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意図せずキャラがかぶってしまった!(日曜日)

 この物語(ものがたり)の主人公は、「今週のしまったちゃん」(りゃく)して「こんしまちゃん」である。

 ファンタジー的なすごい能力を持つわけじゃないので、高校一年生の普通(ふつう)の女の子――と言うこともできるだろう。


 こんしまちゃんのキャラクターをひと(こと)で説明すると……「一週間に一度(いちど)は必ず『しまった』と(くち)に出す女の子」というシンプルなものになる。



 ただしキャラクターを持つのは、こんしまちゃんだけに限らない。

 いや……人ならば、だれだって自分なりのキャラクターを(ゆう)しているはずだ。


 ときにキャラクターというものは自分に方向性(ほうこうせい)(あた)えてくれる。

 同時に、自分自身を(しば)り上げる(のろ)いにもなる……ッ!


 今回は、そんな「キャラクター」に翻弄(ほんろう)される高校生の話だ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ときは日曜日の午後、まだ夕方にもなっていない時間帯――。

 (ぼう)カラオケボックスの一室(いっしつ)に、四名の女子(じょし)高生(こうせい)が集まっていた。


 カラオケルームのテーブルには、曲を選んだりするときに使うタッチパネルの機械(正式名称(めいしょう)商標(しょうひょう)なので()せる)やドリンクなどが置かれている。


 そのテーブルに沿()L字型(エルじがた)のソファに、四人が(すわ)っている状況だ。


 髪型(かみがた)に着目すると判別しやすい。

 反時計回りで順に……ベリーショートの(かみ)頭頂部(とうちょうぶ)のアホ()、ウェーブのかかったくせ()、水平に切りそろえたぱっつん前髪(まえがみ)()える。


 きょうは、みんなでカラオケをおこなう。

 企画(きかく)したのはベリーショートの女の子――久慈(くじ)さんだ。


 久慈(くじ)さんと、ほかの三人はクラスメイト。

 ではメンバーは、どのように選出されたのか?


 答えは――「くじ()き」である。


 久慈(くじ)さんは自分をのぞくクラスメイト二十七人の名前を書いた紙を箱に()れ、それをランダムに三枚(さんまい)引いたのだ。


 紙にしるされていたのは、それぞれ……「加布里(かぶり)さん」「(いきおい)さん」「こんしまちゃん」の名前だった。

 ゆえに久慈(くじ)さんは、彼女(かのじょ)たち三人をカラオケにさそったわけだ……!


 もちろん無理にさそっていない。

 ちゃんと本人たちの意思を確認している。


 前髪(まえがみ)ぱっつんの女の子――加布里(かぶり)さんは思う。


一緒(いっしょ)に過ごす相手をくじ()きで決めるなんて前代未聞(ぜんだいみもん)だっての。まあ、それはそれでおもしろそうだから結局(けっきょく)()ちゃったけどさ)


 さらに加布里(かぶり)さんが、心のなかで付け加える。


(なにより、このメンバーなら「キャラかぶり」の心配もないだろうし)



 加布里(かぶり)さんはカラオケのさそいに応じる前に、「ほかに、だれが()るん?」と久慈(くじ)さんに聞いていた。


 久慈さんは「(いきおい)さんとこんしまちゃんが()るわよ」と答えた。

 それを耳にした加布里(かぶり)さんは、安心してカラオケのさそいを受けたのだ。


 加布里(かぶり)さんは、周囲にいる人によって自分のキャラクターを変えるタイプ。

 まわりと同じになるという意味じゃなくて、自分の所属(しょぞく)するグループ内で()()()()()()()()()()()()()()()()()(まわ)る。


 たとえば友達(ともだち)に「読書が()き」と()う人がいたとする。

 本来の加布里(かぶり)さんは小説をよく読むんだけど……友達に読書()きがいると分かった時点で、小説を読むという自分の趣味(しゅみ)隠蔽(いんぺい)する。


 すべては、キャラかぶりをさけるためだ。

 相手がボケなら自分はツッコミ役に(てっ)する。

 逆に相手がツッコミが得意そうなら、ボケ役を演じてみせる。


 町で自分と同じ服装や髪型(かみがた)の人を見かけると()げたくなる。


 加布里(かぶり)さんは、なぜ前髪(まえがみ)をぱっつんにしているのか?

 ……それはクラスメイトのなかに前髪を水平に切りそろえている人がほかにいないからだ。


 個性を出して目立ちたいわけじゃない。

 小学校高学年のころ加布里(かぶり)さんは、とある大好きなマンガのレビューをネットでのぞいたことがある。


 ……評価(ひょうか)はボロボロだった。

 感想(らん)には「キャラのかき分けができていない。性格も見た目もハンコ」とか「キャラがかぶりすぎて、だれがだれだか分からない」とか書いてある。


 作者でもないのに、加布里(かぶり)さんは自分に文句を言われた気がして悲しくなった。

 以降、彼女(かのじょ)は現実でもキャラかぶりを極度に(おそ)れるようになったのだ。


 中学生のときは本気で髪型(かみがた)坊主(ぼうず)にしようかと思ったほどだ。両親にとめられたけど。



 ともあれ、ほかの三人の私服を見て自分とかぶっていないことを確認したあと、加布里(かぶり)さんは安堵(あんど)()()()をついた。


久慈(くじ)さんはマジメ(けい)天然(てんねん)……(いきおい)さんはノリで生きてる()()()()少女(しょうじょ)……こんしまちゃんは意外と積極的なうっかりガール。……当然、今わたしがクラスで演じているキャラを()()()()()()()……かぶる可能性はゼロ)


 加布里(かぶり)さんが(むね)のうちで、自分のキャラクターをおさらいする。


(ちょっと()めた目で物事を見つめるエセギャル……!)


 自己(じこ)暗示(あんじ)のあとで、(うで)を組む加布里(かぶり)さん。


 さらに足も組む。

 ただ右の(ふと)ももを左ひざの上に置くだけでなく、右足の(こう)を左足首の後ろに回して引っかける。


 この二重(にじゅう)の足の組み(かた)をする者に、加布里(かぶり)さんはお()にかかったことがない。


 当然……こんしまちゃんも(いきおい)さんも久慈(くじ)さんも、そんなポーズはしていない。

 その三人に、加布里(かぶり)さんが声をかける。


「わたし順番最後(さいご)でいいから、みんなから(さき)に歌ってよ」

「分かった……!」


 異口(いく)同音(どうおん)に答える、こんしまちゃんたちであった……!


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 とりあえず久慈(くじ)さんから反時計回りで、歌う順番を回していこうという流れになった。


 最初からテーブルにはマイクが四つも置かれていた。

 合唱曲(がっしょうきょく)を歌うことを想定して、カラオケボックスのスタッフさんが用意してくれたものだと思われる。


 ベリーショートの久慈さんがそのうちの(ひと)つを持って歌いだす。

 ちょっと具体的な曲名は書けないけど……人気(にんき)の歌手のはやりの曲をそつなく歌い上げている。


 加布里(かぶり)さんは感心した。


(みんなが楽しめるような曲をしょっぱなにチョイスして場の雰囲気(ふんいき)をやわらかくした……! しかも、ほどよい美声(びせい)


 ただし加布里(かぶり)さんの視線は……歌っている久慈(くじ)さん以外の人物にも、そそがれている。


 アホ()(いきおい)さんはリズムに合わせて首を(たて)に動かし、ウェーブのこんしまちゃんは上半身を左右(さゆう)にゆらしてメトロノームさながらの挙動(きょどう)をとる……っ!


 二人(ふたり)の動きを見た加布里(かぶり)さんは(うで)を組むのをやめ、室内のテーブルに置かれていたマラカスを()ることにした。


 このマラカスは()っても(おと)が鳴らない、全方位(ぜんほうい)配慮(はいりょ)したマラカスである……っ!


 でも加布里(かぶり)さんにとっては、ありがたかった。


(確かにこれがマラカスかどうかはあやしいけど、ともかくスタッフさん、ナイスです……!)


 心のなかで頭を下げる。


(人によっては、歌ってるあいだに(おと)鳴らされるの(いや)だったりするからなー。こればっかりは直接(ちょくせつ)聞いても「いや気にしてないよー」とか返されるし……でも本人は内心で「もう二度とこいつとカラオケ()かんわ」とか思ったりするのかな? ホント、外見だけがその人のキャラクターじゃないんよね)


 テーブルには、「(おと)の鳴らないタンバリン」も置かれている……。


(どういう発想なん……? (おと)の鳴らない楽器にも、意外と需要(じゅよう)あるのかな?)


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 久慈(くじ)さんが歌い終わったあと、(いきおい)さんは「上手(じょうず)~」とほめ、こんしまちゃんは拍手(はくしゅ)した。


 加布里(かぶり)さんはカラオケルームの画面に映る点数を見て、「へー、八十六点かー」とだけ言った。


(まだ全員の歌唱力(かしょうりょく)が判明していない状態で安易(あんい)にほめるのは悪手(あくしゅ)……! この得点をほめたあとで、もっとうまい人がでてきたら……ほめられた人はぬか喜びした感じがして(いや)に思うかもしれん……。く~っ! わたしだって(いきおい)さんみたいに素直(すなお)にほめたいのに~)



 ここで久慈(くじ)さんが――使ったマイクを、(いきおい)さんの手に(わた)す。


 ほかにも三つマイクがあるんだから四人で(ひと)つずつ使えばいいのでは? とツッコむこともできるけど、これはこれでおもしろいのであえてツッコむ者はいない……!


 なんかそういう感じで(ひと)つのマイクを回していく流れが形成されていると見ていい。


「それじゃあ、不肖(ふしょう)(いきおい)さくら、歌わせていただきます」


 (しぶ)いイントロが流れる。

 (いきおい)さんがチョイスしたのは、演歌(えんか)であった……!


 加布里(かぶり)さんにとっては意外だった。

 (いきおい)さんは英語のテストで高得点を取っており、先生にほめられていたこともあるのだ。


 それにしても聞いたことのない曲。

 それでいて、なんか名曲っぽい。


 (はじ)めて耳にするはずなのに(なつ)かしくなる和風(わふう)のメロディ。

 知らない地名が出てくるけど、なぜか景色(けしき)が頭に思い()かぶ。


 歌を聞いているこんしまちゃんは相変(あいか)わらずのメトロノームっぷり……!

 久慈(くじ)さんは、ドリンク(オレンジジュース)を少しずつ(くち)(ふく)んでいる。


(これで待ち時間における久慈(くじ)さんの行動パターンも把握(はあく)した……マラカスを継続(けいぞく)してもキャラかぶりの心配なし)


 (おと)の鳴らないマラカスを、加布里(かぶり)さんは()り続ける。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ……さて(いきおい)さんの歌が終了(しゅうりょう)し、こんしまちゃんが拍手(はくしゅ)する。

 続いて久慈(くじ)さんが「本当に、いい歌だったわ」と(くち)にする。

 加布里(かぶり)さんは画面の点数を見て、「おおー」という声を()らした。


(いやなんなん、「おおー」……って! でも二回連続でただ点数を読み上げるなんて、できんって。あんまりキャラ(かた)めすぎると、のちのち修正()かなくなるし……これで正解だと思うけどなあ)



 こんしまちゃんが(いきおい)さんからマイクを受け取り、ソファから立ち上がる……ッ!


 しかしイントロ(まえ)に、久慈(くじ)さんが(やさ)しく()う。


「あ、こんしまちゃん。マイクの向きが(ぎゃく)ではなくて?」


「しまった……」


 (あわ)ててこんしまちゃんが、マイクを(にぎ)りなおす。


「……そういえばわたし、小学生のころリコーダーのお(しり)をくわえたこともあったなあ……」


「わあ~、ほほえまし~」


 (いきおい)さんがアホ()をゆらし、ゆるゆるの声を出す。

 そして加布里(かぶり)さんは――こんしまちゃんをさりげなく、しかし注意(ぶか)く観察していた。


(こんしまちゃん。本名は紺島(こんしま)みどりさん。自他(じた)ともにみとめる、うっかりガール。その「しまった」が計算されたものであっても、百パーセントの天然(てんねん)であっても……わたしとキャラかぶりする要素(ようそ)皆無(かいむ)……ッ! なに歌うのかな~。わたしのキャラ分析(ぶんせき)によると――ずばり! 童謡(どうよう)の「かえるの合唱(がっしょう)」あたりを選曲していると見た! わたしは昭和(しょうわ)の名曲アニソン歌うつもりだから、かぶりようがないね~)


 気を取りなおして、歌う体勢(たいせい)(はい)るこんしまちゃん……!


 ――が、イントロを耳にした瞬間(しゅんかん)加布里(かぶり)さんは(きょう)がくした。


(え……これ、まさか……っ!)


 ()もなく、こんしまちゃんが熱唱(ねっしょう)を始める。


「――ラララ♪ (著作権に配慮(はいりょ)してほかの部分はカット)」


 その歌は昭和三十八年に放送が開始された(ちょう)有名なテレビアニメの主題歌(しゅだいか)だった……。


(な、なんで……なんでこんしまちゃんがこの名曲を……)


 加布里(かぶり)さんはマラカスを()るのも忘れてしまっていた。


(く~、本当に歌詞もメロディも(かみ)がかってる……じゃない、どうすんの加布里(かぶり)璃々菜(りりな)ッ! このメンバーだったらキャラかぶりしないと思ってたのに~!)


 全身から()(あせ)がにじむ。


(これで昭和の名曲アニソンをわたしも歌ったら、間違(まちが)いなくキャラかぶりやん。みんなのキャラクターを見定(みさだ)めるために最後に歌うのを選択(せんたく)したのが裏目に出た……!)


 しかし加布里(かぶり)さんは今まで――キャラかぶりのピンチを幾度(いくど)となく()えてきている。


 すべてはキャラかぶりをさけるためだけに、幅広(はばひろ)い知識を身につけた。

 もともと好きだった読書以外の趣味(しゅみ)も持つようになった。


 友達(ともだち)に文系科目が得意な人が多かったときは、苦手(にがて)だった理系科目の勉強を必死(ひっし)にやった。

 クラスメイトの性格・趣味(しゅみ)・行動パターン・しゃべり方・見た目・運動能力をできる限り正確に観察し、そのどれでもないキャラクターを自分の外側(そとがわ)に作り上げた。


 だれかと自分との明確な共通点が判明した場合は(露骨(ろこつ)にならないよう気をつけながら)すぐ自己(じこ)キャラクターを修正し、対応してきた。


 そんな加布里(かぶり)さんが、このまま終わるはずがないのだ……ッ!


(こうなれば予定変更(へんこう)


 いったん心をカラにし、落ち着く。

 冷や汗が引いていくのを感じながら、考えを進める。


久慈(くじ)さんは、はやりの曲……続く(いきおい)さんは演歌を選んだから――それ以外で。でも歌えない曲をチョイスするわけにもいかない……令和か平成のアニソンにするか……? いや、時代が(ちが)ってもアニソンを連続させたらキャラかぶりの烙印(らくいん)()されかねないっての。じゃあ童謡(どうよう)でいく? でも次こそは、こんしまちゃんが童謡を歌いそうな気がするんだよな~。……というわけで、九十年代のJ-POP(ジェーポップ)がよさそう。わたしも好きだし)


 このような加布里(かぶり)さんの怒濤(どとう)の思考にひと区切(くぎ)りがつくと同時に――。

 なんの偶然(ぐうぜん)か、こんしまちゃんの熱唱(ねっしょう)が終わりを()げた。


 採点は八十点である。

 こんしまちゃんは、とくに「しまった」とぼやくこともなく加布里(かぶり)さんにマイクを(たく)す……!


 息切(いきぎ)れしている、こんしまちゃん。

 マイクを手放(てばな)したあと、ドリンク(ウーロン茶)でのどをうるおす。


 一方の加布里(かぶり)さんは日ごろのくせで、脳内に蓄積(ちくせき)された「こんしまちゃんのキャラクターデータ」をアップデートする……!


(意外だな~。てっきり歌い終わったあと、こんしまちゃんが「しまった。あそこらへんの音程(おんてい)ミスっちゃった……」とか()うかと思ったんだけど……そういう言い訳しないんだ)


 確かにこんしまちゃんの口癖(くちぐせ)は「しまった」だけど……失敗したときに必ず「しまった」と(くち)にするわけじゃないらしい。


(やっぱりキャラクターって(おく)が深いなあ)


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ともあれ加布里(かぶり)さんは九十年代のJ-POP(ジェーポップ)を歌った。


 (せつ)ない曲調(きょくちょう)に前向きな歌詞を乗せた、九十年代を代表するヒットソングである……!


(こういうときを想定して家族とカラオケで練習しといてよかった~)


 なお加布里(かぶり)さんは選曲のみならず歌い方をどうするかについても考えていた。


(今回は歌い方で個性を出すのは、やめておこう。久慈(くじ)さん、(いきおい)さん、こんしまちゃんとカラオケに来たのは初めてだから……ここで冒険(ぼうけん)しすぎると反感を買うおそれがあるんよね……。(きら)われるっていうのは、キャラが固定化(こていか)されるということ。そうなったらキャラかぶりをさけづらくなる。できる限り、(きら)われるリスクは回避(かいひ)すべき。じゃあ、あえてド下手(へた)に歌うのは? ……それもだめ。わざとやってるって見抜(みぬ)かれたら、積み上げた印象(いんしょう)()に落ちる)


 そんなわけで加布里(かぶり)さんは、七十七点でヒットソングを歌い上げた。


 (いきおい)さんも、こんしまちゃんも……「(はじ)めて聞いたけど、めっちゃいいね……!」と言ってくれた。

 久慈(くじ)さんは曲を知っていたようで、「わたしも少し、()()()()()()かしら」とつぶやいた。


 加布里(かぶり)さんは久慈(くじ)さんにマイクを渡しながら、思う。


(あらためて久慈(くじ)さんのしゃべり方をピックアップしてみると……「(いきおい)さんとこんしまちゃんが()るわよ」「いい歌だったわ」「マイクの向きが(ぎゃく)ではなくて?」「さかのぼろうかしら」といったサンプルを抽出(ちゅうしゅつ)できるんよね。でもわたし、こういう話し方するリアルの女の人と今まで会ったことなかったなあ……。小説とかアニメだと普通(ふつう)だし、芸能人(げいのうじん)でそういうキャラ作っている人はいるし、外国人女性の言葉をそんな感じで(やく)すところはよくあるし……変なのかどうかもよく分からん)


 再びソファに(こし)を下ろし、二重(にじゅう)に足を組む加布里(かぶり)さん……。


(いわゆる役割語(やくわりご)ってやつ? キャラ付けに便利だもんね。とくに小説だと、だれが話しているか一発(いっぱつ)で分かるし。わたしも中学のとき、お(じょう)さま口調(くちょう)を使ったときがあったけど……結局みんながふざけてマネしだしたからわたしもやめちゃったんよね)


 平成後期のヒットソングを歌う久慈(くじ)さんに合わせて、(おと)なきマラカスを()る。


(あ~あ、現実もフィクションみたいにいろんなしゃべり方をみとめてくれていたら、キャラかぶりも回避(かいひ)しやすかったのにな~。わたしも「吾輩(わがはい)加布里(かぶり)璃々菜(りりな)である」とか堂々と言いたいよ。それとも、ほかのところでは、そういう話し方が多数派(たすうは)だったりするん? わたしのイメージのほうが少数派(しょうすうは)なん? どっちにしても久慈(くじ)さんのキャラクターは大事(だいじ)にしないといけない。わたしが大事(だいじ)にしたい。じゃないと久慈(くじ)さんもキャラかぶりで(くる)しむかもしんない……)


 久慈(くじ)さんが歌っている曲の歌詞は、「自分で自分をみとめること」の大切さを()く内容だった。


(いくら自分でみとめても、ほかのみんながみとめてくれんと意味ないやん……。「他人なんて関係ない。自分がどう思うかが大事(だいじ)」なんて()一方(いっぽう)で、「人は一人(ひとり)では生きていない。他人に()じない生き方をしろ」とも言われるし。都合(つごう)よく二つのことが一致(いっち)する人は生きやすいだろうけど……わたし、そんなん無理だって。本当は、だれかとキャラがかぶっていても、みんなと極端(きょくたん)にキャラが(ちが)っていても、どっちだってよかったはずなのになあ。なんで同じだったらハンコとかモブとか没個性(ぼつこせい)とか有象無象(うぞうむぞう)って言われなきゃなんないの? それでいてどうして、他人とほどほどに(ちが)うキャラクターを要求されなきゃいけないわけ? ……キャラかぶりって(わる)いん? キャラかぶりをさけようとすることも悪いん? わたしは、まったく悪いことだと思わないんだけど)


 でも、ここまで考えてハッとして、加布里(かぶり)さんが心のなかで、かぶりを()る……。


(あ~、てかわたし、みんなとカラオケに()てまでなに考えてんの……。少なくとも今、思うことやないやん。こんな態度じゃ、よくないよ……よし、考えない。もう考えない。カラオケに集中するんだ。わたしは加布里(かぶり)璃々菜(りりな)……どんなキャラクターのおめんも、かぶることができるんだ……! わたしはエセギャル……エセギャル……)


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 久慈(くじ)さんの次は、また(いきおい)さんにマイクが(わた)る。


「ウチね~、今度(こんど)はちょっと難しいの歌うよ」


 そう言って(いきおい)さんが歌い始めたのは……洋楽(ようがく)だった。

 しかもなかなか聞き慣れない単語や言い回しが頻出(ひんしゅつ)する歌詞である。


(さっき演歌を熱唱してたとは思えない……っ!)


 加布里(かぶり)さんは、(おと)のいっさい出ないタンバリンを動かしながらマジメに()いている。


(英語の発音もなめらかだし、なにより、すごく(たの)しそう……)


 結果、(いきおい)さんは九十七点をたたき出した。

 こんしまちゃんと久慈(くじ)さんの様子を観察するのも忘れて、加布里(かぶり)さんが拍手(はくしゅ)する。


「すごい! (いきおい)さん、英語が得意なのは知ってたけど、ここまで上手(じょうず)だなんて!」


「えへへ~」


 (いきおい)さんは照れくさそうに(した)を出す。


「実はこれ一回(いっかい)だけ聞いたことあったから、ずっと歌いたかったんだ」


一発(いっぱつ)で九十七点って、ヤバない? なんかコツとかあるん?」


「ないよッ! そこはノリと(いきお)いで!」


 そして(いきおい)さんはこんしまちゃんにマイクを手渡(てわた)し、加布里(かぶり)さんを見つめる。

 加布里さんは目を泳がせて勢さんの頭頂部(とうちょうぶ)のアホ()に向かって言葉をかけた。


「な……なんなん?」


「いや~、加布里(かぶり)っていっつもクールじゃん? だからそんな素直(すなお)にほめられるとは思ってなくて……めっちゃ、うれしかったから」


 (たお)れるようにソファに(こし)かけ、(いきおい)さんがドリンク(いちご牛乳(ぎゅうにゅう))のグラスを(いきお)いよくかたむける。

 一気(いっき)にグラスを()したあと、アホ()()ぐしで(ととの)える。


「それに加布里(かぶり)のいつもとは(ちが)うキャラ見れて、マジ眼福(がんぷく)だわ~。かっこいい(けい)にかわいい系がプラスされたら無敵っしょ~」


「い……言われたの(はじ)めて。あんがと……」


 アホ毛――じゃなくて(いきおい)さんの顔を()し目がちにチラチラ見ながら返答をした加布里(かぶり)さん。


(ノリで生きてるだけじゃないんだ、(いきおい)さんって。わたしのこと、よく見てくれてる……)


 が、加布里(かぶり)さん……このタイミングで気づく……っ!


(し、しまった! こんしまちゃんじゃないけど、しまった! これ――キャラ崩壊(ほうかい)じゃない? ちょっと()めた目で物事を見つめるエセギャル……っていう設定が(くず)れちゃったん? 考えすぎないようにしようって思った反動で、つい感じたとおりに(いきおい)さんのことベタぼめしたわけよね……。でも)


 テーブルに置いた(おと)の出ないタンバリンをつつく。


(――でも、(いきおい)さんは喜んでくれた。わたしのキャラ崩壊のことも、むしろ受け入れてくれた。それがわたしは、うれしかった。別に極端(きょくたん)にだれかとキャラかぶりしたわけじゃない……ただ居心地(いごこち)がいい。(こわ)いくらいの安心感。久慈(くじ)さんのくじ()きにありがとう。このメンバー、もはや(ひと)つの奇跡(きせき)だっての……)


 加布里(かぶり)さんは、なんとなく――。

 自分のぱっつん前髪(まえがみ)に、軽く指を走らせた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 なにはともあれ。

 マイクを手にしたこんしまちゃんが、再びソファより立ち上がる……ッ!


 それだけではなく……。

 こんしまちゃん、ここで大胆(だいたん)な行動に移る……!


 右隣(みぎどなり)(すわ)加布里(かぶり)さんに、とある(もう)()をおこなったのだ。


加布里(かぶり)さん……デュエットしない……? アニソンで」


「……え、いいけど」


 これは加布里(かぶり)さんにとっても予想外であった。


「でもどうして今、デュエットなん。それも、わたしと……」


「もしかしたら加布里(かぶり)さんとなら……アニソン一緒(いっしょ)に歌えるんじゃないかと思って……」


「へ……?」


 加布里さんは首をかしげた。


「確かに有名どころなら、だいたい歌えるけど――なんで分かったん? わたし、さっきアニメとは関係のない曲、選んだよね……? こんしまちゃんとカラオケ()くの(はじ)めてだし……」


「わたしが『鉄腕(てつわん)アトム』の主題歌(しゅだいか)を歌ったとき……」


 テーブルに置かれている別のマイクを加布里(かぶり)さんに(わた)しながら、こんしまちゃんが静かに()う。


「加布里さん、マラカス()るのをやめていたから……」


「……あ」


 思い出してみれば、そうだった。


 言葉にしなかったものの、こんしまちゃんは(さっ)したのだろう。

 本当は加布里(かぶり)さんはアニソンを歌うつもりだったけれど先に歌われちゃったから、かぶるのをさけて別の歌を選んだんじゃないかと――。


(急に手をとめて動揺(どうよう)した様子を見せたら、そりゃなんとなく伝わるかあ……。ただでさえ(おと)のしないマラカスだったのに、()られていないってよく分かったね。こんしまちゃんも、ただのうっかりガールじゃなかったんだ……)


 こんしまちゃんからマイクを受け取った加布里(かぶり)さんが――二重(にじゅう)足組(あしく)みをほどき、立つ。


「曲は、なんにするん? わたし、こんしまちゃんが歌いたいのを歌いたい……」


 その裏で。


(――どうしてわたしはデュエットに(おう)じたんかな)


 もう考えないと決意しても……結局、考えてしまう加布里(かぶり)さん。


(……アニソンを歌えることを(かく)しとおして、デュエットさえも拒否(きょひ)したほうが、キャラクターかぶりのリスクを()まなくて()むんやないかな~って思わんこともないけど、わたしカラオケでデュエット歌ったことないんよね……。こういうのもキャラのレパートリーを増やすうえで役立(やくだ)つし、ことわる必要もなさそう)


 ゆれるアホ()横目(よこめ)()つつ、自分の気持ちにうなずいた。


(……もはや、そんなノリと(いきお)いだっての)



 さて肝心(かんじん)のアニソンのデュエット曲を「商標(しょうひょう)なので正式名称(めいしょう)を出せない例のタッチパネルの機械」でこんしまちゃんが選択(せんたく)する……!


 イントロが流れる。SFロボットアニメの曲である。

 しかし加布里(かぶり)さんは、「あれ? ……これって」と思う。


 歌唱(かしょう)パートに突入(とつにゅう)し、加布里さんの疑念が確信に移る……っ!

 こんしまちゃんも困惑(こんわく)の表情……どうやら、うっかりしていたようだ。


 でもせっかく選んだので、カラオケルームの画面の歌詞が()()わるごとに交互(こうご)に歌う加布里(かぶり)さんとこんしまちゃん。


 それを見守る久慈(くじ)さんはタンバリンをたたき、(いきおい)さんはマラカスを()っている。

 どんなに(はげ)しく動かしても、やはりそれらの楽器から(おと)は出ない……!


 一番(いちばん)二番(にばん)を歌い上げ、間奏(かんそう)パートに入ったとき、こんしまちゃんがいったんマイクを下ろしてつぶやいた。


「……しまった。前期オープニング選んじゃった。デュエットは後期オープニングのほうだった……」


「あはは~、やっちゃったね……」


 加布里(かぶり)さんは、やわらかな笑顔(えがお)をこんしまちゃんに向けた。


「でもこっちも神曲(かみきょく)だし、最後まで(うた)おっか」


「うん、ありがとう加布里さん……」


 とまあこんな流れで、最後の歌唱パートでも()わる()わる声を出した。


 画面に表示された結果は七十四点。

 だけど久慈(くじ)さんも(いきおい)さんも「よかった(わ)よ!」とほめてくれた。


 こんしまちゃんは照れていた。

 加布里(かぶり)さんは、なんとも形容(けいよう)しがたい感覚につつまれていた。


(もう一回デュエットすれば、この気持ちの正体が分かるのかな)


 といっても「みんなでカラオケに来た以上、基本的には同じ人が連続で歌うべきじゃない」と加布里さんは考えた。


 ここで久慈(くじ)さんと(いきおい)さんも「デュエットがしたい」と言ったので、加布里(かぶり)さんとこんしまちゃんはそれぞれマイクを(わた)した。


 あと二つマイクがテーブルにあるんだからそっち取ればいいじゃん……とツッコむ者は、やはりいない。


 加布里さんはソファに(すわ)りなおして、またまた足を二重(にじゅう)に組んだ。


 左の太ももを右ひざの上に置いたのち、左足の(こう)を右足首の後ろに回して引っかけた。

 今までの足の組み方を左右(さゆう)逆にした格好(かっこう)である。


 こんしまちゃんも(こし)を下ろし、マラカスを(にぎ)った。

 そんな彼女(かのじょ)をちらりと見てから、加布里(かぶり)さんはタンバリンを(かま)える。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ……久慈(くじ)さんと(いきおい)さんが選んだデュエット曲は外国アニメーション映画の挿入歌(そうにゅうか)だった。

 日本語訳じゃなくて英語で歌って八十六点をたたき出していた。


 そのあとで加布里(かぶり)さんとこんしまちゃんが、あらためて二人でマイクを持ち、立つ。


 さっき熱唱(ねっしょう)した曲と同じアニメの歌だ。

 ただし今度(こんど)はデュエット曲である。


 カラオケルームの画面には、それぞれの担当(たんとう)パートごとに歌詞が色分けされて表示された。


 二人同時に歌うパートもあった。


 加布里(かぶり)さんは歌いつつ、今までにない新たな気持ちを感じていた。


(同じ曲を歌っているって点では、もろキャラかぶり……でも同時に(ちが)う人間として声を(おぎな)い合う(めん)で言えば、キャラかぶりしてない。そして、ときに言葉を重ねる。かぶっているのに、かぶっていないという感覚が、このとき最高潮(さいこうちょう)になる……)


 とにかく、夢中(むちゅう)になって声を(ひび)かせた。

 (となり)のこんしまちゃんも……気を()かずに一生懸命(いっしょうけんめい)歌い上げている。


(悪く――ないなあ)


 そんな時間は五分ちょいで終わった。

 採点(さいてん)結果は七十九点だったけど……加布里(かぶり)さんとこんしまちゃんにとっては百二十点は()えていた。



 それから、だれが言いだしたのかも分からないが――。

 みんなで一緒(いっしょ)に歌おうという流れになった。


 室内には最初から、マイクが四つ用意されていた。


 加布里(かぶり)さんはまた心のなかで「スタッフさん、マジでナイスです!」と感謝を(ささ)げるのだった。


 立ったまま、テーブルの自分のドリンクグラスをつかむ。

 そのドリンク(メロンソーダ)をストローで吸う。


 で、加布里(かぶり)さんと(いきおい)さんと久慈(くじ)さんとこんしまちゃんはマイクを(にぎ)った。


 みんなが知っており合唱曲としても歌えるものを選んだ。

 これまでの流れを受けて……アニメや洋楽に関係があって、前向きで(せつ)ない曲を歌うことにした。


 そんな曲あるん? と加布里(かぶり)さんは一瞬(いっしゅん)思ったけど……。

 実際にそんな曲は存在する。


 みんなで声を(おぎな)(かさ)ね、加布里さんは(ひと)つのことを発見した。


(わたしたちは同じ曲を、(ちが)う声で歌っているんだ)


 もちろん合唱は初めてじゃない。

 だけど今までは……自分が没個性(ぼつこせい)のハンコ()みたいに思われるのが(こわ)くて、学校でおこなわれる合唱もマジメに歌っていなかった。


 でも、きょう集まったメンバーで歌って、自分はやっぱりみんなとは(ちが)うとはっきり知った。

 かつ、同じ歌を共有しても悪くないのだと思えた。


 自分の声は、ときにだれかの声と()ざる。

 そうだとしても、自分は自分だけの意思で声を上げている。


(わたしはキャラかぶりを(おそ)れる。そしてみんなと同じものも持っている。同じ空気を吸っている。なおかつ、たった一人(ひとり)加布里(かぶり)璃々菜(りりな)として生きる。きっと(いきおい)さんもこんしまちゃんも久慈(くじ)さんも……ある意味どこにでもいる女の子で……別の(めん)でほかのどこにもいない女の子なんだ)


 加布里さんはそんな気持ちと共に、残りの時間も楽しんだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ……あらためて確認するけど、この物語の主人公は「こんしまちゃん」こと紺島(こんしま)みどりである。


 とはいえ、こんしまちゃんは一人(ひとり)で生きているのではない。

 こんしまちゃんを取り巻く世界には、こんしまちゃんの知らない気持ちも、たくさんある……!


 きっと同じ言葉で語られる物語のなかに――同じようで(ちが)う人が、(かぞ)えきれないほど住んでいる。


 ときに同じフリをしながら、ときに(ちが)うフリをしながら。


 自分だけの言葉を世界に

 等しく(ひび)かせ、生きている。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


☆今週のしまったカウント:二回(累計(るいけい)二十六回)

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