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第四十一週 これまでの歩みを振り返ってしまった!(木曜日)

 今週のしまったちゃん略してこんしまちゃんと呼ばれる紺島(こんしま)みどりも、そろそろ高校一年生(いちねんせい)から二年生(にねんせい)になる。


 一年間(いちねんかん)いろいろな「しまった」に見舞(みま)われたこんしまちゃんだったけれど、当の本人は現在どんな様子なのだろう。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 木曜日の午後。

 学年末の終業式のあと、こんしまちゃんは学校から病院に直行した。


 病室の(ひと)つに入る。

 窓際のベッドで横になっているポニーテールの女の子に声をかける。


「おじゃまします……矢良(やら)さん……」

「来てくれたんだね、こんしまちゃんっ」


 ベッドで()ていた女の子――矢良(やら)みくりさんは上半身(じょうはんしん)を起こし、笑顔(えがお)を見せた。


「いや~、めんぼくないっ。きょうは体調を(くず)しちゃったせいで終業式に出席できなくてねー」

「アヤメちゃんも鵜狩(うかり)くんも……」


 足音を立てずにこんしまちゃんが矢良さんに近寄る。


「ほかのみんなも心配してたよ……」

「あ、もうだいじょぶだからっ。佳代子(かよこ)ちゃんにはすでにララララ・ララララ・ラララインしといたしっ」


「そっか……よかった……」

「ところでこんしまちゃん」


 あくまで明るい声で矢良さんが言葉を続ける。


(かのえ)くんは無事に二年生になれるか分かる?」


 (かのえ)くんとは、クラスメイトの男の子の飯吉(いいよし)(かのえ)くんのこと。

 矢良さんのまたいとこにして中学のころの元カレでもある……!


 高一(こういち)になってから飯吉くんは学校をよくサボるようになってしまった。

 だから出席日数が足りているのか矢良さんは心配しているのだ。


 こんしまちゃんは、ベッドの横のイスに腰かけて答える……ッ!


「飯吉くんは……きょう、来てたよ……ギリギリ二年生にも進級できるっぽい……」

「そう。来年も同じクラスでいられるんだね」


 あまり感情を()めずに矢良さんはつぶやいた。

 続いて声をはずませて話題を転じる……っ!


「にしてもこんしまちゃんっ。もうすぐ三月も終わるねっ」

(はや)いよね……」


 しみじみとした声音(こわね)でこんしまちゃんがうなずく……っ!


今年(ことし)もいろいろあったなあ……」

「それを言うなら今年度(こんねんど)ではっ?」

「しまった……」


 このタイミングでいつもの口癖(くちぐせ)(くち)にするこんしまちゃん。


「ともあれ……きょうもわたし、『しまった』って言っちゃったし……矢良さんの書いている『今週のしまったちゃん』ノートも充実(じゅうじつ)してきたのでは……?」

「もちろんっ。毎週、休まず記録してるよっ。こんしまちゃんの『しまった』に(かか)わる話をねっ」


 リクライニングベッドを起こし、矢良さんがこんしまちゃんと視線の高さを合わせる。


「ノートはあたしの(いえ)にあるけど、今のところ連載(れんさい)四十回目だよ~」

「ついに不惑(ふわく)突入(とつにゅう)したんだね……!」


年齢(ねんれい)じゃないよっ」

「しまった……ふふ。四十路(よそじ)はまだまだ先だよね……」


 こんしまちゃんと矢良さんは、お(たが)口元(くちもと)()さえて笑った。

 矢良さんは足をピンと()ばしたあと、あごに左手をふれさせる……ッ!


「まあ、この一年(いちねん)でちょっとやそっとのことでは(まど)わない心を手に()れたのも事実かもしんないねっ。なんというか出来事(できごと)を文字に落とし込むことで自分を客観視できるようになったみたいな?」

「なるほど……」


 対するこんしまちゃんも、自分のあごを右手でなでる……っ!


「矢良さんはすごい……っ。わたしは日記とか記録とかつけようとしても三日(みっか)すらもたないし……」

「前は三日(みっか)坊主(ぼうず)って言ってたよね……? だったらあたしと()り返ってみるっ?」


「総集編だね……」

「いや、オーディオコメンタリー」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「じゃあ、さっそく振り返っていこう……」


 こんしまちゃんが深呼吸し、顔を引き()める……ッ!


「そう……あれは十六年前……わたしが誕生した日にさかのぼる……」

「さかのぼりすぎでは」

「しまった……」


 矢良(やら)さんにツッコまれたため、(あわ)てて体勢を立てなおすこんしまちゃん……!


「確か四月と五月の時点ではまだ矢良さん……記録つけてなかったね……」

「そだねー。日記を親に(すす)められたのが六月に(はい)ってからだし」

「で、記念すべき最初の記録は……なんだっけ」

「お弁当。こんしまちゃんがお弁当を忘れてしまったときのヤツ」


 両手を動かし、矢良さんが重箱のかたちを作る。


「あのときこんしまちゃんは教室にいたみんなにおかずを分けてもらってたよねっ」

「うん……みんな、(やさ)しいよね……そしてわたしはお返しを作りすぎちゃった……」


 ほおをほんのり()めるこんしまちゃん……っ!


「矢良さんと鵜狩(うかり)くんは……そのあともお弁当を分けてくれたよね……」

「いいってことよー。だけど今思えば、そのころから……いやそれ以前からこんしまちゃんは鵜狩くんが好きだったんだね~」


「うん……鵜狩くんと初めて会ったのは小三の五月……矢良さんにはもう(はな)したと思うけど、鵜狩くん……転校生だったんだよ……」


 こんしまちゃんは優しく目を細めた。もちろん鵜狩くんが忍者(にんじゃ)であることは()せている……。


「そのときアヤメちゃんともおりがみ手裏剣(しゅりけん)を飛ばして遊んだんだ……それから鵜狩くんとアヤメちゃんはわたしの友達になったんだよ……今だって、かけがえのない友達で……」

「む……っ、ちょっとやけちゃうな~」


 矢良さんが、微妙(びみょう)にほおをふくらます。


「あたしは高校からだもんっ」

「それでも矢良さんも……大切な友達だよ……」


 (おだ)やかにこんしまちゃんが返した……!

 (くち)から空気をゆっくりはいて、矢良さんは表情をゆるめる。


「ありがとっ。そしてこんしまちゃんは小学校からの友達の佳代子(かよこ)ちゃんが一緒(いっしょ)のクラスになっていることにも気づいたんだよねっ」

「うん……アヤメちゃんのことは六月の終わりごろになってようやくね……」


 ついでこんしまちゃんは首をかしげる。


「でも矢良さんは……アヤメちゃんのこと、最初から『佳代子ちゃん』って(した)の名前で呼んでたよね……もしかしてその前からアヤメちゃんとは(はな)したりしてたの……?」

「あたしから声をかけることはあったけど、佳代子ちゃんとまともに(はな)したのはその六月の終わりごろだよっ。あたしのほうが、ちょっとなれなれしくしちゃったんだっ」


 ベッドのなかで、矢良さんが両脚(りょうあし)をごそごそ動かす。


「なによりあたし……入学初日(しょにち)から佳代子ちゃんのことは気になってた。最初の自己紹介(しょうかい)でこんしまちゃんが自分のことを『こんしまちゃん』って呼んでほしいと言ったとき……ほかのみんなとは(ちが)って佳代子ちゃんはまったく反応してなかったからねー。まあ、それだけだったら璃々菜(りりな)ちゃんや嫁田(よめた)くんとかもそうなんだけど……とくに佳代子ちゃんはだれとも目を合わそうとしなかったし、なにかあるのかな……と」


 窓外の、やや晴れた(そら)にも目をやる。


「ただ、あたしは佳代子ちゃんと友達になりたかったんだと思う」

「クラスメイトのこと、矢良さんはよく見てるんだね……」


「こんしまちゃんほどじゃないよっ。七月になってさっそくこんしまちゃんは谷高(やたか)くんの相談に乗っていたし」

「やったかババ()きのヤツかな……っ!」


 こんしまちゃんも矢良さんの視線を追い、空を見つめた……!


「そういえばあのときは矢良さんがトランプを用意してくれたっけ……」

「実はあれ、(かのえ)くんがくれたものなんだ」


 なにかを思い出すように、ちょっとだけ目を閉じる矢良さん。


「付き合ってたときにね……あたし、庚くんの部屋に()ったことがあるんだけど、お互いなにをすればいいか分からなくて結局トランプで七並べしてた。そのあとで、庚くんがあたしに『持って帰っていいよ』って言って」

「思い出のトランプなんだ……」


 あたたかい目で、こんしまちゃんが矢良さんに視線をそそぐ……っ!

 そんなこんしまちゃんを見返したのち、矢良さんは目をあっちこっちに泳がせる。


「ま、もう別れたんだし(かのえ)くんとあたしの話はこれくらいにしてっ。ほかの……そう、しろみちゃんと筈井(はずい)くんはうまくいってるみたいだねっ」

「ずっとラブラブだね……」


 筈井くんが赤金(あかがね)しろみさんのことを「しろ」と呼ぶようになって八か月以上が()ぎた。

 まだ筈井くんは赤金さんを「しろみ」と呼べていないようだけど……そういう距離感(きょりかん)は当事者の二人(ふたり)自身が少しずつ(はか)っていくものだとこんしまちゃんは思う。


「だれかとだれかが幸せにしていると……こっちも幸せになるよ……」

「こんしまちゃんと鵜狩くんも、そうだよねっ」


 歯を見せず笑い、矢良さんがニヤニヤする……っ!


「これぞまさに他人の()()(みつ)の味なんとやらっ! いつごろからこんしまちゃんは鵜狩くんを意識しだしたんだっけ?」

「ずっと転んでばかりだったわたしを……鵜狩くんがささえ続けてくれたから……そんな同年代の男の子を意識しないほうが無理だよ……っ」


 両手をひざに置き、こんしまちゃんが照れる。


「今でも()が差してわざと転びそうになる……自制してるけどね……。あとわたしも、鵜狩くんをささえたい……っ! 物理的に……」

「いいねっ」


 矢良さんが右の親指を立てた。ハンドサインのようだ……ッ!


「鵜狩くんとは、学校外でも頻繁(ひんぱん)に会ってる?」

「付き合い始めてからはその機会も増えたよ……」


「おお~っ。じゃ、どこ()ったりしてんの、映画とかカラオケとか?」

「いや……お(かね)のかかるところには、お互いあんまり()かないかなあ……なにも話さずに一緒(いっしょ)にいるだけで……幸せだもん……」


 ここで、こんしまちゃんが軽く自分の手をたたく。


「そうそう、カラオケといえば……」


 なんか話があっちに行ったりこっちに向かったりそっちに飛躍(ひやく)したりしている感もあるが、どっちに転ぼうが……友達同士の話だからこんなノリでいいのだ……ッ!


久慈(くじ)さんに呼ばれて……(いきおい)さん、加布里(かぶり)さんと歌ったことがあったっけ……あれも(たの)しかった……」

「あ~、久慈さんねー。一緒(いっしょ)に遊ぶ人をくじで決めるなんてホント不思議な人だよねっ。あたしも呼ばれたことある」


「へ~……」

「カラオケじゃなくてボウリングだけど。メンバーは久慈さん、あたし、涼芽(すずめ)ちゃん、絵千香(えちか)ちゃん、束花(そっか)くん。男の子が一人(ひとり)だったもんで……束花くん、めちゃくちゃ()ずかしがってたっけ。まあ久慈さんは事前にメンバーを伝えているし、しかも無理にさそったりしないから束花くんも望んで参加したんだろうけどねっ」


 矢良さんは右手でボウリングのボールを投げるマネをした。

 こんしまちゃんは(かた)上下(じょうげ)させ、ほほえむ。


「久慈さんもだけど……どんな人にも不思議なところがあって、そしてそこが魅力(みりょく)でもあるよね……」

「こんしまちゃんも『しまった』を乱発する不思議なところが魅力だよっ」


「ありがとう……矢良さん。それを言うなら矢良さんだって……明るいだけじゃなくて、いろいろなことをしっかり考えてるところも素敵(すてき)だよ……」


 ベッドのシーツに右手を()せ、丸い軌跡(きせき)をえがくこんしまちゃん……ッ!


「数学の集合で自分を見つめなおすという発想も……わたしじゃ絶対に思い付かない……。まさに数学と哲学(てつがく)の合わせ技……っ!」

「確かにそんな話もしたけどっ、あのときはただ、一週間に一回以上『しまった』と言う生き物がどのくらい存在するのか気になっていてねー。だからまずこんしまちゃん自身を定義したかったわけなんだよっ」


「わたしと似た生き物の(かず)かあ……その答えはすでに得られた……?」

「なんか……こんしまちゃんは意外とありふれた人種なんじゃないかとも思えてきたんだよね~」


 病室の清潔な(かべ)を、矢良さんがぼ~っと見る。


「少なくともあたしのまわりには……全体集合としての世界を限りなく限った現状では……こんしまちゃんと同種の人間はこんしまちゃんしかいない。ただこんしまちゃんの()り方は、自分のやらかしを自覚しながら次に向かって一生懸命(いっしょうけんめい)がんばるというもの……だから『しまった』とよく言うわけで……。それって考えてみれば、とってもイメージしやすい『がんばりやで反省もできる女の子』ってこと」


 ついで壁から目を(はな)し、こんしまちゃんと目を合わせる……っ!


「もちろん一週間に一回以上『しまった』と言う人がいくら存在しようと、こんしまちゃんは一人(ひとり)だけ」

「そうだね……わたしという集合のなかには『しまった』以外にも『矢良さんやアヤメちゃんと友達である』という要素が(ふく)まれるからね……その要素に着目すれば……わたしはわたしを見失わずに済む……同じように()えても、みんなそれぞれ特別なんだと思う……」


 こんしまちゃんがイスを持ち上げる。

 おしりと座面をくっつけたまま、さらにベッドに近づく。


「八月に()った冷鉱泉(れいこうせん)も……特別なところだったよね……」

「うんっ。連れていってくれたまふゆお姉さんにも感謝だよっ。いい冷たさだったねっ」


 矢良さんは右手を左の()(うで)にすべらせた。


「しかも、あそこで佳代子ちゃんがあたしをみくりちゃんと呼んでくれたときはうれしかったな~」

距離(きょり)が縮まった感じがするね……」


 ベッドに最接近したのち、こんしまちゃんは自分の腰ごとイスを下ろした。


「わたしも矢良さんのこと……みくりちゃんって呼んでもいいけど……」

「それだと、あたしの『みくり』って名前とこんしまちゃんの『みどり』って名前がごっちゃになった感じがするから……どうもしっくりこないんだよねっ」


 矢良さんとこんしまちゃんの(した)の名前は一字(いちじ)(ちが)い……っ!

 そこを気にしているから、こんしまちゃんからは名字のほうで呼ばれたいと矢良さんは思っている。


「不思議だよね。ちょっと違うだけなのにっ」

「ほんの少しの違いが……まったく別のものを作り出すこともあると思う……」


 こんしまちゃんは左右の手を重ね、それを花のようにひらいた。


「夏休みにインタラクティブ映画を見た……要所要所で視聴者が質問に答えることで内容が変わるタイプの映画……二択(にたく)が合計十個提示されていたからその結末は二の十乗で千二十四(とお)りあった……」

「ほんのちょっとの違いでも、重ねるほどに未来は分岐(ぶんき)していくわけだねっ」


「うん……わたしがその日その日で『しまった』と言うかどうか……たったそれだけの違いで未来はまったく(こと)なるものになるかもしれない……っ」


 嫁田くんとのNGワードゲームにおいても、こんしまちゃんは『しまった』と(くち)にするかしないかという究極の選択(せんたく)(せま)られたものだ……!


「そう、選択肢(せんたくし)のなかにはワナもある……っ。気をつけたい……」

「こんしまちゃんは、ちゃんとしてると思うけどなー」


 矢良さんが背中のリクライニングベッドをやや後方に(たお)す。


「たとえば夏休みのあいだに、こんしまちゃんは佳代子ちゃんと鵜狩くんとの仲を取り持つことに成功したんだよねっ」

「いいや……」


 静かにかぶりを振るこんしまちゃん。


「二人がもとの関係に戻れたのは……アヤメちゃんが食レポ・ポエム・デスマッチで鵜狩くんと向き合おうとしたからで……かつ、鵜狩くんもアヤメちゃんのことをずっと友達と思っていたから……」

「なんか……いいっ!」


 飯吉(いいよし)(かのえ)くんと自分とのぎこちない関係を念頭に置きながら、矢良さんが声をはずませた。


「そういう(しん)がしっかりしているのって、やっぱり(あこが)れる~」

「だね……人間(にんげん)摩擦(まさつ)係数(けいすう)は、みんな違うんだろうけど……」


 人間摩擦係数とは、流石(さすが)星乃(ほしの)さんが提唱する係数だ。

 この数値が大きいほど人に流されにくい。下限はゼロで、マックスは『()』だ。


「わたしの係数は一・一一(いってんいちいち)……。ちなみに矢良さんの人間摩擦係数は自己評価でどのくらい……?」

「それ、星乃ちゃんから聞いたことあるけど……大きいほどいいんだっけ?」


「大きくても小さくても……それぞれで違う芯があるんじゃないかな……」

「じゃあ、あたしの人間摩擦係数は〇・八七(れいてんはちなな)ってとこかもっ。なんかあたし調子のいいとこあるから(いち)未満なのは確実。ただし本心を全部ペラペラ話すわけでもないし……そこまで極端(きょくたん)に流されるとも言いがたいっ!」


 ここで矢良さんがまばたきして、ちょっと考える。


「う~ん。とはいえ人って変わったりもするから一概(いちがい)に自分を定義することもできないか~。……そうそう、いい感じに変わったと言えば標葉(しねは)くんかなっ。このあいだの期末で標葉(しねは)くん、世界史で百点とってたよねっ。(おどろ)いたな~、夏休み明けの学力テストでは世界史の先生から呼び出しを受けてたほどだったのにっ。なにがあったんだろ~」

「もとから標葉くん自身が……すごかったんだと思うよ……」


 こんしまちゃんは標葉くんとの「ですしねゲーム」を思い出しながら微笑(びしょう)した。

 矢良さんはそんなこんしまちゃんをせんさくせず言葉を()ぐ。


「すごいと言うなら水戸目(みとめ)くんもだよねっ。『手功(てこう)よりなんとやら』と言って自分の書いた文化祭の脚本(きゃくほん)をみんなに批判(ひはん)してもらっていた時点ですごい向上心だけどさっ、このごろ水戸目くんは新しい脚本を書いてネットに()せてるんだよねっ」

「わたしもそれ知ってる……水戸目くんから聞かされたから……でも高評価だけはしないでって言われた……まあクラスメイト相手だと、どうしてもひいき目になっちゃうからね……」


「……というか、こんしまちゃんはクラスメイト全員にそういう目を向けてそうっ。いい意味でっ」

「それは矢良さんのほうじゃないかな……。わたしはただ日傘(ひがさ)を共有する感じで……どこか自己満足に近いんだよね……」


 飯吉くんにも指摘(してき)されたことだ。「それで迷惑(めいわく)に思う人もいる」と。

 こんしまちゃん自身も、その言葉を胸に刻み込んでいる。


「それに……わたしはクラスメイトのみんなや友達と一緒(いっしょ)にいることが……みんなとなにかを話すことが……とっても好き……。話さないことも……好き」

「そう。佳代子ちゃんも、そんなこんしまちゃんと一緒(いっしょ)に文化祭を回れて幸せそうだったね。あたし、二人の似顔絵を()いたけどその表情は笑顔以外にありえないと思ったもんっ」


「矢良さんのイラスト……とってもよかった……アヤメちゃんも喜んでた……」

「本当の二人(ふたり)を表現できていたかなあ~」


 ウインクしつつ、矢良さんがこんしまちゃんに左目を向ける。

 こんしまちゃんは即答(そくとう)せず小さくうなった。


「みんな、いろんな側面があるからね……わたしも夢で、いろんな人格のわたしとバトルしたことがあるし……」

「こんしまちゃん以外のこんしまちゃんって考えられないんだけど」


「といってもわたしが『今週のこまったちゃん』や『今週のたまったちゃん』として覚醒(かくせい)する未来もあったかも……?」

「こんこまちゃんにこんたまちゃんっ! いや、それはそれでアリかもっ」

「うれしい……わたし、実は夢で会ったみんなのことも好きなんだ……」


 好きとかそういう感情がどういうものであるか説明するのは難しい。

 けれど「好き」と思えたなら、その気持ちに正直でありたいとも思うこんしまちゃん……ッ!


 子々津(ねねつ)さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんの結婚について相談されたのは文化祭のあとだったが、その二人の仲も最近になってもっと進展しているらしいし……こんしまちゃんは会ったこともない二人のことを子々津さんから知らされるたび、ほわほわした気持ちになっていた。


「みんな、自分の思いを大切にしていてすごいと思う……しかも、いろんなものに対していろんな思いの向け方があるみたい……鳥松(とりまつ)くんもパンチングサッカーでグローブやボールを供養(くよう)しようとしてたし……」

「新しいことを考えること自体が、自分の思いの発露(はつろ)なのかもねっ。これまでの常識を使うだけじゃ表現できない思いもある。そのときは新しくなにかを生み出せばいいわけでっ」


 矢良さんは……あたしは、こんしまちゃんをもとにして記録をつけ始めた。

 普段(ふだん)は自分のことを他人みたいに表記している。それはある意味で、自分で自分を表現しきれなかったから別のなにかに(たよ)っているだけとも言える。


 自分をつらぬく信念というものが、自分には欠けているんじゃないかともあたしは思う。

 和装の普及(ふきゅう)をもくろむ間地(まじ)さんのような……そういう確固とした野望がほしいともあたしは……矢良さんは思っている。


「……こんしまちゃんっ、その新しいものが偶然(ぐうぜん)に生み出されることもあるよねっ」

「鏡()しに()ったせいで、着物が逆向きになったりね……それで去年の十一月、わたしは偶然にも死装束(しにしょうぞく)をまとったみたいになったわけで……」


 ちょっと不吉ではあるが、こんしまちゃん当人は(いや)そうにしていない……!


「それから同じ十一月だと鵜狩くんの弟のクウガくんともたまたま会って……鵜狩くんちにも()けて……クウガくんとも友達になれた……それを考えると偶然も悪くない気がする……」

「やっぱりこんしまちゃんと鵜狩くんの距離がより縮まったのも、その偶然が大きいの?」


 矢良さんが首を左右に曲げながら問うた……っ!

 こんしまちゃんはゆっくりと首を(たて)()る。


「うん……アヤメちゃんも鵜狩くんも……いろいろ考えてたみたい……で、アヤメちゃんとは『鵜狩くんには弱みがない』って話にもなったっけ……」

「実際は恋愛(れんあい)には弱いんだよね~」


「ふふ……っ、そうかもね……鵜狩くんも男の子だから……」

「佳代子ちゃんとあたしと鵜狩くんとこんしまちゃんで、テスト勉強したこともあったねっ。当の鵜狩くんちでっ。いやあ~、銀閣寺(ぎんかくじ)っぽくて風情(ふぜい)があったよね~」


 ちなみにそのときのことで、矢良さんはこんしまちゃんに言っていないことがある。

 あのとき矢良さんとアヤメはこんしまちゃんよりも先に鵜狩くんちに来ていたが……実は矢良さんはアヤメから「一緒(いっしょ)に来てほしい」と(たの)まれていた。


 アヤメは「もし鵜狩くんと二人きりになったら()()けするみたいでこんしまちゃんに悪い」と言っていた。そのあと、「いや……わたしが鵜狩くんと二人きりになることを(こわ)がっているだけかも」と言いなおした。


 正直なところ矢良さんはアヤメと鵜狩くんとこんしまちゃんの恋愛(れんあい)について、どのような結末になってもいいと思っていた。


 無関心というわけじゃなくて、どうするかは当事者の本人たちが決めることだと考えていた。


 でも()いて言うなら……矢良さんは、というかあたしは、こんしまちゃんよりもアヤメのほうを応援していた。


(だって普通なら、クラスメイト全員に片道(かたみち)年賀状(ねんがじょう)を送る人って(いや)がられない? 全員に「いい顔」をしているみたいだし、同性に限らず異性にも送るんだよ? こんしまちゃんは、だれかから相談されたときは男の子とも二人きりになったりするような人だよ? いくら一途(いちず)浮気(うわき)する心配がないからといって、そういう人を恋人(こいびと)に持つって、つらくない? あたしは友達としてのこんしまちゃんは好きだけど、恋人としては絶対に付き合えないと思う)


 とはいえそれは、()()()()()鵜狩くんのことを分かっていないから言えたことだ。

 鵜狩くんは矢良さんとは違う。こんしまちゃんの性格すべてを……彼氏(かれし)として受け入れている。付き合う相手がつらくないのなら、それでいいじゃないかという話にもなる。


(いや、それ以前にあたしが「いい・悪い」と言えることなんてない)


 水平観覧車のある遊園地に()って鵜狩くんの気持ちを確かめたアヤメが泣いたかどうか矢良さんは知らない。


 ただ、少なくともアヤメは鵜狩くんの気持ちを尊重した。それを()みにじろうとしなかった。


(なんでそこまで、いい子でいられるんだろ……わたし、(かのえ)くんと別れることになったとき……とっても、とっても悲しくて……窒息(ちっそく)しそうだったのに)


 そんな思いをいったん振り切り、矢良さんはこんしまちゃんに向かって笑顔を作る。


「テストが終わったあとは、幼稚園(ようちえん)に読み聞かせにも()ったっけっ」

「行ったね……わたしは()()()()へたぴっぴだったけど……幼稚園のみんなはあたたかく聞いてくれたよ……」


「うんっ、あたしの班でもおおむねそんな感じの反応だったかなっ。といってもこんしまちゃんの班は(かのえ)くんがサボったせいで三人になってたよね? あとで代わりにレポート書かされていたとはいえ、ホント、庚くんは()()考えてんだか……」

「……飯吉(いいよし)くんも一緒(いっしょ)だったらもっとよかったとわたしも思う……」


 こんしまちゃんは、ちょっとさびしそうに返した。


「でもわたし、飯吉くんのこと本当はあまり知らないかも……トナカイ落札ゲームとかは好きなのかな……?」

「さあ……? 七並べもけっこう熱中してやってたし、やろうとすればだいたいのことにハマるタイプなんじゃないかなっ」


 矢良さんはクリスマスのときゲームのプレゼントとしてぬいぐるみを提供したけど、それらはすべてゲーセンで取ったもの。


 もともと矢良さんをゲーセンに連れていって取り方を教えてくれたのは、飯吉(いいよし)(かのえ)くんその人である。

 小学生のときクレーンゲームで彼が取ってくれた水色のゾウのぬいぐるみを、いまだに矢良さんは自分の部屋に置いている。


 しかし矢良さんと飯吉くんは、すでにそういう関係ではなくなっている。

 今年(ことし)の正月、親戚(しんせき)同士で集まったときも互いにまったく(くち)()かなかった。


「……で、クリスマスが終わって年が明けたあとはこんしまちゃん……羽根突(はねつ)きしたんだよねっ」

「そう……こんしマッスルとこんしマスターの激闘(げきとう)も白熱したけど……最後は子どもたちと遊ぶことになったわけだね……」


 こんしまちゃんはウェーブのかかったくせ()をいじりつつ、上体を左右にゆらす……っ!


「そしてお正月のあとは……三輪車(さんりんしゃ)をサイクリングロードで走らせた……四輪車(よんりんしゃ)の鵜狩くんと一緒(いっしょ)に……」

「自転車デートかあ……もう付き合ったも同然だねっ」


 矢良さんが(おと)なく拍手(はくしゅ)する……ッ!


「ただし、そこから正式に付き合うまでに()()()()かかると……」

「まあね……お互いうっかり付き合うって言い忘れてしまったから……」


 はにかむこんしまちゃん。


「そのあいだに、ひなぎくちゃんちにも()った……アニメに(かん)する有意義な話を聞くことができた……」

「見聞を広めることができたってわけだね~。そもそも『しまった』って言葉はアニメでかなり言われているセリフのような気がするし。毎週(まいしゅう)聞いていたら、逆に安心感があるよっ」


「そうかも……とにかく好きなことに夢中になれるって素敵(すてき)だよね……」


 とはいえ、そのきっかけは()()()()いい。


 ゴミ拾いのボランティアに参加したとき、伏木(ふしぎ)くんも言っていた。

 重要なのは、そのあとでなにを見つけるかだ。


 すでに決められたルールに(したが)って、気持ちやものを整理・分別(ぶんべつ)する。

 最初はそのルールの意味すら分からない。けれど、そのルールから外れるにしてもそのルールをそのまま使うにしても、それがなにかに夢中になる一個(いっこ)のきっかけになるのかもしれない。


 そしてベッドの上の矢良さんは両手にこぶしを作り、上半身(じょうはんしん)をこんしまちゃんに近づける。


「こんしまちゃんも好きな人に夢中になってるよねっ。告白リテイクも()()がってたしっ」

「う……うん……っ、でも思い出すと()ずかしくて……あったまっちゃう……」


「それはあたしもなんだよな~。恥ずかしいというよりは、いいものを見せられて純粋(じゅんすい)興奮(こうふん)するおかげか、心にコタツがふってくる感じだね~。三月になってもまだ、心のコタツはしまえないっ!」

「いい季節感……」


 ここで、こんしまちゃんが頭を(ふる)わす……!


「季節感で思い出したけど……節分のときは豆まき(おに)をしたね……」

「大豆ボールで、体育館でねっ」


 矢良さんの声が、自然に明るくなる。


「クラスの二十八人みんなで豆をまき合って……最後は七瀬(ななせ)ちゃんが残ったっけ」

「さすが()さんだよね……みんなも……立合(たちあい)先生も(たの)しそうだったし……いい豆まきになったよね……」


「うんうんっ。そして節分のあとはバレンタインがあったけどっ、こんしまちゃんは鵜狩くんからチョコもらった?」

「もらったよ……二月十三日に。鵜狩くんのチョコ……とってもおいしかった……」

「鵜狩くん、料理が得意だし……こんしまちゃんのことも大好(だいす)きだから、そりゃおいしくなるよね~。ごちそうさまっ」


 ついで矢良さんが、ややまじめな声音に切り()える……っ!


「ただ……こんしまちゃんは鵜狩くんのことだけじゃなくて、自分の野望についてもちゃんと考えているんだよねっ」

「わたしはカウンセラーになる……」


 堂々とこんしまちゃんが宣言した。


「矢良さんの野望も応援してる……!」

「イラストレーターになることはともかく」


 矢良さんは上半身を引き戻し、ベッドに背中を押し付けた。


老衰(ろうすい)で死ぬことも応援するの?」

「もちろん……ビッグな野望だからね……」

「ふーん……」


 そういうことを聞くと、こんしまちゃんの死生観が分からなくなる。

 こんしまちゃんは鵜狩くんと一緒(いっしょ)束花(そっか)くんの(いえ)(たず)ねたとき、粘土(ねんど)で作られた擬似的(ぎじてき)な標本も目にしたらしい。


 たとえば、その小さないのちの擬似のなかになにを読み取ったのだろう。

 はかなさだろうか、それとも力強さだろうか。


(きっと、力強さのほうなんだろうな)


 だとすれば、それは本質を見抜いているようでもあり、逆に的外れのような感じもする。


(こんしまちゃんは上下(じょうげ)逆さまにして本を読む鵜狩くんにブックカバーを(おく)っていた。これは……上下反転を(かく)して違和感(いわかん)をごまかすためなの? カバーをつけた時点で、よそからはそれが上と下のどっちを向いているかが分からなくなる。あるいは本を読んでいる彼氏の姿を見て、ただブックカバーを贈りたくなっただけ? 結局……結局あたしには、その意味が理解できないんだよね……)


 たとえ何回(なんかい)同じ年をくりかえしても、分からないことは()()()()()ある。


 自分は、自分以外の何者にも()()()しないのだから。


「さてこんしまちゃん……一年(いちねん)の振り返りはこんなところかなっ」

「そうだね……でも」


 こんしまちゃんが(くち)をゆっくりと動かす。


()()()()

「……なんで?」


 矢良さんはリクライニングベッドを水平に倒した。

 対するこんしまちゃんは、イスに(すわ)ったまま視線を落とす。


「わたしのことばかり振り返っちゃったから……今度は矢良さんのことも合わせて……」

「ありがとっ」


 言いつつ、同時に矢良さんは後頭部と背中のポニーテールに痛みを覚えた。


「でもまだ……自分を中心にしてなにかを見るのが怖いから……」

「分かった……」


 こんしまちゃんは短くうなずき、言葉を継ぐ。


「矢良さん……オーディオコメンタリー(たの)しかった……来年もやろうね……」

「いいよっ」


 直後、矢良さんは「やらかした」と思った。


了承(りょうしょう)なのか拒絶(きょぜつ)なのか分からない感じで「いいよ」と言っちゃった。(かのえ)くんじゃあるまいし)


 だけどこんしまちゃんは、とくにツッコむこともなかった。

 イスをもとの位置に戻し、「またね……」と小声で言って病室から出ていった。


 一年間たくさんの「しまった」に見舞われておきながら、どこか落ち着いている。

 こんしまちゃんは、どこまでいってもこんしまちゃんなのかもしれない……。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:四回(累計(るいけい)百七十七回)

次回「第四十二週 批判されたいと願ってしまった!(水曜日)」に続く!(三月二十七日(金)午後七時ごろ更新)

いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになっています!


それにしても昔の記録を読み返したりするといろいろ懐かしくもなりますね~。

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