敗北フラグを立ててしまった!(水曜日)
この物語は――。
一週間に一回以上は「しまった」と言ってしまう女子高生、紺島みどり――通称こんしまちゃんの物語である。
ついつい口癖の「しまった」がこぼれてしまう、こんしまちゃんだけど……、高校のクラスメイトとの仲はとても良好。
こんしまちゃんのクラスは、男子十三名、女子十五名の計二十八名。
こんしまちゃんとすごく仲がいいのは、現在、三人。
明るく友達思いの矢良さんと自称忍者の鵜狩くん……。
そして、小学校のころからの友達であることがこのあいだ判明した「アヤメ」こと菖蒲さん。
とはいえ、こんしまちゃんはクラスメイト全員と分け隔てなく接するタイプでもある。
たぶんクラスメイト一人一人に一週間に一回は声をかけている。
話し方は穏やかで落ち着いているし、おしゃべりじゃないから誤解されやすいけれど、こんしまちゃんは普通に積極的なのだ……!
――というわけで今回は、とある男子の悩みをこんしまちゃんが聞くところから始まる。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
水曜日、昼休みの教室。
矢良さんと菖蒲さんの二人とお弁当を食べ終わったこんしまちゃんの席に、眉毛の太い男の子がやって来た。
眉が特徴的な彼の名前は、谷高くん。
こんしまちゃんがお弁当を忘れた日に、ちくわを分けてくれた男の子である。
「……こんしまちゃん。ちょっと相談に乗ってほしいことが」
「いいけど……」
首をかしげつつ、こんしまちゃんが応じる。
「どうしてわたしに?」
「なんか、こんしまちゃんに聞いてほしいと思ったから」
「分かった。……なんでも話してね」
こんしまちゃんがそう言うと同時に、矢良さんと菖蒲さんが別の場所に行こうとした。
でも谷高くんが「よかったら聞いてって」と呼びとめたので、二人はその場にとどまった。
矢良さんも菖蒲さんもそれぞれ自分のイスに座り、こんしまちゃんの席の左側に控えた。
ついで谷高くんが自分の席のイスを、こんしまちゃんの机の真正面に移動させる。
居住まいをただし、お礼を言ったのち……。
対面に座す、こんしまちゃんに語りだす。
「――突然だけど、こんしまちゃんは『フラグ』って知ってる?」
「……『前ぶれ』みたいなものだよね。たとえば『幼なじみは負けフラグ』って言ったときは、恋愛で負けちゃう未来を、幼なじみという属性自体が予告している感じになるかな……」
「うん……そして僕の口癖は『やったか』なんだ」
「それもフラグだね……。『やったか』って口にしたときは、ほとんどの場合やってないから」
「なんとかして、このフラグじみた口癖をどうにかしたいんだ。たとえば野球を見ているとき僕が『やったか』とつぶやくと、どんなホームランっぽい打球もファウルかフライになる。テストのときも心のなかだけで『やったか』と言ってしまうんだけど……そのときは絶対にミスしてる」
「口癖って、やめようと思っても、やめられるものじゃないもんね……」
ここで――まぶたを閉じ、数十秒の沈黙をはさむ、こんしまちゃん。
そして目を見ひらく……ッ!
「ババ抜きしよう」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
「なにか考えがあるんだね、こんしまちゃん」
あらためて背筋を伸ばす谷高くん。
一方のこんしまちゃんは、ウェーブのかかった自分のくせ毛をなでるのだった。
「ただのババ抜きじゃないよ……。その名も、『やったかババ抜き』……!」
こんしまちゃんが、ババ抜きの基本的なルールを確認する。
まずジョーカー一枚を加えた計五十三枚のトランプを、参加プレイヤーに配る。
前提として、各プレイヤーは自分の手札でペアになった数字のカードを捨てることができる。
各プレイヤーは相手プレイヤーの手札から一枚ずつカードを引いていき、最終的に手札をゼロ枚にできなかった者が敗北となる。
「――ただし『やったかババ抜き』では、引いたカードを確認する直前に『やったか』と宣言することも可能……!」
こんしまちゃんによると「やったか宣言」は、それぞれのプレイヤーが引いたカードを確認する前に好きなタイミングでおこなえるもので、回数制限はないそうだ。
「この『やったか』を宣言したあとで数字のペアをそろえられたら、自分のほかの手札を一枚だけ無条件に捨てることができるの。ただしジョーカーは捨てられない……。もちろん事前に手札にため込んでいたペアを、今そろったかのように見せかけるのも、だめ」
「なるほど……『やったか』に成功すれば手札を減らせるから……ババ抜きにおける勝利に近づく。おもしろそうだね」
谷高くんの眉毛が、うれしそうに盛り上がる。
「そっか。こんしまちゃんは僕の『やったか』って口癖を肯定的に捉えるために、『やったかババ抜き』を……」
「……うん。でも」
こんしまちゃんの視線が谷高くんから外れ、左に向かう。
そこにいる菖蒲さんと目を合わせる。
「なんかルール的に欠陥があったりしないかな……」
「そ……そうだね。そのままでもいいけど、勝負をもっとおもしろくすることも、できそう」
菖蒲さん――アヤメは口ごもりながら、ていねいに答える。
「このまま『やったか宣言』にリスクがないと、とりあえず『やったかと言っとけばいいや』ってなっちゃう。ペアをそろえて追加で一枚捨てるときの喜びも半減。――そこで、外した場合のリスク……ペナルティを設けるのが、いいと思う」
引いたカードの確認前に、「やったか」と宣言したあと――。
ペアがそろえばジョーカー以外の手札を一枚捨てることができるが……。
もしペアがそろわなければ、さらに同じ相手の手札からもう一枚を引くペナルティを負う。
「その追加の引きでは『やったか』を宣言できず、ペアがそろっても即時に捨てることができない。このときできたペアは、もう一度自分のターンが回ってきたとき、カードを引く前に捨てることににしよう……」
「……いい感じ。さすが菖蒲ちゃん、ありがとう。じゃ、さっそく、みんなでやろ……」
ところが、こんしまちゃんは、そこまで言って固まった……。
「しまった……。わたし、トランプ持ってきてなかった……」
こんしまちゃんたちの高校ではトランプを持ってきて休み時間に遊ぶことは校則で禁止されていないけれど――肝心のトランプがないと『やったかババ抜き』は不可能。
しかも谷高くんも菖蒲さんも、トランプを持ってきていない様子……!
そんなわけで、残念だけど今回はここで終わり――。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまっ――。
「あ、トランプなら、あたし持ってるよっ!」
――と思いきや、終わりじゃなかった。
いったん矢良さんが自分の席に戻り、トランプのケースを持って……こんしまちゃんの席に帰ってきたのだ。
「備えあれば、なんとやらっ! いざというときのために、トランプはカバンに入れてあるんだよっ!」
まあ……ツッコミどころのあるセリフかもしれないけれど、こんしまちゃんたちは矢良さんに感謝を捧げ、野暮なことは、なにも口にしなかった。
ここで谷高くんが、こんしまちゃんの右隣の席の人物に話しかける。
「鵜狩も、ババ抜きしない?」
「する」
鵜狩くんはツリ目を崩さずに、うなずいた。
彼は今までずっとこんしまちゃんの隣の席で、黙々と紙の本をめくっていたのである。
瞬間、菖蒲さんが眼鏡を取り出し、それをかけた……。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
こんしまちゃんの机と鵜狩くんの机を向かい合うように合わせ、その上でカードをシャッフルする。
ついでトランプのカードを、裏側のまま各自が取る。
五人で五十三枚のカードを分ける。
三人が十一枚、二人が十枚を初期手札とする。
初期手札は、ジャンケンで決めた。
ジャンケンで勝った順に、手札枚数の希望を言う。
勝ったのは、谷高くんと菖蒲さんと矢良さん。
三人全員が、十一枚を初期手札として選択した。
こんしまちゃんは、驚いた。
これはババ抜きだから初期手札の少ないほうが有利なはず……そう思っていたからだ。
しかし、やったかババ抜きでは――そうとは限らない。
考案者であるにもかかわらず、こんしまちゃんはその点を見落としていたのだ。
ともあれ手札を確認した各プレイヤーは同じ数字のペアを捨てる。
なお、今回はペアをわざと捨てずにため込むのは禁止である。
結果、三と四のカードが四枚ずつ――五、六、七、九、ジャック、キングのカードが二枚ずつ、捨てられた。
これにより、各自の真の初期手札が決定する……!
谷高くんの手札は、エース、二、七、八、十、ジャック、クイーン、キング、ジョーカーの九枚。
菖蒲さんの手札は、二、五、七、八、九、十、クイーンの七枚。
矢良さんの手札は、エース、五、六、八、十、クイーン、キングの七枚。
鵜狩くんの手札は、エース、二、九、十、ジャック、クイーンの六枚。
こんしまちゃんの手札は、エース、二、六、八の四枚。
もちろん互いに分かるのは、相手の手札枚数のみ。
ともあれ、こんしまちゃんは開始時から手札が四枚だったので、あろうことか「勝った……!」と心のなかで思ってしまったのだった。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
かくして「やったかババ抜き」の一巡目に突入する。
まずは谷高くんが鵜狩くんの手札を引く。
「やったか!」
さっそく、谷高くんが宣言をおこなう……ッ!
しかし彼は闇雲に「やったか」と言ったんじゃない。
谷高くんは分かっていた。
この「やったかババ抜き」においては、初期手札の多いほうが数字のペアをそろえる確率が高くなる。
ゆえに、手札が多い自分は「やったか宣言」も成功しやすいのだと――彼は理解していたのである……!
引いたカードは、二。
谷高くんの手札でペアがそろったため、やったか宣言は成功である。
「……やった!」
わきを締め、谷高くんが喜ぶ。
宣言に成功した谷高くんは、追加で手札を一枚捨てることができる。
谷高くんが二のペアに加えて捨てたのは、七のカード。
これも適当に選んだのではない。
すでに捨て札には七のカードが二枚見えていた。
よって七は手札でペアを作りづらいカードの一つ。だから、七を捨てたのだ。
谷高くんのターンの次は、鵜狩くんが矢良さんの手札からカードを引く。
鵜狩くんも「やったか」と宣言し、カードを確認した。
が、引いたのは六のカード。ペアがそろわなかったので失敗だ。
ペナルティとして、矢良さんの手札からさらに一枚引く。
追加で引いた八のカードも、鵜狩くんは手札に加えた。
さらに矢良さんが菖蒲さんの手札からカードを引く。
引いたのは、五。ペアがそろう。
ただし事前に「やったか宣言」をおこなわなかったため、追加で一枚捨てることはできない。
「うわ、やらかした~」
――と言って、矢良さんは残念そうに笑った。
ついで菖蒲さんのターン。
「やったか……」
声は小さかったものの、確実に宣言した。
こんしまちゃんの手札から、二のカードを引く。
菖蒲さんの、やったか宣言は成功。
二のペアと一緒に捨てるのは――当然、七のカード。
七は、さっき谷高くんが一枚だけ捨てた。
これにより――初期に捨てられた二枚と合わせて、捨て札に三枚の七がある状況が作り出されていたのだ。
したがって、残り一枚の七をかかえているプレイヤーは絶対に上がれない……!
菖蒲さんが宣言した理由は、捨て札に見えておらず次に引く可能性が高い八、十、クイーンを手札に持っていたからでもあったけれど――。
一番の理由は、この厄介な七を処理するため……っ!
どうやら「やったか」という言葉も使いどころを見極めれば、敗北フラグじゃなくて強力な武器になるらしい。
で、一巡目の最後において、こんしまちゃんが谷高くんの手札からカードを引く。
こんしまちゃんは「やったか」を宣言した。
みんなのプレイングをながめ、こんしまちゃんも「やったかババ抜き」の奥深さを理解し始めていたのだ。(一応考案者なんだけど……こういうゲームはやってみなくちゃ分からないところも多いのだ)
たとえば「やったか宣言」の成功率は、自分の手札が多いほど上がる。
谷高くんたちが初期手札の枚数を多くした理由にも、なんとなく気づきだしたこんしまちゃんであった……。
今のこんしまちゃんの手札は、エース、六、八の三枚。
三枚なら、ペアをそろえにくいだろうか――いや。
捨て札にエースと八がないため、次に引く確率は充分とも言える。
しかも、ここで「やったか」を成功させれば手札を一枚にすることが可能。
その場合、最後の一枚を次の菖蒲さんのターンで引いてもらい、こんしまちゃんの勝ちとなる。
だからここで、こんしまちゃんが「やったか」を発動させたのはミスじゃない。
ミスじゃないんだけど……。
谷高くんの手札から引いた数字は、十だった。
こんしまちゃんのやったか宣言は、失敗に終わった。
追加で谷高くんの手札から一枚を取らなければならない。
結果、こんしまちゃんの手札にクイーンのカードも加わった。
実際のところ……谷高くんの七枚の手札にはエースと八のカードがあったから、こんしまちゃんは七分の二の確率で上がれていた。
しかし逆に言えば、七分の五で負けていたということ。
仮に谷高くんが六のカードを持っていたとしても、こんしまちゃんの勝率は七分の三……。
以上のことを加味して、こんしまちゃんは思わず口に出した。
「しまった」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
やったかババ抜きの二巡目に入る。
再び谷高くんが、鵜狩くんの手札から一枚カードを引く。
しかし一巡目とは異なり、「やったか」を宣言しない……!
谷高くんの手札は、エース、八、ジャック、キング、ジョーカーの五枚。
手札はすでに初期の十一枚から大幅に減っている。
やったかの成功率も下がり、また、急いでリスクを踏む場面でもない。
さらにジャックとキングはすでに捨て札に二枚ずつあるし、ジョーカーもかかえている。
……「やったか」と言っても、失敗する可能性が高すぎる。
なにより谷高くんは、「一巡目のときの成功がもう一度都合よく起こるわけがない」と思い込んでしまっていた。
そんな谷高くんが引いたのは――八だった。
「……え」
八のペアを作れたので、それらを捨て札に置く。
もちろん「やったか」と宣言していないので、追加で一枚捨てることはできない。
手札を確実に減らせたのは事実なのに、谷高くんは少し、損した気分になってしまった……。
続いて、鵜狩くんが矢良さんからカードを引く。
鵜狩くんは一巡目の失敗をものともせず、今回も「やったか」と宣言する。
その手札はエース、六、九、十、ジャック、クイーン。
六、九、ジャック以外の札はまだ捨てられていないので、ペアをそろえる可能性は高い。
引いたのはエース。鵜狩くんのやったか宣言は成功した。
二枚のエースと共に、一枚のジャックを切る鵜狩くん……!
なぜジャックを捨てたのか?
それは一巡目で谷高くんが七のカードを捨てたときと同じ理屈である。
ジャックは、すでに捨て札に二枚見えている。
ペアがそろう確率が相対的に低いので、優先して切られて当然。
もちろん六か九を捨てることもできたけど、鵜狩くんは直感的にジャックを選んだ。
結果、残り一枚しかない厄介なジャックを、谷高くんが保有する状態となった。
そして矢良さんが「やったか」と宣言し、菖蒲さんの手札からカードを引く。
矢良さんの手札は、十、クイーン、キングの三枚。
まだ十とクイーンは、だれも捨てていない。
つまり十のカードもクイーンのカードも、自分以外の四人のうち三人が、一枚ずつ持っているということ。(ただしペナルティでの引きにより手札に数字をダブらせている人がいると仮定しない場合の話)
事実として、現時点において谷高くん以外の三人……こんしまちゃんと鵜狩くんと菖蒲さんは十とクイーンのカードをそれぞれ一枚ずつ手札にかかえていた。
しかも相手の菖蒲さんの手札は四枚だった。
一巡目のこんしまちゃんのときとは異なり、矢良さんは五十パーセントの確率で勝てる状況だったのだ。
やったか宣言に成功すれば手札を一枚にできる。
次、鵜狩くんに手札を引かせた瞬間、矢良さんの勝ちが決まる――。
――はずだったが、矢良さんが引いたのは八のカード。
「また、やらかした……っ」
さすがの矢良さんも悔しそうである。
ペナルティとして、さらに菖蒲さんの手札から一枚引く。
新たに手札に加えたのは、クイーン。
さっきこれを引いていれば、矢良さんの勝ちだった。
ともあれ矢良さんの手札にはクイーンのペアができたけど……ルールにより、やったか宣言のペナルティとして手札に加えた結果ペアがそろっても、すぐ捨てることはできない。
次の自分のターンが回ってきたとき、カードを引く前にそのペアを捨てることになる。
さらに菖蒲さんが、こんしまちゃんの手札から引く。
宣言はしない。
菖蒲さんの手札は、九と十の二枚。あと少しで上がりである以上、焦る必要はないのだ。
十がまだ捨て札にないとはいえ、こんしまちゃんの手札は五枚。
確かにこんしまちゃんが十を持つ可能性は高いけど、手札枚数を考慮すればピンポイントで引き当てるのは難しい。
もちろん、さっきクイーンを矢良さんのペナルティで引かれていなければ、「やったか」と言う選択もあっただろう。クイーンも十と同じく、まだ捨て札に見えていないからだ。
ともあれ菖蒲さんが引いたのは、クイーン。ペアは作れず……!
さっき矢良さんのターンでクイーンを失わなければ……といった状況――。
しかし菖蒲さんは、動揺を顔に出さなかった。
ここで焦りの表情を見せれば、「さきほどまで持っていたカードを引いた」という情報をみんなに与える結果になる。
だれとも目を合わそうとしない菖蒲さんだからこそ、おのれの表情を隠す挙動をとっても、あやしまれることはない……。
菖蒲さんはクラス内での自分のイメージをも利用して、この「やったかババ抜き」で勝とうとしているのだ。
……こんしまちゃんが谷高くんからカードを引く。
手札はエース、六、八、十の四枚だった。
捨て札にないカードは十のみ。よって宣言はしない。
そしてエースを引く、こんしまちゃん……!
「しまった」
ペアとなったエースを捨てるものの、こんなことなら「やったか」と言っておけばよかった気もする。
結果的にはプラスでも、リスクを恐れたせいでチャンスをのがしたようにも錯覚する……ッ!
くしくも、この二巡目では谷高くんも同様の気持ちを味わっている。
かてて加えて、こんしまちゃんの「しまった」をも聞いてしまった谷高くんは――。
――三巡目以降、みずからの「やったか」に振り回されることになる……!
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
再び谷高くんのターンが来る。
谷高くんは「やったか」を宣言し、鵜狩くんの手札に手を伸ばす。
はっきり言って、この「やったか」は悪手。
現在の谷高くんの手札は、ジャック、キング、ジョーカーの三枚。
ジョーカーでペアを作るのは不可能。キングも二枚、捨て札に見えている。
さらにジャックは、すでに三枚が捨てられている。つまりジャックのペアはもう成立しない。
谷高くんが「やったか」に成功するにはキングを引き当てるしかないけど……。
そのためには、ほかの四人のうち最後のキングを鵜狩くんが持っている必要がある。
この条件をクリアしても、その四枚の手札からピンポイントで目当てのカードを引くとなると――あまりにも厳しい。
もちろん谷高くんも悪手なのは分かっている。
けれど、そうせずには、いられなかった。
ペア作成が不可能になったジャックをいち早く手放したかった。
やったか宣言を成功させて、不要なジャックを一枚捨ててしまいたかった。
谷高くんは初手からずっとジョーカーをかかえている。その焦りも影響している。
無理に自分で処理せず引かれるのを待てばいいじゃん……と思う余裕がなかったのだ。
また、二巡目における自分とこんしまちゃんの失敗も心に引っかかっていた。
あのとき「やったか」と言っておけばもう一枚捨てられた……という意識が谷高くんの心に巣くっていた。
さらに一・二巡目連続でペアをそろえることができた成功体験が、谷高くんの冒険を後押しした。
この「やったか」を成功させれば、自分のなかで敗北フラグでしかなかったその言葉を勝利フラグに転換させることができる――そんな劇的な未来を夢見たのだ……ッ!
結果、引いたカードは――。
キングではなく、十だった。
「……あ」
やったか宣言は失敗である。
息を震わせながらも、谷高くんが鵜狩くんの手札から追加の一枚を引く。それは六だった。
そもそも最初から、鵜狩くんの手札にキングはなかった。
現在、キングを持っているのは矢良さんだ。
さて鵜狩くんのターン。矢良さんの手札から一枚を引く。宣言は、なし。
鵜狩くんの手札は九とクイーンの二枚。まだ捨てられていないクイーンを持っているなら、「やったか」と言ってもいい気がするけど……。
もしここで外せば、少ない手札というアドバンテージを失う。
確かに、やったかババ抜きでは手札が多いほうが有利な面もある。
とはいえ最終的には自分の手札をゼロにしなければ上がりにならない。
また、宣言に失敗すると矢良さんの手札は五枚から三枚になる。
もし二巡目のペナルティで矢良さんが引いたカードがペアで、それが残った場合、矢良さんの手札は一枚にまで一気に減る。
よって、ここでいたずらに「やったか」と宣言しても、利敵行為に終わる可能性が高いのだ。
そもそも鵜狩くんの手札は二枚だから、カードを引いてペアがそろえば残り一枚になって勝利が確定する。
わざわざ「やったか」と言って成功させても、その場ですぐ勝てるという利点しかない。
追い詰められてもいないのに、ただのハイリスクローリターンの賭けをおこなう意味はない……鵜狩くんは、そう合理的に判断した。
そんな鵜狩くんが引いたのは、八のカード。
ペアは発生せず。
ついで、矢良さんが菖蒲さんのカードを引く番になる。
が、その前に矢良さんが申告をおこなう。
「さっきのペナルティでそろったカードをまず捨てるよっ」
そう言って、二枚のクイーンを捨て札に置く。
これで矢良さんの手札は十とキングの二枚になった。
(クイーンを持つ鵜狩くんとしては、さっきのターンで矢良さんから二枚のクイーンのうちどちらかを引いておけば勝っていたのにと思うところもあるだろうけど、鵜狩くん本人は気にしていない様子)
矢良さんも「やったか」を宣言せず、菖蒲さんからカードを引く。
結果は、九。ペアには、ならない。
続く菖蒲さんの手札は、十とクイーンの二枚。
さっきまでの鵜狩くん、矢良さんと似たような状況……。
だから菖蒲さんも二人と同じように宣言なしでカードを引くのがよさそうだ。
ところが菖蒲さんは「やったか」と言って、こんしまちゃんの手札に指をふれさせた。
合理的に考えれば、やや不可解な行動である。
でも菖蒲さんの勝負師としての心が、彼女に「行け」と言ったのだ……!
引いたのは六。宣言は失敗である。
ただし菖蒲さんは気持ちを切り替え、ペナルティとして八の数字をこんしまちゃんの手札から引き込む。
三巡目の最後。こんしまちゃんのターン……!
こんしまちゃんの手札は一枚。
それも、まだ捨て札にない十の数字なので、かなり有利。
やったか宣言はない。
手札が一枚ならば、ペアがそろっても追加で捨てる恩恵は受けられない。
が、谷高くんの手札から引いたのは――キング。
さすがにこれはどうしようもないので、こんしまちゃんの口から「しまった」という言葉が漏れることはない。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
やったかババ抜きも四巡目に入る。
ここで、戦局が大きく動く。
谷高くんが、鵜狩くんの手札から一枚引く。
しかも、また「やったか」と宣言した……!
現在の谷高くんの手札は六、十、ジャック、ジョーカーの四枚。
相変わらずペアを作れないジャックを早く処理したい。
さらに、手札は前のターンよりも良好。
前はジャックとキングとジョーカーを持っており、実質、残り一枚のキングに賭けるかたちだった。
対して今は六と十を持っている。
しかも十は、ほかの四人のうち三人が持っていることがほぼ確定しているので、引く見込みは充分。
よって今度の「やったか」は悪手じゃない。
そう信じて引いたカードは――。
クイーンだった。
「わあぁっ!」
短くだが、さけんでしまった谷高くん。
おまけにペナルティで引いた追加の一枚は、八だった。
鵜狩くんの手札は一枚。九を残すのみとなった。
宣言をおこなわず、矢良さんの三枚の手札から一枚を引く。
「そろった」
静かに鵜狩くんが言い、ペアとなった九を捨て札に加える。
これにより鵜狩くんの手札はゼロになった。
すなわち、この「やったかババ抜き」を一位で制したのは、鵜狩くん……ッ!
一方で谷高くんは、この鵜狩くんの上がりで精神的なダメージを受けていた。
鵜狩くんの手札には最初から、六もキングも、それどころか十すらもなかった――という事実が分かったからだ。
谷高くんは……三・四巡目で仕掛けた「やったか」宣言が成功する可能性はゼロだったという真実に直面してしまったのだ……。
プレイを終えた鵜狩くんの次は、矢良さんのターン。
矢良さんの手札は、十とキングの二枚。
「やったか……っ!」
そう宣言し、矢良さんが菖蒲さんの手札から一枚引いた。
三巡目、同じような状況だったときは宣言しなかったのに、なんでこの四巡目ではアクションに踏み切ったのか?
理由はちゃんとある。
十のカードが菖蒲さんの手札にあるのがほぼ確定しているからだ。
というより、十のカードについては――谷高くん、菖蒲さん、こんしまちゃん、矢良さんがそれぞれ一枚ずつ手札に持っている。
わざわざ手札をのぞかなくても分かる。
ペアがそろったときは捨てなければならないルールなので、同じ数字のカードは各自一枚までしか保持できない。
さらに十だけは、いまだに捨て札に姿を見せない。
かつ、鵜狩くんが抜けたことにより、現在のプレイヤーは四名。
とすれば、四枚の十のカードは四人のプレイヤーそれぞれが一枚ずつ持っている状態……としか考えられないのだ……!(やっぱりペナルティでのダブりを考慮したら、絶対とは言いきれないんだけど)
プレイヤーの数が減り、この状況下で真っ先に動けるのが矢良さんだった。
ゆえに矢良さんは、この特異な戦況を利用しようとアクションを起こしたわけだ。
――だけど矢良さんが菖蒲さんの手札から引いたのは、六だった。
矢良さんに引かれる前、菖蒲さんの手札枚数は四枚だった。
よって二十五パーセント以上の確率で矢良さんは勝てる計算だった。
矢良さんがこの数字を高いと見たのか低いと見たのか――それは知りようがないけれど。
ともかくペナルティで、矢良さんが菖蒲さんの手札から追加の一枚を引く。
八のカードを手札に加えた。
こうして、手札が十とクイーンの二枚になった菖蒲さん。
なんの偶然か、三巡目のときと手札の内訳は同じ……!
ちなみに菖蒲さんが再び手札を二枚にできたのは、二巡目のときの行動のおかげでもある。
二巡目において菖蒲さんはこんしまちゃんからクイーンを引いたけど、そのタイミングで「さっき矢良さんに引かれたやつじゃん」と悔しがることもできた。
でも菖蒲さんは表情を隠した。
もしここで感情を表に出していたら、矢良さんは気づいただろう。「あ、もしかして佳代子ちゃんがこんしまちゃんから引いたのって、さっきあたしが引いた八かクイーンのどっちかなんじゃ……」と。
この場合、菖蒲さんが八かクイーンをかかえていることが明らかになり……、あわよくばキングのペアをそろえて勝つことも視野に入れている矢良さんの行動を少なからず抑制する結果となったはずだ。
そうならず矢良さんに「やったか」と言わせることができたのは、菖蒲さんが最初からこの「やったかババ抜き」と真剣に向き合って、勝つために動いていたからなのだ……!
そして当の菖蒲さんが、「やったか」と宣言する。
三巡目では失敗したけど、今度はどうか。
相手のこんしまちゃんの手札は二枚。うち一枚は十であることがほぼ確定している。
それを引き当てれば、やったか宣言にも成功する。
残り一枚の手札を捨て、菖蒲さんの勝ちとなる。
もしこんしまちゃんのもう一枚の手札がクイーンであれば、この時点で菖蒲さんは負けない。
ただし外せば、やったか宣言のペナルティにより、こんしまちゃんは二枚の手札を一気に失う。
無条件で、こんしまちゃんが勝つ……!
よって、菖蒲さんは逃げてもよかったのだ。
でも菖蒲さんは、こんしまちゃんに対して勝負に出た。
こんしまちゃんも、受けて立つ。二枚の手札を堂々と差し出す。
菖蒲さんが引いたのは――。
「……や、やったっ! やったやったー!」
――十のカードだった。
はしゃぐ菖蒲さんだったけれど……すぐ鵜狩くんの視線に気づき、喜びを抑えた。
眼鏡をかけなおしたのちに、十のペアを捨てる。
やったか宣言に成功したので、クイーンも捨て札に置く。
これで鵜狩くんに続いて菖蒲さんも「やったかババ抜き」を終えたわけだ。
プレイヤーは、あと三人。
残酷だけど、最後の敗者を出すまでババ抜きは終わらない。
こんしまちゃんのターン……!
手札はキングの一枚。やったか宣言は当然しない。
谷高くんの六枚の手札から引いたのは、十のカードだった。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
プレイヤーも五人から三人に減って、五巡目に移る。
谷高くんは絶望していた。
やったかババ抜きも終盤に入りかけている。
にもかかわらず、自分の手札は五枚。
矢良さんの四枚、こんしまちゃんの二枚と比べて、谷高くんがもっとも勝利から遠い。
しかも五枚の手札は六、八、ジャック、クイーン、ジョーカー。
ジョーカーは初期手札からずっと持っているし、ジャックとクイーンは捨て札に三枚置かれているのでペアの作成が不可能……! あまりに手札が、ひどすぎる。
「やったか……」
ひとまず、やったか宣言に成功してジャックかクイーンを捨てたいところだ。
四巡目までは鵜狩くんの手札から引いていたけど、今は鵜狩くんが上がってしまったので、矢良さんからカードを一枚引く。
六か八を引けばいい。
しかし谷高くんが引いたのは――キングだった。
「……ぁ」
今度は、短くさけぶことさえしなかった。
小さな息が出ただけだった。
ペナルティでカードを追加で一枚引く。それすら十だった。
矢良さんの手札は、六と八の二枚になった。
菖蒲さんが上がっているので、矢良さんはこんしまちゃんの手札に手を伸ばす。
こんしまちゃんの手札も二枚。
やったか宣言をおこなわず、矢良さんは一枚手札に加える。
それは十のカード。
さっき谷高くんに引かれた数字だ。
結果、こんしまちゃんの手札は、四巡目と同じくキングの一枚となった。
谷高くんの七枚の手札から、黙って一枚を引く、こんしまちゃん……!
ジャックを引いた。
三枚捨てられ、ペアを作れない厄介なカードだ。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
ついに「やったかババ抜き」も六巡目。
ジャックをこんしまちゃんに引いてもらったものの、いまだに手札が六枚の谷高くん……。
やったか宣言には三回連続で失敗している。その精神は折れそうになっていた。
でも折れそうになっただけで、ポッキリ折れてしまうことはなかった。
そもそも一巡目では宣言を成功させている……この事実が彼の心をささえていたし――。
ババ抜きに参加しているほかの四人が、谷高くんをけっして笑ったりしなかったからだ。
なにより谷高くんは、今まで……やったかババ抜きを始める前から、「やったか」というフラグじみた口癖に悩まされてきた。
だから「今さら『やったか』と言って結局失敗したところで、それがどうした……! いつものことじゃないか」と思うことができたのだ。
不思議と、この感覚が――「あきらめ」じゃなくて、彼の心で一つのプライドのような形状を持ち始めた。
――「やったか」と言ったところでどうせ無駄……ではなく。
別に「やったか」と期待してもいいじゃないか……それで失敗してもダメで元々だし、成功すればうれしいし……なにより、そんな期待があるからこそ失敗の先にひときわ大きな成功をつかめるんじゃないのかと――そう、谷高くんは思ったのだ。
現在の絶望的な状況こそが、谷高くんに「やったか」という口癖を見つめなおすきっかけを与えたのだ……ッ!
「やったか」
弱すぎず、強すぎず、谷高くんは自身の口癖を口から発した。
手札の多い今は、むしろチャンス……!
谷高くんの手札内容は、六、八、十、クイーン、キング、ジョーカーの六枚。
矢良さんの三枚の手札からカードを引く。
そして谷高くんは、必ずこの「やったか」を成功させる。
「やった」
興奮しつつも、それを抑制した、ほどよい息と共にその言葉を出す谷高くん……。
引いたカードは、六である。やったか宣言が成功したのだ。
この勝利は、偶然じゃない。
谷高くんも、必ず勝てると分かっていた。
さっき、こんしまちゃんにジャックを引かれた。
こんしまちゃんの手札は二枚だから、あと一枚が不明……。
さらに谷高くんが引く前、矢良さんの手札は三枚だった。
つまり谷高くんの視点において、こんしまちゃんの一枚と矢良さんの三枚が不明のカードとなる。
結論から言ってしまえば、計四枚のなぞのカードの内訳は……谷高くんの持つ六、八、十、キングの四種以外にありえない。
ジャック、クイーン、ジョーカーについては、全体の手札で一枚ずつ存在する。
さっきジャックをこんしまちゃんが引いており、かつクイーンとジョーカーを谷高くんが保有している以上、それらのカードは不明の四枚のなかにはない。
かつ六、八、十、キングのカードは捨て札に二枚ずつ見えているので、谷高くん以外の手札に必ず一枚ずつ含まれていることになる。
したがって不明の四枚のカードは、六、八、十、キングで確定。
矢良さんの三枚の手札がそれらのいずれかであるならば――。
四種のカードすべてを持つ谷高くんは、矢良さんの手札からどのカードを引いたとしても、絶対にペアを作れる状況にあったのだ……ッ!
そうして谷高くんは、「やったか」宣言を成功させた。
六のペアを捨てる。宣言成功により、さらに一枚のカードを切る。
選ぶのは当然――もうペアを作れないクイーンのカード。
続いて、矢良さんがこんしまちゃんからカードを引く。
……「やったか」とは言えない。失敗すれば、こんしまちゃんの手札二枚をゼロにする結果になる。
もし、こんしまちゃんがジョーカーを持っていたら、不利な状況で谷高くんとの一騎打ちに臨まなければならなくなる。
引いたカードは、キング。
これで矢良さんの手札は八、十、キングの三枚。
一枚のジャックをかかえ、こんしまちゃんが谷高くんの手札から引く。
もちろん、ジャックは三枚捨てられているので、このターンでこんしまちゃんが勝利することは絶対にない。
十を引き、沈黙する。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
七巡目。
そろそろ「やったかババ抜き」も大詰めだ。
手札を確認すると――谷高くんと矢良さんが三枚、こんしまちゃんが二枚。
谷高くんが「やったか」と言って、矢良さんの手札から一枚引く。
しかし今度は、失敗した。
さっきこんしまちゃんに引かれた、十のカードを引いたのだ。
だけど谷高くんは、動じなかった。
ペナルティとして、矢良さんの手札からキングを引く。
こうして谷高くんの手札は八、十、キング、キング、ジョーカーの五枚となった。
ペアが残っていれば、次のターンの開始時にキングを捨てることになる。
矢良さんの手札は「八」の一枚。
こんしまちゃんから、ジャックを引く。
こんしまちゃんの手札も一枚だけど、その数字は十。
谷高くんの手札から引いたのは――八。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
――八巡目。
まず谷高くんが、前のターンのペナルティでそろえたキングのペアを捨てる。
手札には十とジョーカーの二枚が残った。
この状態で、矢良さんの二枚の手札から一枚引く。
なお、「やったか」とは言わなかった。
やはりジョーカーを自分が持っている以上、このまま矢良さんの手札をゼロにすれば、こんしまちゃんとの不利な一騎打ちに突入してしまう。
……谷高くんは、もう「やったか」という言葉を恐れない。
だけどそれはけっして、闇雲に言葉を使うという意味じゃない……。
引いたのは、ジャックだった。
三枚捨てられているためペアを作れないカードが、また戻ってきた。
そして、矢良さんが八のカードをこんしまちゃんから引いた。
これで八のペアを捨て、矢良さんの手札はゼロ。上がりである。
結局、ジョーカーとジャックをかかえたまま、谷高くんはこんしまちゃんとの一騎打ちに臨む……!
こんしまちゃんが谷高くんの手札から一枚引く。
それはジョーカーだった。ついに、ずっと谷高くんの手札に残り続けていたそのカードの位置が動いた。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
やったかババ抜き、九巡目――。
鵜狩くんと菖蒲さんと矢良さんが見守るなか、谷高くんとこんしまちゃんが最後の勝負に入る。
現在、谷高くんの手札は十とジャックの二枚。
かたや、こんしまちゃんは十とジョーカーを手札に持つ。
互いに、相手のカードは分かっている。
谷高くんが、こんしまちゃんの手札から一枚を引く。
ただし、「やったか」とは宣言しない。
もし宣言してジョーカーを引けばペナルティとしてもう一枚追加で引き、こんしまちゃんの手札をゼロにすることになるからだ。
宣言せずに十を引いた場合はジャックを自分から捨てられないが……次のこんしまちゃんのターンでその残り一枚をこんしまちゃん自身が引いてくれるので問題ない。
途中で互いのジャックとジョーカーが入れ替わる展開もあるかもしれない。
けれど引く順番の関係上、谷高くんが二枚のカードから十を引こうとする一方で、こんしまちゃんは三枚のカードから十を引かなければならない。
この時点で、こんしまちゃんは圧倒的に不利だった。
「しまった……!」
こんしまちゃんも自分の状況に気づいたけど――もう遅い。
最後は谷高くんが、あっさり十を引き――。
残った一枚のジャックをこんしまちゃんが引いて、幕引きとなった。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
というわけで、やったかババ抜きの敗者は、こんしまちゃんで決定した。
なお、もうそろそろ授業の時間なので、二回戦は無理そうだ。
でも鵜狩くんも菖蒲さんも矢良さんも谷高くんもこんしまちゃんも、「楽しかった」と口にした。
「みんな……ありがとう」
谷高くんが、こんしまちゃんたちに感謝する……。
「これのおかげで、僕も『やったか』って口癖を少し克服できた気がする。『やったか』って言いたいときはどんどん言っていいんだって思えた。……そして、言葉には使うべきときと、使うべきでないときの両方があるんだね。大切なのは……僕が自分の言葉を、自信をもって口にすることなんだ」
「そう……よかった。谷高くんは、自分で答えを見つけたんだ……」
こんしまちゃんが、自分の机の位置を戻しつつ、谷高くんにほほえみかける。
「それが谷高くんの、いい意味でのフラグになるといいね……」
「自分で、そうしていくよ」
「……そこは、『やったか』って言わないのかな」
「さすがに僕も、無理に口癖を使ったりしないって。せめてちょっと変えて、『勝った』とか?」
「勝った……? それもフラグなの?」
ここで、こんしまちゃんは記憶をたぐった。
そういえば……やったかババ抜きの初期手札が四枚になったとき、「勝った……!」と心で思ったような……。
あれが敗北フラグだったとすれば――。
「わああ……しまった」
実際にそうなったのだから、そう言わずにはいられない、こんしまちゃんであった……!
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:五回(累計十七回)