意図せずキャラがかぶってしまった!(日曜日)
この物語の主人公は、「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」である。
ファンタジー的なすごい能力を持つわけじゃないので、高校一年生の普通の女の子――と言うこともできるだろう。
こんしまちゃんのキャラクターをひと言で説明すると……「一週間に一度は必ず『しまった』と口に出す女の子」というシンプルなものになる。
ただしキャラクターを持つのは、こんしまちゃんだけに限らない。
いや……人ならば、だれだって自分なりのキャラクターを有しているはずだ。
ときにキャラクターというものは自分に方向性を与えてくれる。
同時に、自分自身を縛り上げる呪いにもなる……ッ!
今回は、そんな「キャラクター」に翻弄される高校生の話だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
ときは日曜日の午後、まだ夕方にもなっていない時間帯――。
某カラオケボックスの一室に、四名の女子高生が集まっていた。
カラオケルームのテーブルには、曲を選んだりするときに使うタッチパネルの機械(正式名称は商標なので伏せる)やドリンクなどが置かれている。
そのテーブルに沿うL字型のソファに、四人が座っている状況だ。
髪型に着目すると判別しやすい。
反時計回りで順に……ベリーショートの髪、頭頂部のアホ毛、ウェーブのかかったくせ毛、水平に切りそろえたぱっつん前髪が見える。
きょうは、みんなでカラオケをおこなう。
企画したのはベリーショートの女の子――久慈さんだ。
久慈さんと、ほかの三人はクラスメイト。
ではメンバーは、どのように選出されたのか?
答えは――「くじ引き」である。
久慈さんは自分をのぞくクラスメイト二十七人の名前を書いた紙を箱に入れ、それをランダムに三枚引いたのだ。
紙にしるされていたのは、それぞれ……「加布里さん」「勢さん」「こんしまちゃん」の名前だった。
ゆえに久慈さんは、彼女たち三人をカラオケにさそったわけだ……!
もちろん無理にさそっていない。
ちゃんと本人たちの意思を確認している。
前髪ぱっつんの女の子――加布里さんは思う。
(一緒に過ごす相手をくじ引きで決めるなんて前代未聞だっての。まあ、それはそれでおもしろそうだから結局来ちゃったけどさ)
さらに加布里さんが、心のなかで付け加える。
(なにより、このメンバーなら「キャラかぶり」の心配もないだろうし)
加布里さんはカラオケのさそいに応じる前に、「ほかに、だれが来るん?」と久慈さんに聞いていた。
久慈さんは「勢さんとこんしまちゃんが来るわよ」と答えた。
それを耳にした加布里さんは、安心してカラオケのさそいを受けたのだ。
加布里さんは、周囲にいる人によって自分のキャラクターを変えるタイプ。
まわりと同じになるという意味じゃなくて、自分の所属するグループ内でだれとも「キャラかぶり」しないように立ち回る。
たとえば友達に「読書が好き」と言う人がいたとする。
本来の加布里さんは小説をよく読むんだけど……友達に読書好きがいると分かった時点で、小説を読むという自分の趣味を隠蔽する。
すべては、キャラかぶりをさけるためだ。
相手がボケなら自分はツッコミ役に徹する。
逆に相手がツッコミが得意そうなら、ボケ役を演じてみせる。
町で自分と同じ服装や髪型の人を見かけると逃げたくなる。
加布里さんは、なぜ前髪をぱっつんにしているのか?
……それはクラスメイトのなかに前髪を水平に切りそろえている人がほかにいないからだ。
個性を出して目立ちたいわけじゃない。
小学校高学年のころ加布里さんは、とある大好きなマンガのレビューをネットでのぞいたことがある。
……評価はボロボロだった。
感想欄には「キャラのかき分けができていない。性格も見た目もハンコ」とか「キャラがかぶりすぎて、だれがだれだか分からない」とか書いてある。
作者でもないのに、加布里さんは自分に文句を言われた気がして悲しくなった。
以降、彼女は現実でもキャラかぶりを極度に恐れるようになったのだ。
中学生のときは本気で髪型を坊主にしようかと思ったほどだ。両親にとめられたけど。
ともあれ、ほかの三人の私服を見て自分とかぶっていないことを確認したあと、加布里さんは安堵のため息をついた。
(久慈さんはマジメ系天然……勢さんはノリで生きてるゆるふわ少女……こんしまちゃんは意外と積極的なうっかりガール。……当然、今わたしがクラスで演じているキャラをセレクトしても……かぶる可能性はゼロ)
加布里さんが胸のうちで、自分のキャラクターをおさらいする。
(ちょっと冷めた目で物事を見つめるエセギャル……!)
自己暗示のあとで、腕を組む加布里さん。
さらに足も組む。
ただ右の太ももを左ひざの上に置くだけでなく、右足の甲を左足首の後ろに回して引っかける。
この二重の足の組み方をする者に、加布里さんはお目にかかったことがない。
当然……こんしまちゃんも勢さんも久慈さんも、そんなポーズはしていない。
その三人に、加布里さんが声をかける。
「わたし順番最後でいいから、みんなから先に歌ってよ」
「分かった……!」
異口同音に答える、こんしまちゃんたちであった……!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
とりあえず久慈さんから反時計回りで、歌う順番を回していこうという流れになった。
最初からテーブルにはマイクが四つも置かれていた。
合唱曲を歌うことを想定して、カラオケボックスのスタッフさんが用意してくれたものだと思われる。
ベリーショートの久慈さんがそのうちの一つを持って歌いだす。
ちょっと具体的な曲名は書けないけど……人気の歌手のはやりの曲をそつなく歌い上げている。
加布里さんは感心した。
(みんなが楽しめるような曲をしょっぱなにチョイスして場の雰囲気をやわらかくした……! しかも、ほどよい美声)
ただし加布里さんの視線は……歌っている久慈さん以外の人物にも、そそがれている。
アホ毛の勢さんはリズムに合わせて首を縦に動かし、ウェーブのこんしまちゃんは上半身を左右にゆらしてメトロノームさながらの挙動をとる……っ!
二人の動きを見た加布里さんは腕を組むのをやめ、室内のテーブルに置かれていたマラカスを振ることにした。
このマラカスは振っても音が鳴らない、全方位に配慮したマラカスである……っ!
でも加布里さんにとっては、ありがたかった。
(確かにこれがマラカスかどうかはあやしいけど、ともかくスタッフさん、ナイスです……!)
心のなかで頭を下げる。
(人によっては、歌ってるあいだに音鳴らされるの嫌だったりするからなー。こればっかりは直接聞いても「いや気にしてないよー」とか返されるし……でも本人は内心で「もう二度とこいつとカラオケ行かんわ」とか思ったりするのかな? ホント、外見だけがその人のキャラクターじゃないんよね)
テーブルには、「音の鳴らないタンバリン」も置かれている……。
(どういう発想なん……? 音の鳴らない楽器にも、意外と需要あるのかな?)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
久慈さんが歌い終わったあと、勢さんは「上手~」とほめ、こんしまちゃんは拍手した。
加布里さんはカラオケルームの画面に映る点数を見て、「へー、八十六点かー」とだけ言った。
(まだ全員の歌唱力が判明していない状態で安易にほめるのは悪手……! この得点をほめたあとで、もっとうまい人がでてきたら……ほめられた人はぬか喜びした感じがして嫌に思うかもしれん……。く~っ! わたしだって勢さんみたいに素直にほめたいのに~)
ここで久慈さんが――使ったマイクを、勢さんの手に渡す。
ほかにも三つマイクがあるんだから四人で一つずつ使えばいいのでは? とツッコむこともできるけど、これはこれでおもしろいのであえてツッコむ者はいない……!
なんかそういう感じで一つのマイクを回していく流れが形成されていると見ていい。
「それじゃあ、不肖勢さくら、歌わせていただきます」
渋いイントロが流れる。
勢さんがチョイスしたのは、演歌であった……!
加布里さんにとっては意外だった。
勢さんは英語のテストで高得点を取っており、先生にほめられていたこともあるのだ。
それにしても聞いたことのない曲。
それでいて、なんか名曲っぽい。
初めて耳にするはずなのに懐かしくなる和風のメロディ。
知らない地名が出てくるけど、なぜか景色が頭に思い浮かぶ。
歌を聞いているこんしまちゃんは相変わらずのメトロノームっぷり……!
久慈さんは、ドリンク(オレンジジュース)を少しずつ口に含んでいる。
(これで待ち時間における久慈さんの行動パターンも把握した……マラカスを継続してもキャラかぶりの心配なし)
音の鳴らないマラカスを、加布里さんは振り続ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
……さて勢さんの歌が終了し、こんしまちゃんが拍手する。
続いて久慈さんが「本当に、いい歌だったわ」と口にする。
加布里さんは画面の点数を見て、「おおー」という声を漏らした。
(いやなんなん、「おおー」……って! でも二回連続でただ点数を読み上げるなんて、できんって。あんまりキャラ固めすぎると、のちのち修正利かなくなるし……これで正解だと思うけどなあ)
こんしまちゃんが勢さんからマイクを受け取り、ソファから立ち上がる……ッ!
しかしイントロ前に、久慈さんが優しく言う。
「あ、こんしまちゃん。マイクの向きが逆ではなくて?」
「しまった……」
慌ててこんしまちゃんが、マイクを握りなおす。
「……そういえばわたし、小学生のころリコーダーのお尻をくわえたこともあったなあ……」
「わあ~、ほほえまし~」
勢さんがアホ毛をゆらし、ゆるゆるの声を出す。
そして加布里さんは――こんしまちゃんをさりげなく、しかし注意深く観察していた。
(こんしまちゃん。本名は紺島みどりさん。自他ともにみとめる、うっかりガール。その「しまった」が計算されたものであっても、百パーセントの天然であっても……わたしとキャラかぶりする要素は皆無……ッ! なに歌うのかな~。わたしのキャラ分析によると――ずばり! 童謡の「かえるの合唱」あたりを選曲していると見た! わたしは昭和の名曲アニソン歌うつもりだから、かぶりようがないね~)
気を取りなおして、歌う体勢に入るこんしまちゃん……!
――が、イントロを耳にした瞬間、加布里さんは驚がくした。
(え……これ、まさか……っ!)
間もなく、こんしまちゃんが熱唱を始める。
「――ラララ♪ (著作権に配慮してほかの部分はカット)」
その歌は昭和三十八年に放送が開始された超有名なテレビアニメの主題歌だった……。
(な、なんで……なんでこんしまちゃんがこの名曲を……)
加布里さんはマラカスを振るのも忘れてしまっていた。
(く~、本当に歌詞もメロディも神がかってる……じゃない、どうすんの加布里璃々菜ッ! このメンバーだったらキャラかぶりしないと思ってたのに~!)
全身から冷や汗がにじむ。
(これで昭和の名曲アニソンをわたしも歌ったら、間違いなくキャラかぶりやん。みんなのキャラクターを見定めるために最後に歌うのを選択したのが裏目に出た……!)
しかし加布里さんは今まで――キャラかぶりのピンチを幾度となく越えてきている。
すべてはキャラかぶりをさけるためだけに、幅広い知識を身につけた。
もともと好きだった読書以外の趣味も持つようになった。
友達に文系科目が得意な人が多かったときは、苦手だった理系科目の勉強を必死にやった。
クラスメイトの性格・趣味・行動パターン・しゃべり方・見た目・運動能力をできる限り正確に観察し、そのどれでもないキャラクターを自分の外側に作り上げた。
だれかと自分との明確な共通点が判明した場合は(露骨にならないよう気をつけながら)すぐ自己キャラクターを修正し、対応してきた。
そんな加布里さんが、このまま終わるはずがないのだ……ッ!
(こうなれば予定変更)
いったん心をカラにし、落ち着く。
冷や汗が引いていくのを感じながら、考えを進める。
(久慈さんは、はやりの曲……続く勢さんは演歌を選んだから――それ以外で。でも歌えない曲をチョイスするわけにもいかない……令和か平成のアニソンにするか……? いや、時代が違ってもアニソンを連続させたらキャラかぶりの烙印を押されかねないっての。じゃあ童謡でいく? でも次こそは、こんしまちゃんが童謡を歌いそうな気がするんだよな~。……というわけで、九十年代のJ-POPがよさそう。わたしも好きだし)
このような加布里さんの怒濤の思考にひと区切りがつくと同時に――。
なんの偶然か、こんしまちゃんの熱唱が終わりを告げた。
採点は八十点である。
こんしまちゃんは、とくに「しまった」とぼやくこともなく加布里さんにマイクを託す……!
息切れしている、こんしまちゃん。
マイクを手放したあと、ドリンク(ウーロン茶)でのどをうるおす。
一方の加布里さんは日ごろのくせで、脳内に蓄積された「こんしまちゃんのキャラクターデータ」をアップデートする……!
(意外だな~。てっきり歌い終わったあと、こんしまちゃんが「しまった。あそこらへんの音程ミスっちゃった……」とか言うかと思ったんだけど……そういう言い訳しないんだ)
確かにこんしまちゃんの口癖は「しまった」だけど……失敗したときに必ず「しまった」と口にするわけじゃないらしい。
(やっぱりキャラクターって奥が深いなあ)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
ともあれ加布里さんは九十年代のJ-POPを歌った。
切ない曲調に前向きな歌詞を乗せた、九十年代を代表するヒットソングである……!
(こういうときを想定して家族とカラオケで練習しといてよかった~)
なお加布里さんは選曲のみならず歌い方をどうするかについても考えていた。
(今回は歌い方で個性を出すのは、やめておこう。久慈さん、勢さん、こんしまちゃんとカラオケに来たのは初めてだから……ここで冒険しすぎると反感を買うおそれがあるんよね……。嫌われるっていうのは、キャラが固定化されるということ。そうなったらキャラかぶりをさけづらくなる。できる限り、嫌われるリスクは回避すべき。じゃあ、あえてド下手に歌うのは? ……それもだめ。わざとやってるって見抜かれたら、積み上げた印象が地に落ちる)
そんなわけで加布里さんは、七十七点でヒットソングを歌い上げた。
勢さんも、こんしまちゃんも……「初めて聞いたけど、めっちゃいいね……!」と言ってくれた。
久慈さんは曲を知っていたようで、「わたしも少し、さかのぼろうかしら」とつぶやいた。
加布里さんは久慈さんにマイクを渡しながら、思う。
(あらためて久慈さんのしゃべり方をピックアップしてみると……「勢さんとこんしまちゃんが来るわよ」「いい歌だったわ」「マイクの向きが逆ではなくて?」「さかのぼろうかしら」といったサンプルを抽出できるんよね。でもわたし、こういう話し方するリアルの女の人と今まで会ったことなかったなあ……。小説とかアニメだと普通だし、芸能人でそういうキャラ作っている人はいるし、外国人女性の言葉をそんな感じで訳すところはよくあるし……変なのかどうかもよく分からん)
再びソファに腰を下ろし、二重に足を組む加布里さん……。
(いわゆる役割語ってやつ? キャラ付けに便利だもんね。とくに小説だと、だれが話しているか一発で分かるし。わたしも中学のとき、お嬢さま口調を使ったときがあったけど……結局みんながふざけてマネしだしたからわたしもやめちゃったんよね)
平成後期のヒットソングを歌う久慈さんに合わせて、音なきマラカスを振る。
(あ~あ、現実もフィクションみたいにいろんなしゃべり方をみとめてくれていたら、キャラかぶりも回避しやすかったのにな~。わたしも「吾輩は加布里璃々菜である」とか堂々と言いたいよ。それとも、ほかのところでは、そういう話し方が多数派だったりするん? わたしのイメージのほうが少数派なん? どっちにしても久慈さんのキャラクターは大事にしないといけない。わたしが大事にしたい。じゃないと久慈さんもキャラかぶりで苦しむかもしんない……)
久慈さんが歌っている曲の歌詞は、「自分で自分をみとめること」の大切さを説く内容だった。
(いくら自分でみとめても、ほかのみんながみとめてくれんと意味ないやん……。「他人なんて関係ない。自分がどう思うかが大事」なんて言う一方で、「人は一人では生きていない。他人に恥じない生き方をしろ」とも言われるし。都合よく二つのことが一致する人は生きやすいだろうけど……わたし、そんなん無理だって。本当は、だれかとキャラがかぶっていても、みんなと極端にキャラが違っていても、どっちだってよかったはずなのになあ。なんで同じだったらハンコとかモブとか没個性とか有象無象って言われなきゃなんないの? それでいてどうして、他人とほどほどに違うキャラクターを要求されなきゃいけないわけ? ……キャラかぶりって悪いん? キャラかぶりをさけようとすることも悪いん? わたしは、まったく悪いことだと思わないんだけど)
でも、ここまで考えてハッとして、加布里さんが心のなかで、かぶりを振る……。
(あ~、てかわたし、みんなとカラオケに来てまでなに考えてんの……。少なくとも今、思うことやないやん。こんな態度じゃ、よくないよ……よし、考えない。もう考えない。カラオケに集中するんだ。わたしは加布里璃々菜……どんなキャラクターのおめんも、かぶることができるんだ……! わたしはエセギャル……エセギャル……)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
久慈さんの次は、また勢さんにマイクが渡る。
「ウチね~、今度はちょっと難しいの歌うよ」
そう言って勢さんが歌い始めたのは……洋楽だった。
しかもなかなか聞き慣れない単語や言い回しが頻出する歌詞である。
(さっき演歌を熱唱してたとは思えない……っ!)
加布里さんは、音のいっさい出ないタンバリンを動かしながらマジメに聴いている。
(英語の発音もなめらかだし、なにより、すごく楽しそう……)
結果、勢さんは九十七点をたたき出した。
こんしまちゃんと久慈さんの様子を観察するのも忘れて、加布里さんが拍手する。
「すごい! 勢さん、英語が得意なのは知ってたけど、ここまで上手だなんて!」
「えへへ~」
勢さんは照れくさそうに舌を出す。
「実はこれ一回だけ聞いたことあったから、ずっと歌いたかったんだ」
「一発で九十七点って、ヤバない? なんかコツとかあるん?」
「ないよッ! そこはノリと勢いで!」
そして勢さんはこんしまちゃんにマイクを手渡し、加布里さんを見つめる。
加布里さんは目を泳がせて勢さんの頭頂部のアホ毛に向かって言葉をかけた。
「な……なんなん?」
「いや~、加布里っていっつもクールじゃん? だからそんな素直にほめられるとは思ってなくて……めっちゃ、うれしかったから」
倒れるようにソファに腰かけ、勢さんがドリンク(いちご牛乳)のグラスを勢いよくかたむける。
一気にグラスを干したあと、アホ毛を手ぐしで整える。
「それに加布里のいつもとは違うキャラ見れて、マジ眼福だわ~。かっこいい系にかわいい系がプラスされたら無敵っしょ~」
「い……言われたの初めて。あんがと……」
アホ毛――じゃなくて勢さんの顔を伏し目がちにチラチラ見ながら返答をした加布里さん。
(ノリで生きてるだけじゃないんだ、勢さんって。わたしのこと、よく見てくれてる……)
が、加布里さん……このタイミングで気づく……っ!
(し、しまった! こんしまちゃんじゃないけど、しまった! これ――キャラ崩壊じゃない? ちょっと冷めた目で物事を見つめるエセギャル……っていう設定が崩れちゃったん? 考えすぎないようにしようって思った反動で、つい感じたとおりに勢さんのことベタぼめしたわけよね……。でも)
テーブルに置いた音の出ないタンバリンをつつく。
(――でも、勢さんは喜んでくれた。わたしのキャラ崩壊のことも、むしろ受け入れてくれた。それがわたしは、うれしかった。別に極端にだれかとキャラかぶりしたわけじゃない……ただ居心地がいい。怖いくらいの安心感。久慈さんのくじ引きにありがとう。このメンバー、もはや一つの奇跡だっての……)
加布里さんは、なんとなく――。
自分のぱっつん前髪に、軽く指を走らせた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
なにはともあれ。
マイクを手にしたこんしまちゃんが、再びソファより立ち上がる……ッ!
それだけではなく……。
こんしまちゃん、ここで大胆な行動に移る……!
右隣に座る加布里さんに、とある申し出をおこなったのだ。
「加布里さん……デュエットしない……? アニソンで」
「……え、いいけど」
これは加布里さんにとっても予想外であった。
「でもどうして今、デュエットなん。それも、わたしと……」
「もしかしたら加布里さんとなら……アニソン一緒に歌えるんじゃないかと思って……」
「へ……?」
加布里さんは首をかしげた。
「確かに有名どころなら、だいたい歌えるけど――なんで分かったん? わたし、さっきアニメとは関係のない曲、選んだよね……? こんしまちゃんとカラオケ行くの初めてだし……」
「わたしが『鉄腕アトム』の主題歌を歌ったとき……」
テーブルに置かれている別のマイクを加布里さんに渡しながら、こんしまちゃんが静かに言う。
「加布里さん、マラカス振るのをやめていたから……」
「……あ」
思い出してみれば、そうだった。
言葉にしなかったものの、こんしまちゃんは察したのだろう。
本当は加布里さんはアニソンを歌うつもりだったけれど先に歌われちゃったから、かぶるのをさけて別の歌を選んだんじゃないかと――。
(急に手をとめて動揺した様子を見せたら、そりゃなんとなく伝わるかあ……。ただでさえ音のしないマラカスだったのに、振られていないってよく分かったね。こんしまちゃんも、ただのうっかりガールじゃなかったんだ……)
こんしまちゃんからマイクを受け取った加布里さんが――二重の足組みをほどき、立つ。
「曲は、なんにするん? わたし、こんしまちゃんが歌いたいのを歌いたい……」
その裏で。
(――どうしてわたしはデュエットに応じたんかな)
もう考えないと決意しても……結局、考えてしまう加布里さん。
(……アニソンを歌えることを隠しとおして、デュエットさえも拒否したほうが、キャラクターかぶりのリスクを踏まなくて済むんやないかな~って思わんこともないけど、わたしカラオケでデュエット歌ったことないんよね……。こういうのもキャラのレパートリーを増やすうえで役立つし、ことわる必要もなさそう)
ゆれるアホ毛を横目で見つつ、自分の気持ちにうなずいた。
(……もはや、そんなノリと勢いだっての)
さて肝心のアニソンのデュエット曲を「商標なので正式名称を出せない例のタッチパネルの機械」でこんしまちゃんが選択する……!
イントロが流れる。SFロボットアニメの曲である。
しかし加布里さんは、「あれ? ……これって」と思う。
歌唱パートに突入し、加布里さんの疑念が確信に移る……っ!
こんしまちゃんも困惑の表情……どうやら、うっかりしていたようだ。
でもせっかく選んだので、カラオケルームの画面の歌詞が入れ替わるごとに交互に歌う加布里さんとこんしまちゃん。
それを見守る久慈さんはタンバリンをたたき、勢さんはマラカスを振っている。
どんなに激しく動かしても、やはりそれらの楽器から音は出ない……!
一番二番を歌い上げ、間奏パートに入ったとき、こんしまちゃんがいったんマイクを下ろしてつぶやいた。
「……しまった。前期オープニング選んじゃった。デュエットは後期オープニングのほうだった……」
「あはは~、やっちゃったね……」
加布里さんは、やわらかな笑顔をこんしまちゃんに向けた。
「でもこっちも神曲だし、最後まで歌おっか」
「うん、ありがとう加布里さん……」
とまあこんな流れで、最後の歌唱パートでも代わる代わる声を出した。
画面に表示された結果は七十四点。
だけど久慈さんも勢さんも「よかった(わ)よ!」とほめてくれた。
こんしまちゃんは照れていた。
加布里さんは、なんとも形容しがたい感覚につつまれていた。
(もう一回デュエットすれば、この気持ちの正体が分かるのかな)
といっても「みんなでカラオケに来た以上、基本的には同じ人が連続で歌うべきじゃない」と加布里さんは考えた。
ここで久慈さんと勢さんも「デュエットがしたい」と言ったので、加布里さんとこんしまちゃんはそれぞれマイクを渡した。
あと二つマイクがテーブルにあるんだからそっち取ればいいじゃん……とツッコむ者は、やはりいない。
加布里さんはソファに座りなおして、またまた足を二重に組んだ。
左の太ももを右ひざの上に置いたのち、左足の甲を右足首の後ろに回して引っかけた。
今までの足の組み方を左右逆にした格好である。
こんしまちゃんも腰を下ろし、マラカスを握った。
そんな彼女をちらりと見てから、加布里さんはタンバリンを構える。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
……久慈さんと勢さんが選んだデュエット曲は外国アニメーション映画の挿入歌だった。
日本語訳じゃなくて英語で歌って八十六点をたたき出していた。
そのあとで加布里さんとこんしまちゃんが、あらためて二人でマイクを持ち、立つ。
さっき熱唱した曲と同じアニメの歌だ。
ただし今度はデュエット曲である。
カラオケルームの画面には、それぞれの担当パートごとに歌詞が色分けされて表示された。
二人同時に歌うパートもあった。
加布里さんは歌いつつ、今までにない新たな気持ちを感じていた。
(同じ曲を歌っているって点では、もろキャラかぶり……でも同時に違う人間として声を補い合う面で言えば、キャラかぶりしてない。そして、ときに言葉を重ねる。かぶっているのに、かぶっていないという感覚が、このとき最高潮になる……)
とにかく、夢中になって声を響かせた。
隣のこんしまちゃんも……気を抜かずに一生懸命歌い上げている。
(悪く――ないなあ)
そんな時間は五分ちょいで終わった。
採点結果は七十九点だったけど……加布里さんとこんしまちゃんにとっては百二十点は超えていた。
それから、だれが言いだしたのかも分からないが――。
みんなで一緒に歌おうという流れになった。
室内には最初から、マイクが四つ用意されていた。
加布里さんはまた心のなかで「スタッフさん、マジでナイスです!」と感謝を捧げるのだった。
立ったまま、テーブルの自分のドリンクグラスをつかむ。
そのドリンク(メロンソーダ)をストローで吸う。
で、加布里さんと勢さんと久慈さんとこんしまちゃんはマイクを握った。
みんなが知っており合唱曲としても歌えるものを選んだ。
これまでの流れを受けて……アニメや洋楽に関係があって、前向きで切ない曲を歌うことにした。
そんな曲あるん? と加布里さんは一瞬思ったけど……。
実際にそんな曲は存在する。
みんなで声を補い重ね、加布里さんは一つのことを発見した。
(わたしたちは同じ曲を、違う声で歌っているんだ)
もちろん合唱は初めてじゃない。
だけど今までは……自分が没個性のハンコ絵みたいに思われるのが怖くて、学校でおこなわれる合唱もマジメに歌っていなかった。
でも、きょう集まったメンバーで歌って、自分はやっぱりみんなとは違うとはっきり知った。
かつ、同じ歌を共有しても悪くないのだと思えた。
自分の声は、ときにだれかの声と混ざる。
そうだとしても、自分は自分だけの意思で声を上げている。
(わたしはキャラかぶりを恐れる。そしてみんなと同じものも持っている。同じ空気を吸っている。なおかつ、たった一人の加布里璃々菜として生きる。きっと勢さんもこんしまちゃんも久慈さんも……ある意味どこにでもいる女の子で……別の面でほかのどこにもいない女の子なんだ)
加布里さんはそんな気持ちと共に、残りの時間も楽しんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
……あらためて確認するけど、この物語の主人公は「こんしまちゃん」こと紺島みどりである。
とはいえ、こんしまちゃんは一人で生きているのではない。
こんしまちゃんを取り巻く世界には、こんしまちゃんの知らない気持ちも、たくさんある……!
きっと同じ言葉で語られる物語のなかに――同じようで違う人が、数えきれないほど住んでいる。
ときに同じフリをしながら、ときに違うフリをしながら。
自分だけの言葉を世界に
等しく響かせ、生きている。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
☆今週のしまったカウント:二回(累計二十六回)