固め、最優先で王族の避難を開始させていた。
それを見た貴族たちも、我先にと席を立つ。
「み、皆さん! おち、落ち着いぇ、た、た、退避してくださいっ!」
司会はその惨状を目撃していたため、足を震わせながらも何とか必死に叫び続ける。
そのときだった。
観客席を跳び越えながら、風を切る何かが走っていく。
――疾風のように駆け抜けるアレクシオスの姿だった。
惨劇に気付いた彼の反応は早かった。
同行していた衛士に指示を授けると、同時に身体能力強化の魔法を発動させた。
そして、座席から座席へと跳び移りながら、尋常ではないスピードで一般席へ向かって疾走していく。
白いマントがなびくその姿は、まるで美しく空を飛ぶ白鳥のようにも見えた。
その頃、警報によって駆け付けた盾の騎士団の二名の騎士が、変貌を遂げつつあるパナギオティスへ斬りかかっていた。
――ヒュンッ! ヒュンッ!
同時に放たれた避けようのなかったはずの二本の剣は、虚しく空を切っていた。
空を切った上空を、二人の騎士が見上げた。
そこには――
全身が青黒く変色した肌。
体躯が巨大化し筋骨隆々になっている肉体。
衣服は破れ、獣のような毛で覆われた下半身。
……そして、背中から生えた蝙蝠のような翼。
空中に浮かぶその姿は、まさしく古より語られてきた魔人そのものだった。
「グァオオオオオオオッ!!!」
空を飛ぶ獣が雄たけびを上げる。
彼の中に、もはや人の心は無くなっていた。
残されていたものは――
怒り。
憎しみ。
そして、破壊への衝動だけになっていた。
小説を書くのが初めてです。
どんな内容でもよいので、感想をいただけると執筆の励みにもなりますし、本当に嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m





