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第三十九週 お返しすべきか迷ってしまった!(月曜日)

 週に一回(いっかい)は「しまった」と口走(くちばし)るゆえに「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」の異名(いみょう)を持つ紺島(こんしま)みどりはこのあいだ彼氏(かれし)鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんからチョコをもらった。


 だからお返ししたいなあとも思っている……っ!


 鵜狩くんは「こんしまちゃんが一緒(いっしょ)にいてくれるだけで……元気な姿を見せてくれるだけでも(おれ)はうれしい」と言ってくれるけど……もらいっぱなしはこんしまちゃん的にもムズムズするのだ。


 でも三月(さんがつ)(はい)り、来週から学期末のテストもある。

 今回こんしまちゃんはちょうどテスト勉強を始める前にとあるクラスメイトから相談を受けた。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 月曜日、天気はくもりの昼休み。

 お弁当を食べ終わったあとこんしまちゃんは、ぷるっぷるの(くちびる)を持つクラスメイトの男の子から声をかけられた。


「こんしまちゃん、聞いてほしいことがあんだけど。ただの相談」


 (かれ)の名は和南(わなん)統人(とうと)くん。

 二十八人いるクラスのなかで出席番号は二十八番……ッ!


「時間あっか? ほかにだれもいないとこで(はな)したい」

「じゃ……場所を(うつ)そっか……」


 ウェーブのかかったくせ()をくしけずり、右前に立つ和南(わなん)くんと目を合わせるこんしまちゃん。


 しかし和南くんは少しためらって、こんしまちゃんの右隣(みぎどなり)の席を見た。

 その席に、こんしまちゃんと付き合っている鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんがいる。現在鵜狩(うかり)くんは上下(じょうげ)を逆さまにした状態の本を読んでいる……! 表紙にタイトルが書かれている。宮沢(みやざわ)賢治(けんじ)の作品集のようだ。


 和南(わなん)くんは目をしばたたいた。


鵜狩(うかり)もそれでいいか? オレ、こんしまちゃんと二人(ふたり)で話すつもりなんだが」

「いいと思う」


 鵜狩くんはいったん本から目を(はな)して和南くんを見上げた。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 というわけで和南(わなん)統人(とうと)くんとこんしまちゃんは校舎一階(いっかい)のはしっこに向かった。


 そこにある階段の裏側は、だれも来ないスペースなのだ……ッ!

 (かべ)には物置の(とびら)も取り付けられている。その扉の左側にこんしまちゃんが、右側に和南(わなん)くんが背を預けた。


 和南くんがあごを上げ、こんしまちゃんのほうを見ずに息をつく。


「このことは見藤(けんとう)にも相談してみたんだけどさ、どうせなら女子にも聞いて検討(けんとう)したほうがいいって言われた」


 見藤くんもこんしまちゃんたちのクラスメイトの男の子だ。和南くんの友達でもある。


「つっても……この相談はほかのヤツらに聞かれたくねーし。だからって不用意に女子と二人(ふたり)きりになるのはワナじゃん? 変なウワサ立てられるじゃん? でもこんしまちゃんは鵜狩以外の男に対して恋愛的(れんあいてき)な興味がゼロだから……二人きりになってもだいじょうぶかなと」

「安心して……」


 こんしまちゃんが右こぶしで自分の胸をたたく……っ!


「わたしは和南(わなん)くんのこと……クライアントとして見るから……」

「カウンセラーみてーだな」


 軽く和南くんは笑った。

 ついで後頭部に両手を()え、目を細める。


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どういうこと……?」


 動揺(どうよう)するこんしまちゃん……っ!

 和南くんは少しだけ首を左のこんしまちゃんに向ける。


「オレな、バレンタインの日は土日に重なってほしい()なんだよ」

「まあ……人によってはつらいイベントだからね……」


 バレンタインの日が休みであれば、その日に登校しないで済む。

 こんしまちゃんは和南くんのぷるっぷるの唇を見返す。その顔はとても美形である。確かに(となり)にいるのがこんしまちゃんでなければ、見た目だけで(こい)に落ちていたかもしれない……!


「といっても和南くんはモテるのでは……面倒見(めんどうみ)もいいし……」


 和南くんもこんしまちゃんと同様、いろんな人と分け(へだ)てなく接するタイプの一人(ひとり)だ。

 ベタベタしすぎず、人と自分とのあいだに一定(いってい)距離(きょり)を設けるところも似ている。


 とくに和南くんはクラスメイトの流石(さすが)星乃(ほしの)さんのことを気にかけている印象がある。


 右利(みぎき)きでも左利(ひだりき)きでも両利(りょうき)きでもない流石(さすが)さんはタブレットとキーボードで授業を受け、先生の話をメモしたりしているんだけど……板書に絵が()かれた場合は少し苦労する。

 タブレットには写真撮影(さつえい)の機能もあるが、盗撮(とうさつ)防止のためか設定にかかわらず撮影時には必ず(おと)が出るようになっているので流石さんは授業中に撮影機能を使うことがない。


 そして途中(とちゅう)で板書の絵が消された場合、その絵をノートに()いていた和南くんが授業のあとで流石さんに見せに来る。流石さんは休み時間のうちに、和南くんのノートの絵をパシャリと()ってお礼を言う。


 流石さんに対してだけでなく、和南くんはいつもそんな感じだ。学校を休みがちなクラスメイト、飯吉(いいよし)(かのえ)くんが登校してきたときも和南くんは自分から飯吉(いいよし)くんに授業のノートを見せる。飯吉くんが何度「いいよ……」とことわっても。


 それでいて和南くんには下心(したごころ)がまったくない。

 そんな和南くんがバレンタインをさけようとするのは、どうしてなのか。


「――お返しをするのが、どうも(いや)なんだわ」


 (かれ)が背を預けている物置の扉がきしむ……っ!


「バレンタインが土曜日だったらチョコをもらう可能性が低くなって、お返しをせずに済む」

「そういう苦労もあるんだね……」


 贅沢(ぜいたく)(なや)みとツッコむこともできそうだけど……こんしまちゃんは傾聴(けいちょう)を続ける。


 和南くんが少し(かた)上下(じょうげ)させる。


「あと二月十四日のバレンタインが土曜日だったら三月十四日のホワイトデーも土曜日じゃん。ホワイトデーも休みなら、ますますお返しをさけやすい」

「え……そうなの……?」


 こんしまちゃんは制服のポケットからスマートフォンを出し、カレンダーの画面をひらいた。


「ホントだ……今年(ことし)の二月十四日も三月十四日もどっちも土曜日だね……でもなんで……?」

「二月は二十八日までしかないだろ?」


 左ひじをゆらし、和南くんが答える。


「つまり一週間(いっしゅうかん)を四回くりかえしたあと三月になったらまた同じ曜日から始まることになんの。だから二月と三月の日にちと曜日は一致(いっち)する」

「しまった……わたし、十六年間()きてきて全然気づいてなかった……」


 こんしまちゃんが静かに(きょう)がくした……ッ!


「だけどうるう(どし)の場合は……?」

「そのときは三月の曜日が(ひと)つだけズレるんじゃね。たとえばうるう年の二月が日曜日から始まっていた場合、同じ年の三月は月曜日からになる。うるう年二月十四日土曜日にバレンタインがあったなら、三月十四日日曜日がホワイトデーにあたるな。ちなみに今から六年後と三十四年後のうるう年はそういう感じになる」


「なるほど……うるう年のバレンタインが日曜日だったら、ホワイトデーは月曜日になるんだ……そのことも考えて和南くんはバレンタインは土曜日がいいって思うんだね……」

「まあね。オレはホワイトデーも休みであってほしいから」


 和南くんが右足のかかとでゆかをたたく。


「中三のとき……つまり去年、バレンタインとホワイトデーは金曜日だった。うるう年だった中二のときはバレンタインが水曜でホワイトデーが木曜日。中一ではどっちも火曜日。小六んときは月曜。小五ではバレンタインホワイトデーどっちも日曜。うるう年の小四はバレンタインが金曜で……ホワイトデーは何曜日だったか分かる?」

「一日ズレるから……土曜日かな……」


「そう。で、小三ではバレンタインもホワイトデーも木曜日。小二だと水曜。小一のときは火曜。うるう年にあたる幼稚園(ようちえん)年長組のときはバレンタインが日曜でホワイトデーは……」

「月曜……!」


「あたり。そして年中(ねんちゅう)組ではバレンタインとホワイトデーは土曜だったわけで……年少組では金曜。それ以前は記憶(きおく)ねーわ」

「和南くんは……」


 こんしまちゃんも右足をちょっと前に出して靴裏(くつうら)でゆかをこする……ッ!


「いつごろからバレンタインとホワイトデーを意識し始めたのかな……」

「バレンタインは年少組のころから。四(さい)のときだけどさ。同じ組の子がチョコっぽいのをくれたんだよ。ボロッボロのクッキーみたいなヤツ。そのときは『あー、おいしい』だけで終わった」


「でも年中(ねんちゅう)さんのときは土曜日だったんだね……」

「まあ、そうだわな。だから年中(ねんちゅう)んときはまったく意識しなかった。年長でもバレンタインが日曜だったから気にしないで済んだ。ただ……月曜のホワイトデーの日に同じ組の子が友達にキャンディを(おく)っているのは見たっけな」


 後頭部に添えていた両手を下ろし、和南くんが軽く腕組みをする。


「といっても小学校に(はい)ってからは、なんか(みょう)にチョコもらうようになって……意味もよく分からず受け取ってたんだけど小三のときの三月十四日……『なんでお返ししてくれないの?』って隣のクラスの子から()め寄られてさ。ここで明確にホワイトデーというものを意識した」


 あごを引き、()し目がちになる。


「次の年ではバレンタインが金曜だった。でもうるう年だった。オレはホワイトデーが土曜ってことで喜んだ。休みだからお返しをスルーしてもだいじょうぶだろうって。こんしまちゃんはオレのことを面倒見がいいって言ってくれてるけど、実際は面倒ごとをさけるようなヤツだし、オレ」

「……四年生のときなんだよね。和南くん自身は安心できてた……?」


「それが、三月十六日月曜日に何食(なにく)わぬ顔で一日(いちにち)()ごしたら……次の日、チョコをくれた子のうちの一人(ひとり)が泣いてしまって」

「……だから和南くんは」


 こんしまちゃんがスマートフォンを制服のポケットにしまいなおす……ッ!


「バレンタインのお返しについて、思うところがあるんだね……」

「うん」


 階段裏のため(なな)めになっている天井(てんじょう)を、和南くんが見上げる。


「そして小五ではバレンタインもホワイトデーもどっちも日曜だったけど、オレはそのときホッとした。チョコをもらわずに済むし、そのお返しもしないで済むから」


 もしかしたらその前後の日やバレンタイン当日の休みの日にチョコをくれた人もいたかもしれないけれど、そのことについて和南くんは言及(げんきゅう)しなかった。


「で……小六になってオレはチョコをくれた人全員(ぜんいん)にお菓子(かし)を返してみた。だけど……正直オレ、チョコをくれた人の気持ちが分からないし……そんなことも理解していないのにただ機械的に作業的にお返しをばらまくのが非常にキツかった。帰ってから、その日の給食全部()()()わ」


 いったん唇を引き結び、そう言った。


「だから中学では、そもそもチョコを受け取らないようにした。同性からのチョコも異性からのチョコも。受け取れば、ホワイトデーに返さないのは不誠実。でもオレにとってお返しするのは苦痛でしかねーんだわ。だったら、最初からすべて拒否(きょひ)るしかないっつーか」

「中学校三年間では……バレンタインもホワイトデーも平日だったね……」


 こんしまちゃんが、左右の手をからませて前方に()ばす……っ!


「ことわるのも……(くる)しいよね……」

「まあ、あとで()されることを覚悟(かくご)してことわってる」


 唇をワナワナさせる和南くん。

 両腕を引き戻し、こんしまちゃんが質問する。


「ただ……今年(ことし)はバレンタインもホワイトデーも土曜日だよね……しかも、たとえバレンタインの前後や当日にチョコを(わた)されても和南(わなん)くんはことわるようにしてる……だったらそのお返しについてわたしに相談を持ちかけたのはどうしてなの……」

「なぜかことわれなかったのが(ひと)つあって」


 和南くんが声を(おさ)える。


流石(さすが)が二月十六日の月曜日に市販(しはん)のチョコを渡してくれたんだよ。(くだ)いたアーモンド混ぜたヤツ。『はい、和南くん。わたし、手作りチョコとかうまく作れないからごめんね』とか言って」

「もしかして和南くんは流石さんが気になるの……?」


 こんしまちゃんはやんわりとした調子で質問を重ねた。なお流石さんは、義理チョコとかをばらまくタイプではない。


 対する和南くんは小さく首を横に振る。


()かんね。これに関しては、お返しが嫌ともハッキリ言えないし。ただ……手作りだったら絶対に受け取らなかったと思う」


 右手で自分の頭をコツコツたたく。


「オレは……返すべきなんだろうか」


 それが、和南くんの相談内容の核心のようだ。


「すでにオレが相談した見藤(けんとう)は『返す義務はない。でも最終的には和南が決めろ』って言ってくれてんだよな。だけどチョコの意味とか恋愛感情とかも全然分からないオレが、いっちょまえに理解したフリをして返すのは……やっぱりキツいわ」

「わたしも見藤くんと同じで……ホワイトデーのお返しを無理にやることはないと思うよ……」


 ちなみにこんしまちゃんは「流石(さすが)さんも分かってくれるはず……」と付け加えようとしたが、やめた。

 本人の意思も確認せず断言してはいけないと考えなおしたからだ。


「……和南くんは、返すとしたらどんなものを贈りたい……?」

「それは順序が逆なんじゃねえの」


 やや背中を丸める和南くん……!


「贈るかどうか決めたあと、具体的になにを贈るか決めるのが普通っつーか」

「そうかなあ……具体的になにを贈るか決めたあと、それを贈るかどうかを決めてもいいんじゃない……? だって、贈る物が分からなかったらその贈り物自体がいいか悪いか分かんないから……」

「ああ、そう考えることもできっか……思えば具体的なイメージもせず返すか返さないか考えていたのはワナだったかもな」


 体を左右にゆらし、うなる。


「うーん、(ちょう)が言ってたけど流石(さすが)ってマンガが好きなんだよな」


 蝶とは、クラスメイトの女の子の(ちょう)ひなぎくさんのことだ。アニメ()きの蝶さんとマンガ()きの流石さんは仲がいい。


 こんしまちゃんが手をたたいて提案する……ッ!


「ホワイトデーのお返しはお菓子以外の場合もあるみたいだし、だったらマンガを贈るのがよさそうだね……」

「いや、それ正解に()えてワナじゃん。流石の持っているぶんとかぶったら意味ねーし、逆に全然かぶってなくても流石の趣味のマンガじゃなかったらお返しにならない」

「しまった」


 思わず、こんしまちゃんの背中も丸まる……。

 ここで和南くんが背筋を伸ばす……っ!


「あ、そういえば(いきおい)からちょろっと聞いたことがある。流石はプラネタリウムが好きだとか」


 (いきおい)とは、頭のアホ()特徴的(とくちょうてき)なクラスメイト――(いきおい)さくらさんのことだ……!


「となるとお返しするとしたらプラネタリウムのチケットか」

「ペアチケット……?」


「いや一人用(ひとりよう)。いくらお返しでもペアは(こわ)いわ」

「しまった……ごめんね」

「いや、いいって。むしろいろいろ考えてくれてありがとう」


 和南くんが「むう~っ」とうなる。


「じゃあ流石にプラネタリウムのチケをお返しとして渡すかどうか。とはいえオレ自身がバレンタインやホワイトデーの趣旨(しゅし)を理解しきれていない状態でそれを贈るのは、やっぱなんか相手をだましているみたいで。はは、オレ……言い訳や自分のことばっかだな」

「その気持ちも一緒(いっしょ)に伝えてみたら……? それなら作業感も(うす)れるかも……」

「……考えてみる」


 それから和南くんは両手を顔の前に持ち上げた。


「あとは流石のくれた市販のアーモンドチョコとプラネタリウムのチケの価値が()り合うかが気になんな」

「プラネタリウムのチケットの価格もピンからキリまであるだろうけど……」


 こんしまちゃんも両手を小さく挙げて指を折る。


「流石さんのくれたチョコは高級そうなヤツだったの……?」

「そこらへんはオレ、意識してない。人のくれたものの値段とかをいちいち考えるの好きじゃねーし。ただ流石視点だとそのチョコよりも高価なチケをオレから渡されたらなんか怖いし、かといって自分のやったチョコ未満のチケを受け取っても『はあ?』って感じだよな」

「ならちょっとゲームしようか……和南くん……」


 左手を背中に回し、右にいる和南くんに体をかたむけるこんしまちゃん……っ!


「名づけてお返しピッタリゲーム……っ!」


 さらに右手で(ブイ)サインを作る。


「今、和南くんに見せているわたしの指の本数は『()』だね……この本数は、和南くんが認識する、和南くん自身が受け取った贈り物の価値を示す……」

「だったらオレは」


 和南くんが左手でVサインを返す。


「それと等価の二本の価値を返せばいいってことか」

「ところが……」


 こんしまちゃんが、背中に回した左手と接続するその肩をくいくい動かす……!


「贈り物をしたわたし自身はその価値を(ちが)う数値で評価している可能性がある……。背中に(かく)した左手がその価値と同等の指を立てているの……」

「つまりオレは、オレの認識する価値の本数じゃなくてその隠された評価に見合う本数を返す必要があるわけだな」


 いったん和南くんが、左手のVサインを引っ込める。


「それより大きくても小さくてもアウト」

「飲み込みが早いね……ゲームの参加プレイヤーは贈る(がわ)と返す側を交互(こうご)に担当する……そして返す側として、隠された相手の指の本数に()()()()本数を提示できたほうが勝利する過酷(かこく)なゲーム……っ!」

「へえ。明示されるワナの手に(まど)わされないようにしながら本当の価値を言い当てるゲームね。いいよ、やろう」


 自分の左手の平を見つめる和南くん……!


「ただ、一個(いっこ)だけ欠陥(けっかん)があんな。隠したほうの指の本数は、自分の都合のいいタイミングでいつでも変更(へんこう)できんじゃね?」

「しまった……だったら不正ができないようスマートフォンのメモアプリを使おっか……?」


「いや、オレはこんしまちゃんを信用する」

「わたしも和南くんを信じてるよ……」


 そしてこんしまちゃんが左手を背中に隠したまま右手のVサインを和南くんに近づける。


「ともあれ和南くんは贈り物をもらった……それを和南くんは指二本の価値で評価した……けれどわたしは隠した左手でその贈り物について独自に評価を(くだ)している……それとピッタリ見合うお返しができれば大優勝(だいゆうしょう)……!」

「それなら」


 和南くんが左手の指を立てる。

 本数は……人差し指と中指と薬指の三本……ッ!


()()じゃね?」

「すごいね……」


 静かにこんしまちゃんが、背中に回していた左手をさらす。

 左手は和南くんのそれと同じ三本の指を立てていた……!


「お返しピッタリ大優勝だよ……どうやって推理したの……?」

「ゲームの性質上、『三』を指定するのが一番(いちばん)無難だから」


「へ……?」

「この『お返しピッタリゲーム』は(かず)を当てるゲーム。そして相手の隠した指の本数から離れているほど勝利から遠のくルールでもあるよな。片手の指が五本である以上、使える数はゼロから五の(むっ)つ。その中間を指定すれば外しても最高『三』の差で済むだろ」


「た、確かに……だけどそれなら『二』を指定してもよかったはず……」

「それも考えた。といってもこんしまちゃんは公開情報である右手で二本の指を立てていた。しょっぱなからその右手と左手を同じ(かず)でそろえるはずがない――オレはそう予想したんだよ」

「しまった……わたしのブラフもへたぴっぴだったね……」


 こんしまちゃんがほほえんで、左右の手の指をふにゃあ~っと曲げる……っ!

 続いて和南くんが右手を背中に隠し、左手を五本立てた。


「さて今度はこんしまちゃんの番。五本指と同等の贈り物を受け取ったと感じたこんしまちゃんは、どれだけ返す?」

「ふ……お見通しだよ和南くん……!」


 したり(がお)でこんしまちゃんが右手でパーを出す……ッ!


「和南くんはこう考えたはず……さっきの話を聞いたわたしは無難な『二』か『三』を指定すると……っ! だから和南くんはそれら以外の『ゼロ』か『一』か『四』か『五』を隠している……。さらに『しょっぱなから右手と左手を同じ数でそろえるはずがない』という発言……。これも誘導(ゆうどう)……っ! そのブラフの手と隠された手は一致(いっち)しないと印象づけるための作戦……! ここまで看破したわたしは……今の和南くんが提示している五本指と隠された右手の指の本数は完全に同じと推理したんだ……っ」

「そりゃ合ってるわ、こんしまちゃん」


 背中に回した右手を、すうーっと引き抜く和南くん。


「――()()()()()

「む……?」


 見ると、和南くんの隠されていた右手はグーだった。

 つまり、その数はゼロ。こんしまちゃんは実際の価値から『五』も離れた数を指定してしまったわけだ。過剰(かじょう)なお返しをしてしまったも同然である……ッ!


「しまった……ワナにすっぽりハマっちゃった……」

「二か三以外の本数を立てているってとこまでは合ってたんだけど、そのあとは考えすぎなんだわ」

「わたし……お返しズレズレ大敗北だね……」


 とはいえこんしまちゃんは負けてなお、なんかうれしそうだった。


 ま、こんな感じで……お返しピッタリゲームはこんしまちゃんの完敗に終わったのだ。

 それからこんしまちゃんは両手をぶらぶらさせて聞く。


「どうして和南くんはパーを見せつつ、グーを隠してたの……」

「さっきのに戦略とかは()()()()。オレは嫁田(よめた)じゃないし」


 ゲームの得意な嫁田くんの名前を出したあと、和南くんが左手をグーやパーのかたちにする……!


「完全にオレの認識だっての。さっきのが」

「嫁田くん自身は五本の指の価値のものを……流石(さすが)さんからもらったと思っているんだね……」


「正確に言うと、価値を感じているから五本指にしたんじゃない。価値が分からないからカンストしたかたちで評価するしかねーって感じ。少なくとも価値がゼロじゃないって信じたいならそれを『上限いっぱい』と仮定する以外に手がない」

「なら隠された手をグーにしたのは……?」


「立てる指をゼロにしたのは、オレが怖がってるから。流石(さすが)がとくに考えもせず適当にチョコをくれたとすれば、お返し自体が確実にドン引きされる……いや、ちげーか。そう断定することでオレが流石から()げようとしてんだな。流石自身のチョコ評価が分かんねえから今度は下限のほうにカンストさせて……『あんなこと、なんでもなかった』と納得(なっとく)してオレが傷つかないようにしてる」

和南(わなん)くん……」

「だけどその認識も」


 また左手をパーにひらいて右手をグーに閉じる。

 両手をパチンとぶつけ合わせる。


「どっちも……オレの勝手な思い込みなんだよな。実際の価値は、合わせてみないと分からねえってか」


 物置の扉から、和南くんが背中を離す。


「ゲームも役に立ったよ。ありがとな、こんしまちゃん。とりあえずオレは……無難な本数で勝負してみる」

「無難な道も(ひと)つじゃない……」


 右手でVサインを作りつつ、左手の指を三本立てるこんしまちゃん。


「……『二』と『三』のどっちにするのかな……」

「そこは『三』で」


 和南くんの左手の親指と小指が折れ、右手の人差し指と中指と薬指が立つ。


「ホワイトデーは三月だからな」


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 こんしまちゃんは和南(わなん)統人(とうと)くんの決意を見届けた。

 そんな彼に触発(しょくはつ)されながら、こんしまちゃんは学期末テストが終わった週の金曜日に彼氏の鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんへと青いブックカバーを贈った。


 鵜狩くんはそのブックカバーを喜んで本につけ、また上下(じょうげ)逆さまにしてそれを読むのだった。



 で、和南くんは三月十六日の月曜日になって流石(さすが)星乃(ほしの)さんにプラネタリウムのチケットを渡した。


 教室から出て廊下(ろうか)のはしに寄り、和南くんがぎこちなく言葉をついでいく。


「オレ……バレンタインとかホワイトデーとかに関して実際はよく意味が理解できてない。だから流石がチョコをくれた理由もオレがそれを受け取った意味もこうしてなにかを返す意味も分かんねえんだわ」


 ぷるっぷるの唇を振動(しんどう)させて続ける。


「それでもオレは流石が選んでくれたチョコを受け取りたいと思ったし、それはうまかったし……流石になんか返してえと思った。それだけは本当だから……チョコ、ありがとう。チケット、もらってほしい」

「ありがとう、和南くん」


 流石さんは()()()()()()()きれいな指を伸ばし、両手でチケットを受け取った。

 チケットの値段も確認する。


「……少し高いね」

「わりい」


 和南くんがうつむく。

 そんな彼に流石さんは()()()()を返す。


「悪くないよ」


 両手に持ったチケットを流石さんは自分の胸に当てた。


「やりすぎたら、わたしがそのぶん返すから。足りなかったら、もう一度(いちど)なにかすればいい。贈ったものとまったく等価のものを返すことなんて人にはできない。でもピッタリ同じものを返したら、その時点でつながりはなくなる。みんな余計に返したり、あるいは全部を返せなかったりするんだ。その差をうめようとし続けるから人はずっと人と一緒(いっしょ)にいられるんだね」

「……流石」


 正直なところ、和南くんは流石さんがなにを言っているのか理解しきれなかった。

 それでも……直感的に分かった。


 人は人との距離(きょり)を測る際に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 和南くんは()()()言葉を返そうと思った。

 いや……返すべきか返すべきかより、返したい言葉が先に頭に思い()かんだ。


「お返し、受け取ってくれてうれしい。オレも、はかないで済みそう」

「はく?」


「小六んときホワイトデーのお返しをしたあと、オレ給食()()()んだよ」

「意外だね」


 ついで流石さんは(なな)めに()み出し、和南くんの左肩(ひだりかた)と自分の左肩をこすれ合わせた。


「よかったら和南くん、今度二人でプラネタリウム()こっか。和南くんがくれたチケットのプラネタリウムの感想は、そのとき聞かせるよ」

「いいけど……いいのか?」


 和南くんはとくに流石さんを拒絶(きょぜつ)せずに視線を左にやった。

 流石さんはあらためてチケットを見る。


「問題ないって。わたしが連れていくのは」


 さらに彼女は、迷わず和南くんに視線を返した。


「やっすいとこだから」


 すでにチケットを制服にしまっていた流石さんは、右手の人差し指で自分の唇を軽く押さえた。

 その指は、だれよりもきれいでほっそりしていた。


 和南くんはその流石さんの姿に、これ以上の言葉を返すことができなかった。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:六回(累計(るいけい)百六十七回)

次回「第四十週 同じ年をくりかえすのはなぜか議論してしまった!(金曜日)」に続く!(三月十三日(金)午後七時ごろ更新)

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それにしても人の気持ちって複雑なのか単純なのかよく分からないところがありますね~。

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