第四十一週 これまでの歩みを振り返ってしまった!(木曜日)
今週のしまったちゃん略してこんしまちゃんと呼ばれる紺島みどりも、そろそろ高校一年生から二年生になる。
一年間いろいろな「しまった」に見舞われたこんしまちゃんだったけれど、当の本人は現在どんな様子なのだろう。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
木曜日の午後。
学年末の終業式のあと、こんしまちゃんは学校から病院に直行した。
病室の一つに入る。
窓際のベッドで横になっているポニーテールの女の子に声をかける。
「おじゃまします……矢良さん……」
「来てくれたんだね、こんしまちゃんっ」
ベッドで寝ていた女の子――矢良みくりさんは上半身を起こし、笑顔を見せた。
「いや~、めんぼくないっ。きょうは体調を崩しちゃったせいで終業式に出席できなくてねー」
「アヤメちゃんも鵜狩くんも……」
足音を立てずにこんしまちゃんが矢良さんに近寄る。
「ほかのみんなも心配してたよ……」
「あ、もうだいじょぶだからっ。佳代子ちゃんにはすでにララララ・ララララ・ラララインしといたしっ」
「そっか……よかった……」
「ところでこんしまちゃん」
あくまで明るい声で矢良さんが言葉を続ける。
「庚くんは無事に二年生になれるか分かる?」
庚くんとは、クラスメイトの男の子の飯吉庚くんのこと。
矢良さんのまたいとこにして中学のころの元カレでもある……!
高一になってから飯吉くんは学校をよくサボるようになってしまった。
だから出席日数が足りているのか矢良さんは心配しているのだ。
こんしまちゃんは、ベッドの横のイスに腰かけて答える……ッ!
「飯吉くんは……きょう、来てたよ……ギリギリ二年生にも進級できるっぽい……」
「そう。来年も同じクラスでいられるんだね」
あまり感情を込めずに矢良さんはつぶやいた。
続いて声をはずませて話題を転じる……っ!
「にしてもこんしまちゃんっ。もうすぐ三月も終わるねっ」
「早いよね……」
しみじみとした声音でこんしまちゃんがうなずく……っ!
「今年もいろいろあったなあ……」
「それを言うなら今年度ではっ?」
「しまった……」
このタイミングでいつもの口癖を口にするこんしまちゃん。
「ともあれ……きょうもわたし、『しまった』って言っちゃったし……矢良さんの書いている『今週のしまったちゃん』ノートも充実してきたのでは……?」
「もちろんっ。毎週、休まず記録してるよっ。こんしまちゃんの『しまった』に関わる話をねっ」
リクライニングベッドを起こし、矢良さんがこんしまちゃんと視線の高さを合わせる。
「ノートはあたしの家にあるけど、今のところ連載四十回目だよ~」
「ついに不惑に突入したんだね……!」
「年齢じゃないよっ」
「しまった……ふふ。四十路はまだまだ先だよね……」
こんしまちゃんと矢良さんは、お互い口元を押さえて笑った。
矢良さんは足をピンと伸ばしたあと、あごに左手をふれさせる……ッ!
「まあ、この一年でちょっとやそっとのことでは惑わない心を手に入れたのも事実かもしんないねっ。なんというか出来事を文字に落とし込むことで自分を客観視できるようになったみたいな?」
「なるほど……」
対するこんしまちゃんも、自分のあごを右手でなでる……っ!
「矢良さんはすごい……っ。わたしは日記とか記録とかつけようとしても三日すらもたないし……」
「前は三日坊主って言ってたよね……? だったらあたしと振り返ってみるっ?」
「総集編だね……」
「いや、オーディオコメンタリー」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「じゃあ、さっそく振り返っていこう……」
こんしまちゃんが深呼吸し、顔を引き締める……ッ!
「そう……あれは十六年前……わたしが誕生した日にさかのぼる……」
「さかのぼりすぎでは」
「しまった……」
矢良さんにツッコまれたため、慌てて体勢を立てなおすこんしまちゃん……!
「確か四月と五月の時点ではまだ矢良さん……記録つけてなかったね……」
「そだねー。日記を親に勧められたのが六月に入ってからだし」
「で、記念すべき最初の記録は……なんだっけ」
「お弁当。こんしまちゃんがお弁当を忘れてしまったときのヤツ」
両手を動かし、矢良さんが重箱のかたちを作る。
「あのときこんしまちゃんは教室にいたみんなにおかずを分けてもらってたよねっ」
「うん……みんな、優しいよね……そしてわたしはお返しを作りすぎちゃった……」
ほおをほんのり染めるこんしまちゃん……っ!
「矢良さんと鵜狩くんは……そのあともお弁当を分けてくれたよね……」
「いいってことよー。だけど今思えば、そのころから……いやそれ以前からこんしまちゃんは鵜狩くんが好きだったんだね~」
「うん……鵜狩くんと初めて会ったのは小三の五月……矢良さんにはもう話したと思うけど、鵜狩くん……転校生だったんだよ……」
こんしまちゃんは優しく目を細めた。もちろん鵜狩くんが忍者であることは伏せている……。
「そのときアヤメちゃんともおりがみ手裏剣を飛ばして遊んだんだ……それから鵜狩くんとアヤメちゃんはわたしの友達になったんだよ……今だって、かけがえのない友達で……」
「む……っ、ちょっとやけちゃうな~」
矢良さんが、微妙にほおをふくらます。
「あたしは高校からだもんっ」
「それでも矢良さんも……大切な友達だよ……」
穏やかにこんしまちゃんが返した……!
口から空気をゆっくりはいて、矢良さんは表情をゆるめる。
「ありがとっ。そしてこんしまちゃんは小学校からの友達の佳代子ちゃんが一緒のクラスになっていることにも気づいたんだよねっ」
「うん……アヤメちゃんのことは六月の終わりごろになってようやくね……」
ついでこんしまちゃんは首をかしげる。
「でも矢良さんは……アヤメちゃんのこと、最初から『佳代子ちゃん』って下の名前で呼んでたよね……もしかしてその前からアヤメちゃんとは話したりしてたの……?」
「あたしから声をかけることはあったけど、佳代子ちゃんとまともに話したのはその六月の終わりごろだよっ。あたしのほうが、ちょっとなれなれしくしちゃったんだっ」
ベッドのなかで、矢良さんが両脚をごそごそ動かす。
「なによりあたし……入学初日から佳代子ちゃんのことは気になってた。最初の自己紹介でこんしまちゃんが自分のことを『こんしまちゃん』って呼んでほしいと言ったとき……ほかのみんなとは違って佳代子ちゃんはまったく反応してなかったからねー。まあ、それだけだったら璃々菜ちゃんや嫁田くんとかもそうなんだけど……とくに佳代子ちゃんはだれとも目を合わそうとしなかったし、なにかあるのかな……と」
窓外の、やや晴れた空にも目をやる。
「ただ、あたしは佳代子ちゃんと友達になりたかったんだと思う」
「クラスメイトのこと、矢良さんはよく見てるんだね……」
「こんしまちゃんほどじゃないよっ。七月になってさっそくこんしまちゃんは谷高くんの相談に乗っていたし」
「やったかババ抜きのヤツかな……っ!」
こんしまちゃんも矢良さんの視線を追い、空を見つめた……!
「そういえばあのときは矢良さんがトランプを用意してくれたっけ……」
「実はあれ、庚くんがくれたものなんだ」
なにかを思い出すように、ちょっとだけ目を閉じる矢良さん。
「付き合ってたときにね……あたし、庚くんの部屋に行ったことがあるんだけど、お互いなにをすればいいか分からなくて結局トランプで七並べしてた。そのあとで、庚くんがあたしに『持って帰っていいよ』って言って」
「思い出のトランプなんだ……」
あたたかい目で、こんしまちゃんが矢良さんに視線をそそぐ……っ!
そんなこんしまちゃんを見返したのち、矢良さんは目をあっちこっちに泳がせる。
「ま、もう別れたんだし庚くんとあたしの話はこれくらいにしてっ。ほかの……そう、しろみちゃんと筈井くんはうまくいってるみたいだねっ」
「ずっとラブラブだね……」
筈井くんが赤金しろみさんのことを「しろ」と呼ぶようになって八か月以上が過ぎた。
まだ筈井くんは赤金さんを「しろみ」と呼べていないようだけど……そういう距離感は当事者の二人自身が少しずつ測っていくものだとこんしまちゃんは思う。
「だれかとだれかが幸せにしていると……こっちも幸せになるよ……」
「こんしまちゃんと鵜狩くんも、そうだよねっ」
歯を見せず笑い、矢良さんがニヤニヤする……っ!
「これぞまさに他人の幸せは蜜の味なんとやらっ! いつごろからこんしまちゃんは鵜狩くんを意識しだしたんだっけ?」
「ずっと転んでばかりだったわたしを……鵜狩くんがささえ続けてくれたから……そんな同年代の男の子を意識しないほうが無理だよ……っ」
両手をひざに置き、こんしまちゃんが照れる。
「今でも魔が差してわざと転びそうになる……自制してるけどね……。あとわたしも、鵜狩くんをささえたい……っ! 物理的に……」
「いいねっ」
矢良さんが右の親指を立てた。ハンドサインのようだ……ッ!
「鵜狩くんとは、学校外でも頻繁に会ってる?」
「付き合い始めてからはその機会も増えたよ……」
「おお~っ。じゃ、どこ行ったりしてんの、映画とかカラオケとか?」
「いや……お金のかかるところには、お互いあんまり行かないかなあ……なにも話さずに一緒にいるだけで……幸せだもん……」
ここで、こんしまちゃんが軽く自分の手をたたく。
「そうそう、カラオケといえば……」
なんか話があっちに行ったりこっちに向かったりそっちに飛躍したりしている感もあるが、どっちに転ぼうが……友達同士の話だからこんなノリでいいのだ……ッ!
「久慈さんに呼ばれて……勢さん、加布里さんと歌ったことがあったっけ……あれも楽しかった……」
「あ~、久慈さんねー。一緒に遊ぶ人をくじで決めるなんてホント不思議な人だよねっ。あたしも呼ばれたことある」
「へ~……」
「カラオケじゃなくてボウリングだけど。メンバーは久慈さん、あたし、涼芽ちゃん、絵千香ちゃん、束花くん。男の子が一人だったもんで……束花くん、めちゃくちゃ恥ずかしがってたっけ。まあ久慈さんは事前にメンバーを伝えているし、しかも無理にさそったりしないから束花くんも望んで参加したんだろうけどねっ」
矢良さんは右手でボウリングのボールを投げるマネをした。
こんしまちゃんは肩を上下させ、ほほえむ。
「久慈さんもだけど……どんな人にも不思議なところがあって、そしてそこが魅力でもあるよね……」
「こんしまちゃんも『しまった』を乱発する不思議なところが魅力だよっ」
「ありがとう……矢良さん。それを言うなら矢良さんだって……明るいだけじゃなくて、いろいろなことをしっかり考えてるところも素敵だよ……」
ベッドのシーツに右手を載せ、丸い軌跡をえがくこんしまちゃん……ッ!
「数学の集合で自分を見つめなおすという発想も……わたしじゃ絶対に思い付かない……。まさに数学と哲学の合わせ技……っ!」
「確かにそんな話もしたけどっ、あのときはただ、一週間に一回以上『しまった』と言う生き物がどのくらい存在するのか気になっていてねー。だからまずこんしまちゃん自身を定義したかったわけなんだよっ」
「わたしと似た生き物の数かあ……その答えはすでに得られた……?」
「なんか……こんしまちゃんは意外とありふれた人種なんじゃないかとも思えてきたんだよね~」
病室の清潔な壁を、矢良さんがぼ~っと見る。
「少なくともあたしのまわりには……全体集合としての世界を限りなく限った現状では……こんしまちゃんと同種の人間はこんしまちゃんしかいない。ただこんしまちゃんの在り方は、自分のやらかしを自覚しながら次に向かって一生懸命がんばるというもの……だから『しまった』とよく言うわけで……。それって考えてみれば、とってもイメージしやすい『がんばりやで反省もできる女の子』ってこと」
ついで壁から目を離し、こんしまちゃんと目を合わせる……っ!
「もちろん一週間に一回以上『しまった』と言う人がいくら存在しようと、こんしまちゃんは一人だけ」
「そうだね……わたしという集合のなかには『しまった』以外にも『矢良さんやアヤメちゃんと友達である』という要素が含まれるからね……その要素に着目すれば……わたしはわたしを見失わずに済む……同じように見えても、みんなそれぞれ特別なんだと思う……」
こんしまちゃんがイスを持ち上げる。
おしりと座面をくっつけたまま、さらにベッドに近づく。
「八月に行った冷鉱泉も……特別なところだったよね……」
「うんっ。連れていってくれたまふゆお姉さんにも感謝だよっ。いい冷たさだったねっ」
矢良さんは右手を左の二の腕にすべらせた。
「しかも、あそこで佳代子ちゃんがあたしをみくりちゃんと呼んでくれたときはうれしかったな~」
「距離が縮まった感じがするね……」
ベッドに最接近したのち、こんしまちゃんは自分の腰ごとイスを下ろした。
「わたしも矢良さんのこと……みくりちゃんって呼んでもいいけど……」
「それだと、あたしの『みくり』って名前とこんしまちゃんの『みどり』って名前がごっちゃになった感じがするから……どうもしっくりこないんだよねっ」
矢良さんとこんしまちゃんの下の名前は一字違い……っ!
そこを気にしているから、こんしまちゃんからは名字のほうで呼ばれたいと矢良さんは思っている。
「不思議だよね。ちょっと違うだけなのにっ」
「ほんの少しの違いが……まったく別のものを作り出すこともあると思う……」
こんしまちゃんは左右の手を重ね、それを花のようにひらいた。
「夏休みにインタラクティブ映画を見た……要所要所で視聴者が質問に答えることで内容が変わるタイプの映画……二択が合計十個提示されていたからその結末は二の十乗で千二十四通りあった……」
「ほんのちょっとの違いでも、重ねるほどに未来は分岐していくわけだねっ」
「うん……わたしがその日その日で『しまった』と言うかどうか……たったそれだけの違いで未来はまったく異なるものになるかもしれない……っ」
嫁田くんとのNGワードゲームにおいても、こんしまちゃんは『しまった』と口にするかしないかという究極の選択を迫られたものだ……!
「そう、選択肢のなかにはワナもある……っ。気をつけたい……」
「こんしまちゃんは、ちゃんとしてると思うけどなー」
矢良さんが背中のリクライニングベッドをやや後方に倒す。
「たとえば夏休みのあいだに、こんしまちゃんは佳代子ちゃんと鵜狩くんとの仲を取り持つことに成功したんだよねっ」
「いいや……」
静かにかぶりを振るこんしまちゃん。
「二人がもとの関係に戻れたのは……アヤメちゃんが食レポ・ポエム・デスマッチで鵜狩くんと向き合おうとしたからで……かつ、鵜狩くんもアヤメちゃんのことをずっと友達と思っていたから……」
「なんか……いいっ!」
飯吉庚くんと自分とのぎこちない関係を念頭に置きながら、矢良さんが声をはずませた。
「そういう芯がしっかりしているのって、やっぱり憧れる~」
「だね……人間摩擦係数は、みんな違うんだろうけど……」
人間摩擦係数とは、流石星乃さんが提唱する係数だ。
この数値が大きいほど人に流されにくい。下限はゼロで、マックスは『二』だ。
「わたしの係数は一・一一……。ちなみに矢良さんの人間摩擦係数は自己評価でどのくらい……?」
「それ、星乃ちゃんから聞いたことあるけど……大きいほどいいんだっけ?」
「大きくても小さくても……それぞれで違う芯があるんじゃないかな……」
「じゃあ、あたしの人間摩擦係数は〇・八七ってとこかもっ。なんかあたし調子のいいとこあるから一未満なのは確実。ただし本心を全部ペラペラ話すわけでもないし……そこまで極端に流されるとも言いがたいっ!」
ここで矢良さんがまばたきして、ちょっと考える。
「う~ん。とはいえ人って変わったりもするから一概に自分を定義することもできないか~。……そうそう、いい感じに変わったと言えば標葉くんかなっ。このあいだの期末で標葉くん、世界史で百点とってたよねっ。驚いたな~、夏休み明けの学力テストでは世界史の先生から呼び出しを受けてたほどだったのにっ。なにがあったんだろ~」
「もとから標葉くん自身が……すごかったんだと思うよ……」
こんしまちゃんは標葉くんとの「ですしねゲーム」を思い出しながら微笑した。
矢良さんはそんなこんしまちゃんをせんさくせず言葉を継ぐ。
「すごいと言うなら水戸目くんもだよねっ。『手功よりなんとやら』と言って自分の書いた文化祭の脚本をみんなに批判してもらっていた時点ですごい向上心だけどさっ、このごろ水戸目くんは新しい脚本を書いてネットに載せてるんだよねっ」
「わたしもそれ知ってる……水戸目くんから聞かされたから……でも高評価だけはしないでって言われた……まあクラスメイト相手だと、どうしてもひいき目になっちゃうからね……」
「……というか、こんしまちゃんはクラスメイト全員にそういう目を向けてそうっ。いい意味でっ」
「それは矢良さんのほうじゃないかな……。わたしはただ日傘を共有する感じで……どこか自己満足に近いんだよね……」
飯吉くんにも指摘されたことだ。「それで迷惑に思う人もいる」と。
こんしまちゃん自身も、その言葉を胸に刻み込んでいる。
「それに……わたしはクラスメイトのみんなや友達と一緒にいることが……みんなとなにかを話すことが……とっても好き……。話さないことも……好き」
「そう。佳代子ちゃんも、そんなこんしまちゃんと一緒に文化祭を回れて幸せそうだったね。あたし、二人の似顔絵を描いたけどその表情は笑顔以外にありえないと思ったもんっ」
「矢良さんのイラスト……とってもよかった……アヤメちゃんも喜んでた……」
「本当の二人を表現できていたかなあ~」
ウインクしつつ、矢良さんがこんしまちゃんに左目を向ける。
こんしまちゃんは即答せず小さくうなった。
「みんな、いろんな側面があるからね……わたしも夢で、いろんな人格のわたしとバトルしたことがあるし……」
「こんしまちゃん以外のこんしまちゃんって考えられないんだけど」
「といってもわたしが『今週のこまったちゃん』や『今週のたまったちゃん』として覚醒する未来もあったかも……?」
「こんこまちゃんにこんたまちゃんっ! いや、それはそれでアリかもっ」
「うれしい……わたし、実は夢で会ったみんなのことも好きなんだ……」
好きとかそういう感情がどういうものであるか説明するのは難しい。
けれど「好き」と思えたなら、その気持ちに正直でありたいとも思うこんしまちゃん……ッ!
子々津さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんの結婚について相談されたのは文化祭のあとだったが、その二人の仲も最近になってもっと進展しているらしいし……こんしまちゃんは会ったこともない二人のことを子々津さんから知らされるたび、ほわほわした気持ちになっていた。
「みんな、自分の思いを大切にしていてすごいと思う……しかも、いろんなものに対していろんな思いの向け方があるみたい……鳥松くんもパンチングサッカーでグローブやボールを供養しようとしてたし……」
「新しいことを考えること自体が、自分の思いの発露なのかもねっ。これまでの常識を使うだけじゃ表現できない思いもある。そのときは新しくなにかを生み出せばいいわけでっ」
矢良さんは……あたしは、こんしまちゃんをもとにして記録をつけ始めた。
普段は自分のことを他人みたいに表記している。それはある意味で、自分で自分を表現しきれなかったから別のなにかに頼っているだけとも言える。
自分をつらぬく信念というものが、自分には欠けているんじゃないかともあたしは思う。
和装の普及をもくろむ間地さんのような……そういう確固とした野望がほしいともあたしは……矢良さんは思っている。
「……こんしまちゃんっ、その新しいものが偶然に生み出されることもあるよねっ」
「鏡越しに撮ったせいで、着物が逆向きになったりね……それで去年の十一月、わたしは偶然にも死装束をまとったみたいになったわけで……」
ちょっと不吉ではあるが、こんしまちゃん当人は嫌そうにしていない……!
「それから同じ十一月だと鵜狩くんの弟のクウガくんともたまたま会って……鵜狩くんちにも行けて……クウガくんとも友達になれた……それを考えると偶然も悪くない気がする……」
「やっぱりこんしまちゃんと鵜狩くんの距離がより縮まったのも、その偶然が大きいの?」
矢良さんが首を左右に曲げながら問うた……っ!
こんしまちゃんはゆっくりと首を縦に振る。
「うん……アヤメちゃんも鵜狩くんも……いろいろ考えてたみたい……で、アヤメちゃんとは『鵜狩くんには弱みがない』って話にもなったっけ……」
「実際は恋愛には弱いんだよね~」
「ふふ……っ、そうかもね……鵜狩くんも男の子だから……」
「佳代子ちゃんとあたしと鵜狩くんとこんしまちゃんで、テスト勉強したこともあったねっ。当の鵜狩くんちでっ。いやあ~、銀閣寺っぽくて風情があったよね~」
ちなみにそのときのことで、矢良さんはこんしまちゃんに言っていないことがある。
あのとき矢良さんとアヤメはこんしまちゃんよりも先に鵜狩くんちに来ていたが……実は矢良さんはアヤメから「一緒に来てほしい」と頼まれていた。
アヤメは「もし鵜狩くんと二人きりになったら抜け駆けするみたいでこんしまちゃんに悪い」と言っていた。そのあと、「いや……わたしが鵜狩くんと二人きりになることを怖がっているだけかも」と言いなおした。
正直なところ矢良さんはアヤメと鵜狩くんとこんしまちゃんの恋愛について、どのような結末になってもいいと思っていた。
無関心というわけじゃなくて、どうするかは当事者の本人たちが決めることだと考えていた。
でも強いて言うなら……矢良さんは、というかあたしは、こんしまちゃんよりもアヤメのほうを応援していた。
(だって普通なら、クラスメイト全員に片道年賀状を送る人って嫌がられない? 全員に「いい顔」をしているみたいだし、同性に限らず異性にも送るんだよ? こんしまちゃんは、だれかから相談されたときは男の子とも二人きりになったりするような人だよ? いくら一途で浮気する心配がないからといって、そういう人を恋人に持つって、つらくない? あたしは友達としてのこんしまちゃんは好きだけど、恋人としては絶対に付き合えないと思う)
とはいえそれは、矢良さんが鵜狩くんのことを分かっていないから言えたことだ。
鵜狩くんは矢良さんとは違う。こんしまちゃんの性格すべてを……彼氏として受け入れている。付き合う相手がつらくないのなら、それでいいじゃないかという話にもなる。
(いや、それ以前にあたしが「いい・悪い」と言えることなんてない)
水平観覧車のある遊園地に行って鵜狩くんの気持ちを確かめたアヤメが泣いたかどうか矢良さんは知らない。
ただ、少なくともアヤメは鵜狩くんの気持ちを尊重した。それを踏みにじろうとしなかった。
(なんでそこまで、いい子でいられるんだろ……わたし、庚くんと別れることになったとき……とっても、とっても悲しくて……窒息しそうだったのに)
そんな思いをいったん振り切り、矢良さんはこんしまちゃんに向かって笑顔を作る。
「テストが終わったあとは、幼稚園に読み聞かせにも行ったっけっ」
「行ったね……わたしはちょっとへたぴっぴだったけど……幼稚園のみんなはあたたかく聞いてくれたよ……」
「うんっ、あたしの班でもおおむねそんな感じの反応だったかなっ。といってもこんしまちゃんの班は庚くんがサボったせいで三人になってたよね? あとで代わりにレポート書かされていたとはいえ、ホント、庚くんはなに考えてんだか……」
「……飯吉くんも一緒だったらもっとよかったとわたしも思う……」
こんしまちゃんは、ちょっとさびしそうに返した。
「でもわたし、飯吉くんのこと本当はあまり知らないかも……トナカイ落札ゲームとかは好きなのかな……?」
「さあ……? 七並べもけっこう熱中してやってたし、やろうとすればだいたいのことにハマるタイプなんじゃないかなっ」
矢良さんはクリスマスのときゲームのプレゼントとしてぬいぐるみを提供したけど、それらはすべてゲーセンで取ったもの。
もともと矢良さんをゲーセンに連れていって取り方を教えてくれたのは、飯吉庚くんその人である。
小学生のときクレーンゲームで彼が取ってくれた水色のゾウのぬいぐるみを、いまだに矢良さんは自分の部屋に置いている。
しかし矢良さんと飯吉くんは、すでにそういう関係ではなくなっている。
今年の正月、親戚同士で集まったときも互いにまったく口を利かなかった。
「……で、クリスマスが終わって年が明けたあとはこんしまちゃん……羽根突きしたんだよねっ」
「そう……こんしマッスルとこんしマスターの激闘も白熱したけど……最後は子どもたちと遊ぶことになったわけだね……」
こんしまちゃんはウェーブのかかったくせ毛をいじりつつ、上体を左右にゆらす……っ!
「そしてお正月のあとは……三輪車をサイクリングロードで走らせた……四輪車の鵜狩くんと一緒に……」
「自転車デートかあ……もう付き合ったも同然だねっ」
矢良さんが音なく拍手する……ッ!
「ただし、そこから正式に付き合うまでにちょっとかかると……」
「まあね……お互いうっかり付き合うって言い忘れてしまったから……」
はにかむこんしまちゃん。
「そのあいだに、ひなぎくちゃんちにも行った……アニメに関する有意義な話を聞くことができた……」
「見聞を広めることができたってわけだね~。そもそも『しまった』って言葉はアニメでかなり言われているセリフのような気がするし。毎週聞いていたら、逆に安心感があるよっ」
「そうかも……とにかく好きなことに夢中になれるって素敵だよね……」
とはいえ、そのきっかけはなんでもいい。
ゴミ拾いのボランティアに参加したとき、伏木くんも言っていた。
重要なのは、そのあとでなにを見つけるかだ。
すでに決められたルールに従って、気持ちやものを整理・分別する。
最初はそのルールの意味すら分からない。けれど、そのルールから外れるにしてもそのルールをそのまま使うにしても、それがなにかに夢中になる一個のきっかけになるのかもしれない。
そしてベッドの上の矢良さんは両手にこぶしを作り、上半身をこんしまちゃんに近づける。
「こんしまちゃんも好きな人に夢中になってるよねっ。告白リテイクも盛り上がってたしっ」
「う……うん……っ、でも思い出すと恥ずかしくて……あったまっちゃう……」
「それはあたしもなんだよな~。恥ずかしいというよりは、いいものを見せられて純粋に興奮するおかげか、心にコタツがふってくる感じだね~。三月になってもまだ、心のコタツはしまえないっ!」
「いい季節感……」
ここで、こんしまちゃんが頭を震わす……!
「季節感で思い出したけど……節分のときは豆まき鬼をしたね……」
「大豆ボールで、体育館でねっ」
矢良さんの声が、自然に明るくなる。
「クラスの二十八人みんなで豆をまき合って……最後は七瀬ちゃんが残ったっけ」
「さすが穂さんだよね……みんなも……立合先生も楽しそうだったし……いい豆まきになったよね……」
「うんうんっ。そして節分のあとはバレンタインがあったけどっ、こんしまちゃんは鵜狩くんからチョコもらった?」
「もらったよ……二月十三日に。鵜狩くんのチョコ……とってもおいしかった……」
「鵜狩くん、料理が得意だし……こんしまちゃんのことも大好きだから、そりゃおいしくなるよね~。ごちそうさまっ」
ついで矢良さんが、ややまじめな声音に切り替える……っ!
「ただ……こんしまちゃんは鵜狩くんのことだけじゃなくて、自分の野望についてもちゃんと考えているんだよねっ」
「わたしはカウンセラーになる……」
堂々とこんしまちゃんが宣言した。
「矢良さんの野望も応援してる……!」
「イラストレーターになることはともかく」
矢良さんは上半身を引き戻し、ベッドに背中を押し付けた。
「老衰で死ぬことも応援するの?」
「もちろん……ビッグな野望だからね……」
「ふーん……」
そういうことを聞くと、こんしまちゃんの死生観が分からなくなる。
こんしまちゃんは鵜狩くんと一緒に束花くんの家を訪ねたとき、粘土で作られた擬似的な標本も目にしたらしい。
たとえば、その小さないのちの擬似のなかになにを読み取ったのだろう。
はかなさだろうか、それとも力強さだろうか。
(きっと、力強さのほうなんだろうな)
だとすれば、それは本質を見抜いているようでもあり、逆に的外れのような感じもする。
(こんしまちゃんは上下逆さまにして本を読む鵜狩くんにブックカバーを贈っていた。これは……上下反転を隠して違和感をごまかすためなの? カバーをつけた時点で、よそからはそれが上と下のどっちを向いているかが分からなくなる。あるいは本を読んでいる彼氏の姿を見て、ただブックカバーを贈りたくなっただけ? 結局……結局あたしには、その意味が理解できないんだよね……)
たとえ何回同じ年をくりかえしても、分からないことはいくらでもある。
自分は、自分以外の何者にもなれはしないのだから。
「さてこんしまちゃん……一年の振り返りはこんなところかなっ」
「そうだね……でも」
こんしまちゃんが口をゆっくりと動かす。
「しまった」
「……なんで?」
矢良さんはリクライニングベッドを水平に倒した。
対するこんしまちゃんは、イスに座ったまま視線を落とす。
「わたしのことばかり振り返っちゃったから……今度は矢良さんのことも合わせて……」
「ありがとっ」
言いつつ、同時に矢良さんは後頭部と背中のポニーテールに痛みを覚えた。
「でもまだ……自分を中心にしてなにかを見るのが怖いから……」
「分かった……」
こんしまちゃんは短くうなずき、言葉を継ぐ。
「矢良さん……オーディオコメンタリー楽しかった……来年もやろうね……」
「いいよっ」
直後、矢良さんは「やらかした」と思った。
(了承なのか拒絶なのか分からない感じで「いいよ」と言っちゃった。庚くんじゃあるまいし)
だけどこんしまちゃんは、とくにツッコむこともなかった。
イスをもとの位置に戻し、「またね……」と小声で言って病室から出ていった。
一年間たくさんの「しまった」に見舞われておきながら、どこか落ち着いている。
こんしまちゃんは、どこまでいってもこんしまちゃんなのかもしれない……。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計百七十七回)
次回「第四十二週 批判されたいと願ってしまった!(水曜日)」に続く!(三月二十七日(金)午後七時ごろ更新)
いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになっています!
それにしても昔の記録を読み返したりするといろいろ懐かしくもなりますね~。




