第四十週 同じ年をくりかえすのはなぜか議論してしまった!(金曜日)
学期末のテストも終わり、こんしまちゃんこと紺島みどりの心は森の奥の泉のように澄みきっていた。
高校の三年生はすでに卒業式を迎えた。
人数の少なくなった校舎のなかを、やや乾いた風が吹き抜けていく。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
金曜日の昼休み。
窓からふわりとした日光がそそぐ教室で、こんしまちゃんは友達の菖蒲佳代子さん・矢良みくりさんと……とある話題で盛り上がっていた。
それはポニーテールの矢良さんのひと言から始まった……。
「あたしたちって次の四月からもう一回高校一年生になったりしないよねっ?」
「え……みくりちゃん。それ、留年ってこと?」
心配そうに菖蒲さんがたずねた……っ!
ちなみに現在、三人は菖蒲さんの机に集まっている。菖蒲さんから見て右前にこんしまちゃんが、左前に矢良さんがいる。自分の席から持ってきたイスに座っているのだ。
矢良さんが首とポニーテールを横に振る。
「違うよん、佳代子ちゃんっ。ほら、あるじゃんっ、そういう話が……っ」
「留年や浪人でもないのに同じ一年をくりかえすの……?」
菖蒲さんは長い前髪を右手でさわりつつ首をかしげた。
ここで、こんしまちゃんが助け船を出す……ッ!
「アヤメちゃん……たぶんあれだよ……」
菖蒲さん――すなわちアヤメに優しく語りかける……っ!
「学校に捕らわれて何回も同じ時間をくりかえす恐怖の……なんか……」
「ホラーの話じゃないよっ、こんしまちゃんっ」
矢良さんが慌てて口を出す。
ウェーブのかかったくせ毛を両手でかかえ、こんしまちゃんがうなる……!
「しまった」
「いや……ホラーと捉えることもできるかもっ」
軽いせき払いを挟み、矢良さんが居住まいを正す。
「つまりさっ、あたしが言ってるのは作中で同じ年をくりかえすマンガやアニメ作品のことだよっ」
「あ~」
ようやく合点がいったようで、アヤメこと菖蒲さんが何度もうなずく。
「長く連載や放送をしている作品によくある現象だね。なぜかキャラが年をとらず肉体的に成長しないヤツ。たとえば――」
アヤメは思い当たる作品をいくつか例に挙げた。
そのあと、また首をかしげる……!
「でもなんでその作品のみんなは年をとらないんだろ」
「キャラのイメージを崩さないためじゃないかなっ」
矢良さんはアヤメの机に両ひじを置き、ほおづえをついた。
「ずっと変わらず同じ人がそこにいることに安心感を覚えるっていうかっ」
「実は不老不死の薬を飲んでいるとか……?」
憶測を述べるこんしまちゃん……!
しかし直後、自分の説が破綻していることに気づく……ッ!
「……しまった。そう簡単に不老不死になれたら作品の世界観が壊れちゃうね……」
「まあそれが可能な作品もありそうだけどねっ」
頭ごと両腕をゆらす矢良さん……っ!
「不老不死じゃないとすると、作中の時間の流れが極端に遅いだけとか?」
「年をとっていないんじゃなくて……その進行スピードがとってもスローってことだね……」
こんしまちゃんは両手をひざに載せて「なるほど……」とつぶやいた。
だけどアヤメは納得できない様子……!
「といってもキャラが年をとらない作品でも、春夏秋冬を反復したり季節イベントを何度も消化したりするよね。これを作中のキャラは違和感を持たずに受け入れている……。自分と世界とのスピードの差に驚かないのが不思議というか。だから時間の流れすべてが遅いというよりは、単純にキャラの成長や老化のスピードだけが遅くてその世界にとってそれが当たり前と考えたほうがよさそう」
「ふむっ、なら二つの可能性があるかもねっ」
ゆっくりと、矢良さんが言葉を引き継ぐ。
「まず作中世界における一年の長さが現実のそれと違う可能性。あたしたちの住む現実では季節がひとめぐりした瞬間に『一年』をカウントするけど、年をとらない作品の世界では季節がひとめぐりしただけでは『一年』にならない可能性があるっ。季節を数回……いや何十回何百回とくりかえしてようやく『一年』が経過するという世界観なのかもよっ」
さらに続ける……!
「で、もう一つは一年を何回もくりかえしたあと、ようやく作中キャラが年をとる可能性っ! 季節のひとめぐりを一年とするのは現実と同じっ。でも数年が経過したり誕生日を何回も迎えたりしただけではキャラは年をとらないわけだねっ。それどころか作中の西暦さえ変化しない作品もあるかもっ。よって学校に通っていても長いあいだ進級しないことになる……っ」
「どっちのパターンの作品もありそうだね……」
こんしまちゃんは矢良さんとアヤメを交互に見つめた。
「ただ……そういう作品の傾向として、文明レベルが現代に合わせて発展する作品と……文明レベルがずっと変わらない作品があるよね……」
「連載当時になかったスマートフォンを登場させている作品もあれば」
アヤメが視線を斜め上にやって応じる。
「連載されていたころの時代を大切にしてあえてそういう文明の利器を追加させない作品もあるね」
「たぶんだけどっ」
矢良さんが右腕のほおづえを崩す。
「文明の発展スピードも作品によって違うんだよっ。たとえキャラが年をとらなくても資本主義である以上、一定時間が経過すれば文明の発展は必然だと思うけど……作中の世界の人々が『文明を急いで発展させる必要はない』と考える傾向にあるとすれば文明レベルが一定の世界観も充分にありえるんじゃないかなっ」
なお文明がどの程度まで進歩するかについては作品によって異なるだろう。
科学技術だけじゃなく、人々の意識の変化に合わせてキャラの価値観自体も変わってくるかもしれぬ……ッ!
ここで、髪の後ろをチョウチョ結びのようにまとめた女の子がこんしまちゃんたちに近づいてきた。
「えー、なになにー、三人ともなに話してんのー。超気になる~」
そう言ったのはクラスメイトの蝶ひなぎくさん。
隣には、ほっそりとしたきれいな指を持つ流石星乃さんがいる。
流石さんも興味をひかれたようで、こんしまちゃんたちに声をかける……!
「キャラが年をとらない作品について議論していたみたいだね」
「そだよんっ。かんかんがくがくなんとやらだよっ」
矢良さんが陽気に答えた。
「よかったら星乃ちゃんとひなぎくちゃんも参加する?」
「それは楽しそう。わたしもそういう話が大好きだし」
両手をこすり合わせ、流石さんが笑みを作る。
蝶さんもニヤリとした……!
「アタシも参加を表明するぞー。うちのおじいちゃんがファミリー向けアニメ好きなんだよなー。長く愛されているそういうアニメほどキャラが年をとらなかったりする。この変わらない世界がやっぱりいいんだわ」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
というわけで、蝶さんと流石さんも議論に参戦する……っ!
二人も自分のイスを持ってきた。
蝶さんは矢良さんとアヤメのあいだに、流石さんはアヤメとこんしまちゃんのあいだにイスを置く。
さっそく流石さんが口をひらく……っ!
「ネタバレになるから作品名は言わないけど、わたし……作中でキャラが年をとらない理由付けとしてタイムマシンを使っているマンガを知ってる」
ここで言うタイムマシンとは、自由に過去や未来に行くことができる装置のことだ。
「一年が終わるころ……三月になってタイムマシンに乗るんだね。で、過去の四月に戻って同じ一年をまた始めるわけ。これをくりかえす。だから作中時間が経過しないことになる」
「あれ……ちょっと待って流石さん……」
引っかかるところがあったのか、こんしまちゃんが左手を挙げた……!
「その場合タイムマシンに乗った本人だけが肉体的に成長してしまうんじゃないの……?」
「いいところに気づくね、こんしまちゃん」
質問されるのを想定していたようで、流石さんが冷静に応答する。
「この矛盾を解消するために自分の体をもとに戻す方法も必要になる。あるいは最初からキャラの見た目が数年程度では変化しないと設定しておくのもいいかもね」
「だったらさ星乃ちゃん」
アヤメの机のふちを両手でなぞりつつ、蝶さんが身を乗り出す。
「自分の体を過去に飛ばすタイムスリップに限らず自分の意識だけを過去の自分の肉体に飛ばすタイムリープって手もあると思うな~」
「それも有効だね。意識だけを過去にやるならキャラの見た目が同じままなのも納得できるし」
流石さんが自分の左右の指をふれ合わせる……!
ここでアヤメが「あっ」という声を出した。
「自分だけがタイムスリップやタイムリープしている場合と……自分以外も同じように過去に戻っている場合がありそうだね……」
「そこからさらに、過去に戻ったという自覚があるパターンとそうでないパターンに分かれるかもっ。いや、一部の記憶がリセットされる可能性も考えられるっ」
左のほおづえも崩し、矢良さんが考察を続ける。
「とはいえ同じ年をくりかえすにしても、作中キャラがまったく同じ行動をとるとは限らないわけだねっ」
「そうだよ、矢良さん」
流石さんはスラスラと口を動かす。
「人の心理作用も自然に起こる出来事もほとんど偶発的なものだからね。それらの偶然が幾重にも積み重なれば同じ一年のなかでも違うイベントが発生しうるよ」
「あるいは過去に戻るんじゃなくて……」
こんしまちゃんが自分のひざの上で手をもぞもぞさせる……っ!
「もとの世界とよく似たパラレルワールドや妄想のなかに入って同じような時間を反復する作品もあるような気がする……」
「ありえるね……」
やや遠慮がちにアヤメが言葉を引き取る。
「で、くりかえされる同じ日々から脱出することを目的とした作品も出てくるわけで」
「単純にループものと考えることもできるかもしんないね、菖蒲ちゃん」
右人差し指を反時計回りにぐるぐる回す蝶さん……っ!
「仲間のいのちを救うとかそういう目的をもって自分から時間をループしたり、または強制的に時間ループに巻き込まれてそこから脱する条件を探したり……そういう題材の作品もおもしろいよね~」
「う、うん……まあね、蝶さん……」
アヤメは少しだけうつむき、上目づかいになる。
「あとはループに見せかけて実はループしてなくて……実はその都度世界が再構築されていたって作品もいいと思う」
「おお~、そういうのも知ってんだねー、菖蒲ちゃ~ん」
うれしそうに蝶さんが手をたたく……っ!
「実はループしてなかったってパターンも超アリアリだし。もしくは……『構成』によるトリックかもね」
「ひなぎくちゃん。構成って、どういうことかなっ」
矢良さんが蝶さんに顔を向けた。
蝶さんは少し間を置いて答える。
「構成は、『配置』と『配分』のこと。どのエピソードをどのタイミングでどのくらいの分量で挿入するかってこと。そして作品の各エピソードは必ずしも時系列順に配置されるとは限らないし、尺の都合でカットされたりもするんだよね」
みんなの顔を順に見つめながら説明する。
「作中の時間は過去から未来に向かって秒刻みで流れてる。でも各エピソードの時系列をシャッフルして放送するアニメもあるね。基本的に一話完結の作品じゃないと意味不明になっちゃうけど。たとえば一期で春・夏・秋・冬のエピソードを流したあと、二期でまた同じ年の春・夏・秋・冬のエピソードを流すんだー。もちろんエピソードの内容自体は違ってくるかな」
「それって……結局ループしていることになるんじゃ……?」
やや猫背になり、疑問を口にするこんしまちゃん……っ!
対する蝶さんは右人差し指を顔の前で振る。
「ちっちっち。それがそうじゃないんだよ、こんしまちゃん。なぜなら二期でやっているのは、あくまで一期の補完。カットされたエピソードをあとから挿入しているかたちだね。だからその作品は同じ年をくりかえすループものじゃなくて……一年のあいだに起こった出来事を時系列を入れ替えながら配置しているってことになるんだわ」
「しまった……そういう語り方もあるんだね……」
なかば感心したように、こんしまちゃんが口をあんぐりあける……!
「あ、だったら……数十年放送されているファミリー向けアニメも時系列シャッフルなだけかも……」
「それは無理があるんじゃ」
アヤメがおずおずとツッコむ。
「放送回数が三百六十五や三百六十六を超えていたら各エピソードを一年のうちのどこかの日付に当てはめることができなくなるし、なにより文明が発展している場合は時系列シャッフルだけでは説明できない部分が出てくる。同じ一日を違うエピソードに分割しているとか作中では一年が三百六十七日以上あるとか考えても……やっぱりクリスマスやお正月、誕生日みたいな固定イベントを異なるかたちでくりかえしている時点でそういう時空にある長寿作品を時系列シャッフルとするのは不可能な気が」
「しまった……さすがアヤメちゃん……」
さらにこんしまちゃんは口を大きくあけた……ッ!
流石さんがそんなこんしまちゃんの口内を見つめ、ほほえむ。
「とはいえ時系列シャッフルで同じ年をくりかえすのも悪くないとわたしは思うよ」
ついでアヤメのほうにも、やわらかい視線を向ける。
「いったん高校生の主人公を卒業させたあと主人公たちのその後を明かさず、代わりに作中で語られていなかったキャラの高校生のときのエピソードをえがくってマンガがあるんだけど……キャラが多い場合はエピソードが三百六十五や六を超えても問題ない。『あのキャラはこのときなにをしていたのか』を考えていけばいいんだから」
「そっか、本当だね……流石さん」
アヤメは口をわずかにあける。
「よく考えたら同じ一日でも、人の数だけ違う一日があるわけだし」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
「時系列シャッフルにループ……一年の長さや成長スピードの違いなどなど……」
静かな声で、矢良さんが議論を振り返る。
「ともかく、そういう理由で作中の彼らは年をとらないわけだねっ。ちょっとうらやましいっ」
「……みくりちゃんが次の四月からもう一回高校一年生になったりしないかって言ったのは」
アヤメも声を抑えて応じる。
「年をとらずに同じ年をくりかえす世界をうらやましいと思ったからなの?」
「うん」
このとき矢良さんは少々聞き取りにくい感じで言った。
「佳代子ちゃんは、また同じ年が来てほしいと思わないかな」
「わたしは、あんまり」
流石さんや蝶さんのほうを気にしつつ、アヤメが言葉を継いでいく。
「その年が悪い年だったらまた悪い年をくりかえすことになるし、逆にその年がいい年だったとしても反復することでなにかまた別の悪いことが起きて思い出に泥を塗られるかもしれないから」
「……来年が」
なにかをごまかす調子で矢良さんが身を震わせる。
「来年度がいい年になるって保証もないと思うけどな~」
「まあ、そうだけど」
アヤメが左手で前髪を引っ張る。
「同じ年をくりかえしても、今年度がいい年になるという保証もまたない気がする。ずっと年をとらないキャラが出てくる作品もわたしは好きだけど……わたし自身は新しい体で新しい時代を見たい。そういうなかで勝負したい」
一年後れて高校に入った彼女だからこそ、思うところもあるのかもしれない。
「老いるとか、古くなるとか、劣化するとか……そういうのって本当はないんだと思う。自分がどのように変わっても変わらなくても、それは『新しくなる』『そのままの姿で新しい時代を生きようとしている』という肯定的な状態の一部だと信じたい」
「佳代子ちゃん……おとなだね……」
嫌味や皮肉を込めることなく矢良さんは明るく返した。
「いやあ~、これはあたし、ネガティブモードをさらすなんていうやらかしをしちゃったかなっ。というわけであたしは佳代子ちゃんのこと見習わせてもらうよんっ」
「いや……おとなとか、そういうことじゃないよ」
もしかして傷つけてしまったんじゃないかと心配になったアヤメは慌てて素直な気持ちを伝える。
「わたしはみくりちゃんのほうがよっぽどすごいと思ってる。同じ時間をくりかえすことを肯定的に捉えているのは、自分の経験したことや今の自分と周囲の状況に対して逃げることなくきちんと向き合っているからだよね」
「……ありがとっ、本当に優しいねっ、佳代子ちゃんっ」
矢良さんは穏やかにつぶやいて再び両ひじをアヤメの机に当て、ほおづえをついた。
ついで流石さんがまばたきして小さく笑う。
「マンガのなかには現実世界と同じスピードで作中時間が経過して登場人物がきっちり年をとるものもあるし……同じ年をくりかえすことに対する憧れも、違う年を刻んでいこうとする姿勢も……きっとどっちも間違っていないんじゃないかな」
「それなー」
蝶さんが自分のチョウチョみたいにまとめた後ろ髪をさわりながら同意する。
「同じ年をくりかえすのは一つの幸せな夢。でも同時に、そういう世界があるからこそアタシらも安心して次の年に行けるっていうか。変わらない世界は、いつでも戻って来られる世界でもあるよね。もしそういう基盤がなかったら、ずっと足をつけるところがなくて超不安になったりする。逆に言えば不変の世界を知っているから怖がらずに現実を歩める――そんな感じかもしれん」
「さすがの造詣だね、ひなぎく」
自分の左右の指同士をからめつつ、流石さんがほめた。
こんしまちゃんも続く……っ!
「ひなぎくちゃん……みんな……キャラが年をとらず同じ年をくりかえす作品について、わたしも新説を考えたよ……」
それを聞いてほかのみんなは黙って傾聴する……ッ!
「作品やキャラの本質はガワじゃないんだ……」
ひざに載せた両手を小刻みにゆらすこんしまちゃん……!
「本質はその魂にある……各作品において重視されるのは、この魂をすくい取って表現すること……そして魂の映し方は時代と共に変遷していく……だからその都度、新たな表現を模索する……」
ウェーブのかかったくせ毛も振動し、こんしまちゃん自身のほおをなでている。
「けれどその際キャラの見た目や置かれている立場を固定化するのは……見た目や立場自体も単なるガワじゃなくて作品の本質をあらわしているから……この本質をも大切にしたうえで新たな表現を加え、普遍的な魂に新たな光を当てる――その結果として映し出された世界をわたしたちは見ている。たとえば――」
さらに具体的な作品名とキャラの名前を例として挙げたこんしまちゃんであった……!
「そうした熱い思いの先にある作品だから結果的に同じ年を違うかたちでくりかえしているんじゃないかと思う……」
が、そう言い終わった直後、肩をすくめる。
「しまった……この新説はしっちゃかめっちゃかポンポコピーだったかも……」
「いやいや、全然しまってないよ~。それにポンポコピーって寿限無の縁起のいいフレーズだもんなー」
蝶さんがフォローしてくれた……っ!
「アタシはこんしまちゃんの新説を支持するぞー。今どきアニメ研究は大学でもおこなわれているし、そういう概念的なアプローチも大切に違いないし」
「マンガ研究もね」
ウインクしつつ、流石さんが言葉を継ぐ。
続いて矢良さんをじっと見た。
「そういえば矢良さんはマンガ研究部だったっけ」
「ちょっと幽霊になりかけているところもあるけど、まあそうだねっ」
「わたしは絵が得意じゃないから入らなかった。でも文化祭の展示も見たし、そのとき部の同人誌も持ち帰らせてもらったよ」
「おおっ、それはありがと~」
「とくに展示でロドルフ・テプフェールを紹介しているところもよかった」
テプフェールは、コマ割りマンガを確立したと言われるスイスのマンガ家である。
「コマ割りマンガも一つのくりかえしだとわたしは思ってる。コマごとに場面を切り取って順番どおりに配置するわけだね。テプフェールは『絵』という静的なものを動的なものとしても提示した。そこにストーリーを読み取る。結末まで来たら最初に戻り、またコマを追ってストーリーを再現する。ただし反復するごとに自分のなかでの解釈は変わっていく。そういう発見が尽きないところがさ、変わらないものに注目する意義の一つなんだろうね。完成したコマ割りマンガやアニメーションは不変であるのに動的でもある……まるでそれに対する人の心情の動きを予測しているみたいにね」
ドン引きされるかもしれんとかそんなこと構わずに、人間摩擦係数一・八九の流石さんが堂々と意見を述べる……ッ!
「そしてそのいろいろな価値に気づけるのは、自分自身が変化しているから。創作者は表現によって、観察する側はもっぱら観察によって……その不変に対面し、同時に新しくなった自分に気づいていくんだろうね」
「……さすが星乃ちゃん。ひなぎくちゃんもこんしまちゃんも佳代子ちゃんも……よく考えてるんだね」
矢良さんは両手を後ろに回し、ポニーテールをくしけずった。
「変わらないキャラや変わらない世界は、むしろ現実とリンクする存在なのかもしれないね」
「といっても、みくりちゃん」
アヤメが胸に両手を当てて言う。
「今のわたしたちの中心には、わたしたち自身がいるんだよ」
「だねっ、あたし、そんなことも分かってなかったな~。これは――」
「……しまった案件?」
こんしまちゃんが聞いた……!
でも矢良さんはすぐにかぶりを振る。
「いや、やらかし案件だよっ」
「しまった……」
結局いつもの口癖を漏らすこんしまちゃん……っ!
それを聞いて、その場のみんなは愛おしそうに笑った。
矢良さんも口の端を上げながら、来年と再来年も同じようにこの女の子から「しまった」という言葉を聞くことができたらいいなと思ったのだった。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
☆今週のしまったカウント:六回(累計百七十三回)
次回「第四十一週 これまでの歩みを振り返ってしまった!(木曜日)」に続く!(三月二十日(金)午後七時ごろ更新)
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それにしても変わっていくものも変わらないものもありますが、本当はどっちも大事なのかもしれませんね~。




