第三十九週 お返しすべきか迷ってしまった!(月曜日)
週に一回は「しまった」と口走るゆえに「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」の異名を持つ紺島みどりはこのあいだ彼氏の鵜狩慶輔くんからチョコをもらった。
だからお返ししたいなあとも思っている……っ!
鵜狩くんは「こんしまちゃんが一緒にいてくれるだけで……元気な姿を見せてくれるだけでも俺はうれしい」と言ってくれるけど……もらいっぱなしはこんしまちゃん的にもムズムズするのだ。
でも三月に入り、来週から学期末のテストもある。
今回こんしまちゃんはちょうどテスト勉強を始める前にとあるクラスメイトから相談を受けた。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
月曜日、天気はくもりの昼休み。
お弁当を食べ終わったあとこんしまちゃんは、ぷるっぷるの唇を持つクラスメイトの男の子から声をかけられた。
「こんしまちゃん、聞いてほしいことがあんだけど。ただの相談」
彼の名は和南統人くん。
二十八人いるクラスのなかで出席番号は二十八番……ッ!
「時間あっか? ほかにだれもいないとこで話したい」
「じゃ……場所を移そっか……」
ウェーブのかかったくせ毛をくしけずり、右前に立つ和南くんと目を合わせるこんしまちゃん。
しかし和南くんは少しためらって、こんしまちゃんの右隣の席を見た。
その席に、こんしまちゃんと付き合っている鵜狩慶輔くんがいる。現在鵜狩くんは上下を逆さまにした状態の本を読んでいる……! 表紙にタイトルが書かれている。宮沢賢治の作品集のようだ。
和南くんは目をしばたたいた。
「鵜狩もそれでいいか? オレ、こんしまちゃんと二人で話すつもりなんだが」
「いいと思う」
鵜狩くんはいったん本から目を離して和南くんを見上げた。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
というわけで和南統人くんとこんしまちゃんは校舎一階のはしっこに向かった。
そこにある階段の裏側は、だれも来ないスペースなのだ……ッ!
壁には物置の扉も取り付けられている。その扉の左側にこんしまちゃんが、右側に和南くんが背を預けた。
和南くんがあごを上げ、こんしまちゃんのほうを見ずに息をつく。
「このことは見藤にも相談してみたんだけどさ、どうせなら女子にも聞いて検討したほうがいいって言われた」
見藤くんもこんしまちゃんたちのクラスメイトの男の子だ。和南くんの友達でもある。
「つっても……この相談はほかのヤツらに聞かれたくねーし。だからって不用意に女子と二人きりになるのはワナじゃん? 変なウワサ立てられるじゃん? でもこんしまちゃんは鵜狩以外の男に対して恋愛的な興味がゼロだから……二人きりになってもだいじょうぶかなと」
「安心して……」
こんしまちゃんが右こぶしで自分の胸をたたく……っ!
「わたしは和南くんのこと……クライアントとして見るから……」
「カウンセラーみてーだな」
軽く和南くんは笑った。
ついで後頭部に両手を添え、目を細める。
「……バレンタインって土曜日であるべきだよな」
「どういうこと……?」
動揺するこんしまちゃん……っ!
和南くんは少しだけ首を左のこんしまちゃんに向ける。
「オレな、バレンタインの日は土日に重なってほしい派なんだよ」
「まあ……人によってはつらいイベントだからね……」
バレンタインの日が休みであれば、その日に登校しないで済む。
こんしまちゃんは和南くんのぷるっぷるの唇を見返す。その顔はとても美形である。確かに隣にいるのがこんしまちゃんでなければ、見た目だけで恋に落ちていたかもしれない……!
「といっても和南くんはモテるのでは……面倒見もいいし……」
和南くんもこんしまちゃんと同様、いろんな人と分け隔てなく接するタイプの一人だ。
ベタベタしすぎず、人と自分とのあいだに一定の距離を設けるところも似ている。
とくに和南くんはクラスメイトの流石星乃さんのことを気にかけている印象がある。
右利きでも左利きでも両利きでもない流石さんはタブレットとキーボードで授業を受け、先生の話をメモしたりしているんだけど……板書に絵が描かれた場合は少し苦労する。
タブレットには写真撮影の機能もあるが、盗撮防止のためか設定にかかわらず撮影時には必ず音が出るようになっているので流石さんは授業中に撮影機能を使うことがない。
そして途中で板書の絵が消された場合、その絵をノートに描いていた和南くんが授業のあとで流石さんに見せに来る。流石さんは休み時間のうちに、和南くんのノートの絵をパシャリと撮ってお礼を言う。
流石さんに対してだけでなく、和南くんはいつもそんな感じだ。学校を休みがちなクラスメイト、飯吉庚くんが登校してきたときも和南くんは自分から飯吉くんに授業のノートを見せる。飯吉くんが何度「いいよ……」とことわっても。
それでいて和南くんには下心がまったくない。
そんな和南くんがバレンタインをさけようとするのは、どうしてなのか。
「――お返しをするのが、どうも嫌なんだわ」
彼が背を預けている物置の扉がきしむ……っ!
「バレンタインが土曜日だったらチョコをもらう可能性が低くなって、お返しをせずに済む」
「そういう苦労もあるんだね……」
贅沢な悩みとツッコむこともできそうだけど……こんしまちゃんは傾聴を続ける。
和南くんが少し肩を上下させる。
「あと二月十四日のバレンタインが土曜日だったら三月十四日のホワイトデーも土曜日じゃん。ホワイトデーも休みなら、ますますお返しをさけやすい」
「え……そうなの……?」
こんしまちゃんは制服のポケットからスマートフォンを出し、カレンダーの画面をひらいた。
「ホントだ……今年の二月十四日も三月十四日もどっちも土曜日だね……でもなんで……?」
「二月は二十八日までしかないだろ?」
左ひじをゆらし、和南くんが答える。
「つまり一週間を四回くりかえしたあと三月になったらまた同じ曜日から始まることになんの。だから二月と三月の日にちと曜日は一致する」
「しまった……わたし、十六年間生きてきて全然気づいてなかった……」
こんしまちゃんが静かに驚がくした……ッ!
「だけどうるう年の場合は……?」
「そのときは三月の曜日が一つだけズレるんじゃね。たとえばうるう年の二月が日曜日から始まっていた場合、同じ年の三月は月曜日からになる。うるう年二月十四日土曜日にバレンタインがあったなら、三月十四日日曜日がホワイトデーにあたるな。ちなみに今から六年後と三十四年後のうるう年はそういう感じになる」
「なるほど……うるう年のバレンタインが日曜日だったら、ホワイトデーは月曜日になるんだ……そのことも考えて和南くんはバレンタインは土曜日がいいって思うんだね……」
「まあね。オレはホワイトデーも休みであってほしいから」
和南くんが右足のかかとでゆかをたたく。
「中三のとき……つまり去年、バレンタインとホワイトデーは金曜日だった。うるう年だった中二のときはバレンタインが水曜でホワイトデーが木曜日。中一ではどっちも火曜日。小六んときは月曜。小五ではバレンタインホワイトデーどっちも日曜。うるう年の小四はバレンタインが金曜で……ホワイトデーは何曜日だったか分かる?」
「一日ズレるから……土曜日かな……」
「そう。で、小三ではバレンタインもホワイトデーも木曜日。小二だと水曜。小一のときは火曜。うるう年にあたる幼稚園年長組のときはバレンタインが日曜でホワイトデーは……」
「月曜……!」
「あたり。そして年中組ではバレンタインとホワイトデーは土曜だったわけで……年少組では金曜。それ以前は記憶ねーわ」
「和南くんは……」
こんしまちゃんも右足をちょっと前に出して靴裏でゆかをこする……ッ!
「いつごろからバレンタインとホワイトデーを意識し始めたのかな……」
「バレンタインは年少組のころから。四歳のときだけどさ。同じ組の子がチョコっぽいのをくれたんだよ。ボロッボロのクッキーみたいなヤツ。そのときは『あー、おいしい』だけで終わった」
「でも年中さんのときは土曜日だったんだね……」
「まあ、そうだわな。だから年中んときはまったく意識しなかった。年長でもバレンタインが日曜だったから気にしないで済んだ。ただ……月曜のホワイトデーの日に同じ組の子が友達にキャンディを贈っているのは見たっけな」
後頭部に添えていた両手を下ろし、和南くんが軽く腕組みをする。
「といっても小学校に入ってからは、なんか妙にチョコもらうようになって……意味もよく分からず受け取ってたんだけど小三のときの三月十四日……『なんでお返ししてくれないの?』って隣のクラスの子から詰め寄られてさ。ここで明確にホワイトデーというものを意識した」
あごを引き、伏し目がちになる。
「次の年ではバレンタインが金曜だった。でもうるう年だった。オレはホワイトデーが土曜ってことで喜んだ。休みだからお返しをスルーしてもだいじょうぶだろうって。こんしまちゃんはオレのことを面倒見がいいって言ってくれてるけど、実際は面倒ごとをさけるようなヤツだし、オレ」
「……四年生のときなんだよね。和南くん自身は安心できてた……?」
「それが、三月十六日月曜日に何食わぬ顔で一日を過ごしたら……次の日、チョコをくれた子のうちの一人が泣いてしまって」
「……だから和南くんは」
こんしまちゃんがスマートフォンを制服のポケットにしまいなおす……ッ!
「バレンタインのお返しについて、思うところがあるんだね……」
「うん」
階段裏のため斜めになっている天井を、和南くんが見上げる。
「そして小五ではバレンタインもホワイトデーもどっちも日曜だったけど、オレはそのときホッとした。チョコをもらわずに済むし、そのお返しもしないで済むから」
もしかしたらその前後の日やバレンタイン当日の休みの日にチョコをくれた人もいたかもしれないけれど、そのことについて和南くんは言及しなかった。
「で……小六になってオレはチョコをくれた人全員にお菓子を返してみた。だけど……正直オレ、チョコをくれた人の気持ちが分からないし……そんなことも理解していないのにただ機械的に作業的にお返しをばらまくのが非常にキツかった。帰ってから、その日の給食全部はいたわ」
いったん唇を引き結び、そう言った。
「だから中学では、そもそもチョコを受け取らないようにした。同性からのチョコも異性からのチョコも。受け取れば、ホワイトデーに返さないのは不誠実。でもオレにとってお返しするのは苦痛でしかねーんだわ。だったら、最初からすべて拒否るしかないっつーか」
「中学校三年間では……バレンタインもホワイトデーも平日だったね……」
こんしまちゃんが、左右の手をからませて前方に伸ばす……っ!
「ことわるのも……苦しいよね……」
「まあ、あとで刺されることを覚悟してことわってる」
唇をワナワナさせる和南くん。
両腕を引き戻し、こんしまちゃんが質問する。
「ただ……今年はバレンタインもホワイトデーも土曜日だよね……しかも、たとえバレンタインの前後や当日にチョコを渡されても和南くんはことわるようにしてる……だったらそのお返しについてわたしに相談を持ちかけたのはどうしてなの……」
「なぜかことわれなかったのが一つあって」
和南くんが声を抑える。
「流石が二月十六日の月曜日に市販のチョコを渡してくれたんだよ。砕いたアーモンド混ぜたヤツ。『はい、和南くん。わたし、手作りチョコとかうまく作れないからごめんね』とか言って」
「もしかして和南くんは流石さんが気になるの……?」
こんしまちゃんはやんわりとした調子で質問を重ねた。なお流石さんは、義理チョコとかをばらまくタイプではない。
対する和南くんは小さく首を横に振る。
「分かんね。これに関しては、お返しが嫌ともハッキリ言えないし。ただ……手作りだったら絶対に受け取らなかったと思う」
右手で自分の頭をコツコツたたく。
「オレは……返すべきなんだろうか」
それが、和南くんの相談内容の核心のようだ。
「すでにオレが相談した見藤は『返す義務はない。でも最終的には和南が決めろ』って言ってくれてんだよな。だけどチョコの意味とか恋愛感情とかも全然分からないオレが、いっちょまえに理解したフリをして返すのは……やっぱりキツいわ」
「わたしも見藤くんと同じで……ホワイトデーのお返しを無理にやることはないと思うよ……」
ちなみにこんしまちゃんは「流石さんも分かってくれるはず……」と付け加えようとしたが、やめた。
本人の意思も確認せず断言してはいけないと考えなおしたからだ。
「……和南くんは、返すとしたらどんなものを贈りたい……?」
「それは順序が逆なんじゃねえの」
やや背中を丸める和南くん……!
「贈るかどうか決めたあと、具体的になにを贈るか決めるのが普通っつーか」
「そうかなあ……具体的になにを贈るか決めたあと、それを贈るかどうかを決めてもいいんじゃない……? だって、贈る物が分からなかったらその贈り物自体がいいか悪いか分かんないから……」
「ああ、そう考えることもできっか……思えば具体的なイメージもせず返すか返さないか考えていたのはワナだったかもな」
体を左右にゆらし、うなる。
「うーん、蝶が言ってたけど流石ってマンガが好きなんだよな」
蝶とは、クラスメイトの女の子の蝶ひなぎくさんのことだ。アニメ好きの蝶さんとマンガ好きの流石さんは仲がいい。
こんしまちゃんが手をたたいて提案する……ッ!
「ホワイトデーのお返しはお菓子以外の場合もあるみたいだし、だったらマンガを贈るのがよさそうだね……」
「いや、それ正解に見えてワナじゃん。流石の持っているぶんとかぶったら意味ねーし、逆に全然かぶってなくても流石の趣味のマンガじゃなかったらお返しにならない」
「しまった」
思わず、こんしまちゃんの背中も丸まる……。
ここで和南くんが背筋を伸ばす……っ!
「あ、そういえば勢からちょろっと聞いたことがある。流石はプラネタリウムが好きだとか」
勢とは、頭のアホ毛が特徴的なクラスメイト――勢さくらさんのことだ……!
「となるとお返しするとしたらプラネタリウムのチケットか」
「ペアチケット……?」
「いや一人用。いくらお返しでもペアは怖いわ」
「しまった……ごめんね」
「いや、いいって。むしろいろいろ考えてくれてありがとう」
和南くんが「むう~っ」とうなる。
「じゃあ流石にプラネタリウムのチケをお返しとして渡すかどうか。とはいえオレ自身がバレンタインやホワイトデーの趣旨を理解しきれていない状態でそれを贈るのは、やっぱなんか相手をだましているみたいで。はは、オレ……言い訳や自分のことばっかだな」
「その気持ちも一緒に伝えてみたら……? それなら作業感も薄れるかも……」
「……考えてみる」
それから和南くんは両手を顔の前に持ち上げた。
「あとは流石のくれた市販のアーモンドチョコとプラネタリウムのチケの価値が釣り合うかが気になんな」
「プラネタリウムのチケットの価格もピンからキリまであるだろうけど……」
こんしまちゃんも両手を小さく挙げて指を折る。
「流石さんのくれたチョコは高級そうなヤツだったの……?」
「そこらへんはオレ、意識してない。人のくれたものの値段とかをいちいち考えるの好きじゃねーし。ただ流石視点だとそのチョコよりも高価なチケをオレから渡されたらなんか怖いし、かといって自分のやったチョコ未満のチケを受け取っても『はあ?』って感じだよな」
「ならちょっとゲームしようか……和南くん……」
左手を背中に回し、右にいる和南くんに体をかたむけるこんしまちゃん……っ!
「名づけてお返しピッタリゲーム……っ!」
さらに右手でVサインを作る。
「今、和南くんに見せているわたしの指の本数は『二』だね……この本数は、和南くんが認識する、和南くん自身が受け取った贈り物の価値を示す……」
「だったらオレは」
和南くんが左手でVサインを返す。
「それと等価の二本の価値を返せばいいってことか」
「ところが……」
こんしまちゃんが、背中に回した左手と接続するその肩をくいくい動かす……!
「贈り物をしたわたし自身はその価値を違う数値で評価している可能性がある……。背中に隠した左手がその価値と同等の指を立てているの……」
「つまりオレは、オレの認識する価値の本数じゃなくてその隠された評価に見合う本数を返す必要があるわけだな」
いったん和南くんが、左手のVサインを引っ込める。
「それより大きくても小さくてもアウト」
「飲み込みが早いね……ゲームの参加プレイヤーは贈る側と返す側を交互に担当する……そして返す側として、隠された相手の指の本数により近い本数を提示できたほうが勝利する過酷なゲーム……っ!」
「へえ。明示されるワナの手に惑わされないようにしながら本当の価値を言い当てるゲームね。いいよ、やろう」
自分の左手の平を見つめる和南くん……!
「ただ、一個だけ欠陥があんな。隠したほうの指の本数は、自分の都合のいいタイミングでいつでも変更できんじゃね?」
「しまった……だったら不正ができないようスマートフォンのメモアプリを使おっか……?」
「いや、オレはこんしまちゃんを信用する」
「わたしも和南くんを信じてるよ……」
そしてこんしまちゃんが左手を背中に隠したまま右手のVサインを和南くんに近づける。
「ともあれ和南くんは贈り物をもらった……それを和南くんは指二本の価値で評価した……けれどわたしは隠した左手でその贈り物について独自に評価を下している……それとピッタリ見合うお返しができれば大優勝……!」
「それなら」
和南くんが左手の指を立てる。
本数は……人差し指と中指と薬指の三本……ッ!
「これじゃね?」
「すごいね……」
静かにこんしまちゃんが、背中に回していた左手をさらす。
左手は和南くんのそれと同じ三本の指を立てていた……!
「お返しピッタリ大優勝だよ……どうやって推理したの……?」
「ゲームの性質上、『三』を指定するのが一番無難だから」
「へ……?」
「この『お返しピッタリゲーム』は数を当てるゲーム。そして相手の隠した指の本数から離れているほど勝利から遠のくルールでもあるよな。片手の指が五本である以上、使える数はゼロから五の六つ。その中間を指定すれば外しても最高『三』の差で済むだろ」
「た、確かに……だけどそれなら『二』を指定してもよかったはず……」
「それも考えた。といってもこんしまちゃんは公開情報である右手で二本の指を立てていた。しょっぱなからその右手と左手を同じ数でそろえるはずがない――オレはそう予想したんだよ」
「しまった……わたしのブラフもへたぴっぴだったね……」
こんしまちゃんがほほえんで、左右の手の指をふにゃあ~っと曲げる……っ!
続いて和南くんが右手を背中に隠し、左手を五本立てた。
「さて今度はこんしまちゃんの番。五本指と同等の贈り物を受け取ったと感じたこんしまちゃんは、どれだけ返す?」
「ふ……お見通しだよ和南くん……!」
したり顔でこんしまちゃんが右手でパーを出す……ッ!
「和南くんはこう考えたはず……さっきの話を聞いたわたしは無難な『二』か『三』を指定すると……っ! だから和南くんはそれら以外の『ゼロ』か『一』か『四』か『五』を隠している……。さらに『しょっぱなから右手と左手を同じ数でそろえるはずがない』という発言……。これも誘導……っ! そのブラフの手と隠された手は一致しないと印象づけるための作戦……! ここまで看破したわたしは……今の和南くんが提示している五本指と隠された右手の指の本数は完全に同じと推理したんだ……っ」
「そりゃ合ってるわ、こんしまちゃん」
背中に回した右手を、すうーっと引き抜く和南くん。
「――途中までは」
「む……?」
見ると、和南くんの隠されていた右手はグーだった。
つまり、その数はゼロ。こんしまちゃんは実際の価値から『五』も離れた数を指定してしまったわけだ。過剰なお返しをしてしまったも同然である……ッ!
「しまった……ワナにすっぽりハマっちゃった……」
「二か三以外の本数を立てているってとこまでは合ってたんだけど、そのあとは考えすぎなんだわ」
「わたし……お返しズレズレ大敗北だね……」
とはいえこんしまちゃんは負けてなお、なんかうれしそうだった。
ま、こんな感じで……お返しピッタリゲームはこんしまちゃんの完敗に終わったのだ。
それからこんしまちゃんは両手をぶらぶらさせて聞く。
「どうして和南くんはパーを見せつつ、グーを隠してたの……」
「さっきのに戦略とかはねーわな。オレは嫁田じゃないし」
ゲームの得意な嫁田くんの名前を出したあと、和南くんが左手をグーやパーのかたちにする……!
「完全にオレの認識だっての。さっきのが」
「嫁田くん自身は五本の指の価値のものを……流石さんからもらったと思っているんだね……」
「正確に言うと、価値を感じているから五本指にしたんじゃない。価値が分からないからカンストしたかたちで評価するしかねーって感じ。少なくとも価値がゼロじゃないって信じたいならそれを『上限いっぱい』と仮定する以外に手がない」
「なら隠された手をグーにしたのは……?」
「立てる指をゼロにしたのは、オレが怖がってるから。流石がとくに考えもせず適当にチョコをくれたとすれば、お返し自体が確実にドン引きされる……いや、ちげーか。そう断定することでオレが流石から逃げようとしてんだな。流石自身のチョコ評価が分かんねえから今度は下限のほうにカンストさせて……『あんなこと、なんでもなかった』と納得してオレが傷つかないようにしてる」
「和南くん……」
「だけどその認識も」
また左手をパーにひらいて右手をグーに閉じる。
両手をパチンとぶつけ合わせる。
「どっちも……オレの勝手な思い込みなんだよな。実際の価値は、合わせてみないと分からねえってか」
物置の扉から、和南くんが背中を離す。
「ゲームも役に立ったよ。ありがとな、こんしまちゃん。とりあえずオレは……無難な本数で勝負してみる」
「無難な道も一つじゃない……」
右手でVサインを作りつつ、左手の指を三本立てるこんしまちゃん。
「……『二』と『三』のどっちにするのかな……」
「そこは『三』で」
和南くんの左手の親指と小指が折れ、右手の人差し指と中指と薬指が立つ。
「ホワイトデーは三月だからな」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
こんしまちゃんは和南統人くんの決意を見届けた。
そんな彼に触発されながら、こんしまちゃんは学期末テストが終わった週の金曜日に彼氏の鵜狩慶輔くんへと青いブックカバーを贈った。
鵜狩くんはそのブックカバーを喜んで本につけ、また上下逆さまにしてそれを読むのだった。
で、和南くんは三月十六日の月曜日になって流石星乃さんにプラネタリウムのチケットを渡した。
教室から出て廊下のはしに寄り、和南くんがぎこちなく言葉をついでいく。
「オレ……バレンタインとかホワイトデーとかに関して実際はよく意味が理解できてない。だから流石がチョコをくれた理由もオレがそれを受け取った意味もこうしてなにかを返す意味も分かんねえんだわ」
ぷるっぷるの唇を振動させて続ける。
「それでもオレは流石が選んでくれたチョコを受け取りたいと思ったし、それはうまかったし……流石になんか返してえと思った。それだけは本当だから……チョコ、ありがとう。チケット、もらってほしい」
「ありがとう、和南くん」
流石さんはほっそりとしたきれいな指を伸ばし、両手でチケットを受け取った。
チケットの値段も確認する。
「……少し高いね」
「わりい」
和南くんがうつむく。
そんな彼に流石さんはまばたきを返す。
「悪くないよ」
両手に持ったチケットを流石さんは自分の胸に当てた。
「やりすぎたら、わたしがそのぶん返すから。足りなかったら、もう一度なにかすればいい。贈ったものとまったく等価のものを返すことなんて人にはできない。でもピッタリ同じものを返したら、その時点でつながりはなくなる。みんな余計に返したり、あるいは全部を返せなかったりするんだ。その差をうめようとし続けるから人はずっと人と一緒にいられるんだね」
「……流石」
正直なところ、和南くんは流石さんがなにを言っているのか理解しきれなかった。
それでも……直感的に分かった。
人は人との距離を測る際に、わざと自分をさらけ出して相手を試すことがある。
和南くんはなにか言葉を返そうと思った。
いや……返すべきか返すべきかより、返したい言葉が先に頭に思い浮かんだ。
「お返し、受け取ってくれてうれしい。オレも、はかないで済みそう」
「はく?」
「小六んときホワイトデーのお返しをしたあと、オレ給食はいたんだよ」
「意外だね」
ついで流石さんは斜めに踏み出し、和南くんの左肩と自分の左肩をこすれ合わせた。
「よかったら和南くん、今度二人でプラネタリウム行こっか。和南くんがくれたチケットのプラネタリウムの感想は、そのとき聞かせるよ」
「いいけど……いいのか?」
和南くんはとくに流石さんを拒絶せずに視線を左にやった。
流石さんはあらためてチケットを見る。
「問題ないって。わたしが連れていくのは」
さらに彼女は、迷わず和南くんに視線を返した。
「やっすいとこだから」
すでにチケットを制服にしまっていた流石さんは、右手の人差し指で自分の唇を軽く押さえた。
その指は、だれよりもきれいでほっそりしていた。
和南くんはその流石さんの姿に、これ以上の言葉を返すことができなかった。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:六回(累計百六十七回)
次回「第四十週 同じ年をくりかえすのはなぜか議論してしまった!(金曜日)」に続く!(三月十三日(金)午後七時ごろ更新)
評価やブックマーク等も大変励みになります。
それにしても人の気持ちって複雑なのか単純なのかよく分からないところがありますね~。




